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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.2 30センチ近い空 (1)「ポジション」

 ベッドが最近、小さく感じる。

 リビングへ続く扉は、狭くなった。

 母ちゃんのつむじに、見慣れてしまった。


 俺、大谷圭介。5月に13歳となった。

 以前より低い位置に見えるようになった景色はいつしか、見慣れたものになっていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 30センチ近い空

(1)「ポジション」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 ドンッ!


 大谷 圭介:

「いてっ」


 望月 美羽:

「あ、ごめんっ」


 教室の扉を開けると、中から飛び出そうとした女子とぶつかった。

 ちょうど背後ではチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる時間を告げている。


 俺の、ちょうど腹から胸元にかけてぶつかった相手。

 鼻頭を押さえて顔を上げたのは、隣のクラスの女の子。

 小柄なこの子の名前はたしか……ああそう。望月美羽だ。


 望月 美羽:

「………」


 な、なんだ?

 なぜか望月は、じっと俺を見上げてくる。

 大きな瞳をくるっとリスのようにさせて、そして猫のように細めてニコッと笑った。


 望月 美羽:

「おっきいね! 何センチ?」


 大谷 圭介:

「は?」


 大きいとは、よく言われる。

 小学生の頃からすくすく伸びた俺の体。

 しかし、不躾にこんな風に聞かれたことはあまりなく面喰らう。

 面喰らう、が。

 いかんせん女子には弱い。


 大谷 圭介:

「………172センチ」


 望月 美羽:

「172センチ!」


 望月はびっくりした表情を隠さずに反応する。

 そしてまた、歯を見せて笑う。


 望月 美羽:

「すごい!」


 望月 美羽:

「じゃあ私とは、定規1本分だ」


 大谷 圭介:

「定規?」


 望月 美羽:

「私142センチ! ね、定規1本分! 」


 ああ、授業でよく使ってたあの30センチ定規のことね。


 それの何が面白いのかわからず、でも、くるくる変わる望月の表情から目が離せなかった。

 望月は、俺のクラスの戸田と仲がいい。

 そこに羽鳥も加わって、3人が仲良くしているのをよく見かける。

 小さくてもころころ動き回り、しゃべりまくる望月は、学年でも有名だと思う。


 大谷 圭介:

「で、望月」


 望月 美羽:

「ん?」


 大谷 圭介:

「喋ってて大丈夫か? チャイム鳴ったけど 」


 望月 美羽:

「あ! 大丈夫くない!」


 そう言って、ぴょんぴょんと跳ねるウサギのように、望月は1年2組の教室から出ていった。

 隣の3組にとび込むのを、俺は少し笑って見送る。


 中曽根 悠:

「望月と並ぶとやっぱり大きいな、お前」


 大谷 圭介:

「んあ?」


 俺が席に座ると、斜め前から中曽根が声をかけてきた。

 小学生の頃からの友人で、同じサッカー部だ。


 大谷 圭介:

「なんだよ〜。望月がちっこいだけだろ」


 中曽根 悠:

「そりゃそうだけど。 お前たち二人が並ぶと、面白いぜ 」


 大谷 圭介:

「おう。 どうやら定規1本分らしい 」


 中曽根 悠:

「何だそれ?」


 大谷 圭介:

「30センチ、差があるんだって」


 中曽根 悠:

「ああ、それをさっき喋ってたのか」


 すげえな、と中曽根はくしゃりと笑う。

 そこでちょうど先生が教室に入ってきて、会話は終わった。


 すげえな、ね。


 昔から、俺に向けられていた言葉だった。

 竹のように伸びていく俺の身長は、平均を大きく上回り、まわりのやつらはいつも俺を見上げてそう言った。

 そんな視線は、もちろん気分がいい。


 いいだろ。

 羨ましいだろ。

 ただそこに立っているだけで、羨望と憧れの視線が俺に向けられるんだ。


 だから俺は、お調子者となる。

 伸びていく骨のきしみに、耐えながら。



 ・   ・   ・



 小池 隼人:

「ケイちゃん、悠くん! 大変だよっ 」


 俺の名前をケイちゃんなんて呼ぶのは、一人しかいない。


 放課後、部活の更衣室。

 中曽根と2人で着替えていたら、日直で遅れた隼人が、慌ただしく飛び込んできた。


 小池 隼人:

「今日、1年生のポジション発表だって!」


 大谷 圭介:

「え、マジ!?」


 隼人の言葉に、俺と中曽根は目を大きく見開いた。

 俺たち3人は、サッカー部に所属している。

 1年生はこの6月まで、体力トレーニングや基礎トレーニングしかやらせてもらえなかった。

 パスやシュート、リフティング。

 もちろんそう言った基礎プレイも好きだが、早く先輩たちのようにポジションを与えられたくて、俺はうずうずしていたんだ。


 小池 隼人:

「さっき、職員室で坂本先生が話してたの、聞いたんだ」


 中曽根 悠:

「今日か………」


 隣で中曽根も、目を輝かせ呟いている。


 そうだよな。

 もう基礎は飽き飽きだ!

 早く俺たち1年も練習試合とかしたいよ!


 大谷 圭介:

「俺、フォワードがいいなー!」


 小池 隼人:

「ケイちゃんは昔からそうだよね」


 大谷 圭介:

「当たり前だろ! シュートがサッカーの醍醐味だぜっ 」


 中曽根 悠:

「俺もフォワードがいいなぁ」


 小池 隼人:

「あ、悠くんもか。 僕はミッドフィルダーかディフェンダーかなぁ 」


 大谷 圭介:

「隼人は、ボールさばきが上手いもんな」


 俺たちは、それぞれの希望や見解を述べながら着替えた。

 ポジションさえ決まれば部活での練習も、方向性や個人トレーニングが固定されてくる。

 それは、よりサッカーを楽しいものにさせてくれるはずだ。

 俺は高鳴る胸を押さえ、グラウンドへと向かった。



 準備運動が終わると、1年生だけ先生の前に集められた。

 先輩たちはそれぞれ散らばって、基礎トレーニングを始めている。


 坂本先生:

「あー、今日は、お前たち1年生のポジション発表をしたいと思う」


 坂本先生がバインダーを胸元に持ち、ずらりと並んだ1年生の前でそう言った。

 1年のサッカー部員は現在17名。

 それぞれが、先生の突然の言葉に目を大きくさせた。

 俺と中曽根と隼人は、目を輝かせている。


 坂本先生:

「今後は、与えられたポジションにのっとったトレーニングをしてもらう。 練習もバラけてやっていくから、気をつけるように 」


 1年生全員:

「はい!!」


 みんなの声が揃って、気合が入る。

 もちろん俺だって。

 先生がバインダーに挟まれた紙に目を落とすと、緊張が高まった。


 坂本先生:

「では発表する。 まずはフォワード 」


 きた!

 俺は気を引き締める。


 坂本先生:

「井本、神崎、田辺、中曽根。 以上だ 」


 大谷 圭介:

(……!!)


 俺の名前が、なかった。

 隣で中曽根の拳がかすかにガッツポーズをして揺れたのが、目に入る。


 坂本先生:

「次、ミッドフィルダー。 加藤、小池、佐々木── 」


 俺の動揺をよそに、先生は次々にポジション発表をしていく。

 ミッドフィルダー、ディフェンダー。でもそのどれにも、俺の名前は出てこない。


 そして。


 坂本先生:

「最後、ゴールキーパー。 大谷。 以上だ 」


 大谷 圭介:

「!!」


 先生が告げ終えたそのポジションに、俺はぎゅと拳を握りしめた。




 ◇ 続く ◇

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