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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.17 まだ見ぬ君へ(4・終)「夢路の声」

 家へ帰り着替えると、俺は何もなかったみたいに母ちゃんと食卓を囲んだ。

 父ちゃんは今日仕事でちょっと遅くなるらしい。

 あんなことがあったから、母ちゃんと二人きりはちょっと気まずい。

 まぁそれも、俺が勝手に思ってるだけなんだけどさ。


 母ちゃん:

「ねぇ、圭介」


 大谷 圭介:

「ん?」


 食事を終えてお茶を飲んでたら、母ちゃんがニコッと笑った。


 母ちゃん:

「エコー写真、見てみる?」


 その言葉に俺は、条件反射のように頷いていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 まだ見ぬ君へ

(4)「夢路の声」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 母ちゃんは何枚かのエコー写真を、俺の手元に持ってきた。

 ちょっとだけドキドキしながら、それが前に置かれるのを静かに待つ。


 母ちゃん:

「まずこれが、2ヶ月目よ」


 大谷 圭介:

「え、どこにいんの?」


 最初に渡されたそれは、モノクロのよくわからない写真だった。

 半円を逆さまにした白っぽいものが写し出されていて、でもそれに赤ちゃんらしきものは見当たらない。


 母ちゃん:

「これよ」


 大谷 圭介:

「え? この黒いやつ?」


 母ちゃんが指さしたのは、豆みたいな黒い物体だった。写真の影だと言われても納得できるくらい小さい。


 大谷 圭介:

「これが赤ちゃん?」


 母ちゃん:

「ふふ、そう。まぁまだ形にもなってない段階ね。で、これが最近の」


 次に見せてくれたものは、かろうじて赤ちゃんぽい形をしたものが写っていた。


 大谷 圭介:

「おお、進化した!」


 モンスターみたいに言うんじゃないの、と母ちゃんは苦笑した。

 でも本当に、そんなふうに思えたんだ。

 あの豆粒みたいなやつが、ちゃんとした人の形に変わっている。

 顔なんかはよくわからないが、手足や頭がどうなっているのかはわかる。頭でっかちのエイリアンみたいだ。


 大谷 圭介:

「何か……変なの」


 ついこぼれた感想に、俺はハッと口に手を当てた。

 へ、変って、母ちゃん怒っちまうかな。


 母ちゃん:

「そうよねー、不思議で変よね」


 でも、母ちゃんは怒らなかった。

 俺の言葉を肯定して、何かを思い出したかのように小さく笑う。


 母ちゃん:

「圭介の時も、こんなんだったのにね。なのにまあ、こんなに大きくなっちゃって」


 そう言って母ちゃんは、俺の頭をポンポン叩いた。

 そんなふうに母ちゃんに触られるのは久しぶりで、気恥ずかしくてつい「やめろよー」なんて言って手を払ってしまう。

 でも、母ちゃんは笑うだけ。

 俺はそんな母ちゃんのお腹を見つめた。

 今そこに、このエイリアンみたいなやつがいるなんて嘘みたいだ。


 大谷 圭介:

「……お腹、触っていい?」


 母ちゃん:

「うん、どうぞ」


 すんなり母ちゃんは応じる。

 まるで俺がそう言うことを、あらかじめわかっていたみたいに。

 俺はちょっとだけ緊張して、右手を母ちゃんのお腹に添えた。


 大谷 圭介:

「……ちょっと、膨らんでる?」


 でも、全然大きくはない。

 お腹いっぱい食べた後みたいな膨らみ方だ。

 俺の手の向こうに生命があるなんて、信じられなかった。


 母ちゃん:

「今の赤ちゃんは、あんたの手より小さいわよ」


 大谷 圭介:

「……へぇ」


 やっぱり……変な感じ。

 それなのに、心の奥がきゅうっとなる。


 母ちゃんのお腹が温かくて、それを感じる手のひらからトクントクンと、赤ちゃんの心音が伝わってくる気がした。


 でもそれは、俺のドキドキと鳴る心臓の音。

 穏やかな自分の音だった。


 大谷 圭介:

「元気に育てよー」


 お腹に向けて、呟いた。



 ・   ・   ・



 俺が寝ようと自分の部屋に向かった時、ちょうど父ちゃんが帰ってきた。

 父ちゃんは俺に今度の日曜日、一緒に映画に行こうと声をかけてくる。


 父ちゃん:

「父ちゃんを一人占めできるのも、今のうちだぞー」


 がっはっはっ、と笑う父ちゃん。

 そうだよなぁと思いつつも、俺は素直にはなれない。


 大谷 圭介:

「一人占めできても嬉しくねーし」


 なんて、減らず口を叩けるのも、甘えてる証拠なんだって俺はちゃんとわかってる。

 笑った父ちゃんも、きっとわかってた。


 自分の部屋に戻ると、カバンに明日の用意を詰め込んだ。

 そして、カバンの外ポケットに入れていた小さな物を取り出す。

 望月からもらった、キャンディだ。

 3つの水玉模様のキャンディは、俺の手の中で小さく転がる。ひとつを包装紙から出して口に放り込んだ。



「甘いの食べたら、ちょっと元気になるよ」



 望月の言葉通り、甘いそれは俺をちょっとだけ、幸せな気持ちにしてくれた。

 ベットに転がって目を閉じる。

 そうしてうとうとしているうちに、眠りについた。

 そんな中、


 キィ……


 と、俺の部屋の扉が開いたような気がした。

 そして、頭を優しい手が撫でてくれた気もした。


 大谷 圭介:

(…………)


 大谷 圭介:

(……母、ちゃん?)


 何となく、そんな気がした。

 でも寝ている俺に、確認はできない。


 ただ頭を撫でるその手は、俺を幼い子どもに返してくれるようだった。

 幸せな心地になりながら、心でそっと呼びかける。



 なぁ、まだ顔もわかんない俺の弟か妹。

 お前は、幸せもんだぞ。

 あの父ちゃんと母ちゃんの子どもなんだから。

 しかも、カッコイイお兄ちゃん付きだ。


 お前もきっと大きくなったら、友達と遊んで、ケンカして、仲直りしたりするんだろう。

 好きな子ができて、幸せな気分になったりするんだろう。


 そんとき俺はだいぶ年上で、父ちゃんみたいな兄ちゃんかもしれない。

 でも、たくさんのことを教えたいよ。


 楽しいことも。

 嬉しいことも。

 辛い気持ちの寄り添い方も。


 だから俺は、立派な兄ちゃんになるために頑張るよ。

 だから。


──だから。


 大谷 圭介:

(お前も頑張って、生まれてこいよな)


 まだ見ぬ君へ、呼びかけた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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