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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第6部.早乙女幸助
109/119

滅亡した世界で

 何処までも続く、生命のいた痕跡一つすらない羽毛の大地。空すらもヒビ割れて、崩れかかった死の世界に唯一存在する神に等しい無の化身。

 音なき世界の中心で、ひとり咆哮を上げる合成竜キメラドラゴンは、荒れた地面を踏み締めて、ただひとり、虚空へ向かって叫びないた。



ーーー



 前後左右、上下の感覚が曖昧な裂け目(・・・)の中。

 そんな明暗すらわからぬ時空の狭間にて、導かれるように地面無き場所を歩んでいたコウスケは、不意にその場で立ち止まると、いつの間にか眼の前に現れた少女へと視線を向け直す。


『やぁコウスケ。ここにいるってことは、約束通り、全てを捨てる覚悟ができたんだね』


 無邪気な笑みを浮かべ、一歩、また一歩とコウスケへと近づく少女。

 そんな彼女とは対照的に、強張った表情で顔を上げたコウスケは、金色に光るその鋭い瞳を開け放つ。


「──アザミ…何処まで仕組んだんだ?」

『仕組んだ、ね…また人聞きの悪い…』


 アザミと呼ばれた、見た目不相応に大人びた少女。コウスケの言葉に対し、呟くように吐き捨てた彼女は、一瞬にして彼の背後に現れると、その背中へと寄りかかるように体重をかける。


『ボクが用意したのは、君が覚悟を決めた時に使える片道切符だけさ。君が元カノに会ったのも──そもそもユイ叔母さんが君の記憶を消すような荒治療も、まさかそうなるとは思わなかったしね』


 トン、と背中を押すようにして、コウスケから見て上部を歩き過ぎ、再び対峙しあうアザミ。ねじれた視線が交差する中、「そうか…」と呟くコウスケに対し、彼女はその瞳をそっと閉じると、何処からともなく水晶球を取り出し、彼の前に掲げてみせる。


 星夜の光すら無く、永遠に続く荒れた大地。

 枯れ果て、空間そのものが壊れかけた世界に立ち尽くす、竜にも思える一体の合成獣キメラ

 突如水晶球に映し出されたその光景を目に、コウスケはねじれ位置に立つアザミを一瞥する。


「これは…?」

『君がいなくなってから半年後──正真正銘、今現在の君がいた異世界さ』

「俺がいた、異世界…?」

『そう。…ボクやユイ叔母さんの産まれ落ちた、滅びが確定した世界。そしてこの合成竜(キメラドラゴン)は父さん──ユウ本人の成れの果て』


 淡々とそう語り、浮いた水晶球をそのままにコウスケの横を通り過ぎるアザミ。

 水晶球に映る、咆哮を上げもがき苦しむ竜の姿を目に、コウスケは数刻その場に立ち尽くし、背後にまわった彼女へとその視線をまわし動かす。


「それで、俺はどうすればいい」


 静かな空間に響き渡る、重厚感を持ったコウスケの声。


『──驚いた。まさかそう返されるとは』

「これでも場数は踏んだからな。見た目と記憶の齟齬、それはアンタだってわかってるはずだ。それに、わざわざ俺に話すってことはあるんだろ?…あの世界を、存続させるための打開策が」

『ハハっ、全部お見通しか』


 くるりと身体を動かして、コウスケと直線上に身体をつけるアザミ。

 口角を上げたまま、その正面へと近づく彼女は、不意にその前で足を止めると、細めた目線で水晶球を流し見る。


『──あと1回』

「は…?」

『今のボクが持つ神の権能を全て使って、あと1回だけ、あの世界の時間を復元させられる。…神の権能といっても万能じゃないからね。正真正銘、最後の1回。もう失敗はできないよ』


 ゴクリ、と。静かに喉を鳴らして、水晶球を一瞥するコウスケ。

 ひとり寂しく、崩壊した世界で佇み咆える合成竜(親友の姿)。自身に植え付けられた、その数奇な宿命と、喪った光景を眼に、コウスケは己の拳を強く握り締めると、金色の瞳で目の前の少女を見つめ返す。



「あぁ、わかってる。…今度こそ絶対に、あの世界も、ユウさんも、──ミリン達も、運命すら丸ごとひっくり返して、この俺が救ってみせる」



 力強く、己に言い聞かせるような独り善がりとも取れる宣言。

 その言葉を聞き止め、微かに笑みを零した少女は、三度彼へと歩み寄ると、握られた拳を包み込むように、その両手を伸ばし触れる。


『ありがとう、兄弟(コウスケ)。…父さんと母さんを、どうか救って』


 温かな力と共に、コウスケの中へと響いた少女の見た目相応の小さな願い。

 透けゆくその存在を前に、コウスケが口を開こうと瞬間、不意に水晶球から放たれた眩い光が、周囲を飲み込み誘った。



ーーー



 震える大地に伏せる、世界有数の力へ到達したふたりの乙女(ミリンとスミレ)

