第二話
僕は二人からバスタオルと衣服を受け取り、ようやく風呂から上がることができた。すっかり冷めた湯に浸かっていたせいか、ちょっと寒気がした。
転送された場所は会議室のような場所だった。評議室と言うらしい。打ち合わせ用のテーブルや椅子が置かれていて、おそらくここで討議をするのだろう。でも今は評議室の横に湯船がドンと置かれていて、なんだかそういうお店みたいだ。
「それで、僕が裁判員っていうのは本当ですか?」
「あ、上から説明は受けたみたいですね」
「はい、でもそれくらいしか教えてくれなかったんですよね。具体的に何をすればいいかが分かんなくて……」
「そうですか。では今から魔法裁判員裁判についてと審理する事件について説明をしましょう」
「よろしくお願いします」
そう言って二人がテーブルに腰掛けてノートパソコンを操作した。すると評議室に設置してあったスクリーンに説明用のスライドが映し出された。異世界と聞いていたが、なんだか会社の会議みたいで異世界に来た気分にならなかった。
「まずは自己紹介から始めましょうか。私はドンキーと申します。今回の裁判の裁判長を担当します。どうぞよろしくお願いします」
そう言って小太りのおじさんが立ち上がって会釈をした。なんだか優しそうな人だ。
「私は今回の裁判の裁判官を担当しますリリーと申します。どうぞよろしくお願いします」
そう言ってショートカットの女性が会釈をした。その鋭い眼差しに知的な感じを受ける。できる女の匂いがした。でも大人の女性なので僕のセンサーには引っかからなかった。
次に僕が立ち上がって一礼しながら自己紹介をした。
「あ、どうも。僕は宮田一郎と申します。こちらこそよろしくお願いします」
自己紹介を終え、僕は椅子へと座り直した。
「宮田さんは裁判に参加されたことはありますか?」
「いえ、ニュースとかで見た事あるくらいで、実際に参加したことはないです」
「そうですか、それではかい摘んで説明しましょう。裁判員裁判とは、抽選で選ばれた裁判員が、公判に参加して判決内容まで決める裁判のことを言います。そして、今回は魔法が絡む犯罪を裁く裁判になるのですが、その裁判には魔法が使えない世界の人を対象とした裁判員を呼ぶことになっています」
「魔法が使えない世界……? 確かに僕の世界には魔法という概念はないです」
「そうなのです。ですから、その世界の中で選ばれた宮田さんが、今回の裁判員ということで召喚されたのです」
なるほど。世界を超えた裁判なのか。なんだか大事だな。まあ神様が出張ってくるくらいだから大事件なのだろう。僕は身が引き締まる思いがした。
「それでは、今回の事件について説明しましょう」
ゴクリと僕の喉が鳴った。一体どんな凶悪事件なんだ……?
「今回の事件は、尻から出された魔法による殺人未遂事件です」
「なんて?」
「ですから、尻から出された魔法による殺人未遂事件です」
「Siriから出された魔法? AIとかそういうアレですか?」
「いえ、お尻から魔法を出したのです」
僕は想像していたのと大分テンション感が異なる内容だったので右手で目の間をつまんだ。なぜ尻なのだ?
