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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
最終部.運命の子
115/115

空飛ぶ魔王城

 キラキラと、光を反射し舞い降りる白い羽根。

 深紅の右翼、そして対となる純白な左翼を広げた彼は、抱えたスミレを岩に横たえると、もう一人の天使を見据え立つ。


「大層な力を手に入れたようだが、一足遅かったな小僧。既にあの御方(・・・・)の目的は完遂された」

「…そうですか」

「あぁ…残念だった、な──ッ!?」


 淡々と、勝ち誇っていた堕天使(エボラ)の声が、動揺の色を示す。

 第三者の介入、そのイレギュラーこそあれど、達成されたはずの時間稼ぎと言う名の目的、或いは目標。後は一つ、この場を離れ、自らを献上するだけである。…が、そのはずだったのに。離脱しようとした肉体が、まるで外界など最初から無かったかのように、その馬に留まり居座り続ける。


「小僧貴様──!」

「いいサプライズ、でしょう?ここは今、私達だけの世界(・・・・・・・)。…さて、仕切り直していきましょうか」


 ガラリと変わった空気。地面に突き刺さった銀色の竜剣(アベンジャー)を引き抜き、切っ先を向けた美しい男─ユウは、倒れ伏す化物を一瞥し、静かに地面を蹴る。


「チッ──何が仕切り直しだッ壊れろ(・・・)ッ!」


 咄嗟の反応。エボラの言葉が響いた直後、銀色の竜剣(アベンジャー)が砕け散り、肉薄したユウの姿だけが、彼の瞳に映り込む。


「──口説い」


 ベキリ、と。本日2度目の、エボラに突き刺さる拳。歪んだ顎のまま、吹き飛ばされたその身体は、地面をバウンドし、摩擦で勢いを止める。


「破壊無くして創造無し、とは言いますが。その破壊を司るが故に、貴方は動きが単調なのですよ。エボラ」


 起き上がる彼の耳に届く、高音の美しい声。忌々しく向ける視線の先、スカートの埃を払う彼の手では、宝玉の施した、より美しくも洗練された銀色の竜剣(アベンジャー)が、その姿を現した。



ーーー



 指一つ動かず、鉄混じりの土の味が、感覚よ全てを支配する。

 悪魔(トイフェル)との契約、そして神へと近づいていた己の肉体。ただ、ソレを持ってしても、破壊の権能(純粋な神の力)には敵わず、こうして地面を舐めている。


 ──咄嗟にアシストした、スミレのあの一撃。完全に嫌がらせの域を出ず、敵わないとわかっていたにも関わらず、だ。自らの命の対価となった結末が見れなかったことは残念か。




 ───お待たせしました、コースケさん(・・・・・・)



 幻聴か、はたまた走馬灯が見せた後悔か。潰れたはずの瞳孔に、僅かな光が差し込んだ気がして、感覚の消えた瞼を開く。


「──ユウさん」


 種類の違う左右の翼を生やし、神々しく降りる()の姿。…ただ、最期こうして、見れたのなら。

 ──意識を手放そうとした刹那、全身を襲う激痛(・・)が、その思考を叩き起こす。


「──っ、死ぬ!痛みで死──ゲホッ、ゴボッ」


 反射的に、飛び起き餌付く身体。肺に詰まった血を吐き出す。


「死ぬって…むしろ生き返ったからこその反応じゃないの?」

「あはは…それはそれで、リーダーらしくていいんじゃない?私達的には、ホントに死なれたら困るわけだし」


 ノイズ混じりの低い声。激痛に喘ぎたくなる声を抑え、音する方へ瞠目する。


「ユイ、さん…?」


 ぼやけた輪郭が戻りだし、映り込む2つの(・・・)骸骨面。彼女(友の姉)の名が出たのは、ソレが死神(・・)として活動していたが故であるが。目の前に立つ2人の死神(・・)は、静かに互いを見合わせる。


「ま、リーダーだし」

「たしかに、ユウとミリンにぞっこんだったからなー。あたし達も似たようなものだったけど」


 大きな溜息に続いて、自嘲気味に漏れた笑い声。口調的に、彼等は知り合いか、と。激痛に乱されそうな思考が、コウスケの頭を過っては消える。


 さて、先日の集まりにおいて、冒険者達が口々に話していた話題がある。


 ──死神の再来。


 死神、と。かつて、ユウの姉であるユイが、骸骨の面を被り、大鎌で特定の人物を殺し──基、魔物化した人間(エイズの実験体)の始末をし回っていたことから名付けられたもの。だった、のだが。現実世界に戻る前、ミリンの出会ったという死神も。そして、その後も噂されていた幾度の死神という存在も。当初付けられたその名は、とっくに彼女の元を離れている事に相違ない。


