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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.1 片恋消しゴム (5・終)「おまじないの結果」

 戸田 るり:

「あ」


 教室に戻って、さてお弁当……となった時に気がついた。

 ある大切な忘れ物を。


 羽鳥 梢:

「どうしたの、るり?」


 お弁当を持ちながら席に近づいてきた梢ちゃんが、私のリアクションに反応する。


 戸田 るり:

「ペンケースがないの。 もしかしたら理科室に置いてきちゃったかも 」


 羽鳥 梢:

「あらら、それは大変だ」


 戸田 るり:

「ちょっと取りに行ってくる」


 羽鳥 梢:

「一緒に行こうか?」


 戸田 るり:

「ううん、大丈夫。 すぐに戻ってくるね 」


 羽鳥 梢:

「ん、わかった」


 私はパタパタと上履き靴を廊下で鳴らしながら、急ぎ足で理科室へと向かった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 片恋消しゴム

(5)「おまじないの結果」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 ランチタイムとなった特別教室付近は静かだ。

 人気のない廊下を小走りに、私は廊下の先に見えた理科室へと駆け寄る。

 ガラリと理科室の扉を開けると、先ほどとは打って変わって静かな空気が私を迎え入れた。


 戸田 るり:

「あ、あったあった」


 さっきの授業で使っていた机を見ると、その上に私のペンケースが置いてある。

 お気に入りのパステルイエローのペンケースだ。

 近寄ってそのペンケースを手に取る。


 戸田 るり:

(私、机の上に置いてたっけ?)


 たしか下の棚に置いたから、忘れてしまったような……。

 でもそれよりも、ペンケースを無事手に入れられてホッとした。

 この中には、大切な消しゴムが入っているのだから。


 戸田 るり:

(まいっか。 梢ちゃんも待たせてるし、行こう)


 友人を待たせていることと、ペンケースを取り戻した安堵のせいで、私は気づかなかった。


 すんなりと開いた施錠されていない理科室。

 その中に、誰かが隠れていたかもしれないなんて。



 ・  ・  ・



 戸田 るり:

(あれ……?)


 それは、5限目の国語の授業の時に気がついた。

 肝心なものが、ペンケースから消えている。


 戸田 るり:

(消しゴムが……ない!?)


 なんで?

 どうして?


 首をかしげて何度もペンケースの中身を確認するが、やはり消しゴムは見当たらない。

 たしかにさっきの理科の授業では、あったはずだ。

 ということは、消しゴムだけ理科室のどこかに置いてきてしまったのだろうか。


 戸田 るり:

(やだ、絶対に見つけなきゃ)


 拾われるだけなら、まだいい。

 でも万が一にでも、ケースから外されたりしたらやばい。

 焦る気持ちを抑え、とりあえず書き損じたノートの文字をシャープペンで潰す。

 その隣では、何も知らない中曽根がまたしても、先生の子守唄でこっくりと船をこいでいた。



 ・  ・  ・



 放課後、私は先生に頼んで理科室の鍵を借りた。

 本日3度目となる理科室は、今日一番の静けさだ。


 3階となるこの理科室の外から見えるグラウンドでは、野球部やサッカー部、陸上部がそれぞれのエリアで準備運動などをしている。

 部活が始まったばかりのこの時間。

 サッカー部の中曽根もきっと、今頃あのグラウンドで活動し始めているんだろう。


 戸田 るり:

(中曽根と最近、喋れてないな)


 こんな状態でのおまじないなんて、意味がないのかもしれない。

 それでも放っておけるわけもなく、ここに消しゴムを探しにきた自分が、少しだけ惨めに感じた。

 もう、元に戻れないかもしれないのに。


 戸田 るり:

(でも、他の人に見つかるわけにいかないし!)


 私は落ち込む気持ちを奮い立たせて、消しゴムを探し始めた。

 下に落ちたのかな、と身をかがめて床の上を見る。


 と、その時。


 ?:

「何してんの」


 戸田 るり:

「うきゃあ!?」


 まさか人から話しかけられると思ってなかった私は変な声をあげた。


 と、いうか。

 この声……!!