「すみません、素人質問で恐縮なのですが、魔法って尻から出せるものなんですか?」
「なるほど、魔法についても説明が必要でしたね。それではまず、そちらを説明しましょう」
そう言ってドンキーさんがノートパソコンを操作して別のスライドを映し出した。
「魔法とは、魔力をエネルギーとして使い、呪文を唱えてその魔力を操作し、超常現象を巻き起こす技術のことを言います」
「はい」
そこまでは僕が知っている魔法と同じだった。
「そして、基本的に魔法とは、人体にある穴から発動されます」
「あな」
「そうです。口、鼻、耳、目、毛穴からも出せます」
「毛穴から? 毛があると詰まっちゃうんじゃないですか?」
「はい、ですから毛穴から魔法を発動させるには、脱毛する必要があります」
美容意識が高くないと使えない魔法だった。
「ちなみに、目から魔法を発動させるのが一般的です」
「魔法使いはメガネかけられないじゃん」
「はい、ですので魔法使いは全員裸眼です」
目が悪いと魔法使いになれないなんてハードル高いなあ。
「そして、人体の中で尻と性器から魔法を出すことは法律で禁止されているのです」
「法律で? え、どうしてですか?」
「魔法の出力がものすごく高くなるのです」
「ウソぉ……」
どういう原理なんだ? でもそれを聞いたら大真面目に説明してくれそうなので黙っておいた。
「そして今回の事件では、被告人は人通りの多い広場で尻から魔法を放出させた。それはテロ行為に相当する犯罪なのです!」
ドンキーさんが声高らかに熱弁した。よくないことなのだろうが、どうしても危険性がピンとこなかった。
「事件の証拠動画があるので見てみましょうか」
リリーさんがそう言ってノートパソコンを操作すると、スライドが動画の再生画面に切り替わった。リリーさんが再生ボタンを押すと動画が動き始めた。
「真ん中やや右手にいる男に注目してください。魔法を出しますよ!」
すると、動画の中央やや右にいた男が尻を突き出し始めるのが見えた。明らかに怪しい。この時点で職質ものだ。そして口をもごもごと動かしたと思った瞬間、尻から白いモヤモヤしたものがゆっくりと辺りに広がり始めた。
「これっておなら……」
「魔法です」
リリーさんがピシャリと僕の言葉を遮った。ま、まあどちらにせよ、ある意味テロ行為だと言われればそうなのかもしれんが。
僕がもう一度動画へと目を向けると、そのおなら……モヤモヤしたものの中がバシュッと弾け、連鎖的にスパークが走った。
「わあ! なんだこれ、電気か?」
「広範囲の雷魔法になります」
「ケツから雷を出したというのか!?」
ケツから放たれた雷で広場は大騒ぎになっていた。阿鼻叫喚の中で、ケツを突き出した男が満足そうな顔をしていた。この動画を動画配信サイトに上げたらバズりそう。
「お分かり頂けましたか?」
「えー、あー、はい、まあ」
僕は曖昧な返事でお茶を濁した。
「それで、この被告人は一体何者なんですか?」
「では被告人についてご説明しますね」
リリーさんがスライドを切り替えると、スクリーンに男の顔が映し出された。金髪の爽やかなイケメンだ。こいつが殺人未遂を……? あまりそんな風に見えないな。
「この男はゴーイングという者で、魔法大学の大学院生だそうです」
「立派な学歴だなあ」
「元々は魔法工学を専攻していたようなのですが、最近は魔法の発動方法についての研究に没頭していたそうです」
「しかし彼は周りに少し残虐な性格を見せていたようなのです。実験と称して、魔法で動物を攻撃したり、物を破壊したりしていたそうです」
「なるほど、その残虐性が人間にまで手が及んだ、ということですかね」
「いや、彼が言うには、『とにかく尻から魔法を出してみたかった』そうなのです」
う、うーん、全然理解できない感情だな……。尻にロケット花火を差し込んで発射してみたかった、とかそういう好奇心だろうか?
「尻から魔法を出すなんて……お尻はそんな犯罪に使うものではない、もっと神聖なものなのに!」
リリーさんが急に熱く語り始めた。どうしたんだ急に?
「宮田さんも男性ならお尻は尊いものだと思いますよね?!」
「え? う、うーん、大切なものだとは思いますが……」
「そうですよね! 男同士が愛を確かめ合うやんごとなき器官、それがお尻なのです!」
「たぶん違うと思うよ?」
さてはこいつ、腐女子だな? 僕はお尻の穴がキュッと絞まるような思いがした。
「リリーくん、落ち着きたまえ」
「すみません裁判長……私、被告人が赦せなくて……誘い受けみたいな顔して、どうせお尻もゆるゆるのくせにこんな……」
「リリーさんはもう黙った方がいい」
僕はリリーさんはもう使い物にならないと思ったので、ドンキーさんへと話を振った。
「それで、これからどういう流れになるんですか?」
「そうですね、事件についての説明はこれで終わりましたので、次はいよいよ公判が開始されます。まずは出廷して、被告人、弁護人、検察官の話を聞きます。それから、その内容を踏まえて判決を下す、というのが大まかな流れになります」
本格的な裁判なんだな。内容が内容だから、なんだか緊張感に欠けるが。
「分かりました。それじゃ、次は実際に被告人と対峙することになるんですね」
「はい、明日の午前中に公判が開廷されます。今日はこれで終わりになりますので、明日またここへ来てください」
「え、僕、どこで寝泊まりすればいいですか?」
「この裁判所内に異世界裁判員用の宿泊設備がありますので、そこで休んでください」
「そんなのがあるんですね。分かりました」
そして僕は二人に連れられて宿泊設備へと向かった。疲れていたのか、僕は食事をしてすぐに眠りにつくことができた。




