vs合成竜
空が軋み、歪み、砕け、崩れ落ちる。ただ確実に、世界という概念そのものを壊していく、造られし神の一撃。
森だったはずの荒野の中心で、合成竜と対峙した甲冑の化物は、その一撃一撃を受け止め、いなし、虚空へ向かって受け流す。
「──ッ…流石ユウさん、嫌な手ばかり、打ってきやがるッ!」
魔力の無い現実世界、そしてアザミとの邂逅により、既に神の一端へと片脚を踏み入れた男─コウスケ。足元に展開された魔法陣を即座に認識し、虚空を蹴って放たれた炎柱を逃れた彼は、退路を塞ぐ毒手を切り刻み、吐き捨てた言葉と共に距離を取る。
『─────────────────ッ!』
「──ちッ」
幾度目かの、合成竜の悲痛な咆哮。
金属の翼を広げ、砕けた空間から逃れたコウスケは、3次元的機動で体勢を整え、漆黒の竜剣の切先を向け叫ぶ。
「雷ァァァッ──!」
戦闘の中で会得した、雷を刃に乗せたコウスケの一撃。通常の魔法では竜の鱗により吸収されてしまうものの、斬撃を織り交ぜたその一閃は、光に匹敵する速さで駆け抜け、合成竜の片翼を切り落とし、その図体をよろめかせる。
──まだ足りない。
脳内が警鈴を鳴らし、瞬時に展開した〈ゲート〉でその場を離脱するコウスケ。その予感に応えるが如く、吐き出されたブレスが通り抜け、『空』が消え失せる。
本来ドラゴンにとって最もメジャーで強力な技のひとつ、〈竜の吐息〉。各竜の権能によりその能力は千差万別ではあるものの、コウスケが対峙するソレが放つものは、そのどれとも当てはまらない。
当たれば即死──否、存在そのものが消滅するであろうソレは、彼にとって最も警戒すべき攻撃のひとつである。その判断を逆手に取られたのか、転移先に飛ぶや否や、待ち伏せられていたように振るわれた後ろ脚からの薙ぎ払いがコウスケを襲い、その身体を離れた山岳へと飛ばしクレーターを形成する。
「──ッ…ぁ…」
チカチカと、視界が点滅し輪郭が歪む。反転重力にて勢いを殺しても尚、常人なら確実に耐えることはできないだろう。片翼の欠けた状態で、巨大を浮かべ向かい来る合成竜が視界に映り込む。
───また、失敗したのか…
いつか自身が呟いた声が、頭の中に鳴り響く。
竜人に、魔人に、アザミに──そして、過ぎ去った時間で、手を伸ばしてくれた人達に。託された想いが、使命が、大見得切った自分に絡み付き、重い身体を地面に縛り付ける。
「ッ…なんで──」
──こんな時に、と。
地面に拳を打ち付けようとして、ふと全身の痛みが和らいでいく。
「いや、違う──」
微かに、自身を包み込む温かな光。
それが癒しを司る恋人の権能であると、理屈でもなく理解して、言い聞かせるようにそう呟く。
過去や人からの想いと期待。それは自身に課せられた重圧でもなんでも無くて。
自らの誓いを背に、震える足で立ち上がり、目前の親友をしっかりと捉える。
『ごめんなさい』
最後に行動を共にし、魔王と相まみえたあの日。薄れゆく意識で見た彼は、たしかにそう言っていたように見えていて。歯車のかけ違えたあの日、自分達のために動いたあの悲痛な表情が、その巨体と重なり映る。
「──本当に、馬鹿だよ。俺も…ユウさんも」
だから、と。音にならない声を上げ、コウスケはその両足で立ち上がる。
『─────────────────ッ!』
「少しだけ、我慢してくれ」
果たしてそれは誰に放った言葉なのか。
走馬灯のように駆け巡る、かつて出会い、別れを繰り返してきた人達の幻覚。そして微かに、だがしっかりと感じる恋人の力。軋む身体がよろめいて、崩れ落ちそうになった時、ふと親友の手で消えた魚人族の女の幻覚が、背中を押して微笑み消える。
「あぁ、任せろ」
虚空に向かって溢れた声。
魔力を、体力を、それでも足りないなら生命力を。
ありったけの力を流し込み、金色に輝く瞳で迫りくる全容を捉え、その手を伸ばす。
存在を再定義できる神の権能。
とっくに限界を超えた身体中から、血が噴き出し周囲を深紅に染めていく。
