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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.14 ぼくらの卒業(4)「美羽の卒業」

 仰げば尊しが聞こえる。


 空き教室で、卒業生へ贈る花束を作っていた私たち園芸部1年生は、顔を上げた。


「もう、式も終わりそうだね」


「この後、教室に移動して、ホームルームで解散だっけ?」


「やば、急がないと!」


 式には2年生も出席しているから、花束の用意は1年生の仕事となっている。

 ガーベラをかすみ草で飾り立てて、5人分の花束を作る。

 私も一生懸命完成させたそれを見て、ふぅ、と息をもらした。


 望月 美羽:

「できたぁ!」


 さとみん:

「キレイに出来たね、美羽」


 そう言ってくれたさとみんと、目を合わせてニッコリ笑う。


 今日は卒業式。

 そして私は今日──杉野先輩に、告白する。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ぼくらの卒業

(4)「美羽の卒業」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 完成した花束を持って、1年生一同がグラウンドへ行くと、結構な人がいた。


 保護者たちはもちろん、私たちのように送り出そうとしている在校生、あるいは知人。そういった人々が、グラウンドでそれぞれ固まり集団を作っている。


 望月 美羽:

「ひゃあ~、すごい人だねぇ」


 さとみん:

「送り出しするクラブって、たくさんいるんだね」


 その時、遠くの方で「おおおー!」という、野太い雄叫びが聞こえた。


 望月 美羽:

「!?」


 さとみん:

「何あれ?」


 ビックリして声のした方を見ると、そこは男の子の集団が輪になって、肩を抱き合いスクラムを組んでいた。

 真っ黒の学ランでそんなのしてるもんだから、大きなタイヤみたいだ。

 目を丸くした私たちに、次期部長の藤里先輩が近づいて説明してくれた。


 藤里先輩:

「あれね、サッカー部名物の卒業生胴上げ祭。去年もああやって、やる前に気合い入れてたよ」


 望月 美羽:

「サッカー部?」


 その単語にドキッとして、集団を見てみる。

 するとたしかに、スクラムから顔を上げた中に大谷くんがいた。あと、中曽根くんと小池くんも。


 望月 美羽:

(大谷くんも今日、来てたんだ)


 何やらテンション高くまわりの仲間とじゃれ合う大谷くんを見て、少し緊張した。

 あの日、泣いてる私を元気づけてくれた彼の考えは、よくわからなかったけど。


 望月 美羽:

(……よし!)


 楽しげな大谷くんの声を遠くに聞いて、私はもう一度、告白への気合いを入れた。

 そうしてしばらくすると、校舎からちらほらと卒業生たちが姿を現し始めた。

 クラスごとにホームルームが終わるタイミングが違うので、園芸部の誰かが出てこないかと私たちは目を走らせる。


 そして。


 藤里先輩:

「あ、杉野先輩が来た!」


 望月 美羽:

「!」


 藤里先輩のその言葉に、私の緊張が高まった。

 花束を持つ手にぐっと力が入ってしまう。クシャ、となって慌ててキレイに直す。


 藤里先輩:

「何やってんの望月! 行くよ!」


 望月 美羽:

「は、はい!」


 私たち園芸部は、集団で杉野先輩に近づいて「いっせーのーで」で声を合わせた。


 園芸部一同:

「杉野先輩、卒業おめでとうございます!」


 杉野先輩:

「ありがとう、みんな」


 杉野先輩は一人だった。

 たぶん園芸部の後輩からの送り出しがあることを知っているから、出向いてくれたのだろう。

 穏やかな笑みを浮かべている杉野先輩は、やっぱり素敵だった。


 藤里先輩:

「これ、皆からです」


 藤里先輩はそう言って、寄せ書きの色紙を渡す。

 そしてそのあとに、私はドキドキしながら前に出た。


 望月 美羽:

「杉野先輩、おめでとうございます」


 杉野先輩:

「お、俺の担当は望月か。ありがとう」


 そう言って杉野先輩は、私が差し出した花束を受け取る。

 パチパチと、後ろから皆が拍手を送った。


 でも私は、何だか涙がじんわり浮かんできて、拍手をすることが出来なかった。


 杉野先輩。

 私、先輩のおかげでもっと花や土が好きになったの。

 それが本当に、幸せだったの。


 杉野先輩:

「おいおい、なんで送り出す方が泣くんだよ」


 望月 美羽:

「す、すみません~」


 笑ってごまかして、からかってくる他の園芸部と一緒に杉野先輩と最後の時間を楽しんだ。

 スマホでツーショットを撮らせてもらった。

 握手もしてもらっちゃった。


 そして、皆がちょっと散り散りになり始めた頃。

 まわりの喧騒に紛れるようにして、私はあらためて杉野先輩へと近づいた。


 望月 美羽:

「あの、杉野先輩」


 杉野先輩:

「ん?」


 大丈夫。

 まだ他の先輩は来ていないし、園芸部のみんなもこちらには注意を向けていない。

 これだけ辺りも賑やか。


──いけ、私!


 望月 美羽:

「私……杉野先輩が好き……でした」


 杉野先輩:

「……!」


 まっすぐに杉野先輩を見て、言えることができた。

 すんなりと伝えられた言葉とは裏腹に、心臓はすごくドキドキしているけれど。

 思いがけず杉野先輩は真っ赤になって、下をうつむいた。

 私の言葉で、先輩がそんな反応をしているのが何だかとても新鮮だった。


 杉野先輩:

「ええと……」


 そうして杉野先輩は。


 杉野先輩:

「ありがとう。……でも俺、ちーが好きなんだ」


 優しく真摯に、私をフッてくれた。


 望月 美羽:

「……はい、知ってます!」


 私は笑った。

 だってわかっていたから。

 フラれるなんてことは。


 望月 美羽:

「杉野先輩がちー先輩好きなことも、付き合い始めたことも知ってます」


 望月 美羽:

「でも、ちゃんと伝えたかったんです。ごめんなさい」


 えへへ、と笑うと、引っ込んでいたはずの涙が少しにじんで目尻を濡らした。

 あれ、おかしいな。

 こうなることは、わかっていたのに。


 でもその涙は、どちらかというと、安心した涙だった。

 きちんと言えた。

 伝えられた。

 そんな安堵が、私の目を濡らす。


 杉野先輩:

「……ありがとう、望月」


 優しい杉野先輩が、この涙を誤解してないといいな、と思った。


 大丈夫。

 私はもう大丈夫だよ。

 でも。

 最後に、もう一度だけ──。


 望月 美羽:

「杉野先輩。最後に頭、撫でてくれませんか」


 杉野先輩:

「えっ!?」


 望月 美羽:

「こ、これで諦めますからっ」


 言ってやっぱり、ちょっと恥ずかしいなと思った。

 でも、どうしてもしてもらいたくて言ってみた。断られることも覚悟していた。でも。


 杉野先輩:

「……ちーには、内緒な」


 望月 美羽:

「!」


 杉野先輩はまわりを少し気にして、頭を撫でてくれた。

 前にしてくれたように、ポンポンと柔らかく。


 望月 美羽:

「………」


 その幸せな感触はすぐに消える。

 でも、私は嬉しかった。

 少しぼぉっとした私に、杉野先輩が呟く。


 杉野先輩:

「………好きでした、ってさ」


 望月 美羽:

「?」


 杉野先輩:

「過去形になってたぞ、さっきの告白」


 望月 美羽:

「え!?」


 あ、あれれ? そうだったかな?


 首をかしげた私に、杉野先輩は小さく笑って言った。


 杉野先輩:

「望月なら、俺なんかよりいいやつ捕まえるよ」


 そして「あ、このセリフも、ちーには内緒な!」とつけ加えて、杉野先輩は私から離れた。

 行く方向を見れば、ちー先輩が立っている。

 少しだけ寂しそうに不安げに、こちらを見ていて。

 そうして安心したように杉野先輩を迎え入れたちー先輩はやっぱり、とってもキレイだった。


 望月 美羽:

「………」


 望月 美羽:

「過去、かぁ」


 いつか、この失恋も過去の思い出になるのかな。

 今はまだ、そんなふうには考えられないけれど。


 ようやく伝えられた私の恋心は、今日でおしまい。


 私は杉野先輩から今日、卒業したんだ。




 ◇ 続く ◇

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