 方向性や対象こそ違えど、不屈の心で立ち上がった2人は、最早人の手に余る化物(合成竜)を前にして、己の得物を握りしめる。


『───────────────────ッ!』


 ビリビリと、大地に、そして空すらにも亀裂を入れる合成竜キメラドラゴンの咆哮。

 何処かのたうち回るようにして、その巨体で周囲を地形を変えるソレは、目ともわからぬ器官で2人を捉えると、無造作に生み出した魔法陣でその周囲を取り囲む。


『──────ッ!』


 咆哮とはまた違う、合成竜の短いひと鳴き。それに連動するように、魔法陣から漆黒の弾丸が雨霰のように射出される。


「〈ウォール〉ッ!」

「〈ゲート〉ッ!」


 着弾する寸前、とっさの判断で土壁を創り出し、転移魔法にて合成竜キメラドラゴンの上空へと退いた2人。

 ミリンにしがみつくような姿勢で、元いた場所を見下ろしたスミレは、抉れた大地を前に己の唇を微かに噛み締める。


「…ありがとう、ミリン。助かったよ」

「ううん…土壁で初撃を守ってくれなかったら間に合わなかったし、お互い様だよ」


 一筋の汗を垂らし、軽口を装って言葉を交わす2人。直近の死を回避したのも束の間、その視界の先に映る合成竜は、まるで最初から居場所がわかっていたかのように、無数の毒手を振り回し、飛翔した2人を地面へと叩き付ける。


「っ──ァ…──」

「──ぅ…ハ──ッ…」


 衝撃と共に肺が潰れ、口から漏れるわずかな空気と深紅な鮮血。

 壊れた骨を、肉を、臓を、己が権能で無理矢理治癒し、かろうじて保つ意識で立ち上がろうとするミリン。治癒を施しても尚屍同然のスミレを他所に、血濡れた白い鱗に包まれた手で恋人の形見(ダークスレイヤー)を握り直そうとして、全身を襲う脱力感を前に再び地面に伏せ帰る。


「──ッ…こんな、ところで…」


 周囲の輪郭がブレ、だんだんと暗くなりゆく視界。

 こぼれ落ちた恋人の形見(ダークスレイヤー)へ伸ばした腕が、力無く地面へ垂れ落ちる。


『─────────────────ッ!』


 世界そのものを軋ませ、幾度目の咆哮を上げる合成竜キメラドラゴン

 身体捻り、改めて2人を捉え直した創られし神は、その前脚を大きく振り被ると、無抵抗のそこへ勢いよく振り下ろす。


 ズン、と。地鳴りのような思い一撃にもたらされる音。


 全身の痛みが引くわけでもなく、死を覚悟したその一撃がいつまでも訪れぬ現実を前に、ミリンは反射的に瞑った瞳を、ゆっくりと開け見渡す。



「───なんとか、間に合ったみたいだな」



 ボヤけた輪郭がハッキリとしていく中、たしかに鼓膜を震わせた、忘れることのない低い声。


 もはや二度と(まみ)えることはない、と。そう思っていたはずなのに。視界に映る幻覚にも思える甲冑のような姿の男は、合成竜の前脚を押し返して、逆光の中こちらへ向かって振り返る。



「ただいま、ミリン。…あとは、俺が引き継ぐよ」



ーーー



 異世界への再転移が成功し、導かれるように地上へと舞い降りたコウスケ。

 巻き戻った時間が再び刻み始める刹那、親友(・・)と、愛する女の間へと滑り込んだ彼は、振り下ろされた合成竜の一撃を受け止めると、地面を踏み締めその勢いを殺す。


「───なんとか、間に合ったみたいだな」


 額に一筋の汗を垂らし、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 ふと逸らした視線の先に映る、満身創痍の2人の乙女(ミリンとスミレ)の姿。間一髪、彼女ら死へ誘った脚を力任せに押し返すと、呆けた表情のミリンへと、振り返り歩み寄る。


「ただいま、ミリン。…あとは、俺が引き継ぐよ」

「コウ、スケ…」


 だから今は休め、と。安堵の表情を浮かべる彼女を寝かせ、転がった愛剣(ダークスレイヤー)をしっかりと握り締める。


「…ありがとな。ミリンを支えてくれて」


 ポツリと静かに呟いて、のたうち回る合成竜へとその切っ先を向けるコウスケ。

 彼の言葉に応えるように、より禍々しくも神々しい(ツルギ)へと姿を変えたソレは、漆黒の刀身を輝かせ、偽りの神へと、叛逆の牙を剥く。


『─────────────────ッ!』


「あぁ…今度こそ俺が救ってやるよ、ユウさん」


 ビリビリと世界が震えるその咆哮。

 呟くように、そして自らに言い聞かせるように。そう言葉を返したコウスケは、剱を引いて腰を落とすと、悲痛な叫びを繰り返す(合成竜)へ正面から対峙する。




「さぁ…りますか…ッ!」


 

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