定義すべきは、『友』。
最早言葉もなく、自らの血で染まった顔を上げ、自我無き合成竜へ向かって、コウスケが吠えた刹那──
──異なる2人の存在が、再び一つに繋がった。
ーーー
永遠に続くような、真っ暗な不思議な空間。
再び訪れたモノクロな闇を背に、人の姿のコウスケは、迷いなくその足を進め歩く。
ただ深く、幾度と無く繰り返される色褪せた景色。情景も、登場人物も、時間すらも異なるそれらは全て、同じ結末を記していて。最後に佇む人影が、重なり合い竜人を象っては消えていく。
コツコツ、と。響くはずの無い足音を鳴らし、過ぎ去る景色を見送るコウスケ。
重なった輪郭の先で、ふと視線を上げた彼は、本来の黒い瞳孔を広げ、閉ざした口をゆっくりと開ける。
「ユウさん」
紅一点、モノクロの世界に映る美しい男の肢体。竜人のペンデュラムを思わせる、無数に伸びる灰色の鎖が、そんな彼に絡み付き、幻想的な光景にも見える。
一歩、また一歩。
繋がれた鎖を潜りながら、彼へと近づくコウスケ。
ふと鎖に触れようとして、色付いた異彩を放つ鎖を目に、伸ばしかけた手を寸でのところで止める。
──双頭竜と2人の少女。
脳裏に浮かび上がった以前の情景が、コウスケの思考を揺さぶる。
「そういうこと、だったんだな」
言い聞かせるように呟いて、眠り姫のような男へと視線を戻す。
幾度と無く繰り返された、滅びの歴史。
その度に絶望し、上書きし、そしてまた別の要因で滅びていく。
この世界に戻る前、説明されたことの意味をようやく理解し、閉ざされた空間でひとり、涙を垂らす。
「あぁ、わかってる。でも、俺は──」
これは詭弁だ、と。
拳を強く握り締め、囚われの王子をまっすぐ見据える。
ひとりで抱え込む必要も、自分だけが背負うという柵も。もう、繰り返す必要は無いんだと。そして──
「戻って来いユウさん。俺も、ミリンも、イヨさんも、みんなが生きて待ってる。俺達の信頼は、友情は、こんなところで終わるほどヤワじゃないはずだ。だから──」
お前の意思で戻って来い、と。何度でも言うと念押しして、雁字搦めの鎖を鷲掴む。
ひとつ。鎖が色づいて、ダイバーシティの街が燃える。
ひとつ。鎖が色づいて、竜の里が塩へと変わる。
ひとつ。鎖が色づいて、ディザスターの帝都が沈む。
知っている顔や街だけでなく、世界の裏側で起きたことさえも。幾度と無く繰り返された滅びの歴史が蘇り、コウスケの脳内を掻き乱す。
「──っ!」
目眩や吐き気が襲い、掴んだ手に血が滲む。
それでも尚、その場で足を踏み込んで。
力任せに引いた腕に、想いを乗せて握り締める。
「戻って来いって、言ってんだろうが───ッ!」
己の脳すら震わせるような、雄叫びにも似た渾身の叫び。
そんな声に呼応するように、全ての鎖が色づいた刹那、音を立て引き千切られたソレは、モノクロの景色を照らしながら、ゆっくりと周囲に溶け消えていく。
「ユウさんッ!」
自由落下ように離れる肢体へ、咄嗟に手を伸ばし繋ぎ止める。
「──コースケ、さん」
ゆっくりと開かれた美しい紅い瞳と共に、その鼓膜を震わせた自分の名前を呼ぶ声。
おせーよ馬鹿、と。音も無く返した瞬間、周囲の景色が崩れ去り、2人の意識は引き戻された。
ーーー
咳き込む音と共に、肺に詰まった血が地面を赤く染める。
骨が、肉が、臓すらもぐちゃぐちゃになったはずの己を見返し、赤い水面に映った自身を確認したスミレは、軋む身体に鞭を打ち、這いずり回るように周囲へ視線を移す。
「…っ、ミリン」
視界の端で倒れる女を目に、思わず漏れ出たそんな声。
戦闘中も、そして倒れても尚治癒を続けていたのだろう。自身が五体満足でいられるのはそのおかげだ、と。彼女から感じる暖かな癒しを全身に、匍匐前進をしながら進んだスミレは、岩陰に寝かせられたその頬にそっと手を添える。
「寝ているだけ、か…」
ひとり息を吐きながら、言い聞かせるように呟く。
神の再現とも言える、合成竜との対峙。
