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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.2 30センチ近い空 (2)「求めていたものは」

 その日から俺は、先輩に混じってゴールキーパー用の練習トレーニングを開始することになった。


 基礎となる、キャッチング練習を繰り返す。

 手で、サッカーボールを何度も受け止める。

 遠くでは中曽根や隼人が、がむしゃらにボールを蹴っている姿が見えていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 30センチ近い空

(2)「求めていたものは」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 中曽根 悠:

「あっちーなぁ。帰り、コンビニでアイス買ってこーぜ」


 中曽根の提案で、部活帰りに俺たちは帰り道のコンビニに寄った。

 本当は寄り道は校則で禁止されているらしいが、守っているやつはあんまりいない。


 俺たちは各々好きなアイスを買って、帰り道を夕焼けをバックに歩きだした。

 夏に近づいている今の陽は長い。


 小池 隼人:

「ケイちゃん、大変だったね」


 大谷 圭介:

「ん、ああ」


 ラムネアイスにかじりつきながら、俺は答えた。

 隼人は、パックアイスをチューチュー吸いながら言葉を続ける。


 小池 隼人:

「まさか、ゴールキーパーでケイちゃんが選出されるとは思わなかった」


 大谷 圭介:

「俺もだって。 まじ驚いたし 」


 中曽根 悠:

「でも、お前が選ばれたのも、わかる気がするな」


 中曽根はチョコミントアイスで口周りにチョコをつけながら口を挟む。


 大谷 圭介:

「そうなのか?」


 中曽根 悠:

「ああ。 手足が長い方が、ゴールキーパーは有利だって言うし 」


 大谷 圭介:

「………」


 中曽根 悠:

「お前みたいなやつがゴール守ってくれるなら、心強いよ」


 中曽根はそう言ってニカッと笑う。

 その言葉は、まぎれもなく俺を肯定してくれているものなのに、なぜだろう。

 胸が小さく痛んだ。


 大谷 圭介:

「だ、だろー!」


 俺の取り柄って、手足が長いこと?

 そんな嫌味な疑問を飲み込んで、俺は威張った。

 ガリガリとラムネアイスをかじりつくす。

 一気にかじりついたアイスはキンと冷えていて、俺の頭を鈍く痛ませた。



 ・   ・   ・



 大谷 圭介:

「ただいまー」


 帰るだけなのに酷く疲れた俺は、靴を乱雑に脱ぎ捨てリビングに入った。

 扉を開けキッチンを見れば、父ちゃんがエプロンをつけて立っている。


 父ちゃん:

「おう、おかえり!」


 煮物だろうか。出汁のいい香りがキッチンから流れてきている。


 大谷 圭介:

「あれ、父ちゃん。もう仕事はいいのか 」


 父ちゃん:

「おう! 山場は越したぞ 」


 グッと親指を立てて父ちゃんは笑う。

 俺の父ちゃんは、プロの漫画家である。

 3年前にデビューし、そこそこ売れている今では、近所のビルに事務所なんかを作ってそこで普段は原稿を書いている。

 ちなみに母ちゃんも仕事をしていて、最近は遅いことが多い。

 家事は二人が半々でこなしてて、夕食はできる方が作るという方針だ。


 父ちゃん:

「今日は肉じゃがに挑戦してみたぞ」


 大谷 圭介:

「前みたいな、変な創作モノはやめたんだ」


 父ちゃん:

「わはは。 あれで懲りたんだ 」


 飲み物を取るため、冷蔵庫を開ける。

 牛乳パックを取り出した俺を、父ちゃんがジッと見ていることに気がついた。


 大谷 圭介:

「なに」


 父ちゃん:

「いや、お前もでかくなったなぁって」


 大谷 圭介:

「父ちゃんには、まだ負けてるぞ」


 俺の長身は親譲りだ。

 父ちゃんは180センチ近くあるし、母ちゃんもたしか160弱はあったはずだ。

 恐るべし、遺伝子。


 父ちゃん:

「でも俺が中学上がりたての頃は、170なんてなかったぞ」


 大谷 圭介:

「そうなんだ」


 じゃあ俺、将来父ちゃんよりでかくなるのかな。

 俺の頭ん中で、ひょろりと伸びた将来の自分の姿が見えた。


 みんなから頭1個分以上飛び出した、俺の顔。

 なんか滑稽だ。

 はぁ、と思わずため息をつく。


 父ちゃん:

「なんだ、嫌なのか」


 大谷 圭介:

「そういうわけじゃないけど……」


 背が高いことは、別に嫌じゃなかった。

 そりゃ、子ども料金でサービスを受けようとするたびに年齢確認される煩わしさとかはあったけど、そんなのは瑣末なことだったし。

 有利な点のが、多かったように思う。


 でも。


 父ちゃん:

「圭介、学校でモテるんじゃないのか〜! 顔も母ちゃん似でよかったな〜 」


 ガッハッハ、と父ちゃんが笑う。

 バカだな父ちゃん。

 背が高いだけで、モテるなんてありゃしないんだって。


 そうだ。

 背が高いってだけで、傷ついたこともあったっけ。

 ちっこい女子には、いつもビビられていたし。

 体育の時間では、ずるいってクラスメイトに言われた。

 ランドセルが似合わなくて、笑われたこともあった。


 そして。


 ゴールキーパーを、押し付けられた。


 大谷 圭介:

「…………」


 今、部内にいるゴールキーパーは俺以外、2人。

 そして、2人とも3年生だ。

 卒業したらいなくなるであろう、ゴールキーパーを埋めたんだ。

 そこに、たまたま長身の俺がいたから。

 あてがわれただけだ。


 ただ。

 背が高いってだけで。


 大谷 圭介:

「……俺、別に」


 父ちゃん:

「ん?」


 大谷 圭介:

「好きで伸びてるわけじゃねーし!」


 父ちゃん:

「!?」


 むしゃくしゃする気持ちを、何も知らない父ちゃんにぶつけた。

 俺は一気に牛乳を飲み干すと、キッチンを後にする。

 初めて自分が持っていた不満に気がついた。


 背が高いだけが、俺の取り柄かよ。

 身長以外はないのかよ。

 俺の特徴って、それだけかよ。


 お調子者で隠していた、その内面は。

 ドロドロで嫌な感情が渦を巻いていたんだ。


 大谷 圭介:

(……先生に言おう)


 大谷 圭介:

(ゴールキーパーなんか、したくないって)


 ボールを蹴りたい。

 シュートをしたい。


 渇望していたものは、任されたポジションに見つからなかったんだ。




 ◇ 続く ◇

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