第三話
——翌日
朝起きると、清々しい朝日が窓から差し込んでいた。なんだかお尻が痛いような気がするのはきっと気のせいだろう。
準備をして評議室へ入ると、中にはすでにドンキーさんとリリーさんが椅子に座っていた。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「尻から魔法を出して切れ痔になる夢を見ました」
「そうですか。それでは早速公判へと向かいましょうか」
そうして僕たちは法廷へと向かった。
法廷に入ると、中には被告人と弁護人、検察官、傍聴人が待っていた。僕たちは彼らの視線を受けながら自分たちの席へとついた。なんだか初めての裁判だから緊張しちゃうな。でも尻なんだよなー。僕は複雑な気持ちで法廷内を見つめた。
「それでは公判を始めます。まずは冒頭手続から進めます」
そう言ってドンキーさんは起訴状の朗読や被告人への確認等を済ませた。
次に、検察官から事件の内容についての説明が始まった。冒頭陳述というやつだろう。
「被告人は、○月×日の十四時三十分頃、セイブル駅前広場にて、徒歩にてやって来た被告人は身体を三十度前傾させ、臀部を突き出した状態で一秒間静止。その後、呪文を詠唱し、十秒後に肛門よりおよそ百平方メートルの範囲に及ぶ広範囲雷魔法を発動させ、現場に居合わせた多数の人間の生命を危機に晒したものであります。犯行の証拠はこの動画になります」
検察官がそう言うと、僕の目の前にある小さいモニターに昨日見た動画が映し出された。うん、尻からおな……魔法が出ているな。流石に二回目ともなると見慣れたものだ。
僕は画面から目を離して被告人の顔を見た。被告人は真っ直ぐにこちらを見ていて、特段悪いことをしたとは思っていなそうな顔をしていた。尻から魔法を出して何が悪い? といった感じだ。僕も何が悪いのかは分からないけど、法律で禁止されてるんだから仕方ないよね。
「以上が検察からの報告になります」
「ありがとうございました。続いて弁護側からの意見を述べてください」
ドンキーさんがそう言うと、弁護人が席を立って資料を読み上げ始めた。
「検察から提示された証拠からは、被告人が尻から魔法を出したという証拠にはならないと思われます」
どう言うことだ? どう考えても尻を突き出して魔法を出していたじゃないか。これが証拠じゃないなら、なんだと言うのだろうか?
「この動画からでは尻の穴から魔法が出ているかどうかは判別できません」
「つまりどういうことですか?」
「被告人は尻の穴ではなく、尻の穴付近の毛穴から魔法を放出していたのです」
ええ……それは屁理屈というものじゃないか? 尻だけに。
「何を言っている? 毛穴から魔法を放出するには、毛を抜かなければならないはずだ! 被告人の尻に毛はあったはずだ!」
「被告人、どうなのですか? 尻に毛はあるのですか」
こんなこと僕が聞かれたら絶対黙秘するぞ? 果たしてゴーイングはなんと答えるのだろうか?
「私の尻は、ツルツルだ」
ドンッという音が聞こえそうなくらいゴーイングは堂々と答えた。VIO脱毛とかしてるのかな。美容意識が高い犯罪者だ。
「バカな! 取り調べの時にはボーボーだったはずだ!」
ボーボーなんて言葉、裁判所で聞きたくなかった。それにしても、取り調べでケツの毛まで見られるなんて、こっちの世界には人権もクソもないのかなあ。
「フフフ、ならば今ここで確かめてみるといいでしょう!」
弁護人が自信満々に答えた。確かめるって、ここでケツを丸出しにするってこと? 法廷でそんな不敬は許されるのか!?
