Ep.17 まだ見ぬ君へ(4・終)「夢路の声」
家へ帰り着替えると、俺は何もなかったみたいに母ちゃんと食卓を囲んだ。
父ちゃんは今日仕事でちょっと遅くなるらしい。
あんなことがあったから、母ちゃんと二人きりはちょっと気まずい。
まぁそれも、俺が勝手に思ってるだけなんだけどさ。
母ちゃん:
「ねぇ、圭介」
大谷 圭介:
「ん?」
食事を終えてお茶を飲んでたら、母ちゃんがニコッと笑った。
母ちゃん:
「エコー写真、見てみる?」
その言葉に俺は、条件反射のように頷いていた。
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まだ見ぬ君へ
(4)「夢路の声」
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母ちゃんは何枚かのエコー写真を、俺の手元に持ってきた。
ちょっとだけドキドキしながら、それが前に置かれるのを静かに待つ。
母ちゃん:
「まずこれが、2ヶ月目よ」
大谷 圭介:
「え、どこにいんの?」
最初に渡されたそれは、モノクロのよくわからない写真だった。
半円を逆さまにした白っぽいものが写し出されていて、でもそれに赤ちゃんらしきものは見当たらない。
母ちゃん:
「これよ」
大谷 圭介:
「え? この黒いやつ?」
母ちゃんが指さしたのは、豆みたいな黒い物体だった。写真の影だと言われても納得できるくらい小さい。
大谷 圭介:
「これが赤ちゃん?」
母ちゃん:
「ふふ、そう。まぁまだ形にもなってない段階ね。で、これが最近の」
次に見せてくれたものは、かろうじて赤ちゃんぽい形をしたものが写っていた。
大谷 圭介:
「おお、進化した!」
モンスターみたいに言うんじゃないの、と母ちゃんは苦笑した。
でも本当に、そんなふうに思えたんだ。
あの豆粒みたいなやつが、ちゃんとした人の形に変わっている。
顔なんかはよくわからないが、手足や頭がどうなっているのかはわかる。頭でっかちのエイリアンみたいだ。
大谷 圭介:
「何か……変なの」
ついこぼれた感想に、俺はハッと口に手を当てた。
へ、変って、母ちゃん怒っちまうかな。
母ちゃん:
「そうよねー、不思議で変よね」
でも、母ちゃんは怒らなかった。
俺の言葉を肯定して、何かを思い出したかのように小さく笑う。
母ちゃん:
「圭介の時も、こんなんだったのにね。なのにまあ、こんなに大きくなっちゃって」
そう言って母ちゃんは、俺の頭をポンポン叩いた。
そんなふうに母ちゃんに触られるのは久しぶりで、気恥ずかしくてつい「やめろよー」なんて言って手を払ってしまう。
でも、母ちゃんは笑うだけ。
俺はそんな母ちゃんのお腹を見つめた。
今そこに、このエイリアンみたいなやつがいるなんて嘘みたいだ。
大谷 圭介:
「……お腹、触っていい?」
母ちゃん:
「うん、どうぞ」
すんなり母ちゃんは応じる。
まるで俺がそう言うことを、あらかじめわかっていたみたいに。
俺はちょっとだけ緊張して、右手を母ちゃんのお腹に添えた。
大谷 圭介:
「……ちょっと、膨らんでる?」
でも、全然大きくはない。
お腹いっぱい食べた後みたいな膨らみ方だ。
俺の手の向こうに生命があるなんて、信じられなかった。
母ちゃん:
「今の赤ちゃんは、あんたの手より小さいわよ」
大谷 圭介:
「……へぇ」
やっぱり……変な感じ。
それなのに、心の奥がきゅうっとなる。
母ちゃんのお腹が温かくて、それを感じる手のひらからトクントクンと、赤ちゃんの心音が伝わってくる気がした。
でもそれは、俺のドキドキと鳴る心臓の音。
穏やかな自分の音だった。
大谷 圭介:
「元気に育てよー」
お腹に向けて、呟いた。
・ ・ ・
俺が寝ようと自分の部屋に向かった時、ちょうど父ちゃんが帰ってきた。
父ちゃんは俺に今度の日曜日、一緒に映画に行こうと声をかけてくる。
父ちゃん:
「父ちゃんを一人占めできるのも、今のうちだぞー」
がっはっはっ、と笑う父ちゃん。
そうだよなぁと思いつつも、俺は素直にはなれない。
大谷 圭介:
「一人占めできても嬉しくねーし」
なんて、減らず口を叩けるのも、甘えてる証拠なんだって俺はちゃんとわかってる。
笑った父ちゃんも、きっとわかってた。
自分の部屋に戻ると、カバンに明日の用意を詰め込んだ。
そして、カバンの外ポケットに入れていた小さな物を取り出す。
望月からもらった、キャンディだ。
3つの水玉模様のキャンディは、俺の手の中で小さく転がる。ひとつを包装紙から出して口に放り込んだ。
「甘いの食べたら、ちょっと元気になるよ」
望月の言葉通り、甘いそれは俺をちょっとだけ、幸せな気持ちにしてくれた。
ベットに転がって目を閉じる。
そうしてうとうとしているうちに、眠りについた。
そんな中、
キィ……
と、俺の部屋の扉が開いたような気がした。
そして、頭を優しい手が撫でてくれた気もした。
大谷 圭介:
(…………)
大谷 圭介:
(……母、ちゃん?)
何となく、そんな気がした。
でも寝ている俺に、確認はできない。
ただ頭を撫でるその手は、俺を幼い子どもに返してくれるようだった。
幸せな心地になりながら、心でそっと呼びかける。
なぁ、まだ顔もわかんない俺の弟か妹。
お前は、幸せもんだぞ。
あの父ちゃんと母ちゃんの子どもなんだから。
しかも、カッコイイお兄ちゃん付きだ。
お前もきっと大きくなったら、友達と遊んで、ケンカして、仲直りしたりするんだろう。
好きな子ができて、幸せな気分になったりするんだろう。
そんとき俺はだいぶ年上で、父ちゃんみたいな兄ちゃんかもしれない。
でも、たくさんのことを教えたいよ。
楽しいことも。
嬉しいことも。
辛い気持ちの寄り添い方も。
だから俺は、立派な兄ちゃんになるために頑張るよ。
だから。
──だから。
大谷 圭介:
(お前も頑張って、生まれてこいよな)
まだ見ぬ君へ、呼びかけた。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




