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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.17 まだ見ぬ君へ(2)「心の奥」

 隼人のおかげで心のもやが晴れた俺は、2年2組の教室へ元気いっぱいに飛び込んだ。


 大谷 圭介:

「おっはよーす!」


 席近くの悪友・井本に声をかける。


 井本:

「はよー」


 井本は眠たそうにあくびをしながら応えた。

 近くには、さとみんこと上田里美《うえだ さとみ》もいる。こいつらは家が近い幼馴染みらしい。

 上田は望月とも仲がいいから、好印象を与えねば! と下心有りで俺は上田にも「おはよう」と挨拶をした。


 2年で同じクラスになってからはよくつるむ井本に機嫌よく、隼人に対してと同じノリで声をかける。


 大谷 圭介:

「井本聞いてくれよ! 俺、弟か妹できるんだぜー」


 俺はすっかり、浮かれていたのだった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 まだ見ぬ君へ

(2)「心の奥」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 井本:

「へ?」


 まだ眠そうな井本の代わりに、上田が声をあげた。


 上田 里美:

「え、おめでとう! すごいねー」


 大谷 圭介:

「へへ、だろー」


 やっぱ望月の友達だけあって、上田はいいやつだ。

 望月には敵わないが、可愛い笑顔でキラキラ目を輝かせている。


 上田 里美:

「赤ちゃんて可愛いよねー! 羨ましいな~」


 だろだろー、と鼻は高くなる。

 そんな俺にようやく目が覚めたのか、井本は身を乗り出して顔をこちらに向けた。


 井本:

「そりゃめでたい! でも年がだいぶ離れるなぁ」


 大谷 圭介:

「おう、14歳差だ」


 井本:

「やべー! 一緒にいたらお前、親父に見られるんじゃない?」


 大谷 圭介:

「まさか!」


 とは言いつつも、小学生の頃からすでに子ども料金ですんなり通じない己の図体に、それもあり得るのかもしれない、なんて苦笑してしまいそうになる。


 ふっふっふっ、若い父ちゃんのふり遊びでもしてやろうか。

 なんてバカなことを考えていたら。


 井本:

「──にしてもさぁ」


 井本がニヤリと笑った。


 井本:

「さすが大谷の親! まだやることやってんじゃーん」


 大谷 圭介:

「!」


 それを聞いたとたん、ザラリとしたものが心の奥を触った。


 大谷 圭介:

「な……何言ってんだよ~」


 かろうじてまだ、お調子者の俺がいた。

 でもさらに続く井本の声が、俺の胸をざわつかせる。


 井本:

「はは、エロ親父の親父はやっぱエロいってかー」


 大谷 圭介:

「……っ」


 今度は、うまく笑えなかった。

 井本がいつもの冗談でそれを言っていることは頭でわかるのに、胸の奥の方でそれを処理できない。


 喉がつまって、痛い。


 上田 里美:

「ちょっと、やめなよ井本」


 上田のそんな声も、俺には届かなかった。


 井本:

「えー、だってそーゆうことだろー?」


 井本:

「つまり大谷の両親は、まだエッチして……」


 大谷 圭介:

「やめろよ!! 」


 思わず発した自分の声が、教室内に響いた。


 大谷 圭介:

「……お前まじ……ふざけんなよ……っ 」


 井本:

「お、大谷……」


 声が低く震えていた。


 怒りなのか恥ずかしさなのかわからない感情が、俺の体中を駆け巡っている。

 気づけばクラス中の注目が集まっていて、辺りはシンとなっていた。

 まわりのやつらは、何で俺が急に怒鳴っているのかわからず、静かにざわつき始める。


 でも俺は、自分を支配している感情を抑えるのに必死で、肩をすぼめている井本を睨みつけるしかできない。


 そんななか、タイミングが良いのか悪いのか、ガラリと望月が教室の扉を開けた。


 望月 美羽:

「おはよー」


 望月 美羽:

「……ん? どうしたの?」


 大谷 圭介:

「…………っ」


 大谷 圭介:

「……何でもねー……」


 それをきっかけに、クラス内の緊張は解けたのか、まわりは俺らを置いて動き始めた。


 居心地悪そうな顔の井本と上田。

 何も知らない望月。


 それらから全部逃げるようにして、俺は自分の席に座って、顔を伏せた。



 ・   ・   ・



 その日の授業は、全然頭に入らなかった。

 でも代わりに何を考えていたのかというと、それも俺自身よくわからずにいた。


 ただずっと、黒いモヤモヤが心にくすぶって、気分を滅入らせる。

 その正体がわからない。


 でもわかってしまうと、ますます気が滅入りそうで、何も考えたくなくなった。


 大谷 圭介:

(あんなに嬉しがってたのに……)


 大谷 圭介:

(何で俺、こんなに苛ついてんだろ)


 井本は何か言いたげにしていたが、それも俺は知らないふりをした。

 親を侮辱したことだけは、絶対に許せなかった。




 ◇ 続く ◇

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