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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.19 君だけのヒーロー (4)「ヒロインは負けられない」

 悠が応援団に入ったと聞いたときから、何となく嫌な予感はしていたんだ。

 覚悟はしていた。

 でも実際に、こうして目の当たりにすると……つらい。


 桑原先輩:

「えー、あの子超カッコイイ! 2年だよね、名前何?」


 女子生徒:

「知らないの? サッカー部の中曽根くん、1年のときも人気あったよ」


 桑原先輩:

「知らなかったー! チェックチェックー!」


 戸田 るり:

「……」


 初めての、応援団練習日。

 じつはこっそり、体育館へ足を向けていた。

 でも、体育館入り口には3年生のお姉さんたちがたくさんいて、近寄れなかった。

 しかも、悠のことを話していて。


 戸田 るり:

「……やっぱりいいや。行こう、茉莉ちゃん」


 早乙女 茉莉:

「え、いいの? るりちゃん」


 戸田 るり:

「うん、いいの!」


 立ち去ろうとした時に、体育館から野太い男の子たちの声が響きだした。

 その中に、悠の声も見つけたけれど。


 戸田 るり:

(……頑張ってね)


 直接言いたかった応援を、こっそり心の中で呟いた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君だけのヒーロー

(4)「ヒロインは負けられない」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 スポーツ大会まで、あと2週間となった頃。

 休み時間に、茉莉ちゃんからあることを聞いた。


 戸田 るり:

「ハチマキ?」


 早乙女 茉莉:

「うん。応援団の男の子からハチマキをもらうのが恋人の証って伝統が、あるらしいよ」


 そんなロマンチックな伝統があるなんて、知らなかった。

 茉莉ちゃんは、いとこから聞いたというその話を、どこか照れ臭そうに私に教えてくれる。


 早乙女 茉莉:

「るりちゃんも、中曽根くんからもらう約束してるの?」


 戸田 るり:

「ううん。ていうか、悠そんなこと知らなさそう」


 肝心なところで鈍感な悠は、恋愛ごとには特にそうで、ハチマキのそんなロマンチックな話は知らないんだろうなぁと、簡単に想像できてしまう。

 応援団の練習の話をするときも、疲れたーしか言わないし。


 戸田 るり:

(でも、欲しいなぁ)


 そんな話を聞いたら、やっぱり欲しくなっちゃう。

 今度、悠に言ってみようかなぁと考えたときだった。


 林 和葉:

「るりちゃん」


 クラスメイトの和葉ちゃんが、声をかけてきた。


 戸田 るり:

「あ、和葉ちゃん」


 顔を向けると、和葉ちゃんはちょっと言いにくそうに私に告げる。


 林 和葉:

「なんか3年生が、るりちゃんを呼んでるんだけど……」


 ちらっと和葉ちゃんは、教室の扉に視線を向けた。

 そちらを見ると、知らない女の先輩が2人、ドア付近に立っている。


 戸田 るり:

(ん? あの人って……)


 以前に、体育館で見た人じゃないかな。


 すらりと足が長くて大人っぽい女子の先輩は、私と目が合うと、手を振って人懐っこい笑顔を見せた。とてもキレイな人だ。

 その後ろにいる人も、体育館で一緒に喋ってた人だった気がする。


 林 和葉:

「……大丈夫?」


 和葉ちゃんは、そんな先輩と私を交互に見て言った。


 戸田 るり:

「う、うん」


 先輩に呼び出されるって、けっこう怖い。

 私は何だろう、と思いつつも、その先輩たちに近寄った。


 戸田 るり:

「あの、何でしょう」


 桑原先輩:

「あ、あなたがるりちゃん?」


 戸田 るり:

「はい」


 どうして私の名前を知っているのだろう。

 そんな疑問を問えぬままに、先輩の言葉を待つ。


 桑原 志帆:

「私、3年生の桑原志帆《くわはら しほ》っていうの。よろしくね」


 戸田 るり:

「はぁ……」


 差し出された右手に、握手を求められていると気づき戸惑ってしまう。

 うっすらと透明のネイルが施された指先はとてもキレイで、おずおずと差し出した私の手は、ちんちくりんでお子様みたいだった。


 桑原 志帆:

「るりちゃん、可愛いねー。私、負けそう〜」


 戸田 るり:

「え?」


 キュッと握られた右手にドキッとしていたら、そんなことを言われた。

 きょとんとした私に、桑原先輩は言葉を続ける。


 桑原 志帆:

「私、中曽根くん狙いなの。今日は宣戦布告!」


 戸田 るり:

「!?」


 とんでもない発言に、口をポカンと開けた。


──え? えええ!?


