Ep.17 まだ見ぬ君へ(3)「踊る影法師」
放課後。
2年になってからはいつも井本と一緒にサッカー部へ向かっていたが、俺は終礼が終わっても席を立たずにいた。
井本はちらりとこちらを見て、何も言わずに先に教室から出ていく。
あんなやつ、もう知るもんか。
望月 美羽:
「大谷くん」
大谷 圭介:
「! ……何?」
突然望月に声をかけられて、顔をあげた。
背の低い望月に、座ったままの俺は見下ろされる。
望月 美羽:
「……これ、あげるね」
大谷 圭介:
「?」
ころんと机に転がされたのは、キャンディだった。
水玉模様の包装紙に包まれた小さなキャンディが、3つ俺の机に置かれる。
望月 美羽:
「甘いの食べたら、ちょっと元気になるよ」
大谷 圭介:
「!」
望月 美羽:
「それじゃ、バイバイ! また明日」
望月は、俺の礼も待たずに去ってしまった。
大谷 圭介:
「……」
机の上で、カラフルなキャンディが、家族みたいにくっつき合って転がっていた。
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まだ見ぬ君へ
(3)「踊る影法師」
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サッカー部の更衣室に入ると、奥に井本が、手前で隼人と中曽根が着替えていた。
井本は俺に気付くとハッとした顔を見せ、背中を向ける。
俺はムッとして、隼人たちに声をかけた。
大谷 圭介:
「うっす」
中曽根は、相変わらずの爽やか笑顔を向ける。
中曽根 悠:
「おう、大谷聞いたぞ。お前、兄貴になるんだってな」
大谷 圭介:
「! お、おう……」
今の俺には、あまり触れてほしくない話題だった。
でも何も知らない隼人は、中曽根の隣でニコニコしている。
小池 隼人:
「いいよねー、僕も欲しかったなぁ、弟か妹」
中曽根 悠:
「俺もだって。姉貴なんて女王様だからなー。舎弟が欲しいぜ」
小池 隼人:
「悠くん、お姉さんの舎弟なの?」
中曽根 悠:
「う……そういうわけじゃねーし」
賑やかな2人の会話に、少しだけ心がホッとする。
そんな俺たちに背後で着替えていた3年の先輩たちが、声をかけてきた。
先輩1:
「何、大谷んとこ下が生まれるの?」
大谷 圭介:
「え、は……はい」
いつも威張ってる、あんまり好きじゃない先輩だった。こいつらにはちょっと聞かれたくなかったな……。
嫌な予感は的中して、先輩たちは下品に顔を歪ませた。
先輩1:
「うわー、親がやってんの気づいたー?」
大谷 圭介:
「!」
先輩2:
「あはは、それあり得ねーって。キモいじゃん」
先輩1:
「だよな~。親のエロとか、まじ勘弁」
大谷 圭介:
「……っ」
ゲラゲラと、先輩たちの笑い声が更衣室に響く。
羞恥心で、顔が熱くなるのを感じていた。
何でだよ。
何で俺が、こんなに恥ずかしく思わないといけねーんだよ!
グッと唇を噛んで、拳を握りしめた。
相手は先輩だ、下手に逆らったら後でやばい。
でも……でも──!
