Ep.2 30センチ近い空 (3)「土の香り、空の風」
サッカー部で、先生からゴールキーパーに指名された俺。
でもそれは、俺が望んでいたものではなかった。
大谷 圭介:
(今日、部活前に先生に話そう)
そう考えた俺は、更衣室で着替えたあと、中曽根と隼人と別行動をすることにした。
グラウンドへ向かう二人に「先に行ってて」と告げる。
中曽根はきょとんとして、隼人は小さく頷いた。
ショートカットするために、グラウンド横の花壇前を突っ切ろうとする。
その上空では大きな青空が、6月なのに、梅雨の気配も感じさせずに広がっていた。
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30センチ近い空
(3)「土の香り、空の風」
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望月 美羽:
「あ! ストップ!! 」
大谷 圭介:
「!?」
突然の大声に、足が止まる。
まぶしい上空を見上げていた俺は、花壇前にしゃがみこんでいる人物に気づいていなかった。
望月美羽がいた。
ジャージ姿で花壇前にしゃがみこんで、軍手をはめ、かたわらにはスコップとジョウロを携えている。
望月 美羽:
「よかった〜! あと少しで潰されるところだったね 」
大谷 圭介:
「え? は?」
望月は、止めさせた俺よりも、地面に話しかけている。
戸惑った俺が望月の視線の先に目をやると、黒い小さな行列が、穴ぼこへ入っていくところだった。
大谷 圭介:
「……アリ?」
アリだ。
アリが行列を成し、巣へと帰っていく。
たしかにあと一歩、俺が踏み出していれば、その行列を潰していたに違いない。
アリはするすると吸い込まれるように、穴へと帰っていく。
最後の一匹が遅れて巣に入ると、じっとそれを見ていた望月が、ようやくこちらを見上げた。
望月 美羽:
「ありがとう! おかげで無事に巣に帰れたみたい 」
しゃがみこんだまま、にっこりと笑う。
大谷 圭介:
「いや、別に……」
言われたから、止まっただけなんだけどなぁ。
それにしても望月は、何をやってんだ?
大谷 圭介:
「望月、何してんの」
俺は疑問をそのままぶつけた。
望月 美羽:
「花の水やり! と、雑草抜きをちょっと 」
大谷 圭介:
「なんで望月が?」
望月 美羽:
「私、園芸部なんだよっ」
大谷 圭介:
「へぇ、知らなかった」
えっへんと、誇らしげに笑う望月。
正直、騒がしい望月が園芸部とは意外だった。
望月 美羽:
「今、意外だなって思ったでしょう」
大谷 圭介:
「えっ」
なんでわかった!?
望月 美羽:
「私が園芸部って言うと、みんな驚くんだよねー」
望月はさして不満なさそうに、あっけらかんと言う。
あはは、と手を振り笑っている望月がはめている軍手は、泥だらけで土まみれだ。
教室では、流行りのこととか恋愛とか、そんなことばかりこの子は話していたように思う。
でも、人間ってわかんないもんだな。
大谷 圭介:
「花、好きなんだ」
花壇には、色とりどりのパンジーが咲いていた。
どの学校にも植えられているそれも、誰かが手入れをして保たれている。
そんなことに、ふと気がついた。
望月 美羽:
「んー、花ってよりも土、かな」
大谷 圭介:
「土?」
予想外の回答に聞き返すと、望月は「えへへ」とはにかんだ。
軍手のまま、パシパシッと地面を、友人の肩のように親しげに叩く。
望月 美羽:
「地面がね、好き。 ここには命がいっぱいあるから 」
──命?
望月 美羽:
「虫も動物も、お花も草も木も、地面で生きてるでしょう? なんかそれってすごくない? 」
大谷 圭介:
「は、はぁ……」
考えてもいなかった回答に、思わず目を瞬かせる。
しかしそんな俺を気にせず、望月は言葉を続けた。
望月 美羽:
「私ってさ、みんなより背が低いじゃん?」
大谷 圭介:
「ん? あぁ……」
望月は俺より、30センチも低い。
定規1本分下の彼女の視界を、ぼんやりと考えた。
望月 美羽:
「小さい頃から、よくバカにされててさ。 チビチビ~って 」
大谷 圭介:
「…………」
笑ってはいるけど、それはちょっと無理したものだってわかった。
背が低いことでいじられるのは、誰だって嬉しくはないだろう。
視線を地面に移した望月は少し、声のトーンを落とす。
望月 美羽:
「だから昔は、チビな自分が大っ嫌いだった」
望月 美羽:
「別に小さいのなんて、私のせいじゃないのにー! って 」
望月 美羽:
「……でもね」
そこで望月はまた、顔を上げた。
望月 美羽:
「気づいたの! 私は背が小さい分、大好きな地面に近いんだなって 」
大谷 圭介:
「!」
望月 美羽:
「そう考えたら、小さくてもいいやって思えた。だってそのおかげで、大好きな地面のちょっとした変化にも気づけるから 」
雨上がりの反射光に輝く水たまり
小さな虫たちの息遣い
草木の薫り
葉擦れの音
名もなき花の息吹と、
日々変えていく姿
そういったものに、私は近い───
そんなふうに、望月の瞳は語っていた。
初めて見せた彼女のその表情は、何だかとても眩しい。
こんなに表情を輝かせることができる存在が、彼女は見つけられている。
そんなことに、ほんの少しの羨望を感じて。
大谷 圭介:
「……なんか、うらやましいな」
気持ちは、そのまま言葉に出てしまった。
望月は、その言葉に目をパチパチさせて。
えへへ、と笑った。
望月 美羽:
「えへへー、そう?」
望月は付いている土も気にせずに、軍手のまま頭をかく。
顔を少しだけ赤らませた彼女は「でも」と言葉を続けた。
望月 美羽:
「私、大谷くんもうらやましいよ!」
大谷 圭介:
「え?」
なんで?
と聞く前に。
望月は高々しく、人差し指を上へ向けた。
望月 美羽:
「大谷くんは、空に近いじゃない! 」
その指の先には、眩しいくらいの青。
梅雨を感じさせない眩しい青空が、俺たちの頭上にあった。
望月 美羽:
「30センチも、私より空に近いんだよ」
望月 美羽:
「いいね、うらやましい」
望月の指差すままに見上げた空は、とても高い。
その空には、雲があって。
季節の香りを含む風が吹いて。
太陽が照らしている。
大谷 圭介:
(そっか)
大谷 圭介:
(……俺、空に近いのか)
爽やかな風が「そうだよ」と、答えるかのように優しく流れている。
サッカーをしている時。
いつでも空は、頭上にあって。
サッカーをしている時。
いつでも俺は、空の下だった。
そんな当たり前のことに気づいて俺は、空を見上げた。
◇ 続く ◇




