Ep.14 ぼくらの卒業(3)「臆病者の泪」
卒業式まで、残りあと3日となった。
それでも在校生にとっては通常の授業が行われ、日々は過ぎていく。
そんななか私は、杉野先輩への告白を卒業式の後にしようと決意していた。
花を渡すんだから、当日までは先輩といつも通りでいたかったんだ。
でも、それがいけなかったのかな。
昼休み。
慌てて3組にやってきたさとみんが、私を教室の外へと手招きした。
望月 美羽:
「どうしたの? さとみん」
さとみん:
「美羽、大変! 大変だよ!」
さとみんは戸惑う私を廊下の端に寄せて、言いづらそうにこそっと耳打ちした。
さとみん:
「杉野先輩……ちー先輩と付き合いだしたって……!」
望月 美羽:
「……え……?」
衝撃の事実を告げられる。
すぐに理解できず、でもすぐに胸に空虚感が広がった。
そう感じてしまったのは。
ああ、やっぱりそうなのか……なんていう、どこか冷静な自分がいたからだった。
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ぼくらの卒業
(3)「臆病者の泪」
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私が杉野先輩を好きになったのは、園芸部に入部して、しばらく経ってからだった。
たしか、6月くらいだったと思う。
それまでは、園芸部の優しくてかっこいい先輩、というアイドル的存在に思っていた。
でも本気で恋に落ちてしまったのは、何気ない杉野先輩の一言だった。
杉野先輩:
「望月って、本当に土が好きなんだな」
望月 美羽:
「え?」
それは園芸部のみんなで、古い土をリサイクルしようと作業している時だった。
古くなった土をブルーシートに広げて乾燥させ、ゴミや枯れた草木などの不純物を取り出す。
地味で面白くもないその作業を、みんな淡々と行っていた。
でも、土が大好きな私は、土を再び蘇らせるこの作業が大好きで、ウキウキとしていたらそう言われたのだ。
杉野先輩:
「はは、いい笑顔でしてるから。本当に好きなんだなって」
望月 美羽:
「! そ、そうですか?」
杉野先輩:
「ああ」
望月 美羽:
「………」
ただ、それだけだった。
私のこと見て、笑って、世間話をしてくれただけ。
でもこの時の言葉のおかげで、私はより土が大好きになった気がする。
それからは、毎日花壇に足を運んだ。
部活動がない日にも花壇を世話したり、見守ったり。
そうしていたら、好きなことがもっと好きになれる気がして。
杉野先輩に近づける気がして。
でも。
そんな杉野先輩のそばにはいつも、ちー先輩がいたから。
いつかこんな日が来るかもしれないって、どこかで分かっていたんだ。
・ ・ ・
杉野先輩とちー先輩が本当に付き合いはじめた。
それは二人と仲がいい先輩に、さとみんが直接聞いた話だった。
3年生の間ではもうすでに噂は広まっているらしく、公認の仲になったと。
望月 美羽:
(……やっぱ、そうなっちゃうよね)
どこか諦めにも似た感傷が、放課後いつものように花壇前で座り込む私の胸を締め付けた。
卒業式に告白しよう、なんて。
のんきに構えている場合じゃなかったんだ。
でも、だって、卒業式じゃないと。
望月 美羽:
(勇気が……出なかったんだもん)
ほろり、と涙がこぼれた。
バレンタインの時もそうだった。
私は何かのイベントにかこつけないと、告白する勇気が出ない。
何かの勢いに任せないと、自分の気持ちさえ告げられない臆病者なんだ。
るりっちには告白しちゃえ、言っちゃえ、て大口叩いたくせに。
自分のことになると、縮こまっちゃう私はダンゴムシみたい。
望月 美羽:
「……うぅ〜……私のバカァ……」
花壇の前でなら、素直になれる。
我慢していた涙をこぼした。
すると背後で、どこか聞きなれた靴擦れの音が響いた。
大谷 圭介:
「……うっす、望月!」
望月 美羽:
(え……?)