「それでは確認しよう」
そう言うと、検察が被告人のズボンを下ろし始めた。なんとなく僕は目を逸らした。
「な!? ば、バカな! 尻の毛が全て毟られている!?」
ゴーイングの尻は真っ赤だった。もしかして公判前に尻の毛を毟ったのか? 弁護士ってそんなこともするの? 恐ろしい職業だ……。
「どうでしょう? 何か他に証拠はありますか?」
「ぐぬぬ……しまった、写真を撮っておくべきだった……!」
検察官が歯が欠けるのではないかと思うくらいギリリと歯噛みした。流石にケツの写真を撮るのは倫理的にどうなんだ? どちらにしろ弁護側が一本取ったという形だろうか。いや、何本毟ったのかは分からないけれど。
「それでは、質疑に移りたいと思います。被告人に質問がある方はいらっしゃいますか?」
ドンキーさんがそう言うと、リリーさんがスッと手を上げた。
「リリー裁判官どうぞ」
「被告人へ質問です。なぜ魔法を放出する際に尻を突き出したのですか?」
こんな質問が許されていいのか? なんなの? 笑ってはいけない裁判所なのここ?
「あれは魔法を撃つ時のルーティンのようなものです。尻を突き出すことによって、よりコンセントレーションを研ぎ澄ませることができる。尻というものはそれだけ私にとって崇高で神聖なものなのですよ」
ゴーイングはうっとりとした表情で答えた。その言葉を聞いて、リリーさんは微笑を浮かべて頷いていた。あれ? 昨日は被告人のことボロクソに言ってたのにどういう心変わりだ?
「なるほど、それではもう一つ、あなたにとって、尻とは?」
「愛……ですかね」
その言葉にリリーさんはうっすらと目に涙を浮かべているように見えた。なんでこの人、裁判官になれたんだろ。
「よろしいですか? えー、他に質問はありませんか?」
ドンキーさんがもう一度質問を促した。ふと思いついたことがあるので、僕は質問をしてみることにした。
「あ、はい、いいですか?」
「はい、宮田裁判員どうぞ」
「あのですね、尻の穴付近の毛穴から魔法を発動させたとおっしゃいましたが、そんな微妙に位置を変えて魔法を発動することってできるものなんですか? 思わず尻の穴から出ちゃったりとかしないんですかね?」
「ええ、それは、まあ、限定的ではありますが可能です」
「なるほど。では、そんな尻付近の毛穴から魔法を発動させて、それであなたの目的は達成されたのですか?」
「そ、それは……」
ゴーイングはグッと言葉に詰まって弁護人の方を向いた。弁護人は首を振っていた。
「も、黙秘します」
「うわ〜怪しい〜。絶対尻の穴から魔法を出して快感を覚えるタイプの変態だよこいつ」
「裁判員、私的な意見を発言するのは謹んでください」
怪しすぎて思わず口にだしてしまった。うーん、なんとかして証拠を掴めないだろうか?
「最後にもう一ついいですか?」
「どうぞ」
「あなたが普通に雷魔法を使った時の威力はどれくらいですか?」
その言葉に弁護人が血相を変えて口を挟んだ。
「被告人は魔法大学の優秀な学生です。高い威力の魔法を発動することができます」
「ではここで披露してもらえますか?」
「グググ……も、黙秘します」
黙秘できるのか? 僕はドンキーさんの方を向くと、ドンキーさんは首を横に振った。認められるのか……。ゴーイングはケツとは違って口は硬かった。
「検察官、なんかそこら辺が分かるデータとか持ってないんですかね?」
僕は検察官に聞いてみた。すると、嬉々とした顔で検察官がパソコンをいじり始めた。
「被告人の魔力測定は実施済みです! このデータを元に、被告人の基礎魔力量は算出できるはずです!」
検察官がそう言うと、モニターに何かの数値が映し出された。検察はしたり顔でこちらを見ている。なんだか自信がありそうなので、決め手となるデータなのかもしれない。でも、これだけ見ても僕には何が何やらさっぱりだった。
ドンキーさんの方を見てみると、興味深そうにそのデータを眺めていた。ドンキーさんは理解しているのかもしれない。後で聞いてみよう。
「他に質問はありませんか?」
今度はその言葉に誰も反応しなかった。
「それでは、本日の公判は以上となります。判決の言い渡しの日は追って連絡します。それでは閉廷します」
こうして、その日の公判は終了となった。公判を終えて僕は「やはりこの世界は狂っている」と思った。