 そんな私に、桑原先輩の後ろにいたもう1人の先輩が、クスクス笑った。


 先輩:

「ほら志帆〜、やっぱり困ってるじゃん、この子」


 桑原 志帆:

「でも、やっぱりこういうのは、正々堂々とやらないと!」


 振り返って笑う桑原先輩。

 揺れた髪の毛から、柑橘系のいい香りが飛んできた。


 これはつまり……ええと。


 戸田 るり:

(ライバル宣言……されてる?)


 悠に隠れファンがいるんだって、最近何となくわかっていた。

 でも、私という存在が学校内ではけっこう知られているから、表立ってアピールする子は少なかった。


 しかし、強者はいたのだ。

 まさかこんなにも堂々と、宣言されるなんて……!


 戸田 るり:

(こ……これは)


 戸田 るり:

(ま、負けられない!)


 ぐっと唇をかんだ。

 バレンタインの時にも感じた見えぬライバルへの対抗心に、再び火を着ける。


 私って、けっこう負けず嫌い。

 あらためて感じる。


 桑原 志帆:

「いつでも中曽根くん、手放していいからね♡」


 そんなことを知らない桑原先輩は、キレイにウィンクしてこちらを見た。

 正直、こんなに美人なライバルは初めてだ。

 お色気もたっぷりあって、大人の雰囲気をかもし出すこの人と並んだら、私なんてすぐにかすんでしまう。


 でも……でも!


 戸田 るり:

「そんなこと、しません」


 桑原 志帆:

「!」


 きっぱりそう言って握手した手を離し、桑原先輩の目を見つめた私。

 それに対して彼女は、思いがけないものでも見たかのように、目を丸くした。


 桑原 志帆:

「……へぇ」


 桑原 志帆:

「意外と、強気なんだ」


 クスッと笑ったその表情は、てんで私の言葉が効いていないようだ。


 桑原 志帆:

「ま、これからどうなるかは、わかんないしね」


 戸田 るり:

「!」


 桑原 志帆:

「じゃあね、るりちゃん」


 そう言って、桑原先輩は去っていった。

 すると入れ替わるように、背後から和葉ちゃんが声をかけてくる。


 林 和葉:

「何あれ、すっごい嫌な感じ」


 戸田 るり:

「和葉ちゃん」


 聞かれていたのか、とちょっと恥ずかしくなる。

 うつむいた私に、和葉ちゃんは小さな声でそっと囁いた。


 林 和葉:

「……負けないでよね」


 戸田 るり:

「え?」


 見つめ返した私に、和葉ちゃんはちょっと怒ったような顔をして、言葉を続ける。


 林 和葉:

「あんな先輩に、負けないでよね」


 戸田 るり:

「う、うん」


 和葉ちゃんのその言葉は、素直に嬉しかった。

 小学生の頃、同じ生き物係をしていた和葉ちゃん。

 やっぱり、あの頃から変わらない優しさに、私の心はほんわり温かくなる。


 戸田 るり:

「ありがとう、和葉ちゃん」


 お礼を述べると、和葉ちゃんは少しくすぐったそうに笑い返してくれた。

 またあの頃に戻ったような気がして、なんだか嬉しくなる。


 そんな私たちに、同じく心配してくれていた茉莉ちゃんが、遠慮がちに声をかけてくれた。


 早乙女 茉莉:

「大丈夫だった? るりちゃん」


 戸田 るり:

「うん、大丈夫!」


 そう答えたら、茉莉ちゃんはホッとしたように笑ってくれた。

 ふふ、茉莉ちゃんの笑顔ってわかりづらい分、見つけられるとなんだか嬉しいんだよね。


 こんなふうに心配してくれる友達が、私にはいる。

 そのことが嬉しくて、元気をもらえて。

 私は再び「負けないぞ!」という気合いを、入れたのだった。




 ◇ 続く ◇

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