久しぶりに聞いたこの挨拶。
振り返るとそこにはやっぱり、大谷くんがいた。
以前のようにジャージ姿で立っていて。
そして振り向いた私の顔を見てすぐにぎょっとした顔をしたんだ。
大谷 圭介:
「ど、どーした望月!?」
望月 美羽:
「へ?」
瞬きすると、はらはらと涙がまたこぼれ落ちる。
ああ、そうか。
泣いているから、大谷くんは驚いているのか。
でも、驚いたのはこっちだ。
久しぶりに大谷くんが、花壇に来たのだから。
その事実が何だか、やけに私に安堵をもたらす。
我慢してせき止めていた涙が、ダムが決壊したかのように私の目の奥からとめどなく溢れてきた。
望月 美羽:
「うう〜」
大谷 圭介:
「!?」
望月 美羽:
「うわーん!」
大谷 圭介:
「え!? ちょ!? 望月ー!?」
大谷くんは、慌てて私の横にしゃがみ込んで、あわあわとカニのように両手をばたつかせる。
私は溢れる涙を我慢できずに、ただ花壇の前で縮こまるように泣いた。
大谷 圭介:
「ど、どうしたんだよ? 誰かにいじめられたのか?」
望月 美羽:
「そんなんじゃないもん!」
大谷 圭介:
「じゃあ、どうしたんだよ……」
頭をぽりぽりとかいて、戸惑う大谷くん。
私は自分の感情に精一杯で、ポツリと言葉をもらしてしまう。
望月 美羽:
「失恋したの!」
大谷 圭介:
「え!」
言った後に「あ」と思った。
だって大谷くんは、私のことが好き(かも)なのに、こんな無神経なこと。
でも大谷くんは、傷ついたような表情もせずに、驚いた顔を私に見せた。
大谷 圭介:
「もう、告白したのか?」
「もう」という言い方に、なんとなく違和感を覚えつつも、私は小さく首を横に振った。
まるで、私が告白しようとしていたのを知っていたかのような口ぶりだ。
望月 美羽:
「違う人と付き合い始めたの……。前からお似合いカップルだって、言われてたけどさ」
大谷 圭介:
「…………」
脳裏に、いつか夢の中に現れた杉野先輩とちー先輩の姿がよみがえる。
相思相愛のように腕を組んで歩く、二人の姿。
あれは夢だったけど、でも現実になってしまったんだ。
覚悟していたのに、現実になるとやっぱり辛い。
私の恋は、儚くも散ってしまった。
そう思い、下をうつむいた──その時。
大谷 圭介:
「告白、すればいいじゃねーか」
はっきりとした口調で、大谷くんが言った。
望月 美羽:
「え?」
大谷 圭介:
「何もしないでいるより、告白しちまえよ」
望月 美羽:
「だ、だって、杉野先輩にはもう彼女が……」
あ、杉野先輩って言っちゃった。
私の好きな人がバレてしまったと口を塞いだ時。
大谷 圭介:
「それでもいいじゃねーか!」
大谷くんが力強くそう言った。
大谷 圭介:
「好きって伝えるだけなら、悪いことじゃねーよ!」
望月 美羽:
「…………!」
あまりにまっすぐに見てくる大谷くん。
どうして?
どうしてそんなことを、言ってくれるの?
大谷くんは少しだけためらいつつも、私の頭にボン、と手を置いた。
それは杉野先輩とは違う、無骨で乱暴な触り方で。
大谷 圭介:
「当たって砕けろ! 望月!」
望月 美羽:
「く……」
望月 美羽:
「砕けないもんー! 大谷くんのバカッ」
私はなんだか一気に照れくさくなって、イーッと小さい子みたいに歯を見せた。
変なの、変なの、変なの!
大谷くんって、私のことが好きなんじゃないの?
それなのに何で、応援してくれちゃうの?
おバカさんなの?
大谷 圭介:
「ははは、すげー顔」
私の顔を見て笑う大谷くん。
それにつられて、つい私も笑ってしまった。
泣いて、怒って、笑って。
今日の私の顔の筋肉は忙しい。
でも泣きやんだ私を見て、安心した大谷くんが部活へ向かった後。
自分の心が落ち着いていたことに気がついた。
それは大谷くんの乱暴な励ましのおかげなのかなぁ、なんて。
ちょっぴり思ってしまったんだ。
◇ 続く ◇