 コウスケの眼前、件の死神達。

 どういうわけか、不意に外套に手をかけた2人は、ゆっくりと、それを脱いで──


「ダークエルフに、エルフ…まさか──!」


 反転したように色違う、瓜二つの相貌。外された仮面の下、素顔を表した彼女達(・・・)は、満足げに口角を上げ、先の長い耳をピクリと動かす。


「久しぶりね、リーダー」

「ぱわーあっぷ?をして帰ってきたのはユウだけじゃない、ってこと!」


 お前ら…、と。呟き消えるコウスケの声。周囲の状況などいざ知らず、久方ぶりの再会をしたダークエルフとエルフの少女──ユリとサクラは、意気揚々とそう言って、手を差し伸べるのだった。



ーーー



 外壁が剥がれ、崩れては修復を繰り返す神殿。

 対峙する2人の天使──正確には、堕天使と竜天使…とでもいうべきか、その性質は異なり、そして等しく既存生物の枠組みを外れた存在。方や地に這いつくばり、方や優雅に舞うその姿は、明らかな虐殺劇でもあるのだが。


「フ、ハハ…あり得ん、あり得んぞ──ッ!」


 負け犬の吠え面とはよく言ったものか。這いつくばる天使─エボラ。彼は高々にそう叫んで、血走った両目を相対する天使に向ける。

 今、エボラを象るのは、憎悪か、驚愕か、はたまた挫折の果てに得た羞恥か。なんだかんだ、四天王として、そして神の力を持つ者として、絶対の自信を持っていた男の心は、最早正常に動くはずもなく。続け様に飛んできた斬撃に、その両腕が胴体とお別れする。


「形勢逆転、と言ったでしょう?もうそんな言葉の意味すら理解できないのですか?」


 再生し、直後に切離されるエボラの身体。『虐殺の女神』という二つ名に偽り無く、縦横無尽に舞い踊る美の天使は、切っ先についた血を払い落とし、煽るように呟き語る。

 一進一退の攻防すらなく、見た者全てが口を揃えるだろう一方的な蹂躙。共に、神の権能を扱う者同士。しかし、素の状態で互角以上に渡り合えた者が、それ以上の力を有しているという意味で。最初から堕天使如きに勝ち筋というものは存在し得無かったのだが。

 往生際も悪く、最早再生すら追いついていない肉体。それでも尚、瞳をギラつかせるエボラは、その口を大きくこじ開けようとして。──不意に、背面から突き刺さった何か(・・)に、その動きを止める。


「はぁ…全く、最後まで面倒な男ね。ま、私からすればコレ(・・)も一緒に廃棄できるから一石二鳥なのだけど。ね、ユウ?」

「えぇ…予想通り相容れない存在でしたが」


 空気が歪み、突如としてユウの隣に現れる一人の気配。紫がかった黒髪、そして金色の瞳を光らせた魔人の少女─イヨは、構えたままのクロスボウを手に、コクリと頷き視線を戻す。


「首尾は完璧よ。途中からずっと、隠れて権能を使わせてただけあるわ」

「流石は癒しの白竜(私の従兄妹)、心強いですね」


 戦場とは思えぬ軽口の叩き合い。それもそうだろう。10数年ぶりに、肩を並べた幼馴染同士。──無論、感動の再会も、喜びの抱擁も、既に済ませている、が。そこは『計画』を緻密にこなす2人、今更ブレることは無い。

 ストッ、と。ユウの合図に続けて、イヨのクロスボウから放たれた麻酔弾のようなもの。再びエボラに突き刺さったソレは、呻く身体を膨張させていく。


『ヴゥゥゥゥゥ…フゥゥゥゥゥ…ヴゥゥ…』


 最早、正気のものとは思えぬエボラの声。

 ボロボロと、羽根を、外皮を、そして骨格まで作り替えられる堕天使の肉体。黒い靄が、吹き出しては収束し、禍々しい異型の怪物を形成する。


「あーあーあーあー…相変わらず、趣味の悪いこって」

「それはイヨがありったけ使い込むからでは…?まぁ、確かに製作者(あの死体)が見たら喜びそうな姿ですが」


 何処か既視感のある、酷く醜い堕天使(エボラ)だったもの(・・・・・)。銀色の竜剣と、クロスボウを構えた2人は、吠えるソレを無視すると、一瞬にして穴だらけへのオブジェへと、目の前のソレを変形させた。



