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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.18 琥珀と黒曜(3)「琥珀色」

 豪雨のカーテンは、いまだに途切れることはなく、昼の時間を支配する。

 まだ明るい中の土砂降り雨は、不思議な世界を橋の外に作っていた。


 ぼんやりとその様子を眺めながら、私は近くで同じように佇む金田くんを、ちらちらと覗く。


 ポタポタと、髪の毛から雫を垂らしている。

 濡れて張り付いていたTシャツが、少しだけ彼の肌を透かして見せた。


 一方の私は、ネイビーのポロシャツにキュロットだったので、透けていることはなかった。

 ただ、肌寒さに身を震わせて、地面を見つめる。

 私から滴る雫が、いびつなドットを地面に描いていた。


 羽鳥 梢:

「──っくしゅん」


 小さく、くしゃみをしてしまう。


 一瞬、金田くんは顔をこちらに向けたが、すぐにまた「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 琥珀と黒曜

(3)「琥珀色」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 沈黙に耐えきれなくなって、つぶやいた。


 羽鳥 梢:

「……よかったね」


 金田くんは、小さくこちらに顔を向けた。


 羽鳥 梢:

「誤解とけて」


 金田 信広:

「……ふん」


 ざっ、と地面の土を彼のスニーカーが削る。


 金田 信広:

「とんだ迷惑だ。CD入れたやつも、あの店長も」


 神林さんという店員さんのことは、言わなかった金田くん。どこかふてくされたように、言葉を続けた。


 金田 信広:

「お前も、お節介だよな。関係ねーのに」


 羽鳥 梢:

「関係なくは、なくない……?」


 だって、クラスメイトだし。


 そう続けた私の言葉を、彼はきょとんとして受け止めた。

 そしてどこか、痛々しいものでも見るように眉をひそめる。


 金田 信広:

「はいはい、委員長はご立派ですね」


 明らかに私をバカにしていた。


 羽鳥 梢:

「その言い方、やめてよ」


 たしかに2年生でも学級委員になったけれど、それは私の名前ではないのだ。

 そんな私に、金田くんは眉をひそめたまま言った。


 金田 信広:

「にしても、本当にムカつくぜ。あの店長」


 金田 信広:

「人を見かけだけで決めつけてさ」


 腹立たしさを思い出してしまったのだろうか。そんなことを言う。

 私もつい、眉をひそめて彼に近づいた。


 羽鳥 梢:

「そういうふうに見られるってわかって、染めたんでしょう?」


 金田 信広:

「!」


 彼を見上げて睨みつける。


 私は、金田くんのこういったところが好きじゃない。

 なんでも他人のせい。周りのせい。

 自らそういうふうに仕向けているくせに、責任は自分にはありませんよ、なんて態度は好ましくなかった。


 でも。


 羽鳥 梢:

(……あ)


 彼の髪の毛を、間近で見て。

 濡れた金色に、目を奪われた。


 雫のせいで透きとおったような金色は、雨のせいで薄暗くオレンジに近い。

 まるで琥珀のようだ。


 羽鳥 梢:

「……キレイだね」


 金田 信広:

「!?」


 つい、感想が口からこぼれてしまった。

 こんな近くで彼の髪の毛を見たのは初めてだったので、そのキラキラに思わず視線が釘付けになる。


 羽鳥 梢:

(……って、何言ってんの、私)


 ハッとして口に手を当てる。

 彼はまたさらに眉間にシワを寄せて、そんな私を見た。


 金田 信広:

「バカにしてんの?」


 羽鳥 梢:

「し、してないよ!」


 慌てて首を振ると、濡れた髪がパシパシ顔に当たり気持ち悪かった。

 自分でも何を言っているかもわからずに、素直に思ったことを口にする。


 羽鳥 梢:

「近くで見て……本当に、その金色がキレイだなって、思っただけ」


 金田 信広:

「………」


 金田くんは、そんな私に怪訝な表情を見せるだけだ。


 当たり前か。

 ついさっき、染めたことを批難するようなことを言ったのに、その後に「キレイだね」なんて褒められてもね。


 でも、思っちゃったんだもん。

 仕方ない、と私は言葉を続ける。


 羽鳥 梢:

「琥珀みたい」


 樹脂の宝石のような、キラキラ。

 それを彷彿とさせる今の濡れた金髪は、キレイだった。


 金田 信広:

「………」


 金田 信広:

「……お前やっぱり、ムカつくな」


 羽鳥 梢:

「!」


 金田くんは苦虫を噛み潰したような顔をして、 ダン! と私の背後の壁を、右手で叩いた。


 睨みつける金田くんに対峙されて、思わず後ずさる。

 が、背中にすぐ壁が当たって逃げられなかった。


 これはまさしく、不良のガンつけ。

 怖いくらいに顔を近づけられて、金田くんは私に言い放つ。


 金田 信広:

「俺、まじでお前が嫌い」


 羽鳥 梢:

「──っ!」


 その言葉は、思いきり私の心をえぐった。

 金田くんから発するオーラは明らかに、敵意と呼べるものだ。


 羽鳥 梢:

(……何で?)


 羽鳥 梢:

(……ま、負けるもんかっ!)


 負けじと私もギュッと、彼を下から睨みつける。

 それは不良の金田くんからしたら怖いものではなかっただろうが、彼はちょっとだけその視線にのけぞった。

 癖のように、また小さく鼻を鳴らす。


 そうして彼は身を離すと、まだ雨が降っているにもかかわらず、橋の外へ出ていった。

 豪雨の中を、のっしのっしと大股でずんずん進んでいく。


 その背中は雨のカーテンのせいでぼやけていき、土手を登った彼の姿は、すぐに見えなくなった。



「俺、まじでお前が嫌い」



 金田くんが言い放ったセリフが、何度も頭の中でこだまする。


 何なの。

 何なのあれ!

 超失礼だ!!


 羽鳥 梢:

「む、ムカつくのはこっちだ〜!」


 面と向かって嫌いだとはっきり言われたのは、生まれて初めてだ。

 あんなふうに、睨みつけられたのも。


 何、何で?

 私って金田くんに、何かした!?


 考えても、思い当たる節はない。

 だって彼とは小学校も違うし、去年は同じクラスだったけど接点は少なく、喋ったこともあまりなかったから。


 むしろ、今日が初めてたくさん喋った日ではないだろうか。

 それなのに、こんなに毛嫌いされているなんて、知らなかった。


 羽鳥 梢:

(なんか……ショックだ)


 昔から友達とは仲がよく、誰とでも親しくできるのが自分の取り柄だった。

 でも、金田くんから初めて敵意みたいなものを感じて、小さく身震いをする。


 ちょっとだけ、怖かった。


 羽鳥 梢:

「──はっくしゅん!」


 くしゃみをして体をこする。

 脳裏には、さっき近づいた金田くんの琥珀色が残っていた。


 キレイなのに近づくな、と言っているような黄色。

 まるで、金田くんそのものを表しているような色。


 キレイなのに、もったいないの。


 私はそう心の中で呟いて、まだ止まぬ雨を見上げた。




 ◇ 続く ◇

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