攻撃も一切が通らず、事物そのものを書き換える圧倒的無までの『力』を前に、その格の違いを理解した彼女は、何故か存在している自身の身体へと思考を向ける。
「あのユウがやられた?…いや、でも──」
そんなことは有り得ない、と。自身の考えを否定しようとした刹那。不意に感じた、夥しいほどの力の奔流が、全身の毛が逆立たせる。
「───ッ!?何だ!?」
反射的に飛び上がり、力を感じた方へと視線を向ける。
荒野となった大地から伸びた、山岳のある場所。本来山であったそこは抉り取られ、草木無く形成された1本の道。
狼姿となることで己の視力を強化し、遮蔽物の無いその先を見据えた彼女は、網膜に投影されたその光景に、思わず口を開け放つ。
「男──いや、ユウ、なのか…?」
ゆっくりと、コマ送りのように動く。
光のように溶ける合成竜に代わるように、上空に放り出された美しき男の肢体が、長い赤茶色の髪を靡かせ、地面に落ちて沈黙した。
ーーー
鈍く、そして全身に走る痛み。
その刺激に耐えかねて、意識を覚醒させたコウスケは、自らの身体に鞭打って這いずるように立ち上がる。
血だまりの中に倒れた長い髪の人物。恐ろしくも懐かしい、見惚れてしまうようなその姿を目に、一歩踏み出したコウスケは呼び掛けるように口を開ける。
「ユウさん」
ポツリ、と。漏らした声が無音の空間に反響する。
また一歩。踏み出した足が、砂利となった地面を鳴らす。
「──ん…ぅ…」
吐息と共に漏れた、高く耳心地の良い声。
足を止めたコウスケの先、裸身を晒す美しい男は、ゆっくりとルビーのように紅い瞳を開けていく。
「──私は、何を…」
静かに起き上がり、乱れた長髪を振り呟く男──ユウ。
頭を押さえながら、周囲を見渡した彼は、ボロボロの甲冑の化物を視界に捉えると、その目を見開き無言で口を開閉させる。
「ユウさん」
「──は、はい!?あ、あのコースケさ…わた、私、は──」
「おかえりなさい」
「──っ!」
思わず息を呑み、金色に輝く瞳を見つめ返す。
罵詈雑言でも誹謗中傷でもない、なんてことない一言。ユウの脳内に反響し、理解するよりも早く、地面についた手に、暖かな雫が落ち音を立てる。
「あ、あれ…私、なんで…」
止めどなく溢れてくる、目元から垂れる雫の数々。
ぐしぐしと、鱗で覆われた手でそれを拭った彼は、自らの痴態を気にするでもなく、ゆっくりと立ち上がる。
「ユウさん」
2人の間には、最早言葉すらいらない。
竜人として一糸纏わぬ姿のまま、一歩踏み出したユウは、差し出されたコウスケの右手を捉え、ゆっくりとその手を前に出す。
「コースケさん。私、──ぇ?」
「──は?」
手が重なろうとした刹那、互いの顔を汚す赤い液体。
素っ頓狂な声を上げ、視線を落とした2人が捉えたのは、ユウの胸元から生えた真っ赤な手だった。
「よぉーやく隙を見せてくれたねぇ…オリジナルさぁん…?」
──ぐちゃり。
ユウと同じ声が2人の鼓膜を震わせた瞬間、不快な音が2人の視界が揺らがせる。
「──っ、ぁ…」
「ユウ、さ…?」
左胸を、左腕を、左翼を引きちぎりながら、心臓をえぐり取るよう、横に払い引き抜かれた真っ赤な手。
空気の抜けると共に、鮮血を撒き散らし崩れ落ちるユウのその背後から、コウスケの網膜に映り込んだのは、愉快な笑みを浮かべ笑うユウと同じ顔の女だった。
皆様お久しぶりです。第6部中盤となる28章はこれで終わりになります。全30章で完結予定なので、残すところあと2章になりました。
何度も滅びを繰り返す世界の中で、ようやくその全容が顕になった28章。対立していた2人の主人公がまとまり、目的を同じとした刹那、新たに現れた存在がその行く手を阻みます。
さて、次回はから第29章。
再開、そして別れ。ユウを真なる意味で取り戻した刹那、その鮮血を浴びたコウスケ。死神が、魔王が、そしてコウスケ達が、それぞれの思惑を交差させ、そして───
またしばらく更新まで期間が空くかと思いますが、気長にお待ちいただければ幸いです。