ーーー



 視界の端、灰となり崩れ落ちゆく堕天使。確かに残留した魔力に似た何かは、見届けた天使の中へと、集まり消える。


「あんなに強かったエボラを一瞬で…」


 回復した意識の下、確認するように呟いたミリンは、近づく人影に視線を移す。


「久しぶりねミリン」

「生きてて何よりだよー」


 見知った顔の2人組、ユリとサクラ。かつて、自分達──そして、ユウと共にパーティを組んだ仲間。久方ぶりの再会も、変わらぬ空気が彼女らを包み込む。


「うん、久しぶり…それと、ありがと」

「あはは、さてなんのことかなー?」


 ミリンが口にした刹那、調子良くそう返すユリ。そして、その背後で吹けない口笛をするサクラ。


「まぁ、そういうことにしておくよ」


 言い聞かせるように呟いて、無意識に上がるミリンの口角。いつだったか、それは今のパーティとなる前の話。帰ってきた懐かしいその雰囲気に、三者三様笑い合う。


 本日の戦い…もちろんそれは、彼女達(ユウ一行)がいなければ、生きていたかも怪しかったもの。尤も、もっと早く参戦していれば、こんな生死をさまよう必要も無かったのだが…それは、ユウとイヨへ伝達が遅れるほど、自身(ミリン)の状態が良くなく、ユリとサクラが陰ながらフォローに回っていたからに他ならない。──尤も、致命傷と成りうる攻撃が来た刹那、揺らいだ気配(・・・・・・)によってソレを免れ、察しただけに過ぎないものではあるが。おかげで、自身はコウスケやスミレの回復に注力できたものである。

 皮肉な話、この場合では、亜神(コウスケ)竜人(じぶん)がいても尚、ここまで追い詰めるに至った堕天使(エボラ)を讃えてやるべきなのかもしれない。


 薄っすらと、そんな背景を悟っては、歩み寄る男女に意識を動かす。

 ミリンの視線の先、懐かしい従姉妹(かつての仲間)の姿。そして──


「はじめまして、ミリンさん。ようやく会えましたね」

「えぇ…イヨさんも、噂は予々」


 クロスボウ片手に、しかし優雅にカーテシーを交わし、微笑む魔人の女─イヨ。お会いできて嬉しい、と。言外に伝え合い、互いに認識を改める。


 魔王ルインの一人娘(・・・)、イヨ。ユウの幼馴染であり、裏で盤面を動かしていた彼女の存在は、会わずとも注目せざるを得ないものと言えるだろう。尤も、姫様(アネモネ)やスズナ、ライムが直接会った事があるだけで、ミリンにとっては未来から来たという魔人(・・)、その現在の姿だという認識に過ぎない。…まあ、それで今更はじめましてなのも、おかしな話ではあるのだが。むしろ、人伝に(スズナとライムから)聞いた彼女の計画は、ミリン自身も承知しているし、それに沿って動いた自覚もあるので、初対面であるという認識は少し薄いか。ただ、計画の為に想い人と『会わない』と選択せざるを得なかったことを知っている分、目の前の光景は感慨深いものにも感じてしまう。


「さて、私自身ミリンと話したいことは山々ですが…どうやらそうは問屋が卸さないみたいですね」


 一歩、ミリンとイヨの間に入り、そんな言葉を発する美しい男、ユウ。目配せされた先、ユリとサクラは頷いて、ミリンの方へと視線を動かす。


「何か、問題があるってこと…?」

「えぇ…もっと正確に言うなら、新しく問題が生えてきた、という感じですかね」


 頷き返し、溜息と共に言葉を紡ぐユウ。そして、補足するようにイヨが加わり、その言葉を続けていく。

 曰く、本来なら神を顕現させ、正常に戻すだけであったこと。紆余曲折を経て、その力がユウの元へと集まり、大詰めとなった最中。エボラの発した『目的の完遂』という言葉が、どうにもきな臭い、と。


「死神として、あたし達も各地に散らばった実験動物(死体の置土産)を始末しがてら情報を集めていたんだけどね…」

「魔王ルインが人望…というか魔人望?が、なくて。四天王エボラが皇帝って存在に心酔してたくらいしかわからなかったのよ」


 だからこそだ、と。魔王城にいたユウ、そしてイヨすらも知らぬ得体の知れない存在。集まらぬ情報を危惧して、二の足を踏まざる得ない状況となるのはもはや当然であり、万全を期さなければならないのだ、とも。


「差し当たっては帝国本土の軍鎮圧ね。進軍されてる方は王国の連合軍に任せて、私達は準備が終わり次第、帝都に向かうわ。…あっちにはあの娘達(・・・・)も付けたし、大丈夫なはずよ」


