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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
最終部.運命の子
113/113

儀式と骸

 別作品として本作のメモを兼ねた設定集をあげました。

 そちらも必要に合わせて適宜付け足す予定です。

「やめて…せめてこの子だけは…!」


 ぐちゃり、と。懇願する声を残して、地面に赤い水溜りができる。


「あ…あぁ…ああ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ゙──!」


 恐怖し、絶叫し、そして衝動のまま向かい来る人だったモノの数々。娘息子を、配偶者を、兄弟姉妹、或いは家族善とした仲間を。愛する人を嬲られ、弄ばれ、殺されたソレは、物言わぬ屍と化していく。


「…つまんない」


 ポツリ、と。廃虚──否、正確には先程まで村であった帝国の一角で、そんな声が木霊する。


 魔王軍四天王が一人、ペスト。

 愛する者同士を引き裂き、その絶望と復讐心をいたぶることによって快感を得ていたはずの彼女は、変わらず行っていたはずの虐殺にひとり、溜息を吐く。


「…チッ」


 魔王率いる帝国がアール王国に──大陸全土に進軍してから早一月。

 最初こそ息巻いたペストにその勢いは無く、噛み締めた唇からたしかに血が滲む。



 あの日、造られた神(・・・・・)がこの世界に顕現したあの瞬間。


 ──彼女(ペスト)にとって、明確な敗北。


 目の前の裏切り者(四天王マラリア)に、狐面の女に、そして──拝む事さえ終ぞ無かった『神』たる存在に。

 それは、魔王軍四天王として、魔人として、絶対的な力──自尊心を持っていた彼女の心を砕くのには十分すぎたのだ。


「本当に…ムカつく」


 特に意味もなく、進軍先の村すら壊滅させた悪魔のような魔人。

 その苛立ちの矛先など、もはや誰も知る余地はなかった。



ーーー



 帝国と王国──否、帝国以外の全てとの全面戦争が激化する最中。

 瓦礫となった王城の一角、合成竜(キメラドラゴン)を退け、一時王都へ戻ったコウスケ達は、神妙な面持ちで顔を合わせていた。


「──そう、そんなことが…」


 互いの情報を擦り合わせ、戦果を、或いはその被害をパーティ内で書き出す。

 魔物によるスタンピード、遭遇した魔人、──そして、援軍のように現れた『死神』の集団。現場に出撃した騎士も、冒険者達も、口々に報告し、その概要を組み立てていく。


「各国、各都市に襲来した魔物の数は軽く見積もって数万。その死神に逃がされてなかったら、今頃あの化物(・・)によって俺達の命は無かっただろ」


 スキンヘッドをした冒険者のうわ言。

 この場にいる全員(もちろん、姫であるアネモネも含む)は、無言の肯定でそれを返す。


「…そうかもしれないな」


 兵の一人が呟いて、彼らは会議を再開する。


 魔物を率い、各国を強襲する帝国。もはや魔人、ひいては魔王が与していることは公然の事実であり、王国──否、人類として相容れないことは明白である。

 魔物は冒険者が、敵兵には騎士が。そう役割を確認し、当面の目標を決めた彼らは、緊張した面持ちのままひとり、またひとりとその場を離れていく。


「コウスケ」


 解散された人混みの中、不意にコウスケの鼓膜を震わせる恋人(ミリン)の声。

 立ち止まり、その姿を確認した彼は、緩みそうになる頬を抑え、静かに彼女の名を呼ぶ。


「魔王──ううん、帝国は思ったよりも大胆な手に出たね」

「あぁ…」


 絞り出すように返事をして、2人並んで人混みを抜ける。


 脳裏に映るのは、目の前で骸となった友の姿。魔王とは、人類を滅ぼし世界征服を目論む者、と。自身の世界でテンプレートと化したその姿を重ね、握った拳に血が滲む。

 あの時、確かに自分達は繋がったのだ。それで終わり、全てがまた元通りになるという浅はかな考えは、飲み込んだ鉄の味と共に消えて行く。


「──そういえば」


 陰鬱になりかけた刹那、ミリンが呟くように口を開く。


「ライムからコウスケに、手紙を預かったって」

「手紙…?俺宛に、か?」

「多分。…ライムはコウスケのことだろうって」


 無造作に、そして確かに渡された硝煙の匂いが残る封筒。

 外に差出人の名はなく、恐る恐る開けた彼は、その内容へと視線を落としていく。


「コウスケ…?」


 食い入るように見入るコウスケに、ミリンが声をかける。

 一通り読み終えたのか、手紙を封に入れ直した彼は、覗き込む彼女へ振り返るとその口を開ける。


「ミリン、ライムは今何処に?」

「えっと…多分、姫様のところ。なんか、届けなきゃいけないものがあるとか」

「…そうか」


 ひとり、納得したように呟いて、曇天の空を見上げるコウスケ。

 理解の追いつかぬミリンを他所に、彼は手中の手紙を握り潰した。



ーーー



 薄暗く、しかし小綺麗な祭壇のような場所。

 時は少し巻き戻り、コウスケ達が戦場で目を覚ました頃。にじみ出るように、その場に姿を現した金色の目の女は、抱えていた骸を台座に寝かせると、黒紫色の髪をはためかせる。


