Ep.2 30センチ近い空 (1)「ポジション」
ベッドが最近、小さく感じる。
リビングへ続く扉は、狭くなった。
母ちゃんのつむじに、見慣れてしまった。
俺、大谷圭介。5月に13歳となった。
以前より低い位置に見えるようになった景色はいつしか、見慣れたものになっていた。
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30センチ近い空
(1)「ポジション」
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ドンッ!
大谷 圭介:
「いてっ」
望月 美羽:
「あ、ごめんっ」
教室の扉を開けると、中から飛び出そうとした女子とぶつかった。
ちょうど背後ではチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる時間を告げている。
俺の、ちょうど腹から胸元にかけてぶつかった相手。
鼻頭を押さえて顔を上げたのは、隣のクラスの女の子。
小柄なこの子の名前はたしか……ああそう。望月美羽だ。
望月 美羽:
「………」
な、なんだ?
なぜか望月は、じっと俺を見上げてくる。
大きな瞳をくるっとリスのようにさせて、そして猫のように細めてニコッと笑った。
望月 美羽:
「おっきいね! 何センチ?」
大谷 圭介:
「は?」
大きいとは、よく言われる。
小学生の頃からすくすく伸びた俺の体。
しかし、不躾にこんな風に聞かれたことはあまりなく面喰らう。
面喰らう、が。
いかんせん女子には弱い。
大谷 圭介:
「………172センチ」
望月 美羽:
「172センチ!」
望月はびっくりした表情を隠さずに反応する。
そしてまた、歯を見せて笑う。
望月 美羽:
「すごい!」
望月 美羽:
「じゃあ私とは、定規1本分だ」
大谷 圭介:
「定規?」
望月 美羽:
「私142センチ! ね、定規1本分! 」
ああ、授業でよく使ってたあの30センチ定規のことね。
それの何が面白いのかわからず、でも、くるくる変わる望月の表情から目が離せなかった。
望月は、俺のクラスの戸田と仲がいい。
そこに羽鳥も加わって、3人が仲良くしているのをよく見かける。
小さくてもころころ動き回り、しゃべりまくる望月は、学年でも有名だと思う。
大谷 圭介:
「で、望月」
望月 美羽:
「ん?」
大谷 圭介:
「喋ってて大丈夫か? チャイム鳴ったけど 」
望月 美羽:
「あ! 大丈夫くない!」
そう言って、ぴょんぴょんと跳ねるウサギのように、望月は1年2組の教室から出ていった。
隣の3組にとび込むのを、俺は少し笑って見送る。
中曽根 悠:
「望月と並ぶとやっぱり大きいな、お前」
大谷 圭介:
「んあ?」
俺が席に座ると、斜め前から中曽根が声をかけてきた。
小学生の頃からの友人で、同じサッカー部だ。
大谷 圭介:
「なんだよ〜。望月がちっこいだけだろ」
中曽根 悠:
「そりゃそうだけど。 お前たち二人が並ぶと、面白いぜ 」
大谷 圭介:
「おう。 どうやら定規1本分らしい 」
中曽根 悠:
「何だそれ?」
大谷 圭介:
「30センチ、差があるんだって」
中曽根 悠:
「ああ、それをさっき喋ってたのか」
すげえな、と中曽根はくしゃりと笑う。
そこでちょうど先生が教室に入ってきて、会話は終わった。
すげえな、ね。
昔から、俺に向けられていた言葉だった。
竹のように伸びていく俺の身長は、平均を大きく上回り、まわりのやつらはいつも俺を見上げてそう言った。
そんな視線は、もちろん気分がいい。
いいだろ。
羨ましいだろ。
ただそこに立っているだけで、羨望と憧れの視線が俺に向けられるんだ。
だから俺は、お調子者となる。
伸びていくその骨のきしみに、耐えながら。
・ ・ ・
小池 隼人:
「ケイちゃん、悠くん! 大変だよっ 」
俺の名前をケイちゃんなんて呼ぶのは、一人しかいない。
放課後、部室の更衣室。
中曽根と2人で着替えていたら、日直で遅れた隼人が、慌ただしく飛び込んできた。
小池 隼人:
「今日、1年生のポジション発表だって!」
大谷 圭介:
「え、マジ!?」
隼人の言葉に、俺と中曽根は目を大きく見開いた。
俺たち3人は、サッカー部に所属している。
1年生はこの6月まで、体力トレーニングや基礎トレーニングしかやらせてもらえなかった。
パスやシュート、リフティング。
もちろんそう言った基礎プレイも好きだが、早く先輩たちのようにポジションを与えられたくて、俺はうずうずしていたんだ。
小池 隼人:
「さっき、職員室で坂本先生が話してたの、聞いたんだ」
中曽根 悠:
「今日か………」
隣で中曽根も、目を輝かせ呟いている。
そうだよな。
もう基礎は飽き飽きだ!
早く俺たち1年も練習試合とかしたいよ!
大谷 圭介:
「俺、フォワードがいいなー!」
小池 隼人:
「ケイちゃんは昔からそうだよね」
大谷 圭介:
「当たり前だろ! シュートがサッカーの醍醐味だぜっ 」
中曽根 悠:
「俺もフォワードがいいなぁ」
小池 隼人:
「あ、悠くんもか。 僕はミッドフィルダーかディフェンダーかなぁ 」
大谷 圭介:
「隼人は、ボールさばきが上手いもんな」
俺たちは、それぞれの希望や見解を述べながら着替えた。
ポジションさえ決まれば部活での練習も、方向性や個人トレーニングが固定されてくる。
それは、よりサッカーを楽しいものにさせてくれるはずだ。
俺は高鳴る胸を押さえ、グラウンドへと向かった。
準備運動が終わると、1年生だけ先生の前に集められた。
先輩たちはそれぞれ散らばって、基礎トレーニングを始めている。
坂本先生:
「あー、今日は、お前たち1年生のポジション発表をしたいと思う」
坂本先生がバインダーを胸元に持ち、ずらりと並んだ1年生の前でそう言った。
1年のサッカー部員は現在17名。
それぞれが、先生の突然の言葉に目を大きくさせた。
俺と中曽根と隼人は、目を輝かせている。
坂本先生:
「今後は、与えられたポジションにのっとったトレーニングをしてもらう。 練習もバラけてやっていくから、気をつけるように 」
1年生全員:
「はい!!」
みんなの声が揃って、気合が入る。
もちろん俺だって。
先生がバインダーに挟まれた紙に目を落とすと、緊張が高まった。
坂本先生:
「では発表する。 まずはフォワード 」
きた!
俺は気を引き締める。
坂本先生:
「井本、神崎、田辺、中曽根。 以上だ 」
大谷 圭介:
(……!!)
俺の名前が、なかった。
隣で中曽根の拳がかすかにガッツポーズをして揺れたのが、目に入る。
坂本先生:
「次、ミッドフィルダー。 加藤、小池、佐々木── 」
俺の動揺をよそに、先生は次々にポジション発表をしていく。
ミッドフィルダー、ディフェンダー。でもそのどれにも、俺の名前は出てこない。
そして。
坂本先生:
「最後、ゴールキーパー。 大谷。 以上だ 」
大谷 圭介:
「!!」
先生が告げ終えたそのポジションに、俺はぎゅと拳を握りしめた。
◇ 続く ◇