 戸田 るり:

「な、中曽根!?」


 中曽根 悠:

「…………」


 私の背後から声をかけてきたのは、中曽根だった。

 おそらく部活へ行く途中だったのだろう。

 Tシャツに体育用パンツの格好で、手には上着を持っている。


 戸田 るり:

「な、なんで、中曽根がいるの」


 中曽根 悠:

「いや、 職員室で鍵を借りてるの見て 」


 戸田 るり:

「え?」


 いや、よくわかんないよ。

 たしかに職員室は1階にあるから、外からよく見える。

 部活中の中曽根も、気づいたのかもしれない。

 でもそれでなんで、私が理科室に行くことがわかるの?

 というか、なんで来たわけ?


 疑問符が漫画のように、グルグルと私の頭上で回転する。

 そもそも、こうして中曽根と対峙してきちんと話をするのなんて久しぶりだ。


 久しぶりで嬉しいはずなのに。

 今はなんだか、恥ずかしい。


 中曽根 悠:

「これ、探してたんだろ」


 戸田 るり:

「……え?」


 ふいに差し出された、中曽根の右手。

 上着で隠していたその手を、上向きにゆっくりと開く。


 すると、そこには。


 戸田 るり:

「……!!」


 瞬間。

 耳が熱くなるのを感じて、硬直する。

 まぎれもなくそれは、今、私が探しているあの消しゴムだったから。


 なんで。

 なんでよりによって、中曽根が見つけるの……!


 中曽根 悠:

「……おまじない」


 戸田 るり:

「……え?」


 中曽根が、掠れた声を出した。

 彼らしくない小さな声が、理科室に響く。


 中曽根 悠:

「おまじない、見ちまった」


 戸田 るり:

「…………」


 戸田 るり:

「……──っ!」


 言われたことを理解して。

 それでも真っ直ぐに、こちらを見る中曽根の視線が痛くて。

 私は泣きたくなるくらいに、顔を赤くした。



 嘘。

 やだ。

 どうしよう。

 やだ。

 恥ずかしい。



 グルグルと混乱する頭のせいで、私の唇は、わなわなと震えていた。


 戸田 るり:

「や……だ……」


 泣きたい───逃げたい!


 中曽根の視線に耐えきれなくて、とにかく逃げたくて、後ろへ振り返った。


 中曽根 悠:

「待てよ!」


 中曽根が、私の左手を掴む。

 そしてその掴んだ手に、何かを握らせた。


 中曽根 悠:

「……これ! お前も見ろよ! 」


 戸田 るり:

「……!?」


 痛いくらいに掴まれた左手に、何かを渡された。

 恐るおそる左手を開くと、そこには消しゴムが1つあった。


 でもこれ、私のじゃない……?


 中曽根 悠:

「いいから、見ろよ」


 中曽根はもう私の手を離して、ぶっきらぼうにそう言った。

 心なしか、中曽根の顔も紅潮しているように見える。


 中曽根 悠:

「ケース、外せよ」


 戸田 るり:

「…………?」


 言われたとおりに、消しゴムをケースからそっと引き抜く。


 そうだ、これ。

 中曽根の消しゴムだ。


 いつも隣の席から見つめていたから、知っている。

 その消しゴムの本体に。

 とある文字がペンで書かれていた。

 中曽根のぶきっちょな文字で、たどたどしく。



 戸田 るり



 戸田 るり:

「……!!」


 驚いたと同時に。

 私の手のひらから、中曽根は自分の消しゴムを奪い取る。

 それはまるで、あの先日のやり取りが、逆転したかのような。


 そして私の消しゴムを代わりに押し付けると、今度は中曽根が逃げるように、私に背を向けた。

 走り出した中曽根は、扉の前で振り返り、その消しゴムを握った拳を高くあげた。


 真っ赤にした顔で笑いながら、大きく言う。


 中曽根 悠:

「どっちが先に使い切るか、勝負な!」


 戸田 るり:

「!」


 言い残してバタバタと、彼は理科室から去っていく。

 取り残された私は、どうしていいかわからず、へなへなとその場に座り込んでしまった。


 ちょっと。


 ちょっと待って。


 どういうこと。


 またしても疑問符がグルグルと回転し始める。


 中曽根は、おまじないの意味、わかっているの?

 それを使い切ることがどういうことか、わかっているの?


 心臓がうるさいくらいに鳴り響くもんだから、そんな疑問もまともに考えられやしない。


 ただ。


 掴まれた左手と。

 握っている消しゴムが。


 ただただ熱く感じて、私はその場をしばらく動けなかった。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く


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