「イヨちゃん」


 不意に名を呼ばれ、振り返った彼女(イヨ)。その視線の先、声の主たる女は常闇から姿を現すと、片脚に重心を預け腕を組む。


「…奇しくもユウを回収した時以来ね、マラリア。それに──」



──お久しぶりです、義母(おかあ)さん。



 確かにそう口にして、影の奥を見つめるイヨ。

 相変わらず釣れない、と。小さくこぼすマラリアを他所に、微かな足音が2人の元へと近づいていく。


「久しぶり、イヨちゃん。今回もありがとね」


 落ち着いた声で、そっと狐面をずらす女─ユア。

 慈愛と、微かな期待の籠った紅い瞳。しかし、その表情は何処か痩せこけていて。静かに息を吐いた彼女は、どちらともなく抱擁を交わす。


「義母さん」

「えぇ…わかっているわ」


 軽く、そう口にして、後ろに回した腕を解く。

 若干名残り惜しそうに、ユアの体温から離れたイヨは、彼女の見つめる骸へ視線を落とす。


「綺麗ね…」

「はい。ユウがエルフの秘術(・・・・・・)を使っていたおかげでなんとか」

「そう…」

「これでもできる限り、修復はしたんですけどね…欠けた竜核(・・)と失った左腕はもう、どうすることも…」


 それは自分でも驚くほど、弱々しい声で。イヨは真っ赤に染まった己が掌を幻視して、無理矢理両手を押さえ込む。


 血溜まりの中で、静かに佇んでいた愛しい男の骸。

 己の役割とわかっていても尚、その光景は脳裏に焼き付いたままで。

 ひとり、必死に復元した(・・・・)際の冷たい身体が、流れ出る血が、綺麗なはずの()と重なって映る。


「ありがとう、イヨちゃん。今はお休みなさい」


 眼の前で散っていった同志(恋敵)の姿。回収すべき人材の元で見た、虐殺された老若男女の屍。ただ一つの目的の為に、()すらも一度は手にかけたイヨ。心身ともに、とっくに限界を超えていたのだろう。

 ただ静寂の包む空間で、耳心地良くかけられたその声に、彼女は静かに意識を手放した。



ーーー



 魔王城から離れた忘れられた祭壇、その一角。巨大な魔法陣のような遺跡然としたそこで、2人の少女(ローズとヤナギ)の姿があった。


「──これで最後」

「ようやく完成しましたね、ローズ様」


 そこは魔法陣の先、ひび割れたかつての祭壇。紅色の宝石をはめ込んだ2人は、どちらともなく息を吐く。

 突如現れた『神』によって頓挫しかけた、天使(エンゲル)達の計画。

 (ユア)が、義姉(イヨ)が、そして最も敬愛する(ユウ)までもが携わったソレを背負い、彼女(ローズ)はヤナギを据え立つ。


「ヤナギ。…貴女は、今の自分についてどう思っている?」

「はい?」


 魔法陣の中央、即ち祭壇内部へ入りたちながら、素っ頓狂な反応を返すヤナギ。

 ただひとり、計画(・・)を知らない事が災いした彼女は、その意図を測りかねて、その足を止めた。


「あの天使が言っていた『竜装種』。そうなった貴女は、後悔してはいない?」


 コツリ、と。足音を引き金に静寂が支配する。


 後悔したかどうか。


 ヤナギにとって『竜装種』とは、主と自らを繋ぐ契約の副産物に過ぎない。…なら、この質問は何を意味するのか。腐っても元ハーピィ族の長、彼女は一歩踏み出すと、ローズの隣へ並び立つ。


「愚問ですね、ローズ様。(わたくし)が主様の配下となったのは(わたくし)の意思によるもの。(わたくし)とてただ力を与えてくれただけとは端から思っていませんよ」

「…それが、貴女に不利益を与えるものであっても?」

「えぇもちろん。それは貴女もよく分かっているでしょう、ローズ様?」


 そうね、と軽く返して。再び歩み始めるローズ。そんな彼女に付き添うように、ヤナギはまた、道無き道に足を踏み入れる。


 竜装種──それは、世界が生み出した神竜に付き従う眷属のこと(イレギュラー)

 魔物でありながら、体内の魔石を竜核へと変質させた彼女らが、どんな役割を演じるのか。その顛末を覗いた天使(エンゲル)は、僅かにその広角を上げるのだった。

※本編に書くスペースが無かったので補足。


 竜核→ドラゴンの体内にある魔石に相当するもの。当然竜人にも存在しているし、失えばソレは死ぬ。

 ちなみに、ローズの竜核はルインの細工に寄り魔石へと変質させられていた為、イヨはそれを一度破壊すること(=ローズを一度殺すこと)で竜核を本来の有るべき状態へ戻す必要があった。(69話参照)

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