Ep.18 琥珀と黒曜(3)「琥珀色」
豪雨のカーテンは、いまだに途切れることはなく、昼の時間を支配する。
まだ明るい中の土砂降り雨は、不思議な世界を橋の外に作っていた。
ぼんやりとその様子を眺めながら、私は近くで同じように佇む金田くんを、ちらちらと覗く。
ポタポタと、髪の毛から雫を垂らしている。
濡れて張り付いていたTシャツが、少しだけ彼の肌を透かして見せた。
一方の私は、ネイビーのポロシャツにキュロットだったので、透けていることはなかった。
ただ、肌寒さに身を震わせて、地面を見つめる。
私から滴る雫が、いびつなドットを地面に描いていた。
羽鳥 梢:
「──っくしゅん」
小さく、くしゃみをしてしまう。
一瞬、金田くんは顔をこちらに向けたが、すぐにまた「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
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琥珀と黒曜
(3)「琥珀色」
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沈黙に耐えきれなくなって、つぶやいた。
羽鳥 梢:
「……よかったね」
金田くんは、小さくこちらに顔を向けた。
羽鳥 梢:
「誤解とけて」
金田 信広:
「……ふん」
ざっ、と地面の土を彼のスニーカーが削る。
金田 信広:
「とんだ迷惑だ。CD入れたやつも、あの店長も」
神林さんという店員さんのことは、言わなかった金田くん。どこかふてくされたように、言葉を続けた。
金田 信広:
「お前も、お節介だよな。関係ねーのに」
羽鳥 梢:
「関係なくは、なくない……?」
だって、クラスメイトだし。
そう続けた私の言葉を、彼はきょとんとして受け止めた。
そしてどこか、痛々しいものでも見るように眉をひそめる。
金田 信広:
「はいはい、委員長はご立派ですね」
明らかに私をバカにしていた。
羽鳥 梢:
「その言い方、やめてよ」
たしかに2年生でも学級委員になったけれど、それは私の名前ではないのだ。
そんな私に、金田くんは眉をひそめたまま言った。
金田 信広:
「にしても、本当にムカつくぜ。あの店長」
金田 信広:
「人を見かけだけで決めつけてさ」
腹立たしさを思い出してしまったのだろうか。そんなことを言う。
私もつい、眉をひそめて彼に近づいた。
羽鳥 梢:
「そういうふうに見られるってわかって、染めたんでしょう?」
金田 信広:
「!」
彼を見上げて睨みつける。
私は、金田くんのこういったところが好きじゃない。
なんでも他人のせい。周りのせい。
自らそういうふうに仕向けているくせに、責任は自分にはありませんよ、なんて態度は好ましくなかった。
でも。
羽鳥 梢:
(……あ)
彼の髪の毛を、間近で見て。
濡れた金色に、目を奪われた。
雫のせいで透きとおったような金色は、雨のせいで薄暗くオレンジに近い。
まるで琥珀のようだ。
羽鳥 梢:
「……キレイだね」
金田 信広:
「!?」
つい、感想が口からこぼれてしまった。
こんな近くで彼の髪の毛を見たのは初めてだったので、そのキラキラに思わず視線が釘付けになる。
羽鳥 梢:
(……って、何言ってんの、私)
ハッとして口に手を当てる。
彼はまたさらに眉間にシワを寄せて、そんな私を見た。
金田 信広:
「バカにしてんの?」
羽鳥 梢:
「し、してないよ!」
慌てて首を振ると、濡れた髪がパシパシ顔に当たり気持ち悪かった。
自分でも何を言っているかもわからずに、素直に思ったことを口にする。
羽鳥 梢:
「近くで見て……本当に、その金色がキレイだなって、思っただけ」
金田 信広:
「………」
金田くんは、そんな私に怪訝な表情を見せるだけだ。
当たり前か。
ついさっき、染めたことを批難するようなことを言ったのに、その後に「キレイだね」なんて褒められてもね。
でも、思っちゃったんだもん。
仕方ない、と私は言葉を続ける。
羽鳥 梢:
「琥珀みたい」
樹脂の宝石のような、キラキラ。
それを彷彿とさせる今の濡れた金髪は、キレイだった。
金田 信広:
「………」
金田 信広:
「……お前やっぱり、ムカつくな」
羽鳥 梢:
「!」
金田くんは苦虫を噛み潰したような顔をして、 ダン! と私の背後の壁を、右手で叩いた。
睨みつける金田くんに対峙されて、思わず後ずさる。
が、背中にすぐ壁が当たって逃げられなかった。
これはまさしく、不良のガンつけ。
怖いくらいに顔を近づけられて、金田くんは私に言い放つ。
金田 信広:
「俺、まじでお前が嫌い」
羽鳥 梢:
「──っ!」
その言葉は、思いきり私の心をえぐった。
金田くんから発するオーラは明らかに、敵意と呼べるものだ。
羽鳥 梢:
(……何で?)
羽鳥 梢:
(……ま、負けるもんかっ!)
負けじと私もギュッと、彼を下から睨みつける。
それは不良の金田くんからしたら怖いものではなかっただろうが、彼はちょっとだけその視線にのけぞった。
癖のように、また小さく鼻を鳴らす。
そうして彼は身を離すと、まだ雨が降っているにもかかわらず、橋の外へ出ていった。
豪雨の中を、のっしのっしと大股でずんずん進んでいく。
その背中は雨のカーテンのせいでぼやけていき、土手を登った彼の姿は、すぐに見えなくなった。
「俺、まじでお前が嫌い」
金田くんが言い放ったセリフが、何度も頭の中でこだまする。
何なの。
何なのあれ!
超失礼だ!!
羽鳥 梢:
「む、ムカつくのはこっちだ〜!」
面と向かって嫌いだとはっきり言われたのは、生まれて初めてだ。
あんなふうに、睨みつけられたのも。
何、何で?
私って金田くんに、何かした!?
考えても、思い当たる節はない。
だって彼とは小学校も違うし、去年は同じクラスだったけど接点は少なく、喋ったこともあまりなかったから。
むしろ、今日が初めてたくさん喋った日ではないだろうか。
それなのに、こんなに毛嫌いされているなんて、知らなかった。
羽鳥 梢:
(なんか……ショックだ)
昔から友達とは仲がよく、誰とでも親しくできるのが自分の取り柄だった。
でも、金田くんから初めて敵意みたいなものを感じて、小さく身震いをする。
ちょっとだけ、怖かった。
羽鳥 梢:
「──はっくしゅん!」
くしゃみをして体をこする。
脳裏には、さっき近づいた金田くんの琥珀色が残っていた。
キレイなのに近づくな、と言っているような黄色。
まるで、金田くんそのものを表しているような色。
キレイなのに、もったいないの。
私はそう心の中で呟いて、まだ止まぬ雨を見上げた。
◇ 続く ◇