中曽根 悠:
「いい加減にしろよ、お前ら! 」
中曽根のでっかい声が、先輩たちの笑い声をかき消した。
大谷 圭介:
「!」
俺も、先輩たちも隼人も──井本も。
そこにいた全員が、中曽根に注目した。
中曽根 悠:
「何がキモいだよ。俺たちだって、そーやって生まれてんだぞ」
中曽根 悠:
「お前は自分の存在、キモくてエロいのかよ?」
中曽根 悠:
「やらしいことなんかじゃない」
中曽根 悠:
「茶化していいことじゃねーんだぞ!」
大谷 圭介:
「………っ!」
中曽根のその言葉は、先輩たちに向けられたものだった。
それなのに──その言葉は。
俺の胸の奥もザラリと、ざわつかせたんだ。
先輩1:
「……てめぇ、中曽根」
先輩2:
「それが、先輩に対する口の利き方かよ」
先輩たちは、俺から中曽根に体を向けた。
俺より小さい先輩たちも、中曽根に対しては見下ろせる差がそこにある。
それなのに中曽根は後ずさらない。
目もそらさない。
ずっと、先輩たちと睨み合っていた。
大谷 圭介:
「な……中曽根」
俺は情けない声を出すしかなかった。
……やべぇ。
……泣きそう。
井本:
「……ごめん! 大谷!!」
大谷 圭介:
「!? 」
俺が泣くことはなかった。
だがしかし、なぜか更衣室の奥にいた井本が泣いていた。
俺よりも情けない泣きっ面を顔面に貼り付けて、鼻水も汚く片っぽの鼻から出している。
井本:
「俺バカだから、いつもの調子であんなふうにいっちまって……! 」
井本:
「ほんと……本当に、ごめん!!」
大谷 圭介:
「井本……」
何も知らないまわりのやつらは、どうして井本が突然、そんなことを言い出したのかわかっていない。
一触即発だった中曽根と先輩たちも、突然のことに目を丸くする。
隼人はずっと、オロオロしていた。
大谷 圭介:
「…………」
大谷 圭介:
「……はは、汚ねーツラ」
井本:
「!」
井本:
「……お、大谷ぃ~……」
俺の言葉で井本は顔を上げて、鼻水をすする。
先輩たちは毒気を抜かれたのか、更衣室から出て行って、俺たちはそんな井本を見守った。
・ ・ ・
大谷 圭介:
「井本、お前の言葉が自分に言われたような気がしたんだってさ」
中曽根 悠:
「そうだったのか」
あれから、井本と仲直りした俺。
先輩たちとの間にはピリピリした空気を漂わせながらも、いつもどおりに部活を終えた。
帰り道。
中曽根と隼人に、ことの経緯を話していた。
話しながら俺は、ずっと自分の心の奥でくすぶっていた気持ちの正体を見つけようとしていた。
大谷 圭介:
「……俺も、同じだったんだ」
中曽根 悠:
「え?」
大谷 圭介:
「俺も親のこと……キモいって、思っちまったから」
小池 隼人:
「……」
隼人と中曽根が、じっと俺のことを見つめる。
朝、自分のことのように喜んでくれた隼人の視線が痛い。
でも、きっと。
こんな汚い俺の一面を見せられるのも、こいつらだけなんだ。
俺はたしかに、心の奥で思ってしまった。
父ちゃんと母ちゃんがそんなことしてたなんて……気持ちわりーなって。
大好きな2人に嫌悪感を抱いちまったんだ。それが──自己嫌悪になって苦しかった。
大谷 圭介:
「バカみたいだよな。弟か妹のせいで、親をキモいって思っちまったってムカついてさ」
大谷 圭介:
「駄目な兄貴だよなぁ」
薄笑いを浮かべる。
俺はいつも気持ちを誤魔化すとき、笑ってしまう。
そんなこと、この2人には百も承知で。
隼人は俺の背中をバシッと叩き、中曽根は肩に拳を軽くぶつけた。
中曽根 悠:
「なーに言ってんだ! お前ほどカッコイイ兄貴いねーし!」
小池 隼人:
「そーそー。僕、お兄ちゃんなら、ケイちゃんみたいな人が良かったよ」
大谷 圭介:
「………っ」
大谷 圭介:
「へへ」
イケメンの中曽根にカッコイイって言われて、幼馴染みの隼人に理想のお兄ちゃんみたいに言われて。
ああちくしょう。
こいつらが友達で本当によかったなんて──思っちまうじゃんか。
小池 隼人:
「あれ? ケイちゃん泣いてる?」
大谷 圭介:
「な、泣いてねーしっ」
中曽根 悠:
「そうか~? ここにキラリと光るもんが……」
大谷 圭介:
「バカヤロー! それは青春のニキビだ!」
夕方の地面に伸びた、俺たちの長い影法師。
ふざけ合うせいでゆらゆら揺れて、楽しそうに踊っているように見えた。
◇ 続く ◇