 顎に手を当て、何処か他人事のように語るイヨ。ただ、己の具体的な指示がないことに、ミリンはそっと聞き返す。


「──それで、その準備っていうのは…?」


 ちらりと、倒れ寝かされたままのスミレ、そしてカイトを一瞥したユウは、地面にのたうち回る(コウスケ)を指差して、口を開ける。


「私達の戦力…というよりは、コースケさんの強化、ですね」

「そう、コウスケの──って!あれを見てわたしが納得できるわけないでしょ!?」


 何処か絶叫じみたミリンの声。懐かしく感慨に浸るユリとサクラを背に、イヨは一歩踏み出し、掌を彼女へ向かって広げ見せる。


「これ、見覚えあるでしょ?」

「見覚えも何も、それって砕けただけの闇色の宝石(セイゲンセキ)じゃ──まさか!」


 瞳に映り込んだ、闇色の破片。そこまで言いかけて、自らの懐を弄った彼女は、男女の顔を一瞥すると、その破片に視線を落とす。


「やっぱりコレって…」

「えぇ、貴女には少し悪い気もしましたが、気配遮断ができるイヨに頼んでくすねてもらったんです。…尤も、これはある種の賭けだったんですけど」

「えっと、くすね…?賭け…?ごめん、ちょっと何がなんだか…」


「ま、平たく言えばあの男が死なないようにこの石(・・・)を砕いたってことね。緊急時で回復に専念してほしかったとはいえ、スリみたいなことをしたのは謝るわ」


 ごめんなさいと、そろって頭を下げる2人。

 しばらくの沈黙の末、ようやく事態を飲み込み始めたミリンは、頷くユリとサクラを盗み見て、呆れ半分に息を吐く。


「今度からはちゃんと聞いてよね」

「…はい、それはもちろん」

「ごめんね、ミリンさん」


 どちらともなく、互いに顔を見合わせて、苦笑を交わし合う3人。


「もしかして、コウスケがああなってるのって──」

「えぇ、ミリンの考える通り、闇色の宝石(セイゲンセキ)を砕いた影響ですね。もう暴走の心配もありませんし、瀕死だったのでこんな手段にはなりましたけど…蓄積されてた数年分?の『経験』が肉体に還元されて激痛が走っているだけなので問題はないかと」

「ま、一次的成長痛みたいなものよ。死ぬことは無いから」


 あっけからんと、ミリンの言葉に続けてそう言い放つユウとイヨ。直後、吠える様な声が響くと同時に、激痛に耐えかねたコウスケがその意識を手放した。



ーーー



 ディザスター帝都、その帝都。

 コウスケの回復を待ち、スミレとカイトを霊竜(オーダー)に預けた6人は、ユウの影を潜り、国境を越え立つ。


「──チッ、数が多すぎるんだ…よッ!」


 低い声と共に、振るわれた漆黒の竜剣(ダークスレイヤー)から放たれる斬撃の跡。群がる大小の影が、2つに分断され、その活動を止めていく。


 帝都の中央に位置する要塞、魔王城。それが見える帝都の端から、彼等の足は向かい進む。

 当初の予定では、ユウとて場所を記録しているため、本来なら直接城内へ転移をしていたはずだった。…のだが、そこは魔王城たる故か、張り巡らされた結界により、弾き出されたのは言うまでもない。尤も、その結界自体、傀儡時代のユウが作った大規模魔導具の効果によるものではあるが。


 時に斬撃が、魔力の弾丸が、飛び交う魔法が。次々と現れる影を一掃し、1本の道を作っていく。


「…よし、一先ずこれで先に──」


 ───ゴゴゴ、と。


 先陣を切り、後続にコウスケが告げようとした刹那。爆音と共に、彼等の足元が激しく揺れる。


「──何!?」

「地震?」

「でも、この大陸でそんなこと──」


 ミリン、ユリ、サクラと続けてそう言って、歩み進む足が止まる。──ただ、ユウとイヨ(帝国を知る2人)を除いて。


「これは、また…」

「我が父ながら気持ち悪いことを考えるわね…」


 再び、大きな揺れの先、結界に包まれた禍々しくと巨大な城。ただ一言ずつ、そんな言葉を漏らす2人の網膜には、地を離れ浮かび上がるその姿が映り込んでいた。

 魔王城が飛んでいたら、面白いと思わないかい?(by中学時代の作者)


 皆様こんにちは、赤槻春来です。


 役者が揃い始め、たどり着いた最終部の前半戦。初期構想からあったとはいえ、私個人としては、久々にユリとサクラを描くに特に苦戦した印象です。やはり、最終決戦だからこそ、初期の雰囲気をなんとか残しておきたいところ…


 さて、次回はから第30章。正真正銘、物語完結までを描く最終部となります。

 帝国との戦争が本格化し、交差するそれぞれの思惑。ユウをはじめとした初期パーティ、そしてイヨを加えたコウスケ一行。それぞれの場所で、それぞれの戦いが始まる最中、空飛ぶ魔王城へ向かう先に、彼等が掴む世界の運命は──


 それではまた、気長にお待ちいただければ幸いです。

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