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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.13 バレンタイン・セプテット(5)「悠の場合」

 男子にとっても、バレンタインは特別な日である。


 気になる女子からもらえるか。

 他の男子よりももらえるか。

 はたまた、もらえず涙するか。

 嫌でも、男としてのプライドとコンプレックスを刺激されてしまう。


 それは、幼い少年たちも同じようである。

 さてでは、そんな少年たちのバレンタイン当日を覗いてみよう。


 1人余裕しゃくしゃくの表情を見せているあの子は、はたして、期待通りのバレンタインを過ごせているのだろうか。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 バレンタイン・セプテット

(5)「悠の場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 俺、中曽根悠は、意気揚々と教室に入った。


 中曽根 悠:

「おっはよう!」


 大谷 圭介:

「うーす、中曽根」


 小池 隼人:

「おはよ、悠くん」


 俺より早く教室に着いたらしい大谷と小池に、挨拶をした。


 今日は2月14日、バレンタインである。

 毎年チョコを沢山食える日として認識していたが、今年は違う。

 なんたって今年は、彼女という存在がいるのだ。

 本命チョコをもらえる、いわば確定されている幸せは、俺の気分を高揚させていた。


 中曽根 悠:

(戸田のやつ、お菓子作り得意だしな〜)


 家庭科部の戸田は、料理やお菓子作りが好きだ。

 前に食ったクッキーもうまかったし、毎年もらっていたチョコも、売っているやつみたいだった。


 しかも今年は、義理じゃない!


 ウキウキと俺は戸田のもとに向かう。

 ……と思ったら、戸田は教室にいなかった。

 あれ? とキョロキョロ見渡す。


 小池 隼人:

「ああ、戸田さんなら、さっき望月さんたちと出ていったよ」


 小池が、俺の動きに気づいて教えてくれた。


 中曽根 悠:

「へ? どこに?」


 小池 隼人:

「なんか、他のクラスの友達にチョコ渡しにいくって喋ってたよ」


 ──なるほど、友チョコというやつだな?


 大谷 圭介:

「はーあ。女同士で交換して、何が楽しいのかねぇ」


 大谷は深くため息をつく。


 小池 隼人:

「でもケイちゃん、よかったね、望月さんからチョコをもらえて」


 大谷 圭介:

「べ、別に! てか、隼人も同じのもらってたろ」


 大谷と小池は、同じラッピングの袋を持っていた。

 どうやら望月からのチョコらしい。


 中曽根 悠:

(なんだ、戸田はいないのか)


 少々の肩透かしをくらって、机に教材を突っ込む。

 ぐしゃ、と変な音がした。


 中曽根 悠:

「ん?」


 机に手を突っ込み音の正体を引っ張りだすと、変な形に凹んだ箱や袋がいくつか出てきた。どうやらこれもチョコらしい。


 大谷 圭介:

「うわ、なんで中曽根だけモテるんだ!?」


 小池 隼人:

「彼女いるのに、あげる子やっぱりいるんだねぇ」


 中曽根 悠:

「………」


 肝心の相手から、まだもらってないのになぁ。


 俺は誰がくれたかもわからないチョコを、カバンに詰め込んだ。



 ・   ・   ・



 おかしい──おかしいぞ!?


 休み時間もお昼休みも、戸田は俺にチョコを渡す気配を見せなかった。

 俺のカバンには、戸田からではないチョコばかりが集まって途方にくれる。


 中曽根 悠:

(いや、まだ帰りがある!)


 戸田の部活動日が、一緒に帰る日だ。

 今日はその日だったので、帰りに戸田に声をかけた。


 中曽根 悠:

「また、玄関でな」


 戸田 るり:

「うん」


 戸田はにっこり笑って答えてくれたから、安心して部活へと向かう。

 なるほど、帰りにゆっくりくれるってわけね!


 俺の気分はまたよくなって、その日の部活は大活躍できた。



 ・   ・   ・



 戸田が横にいる帰り道も、いつしか見慣れた風景になっていた。

 いつもどおりのたわいない会話をしながらも、俺は「いつチョコをくれるのかな?」とソワソワしていた。

 けれど。


 中曽根 悠:

(……あれ)


 中曽根 悠:

(もうすぐ、分かれ道だけど)


 戸田と俺の家に分かれる交差点。

 信号もないそこは、車も人通りも少なく、静かに俺たち2人を迎え入れた。

 立ち止まっていつもなら「バイバイ」と言い合うその地点で、何の素振りも見せない戸田に、俺はつい上擦った声を出す。


 中曽根 悠:

「あの、戸田……?」


 なんか忘れていません?


 とは聞けない俺に。

 俯いていた戸田が、急に大きな声を出した。


 戸田 るり:

「……あの!」


 戸田 るり:

「ちょっと目閉じてて!」


 中曽根 悠:

「え!? お……おう!」


 俺は言われた通りに目を閉じる。

 と同時に「お、やっとくれるのか!」と安心した。


 中曽根 悠:

(でも、何で目を閉じるんだ?)


 中曽根 悠:

(…………)


 中曽根 悠:

(………まさか!?)


──き、キス!?


 いやでも、さすがに最初が女からというのは、男として情けなくないか!?

 ここはやっぱり男の俺がこう、リードして……!


 目を閉じたまま悶々と考える。


 中曽根 悠:

「……と、戸田」


 中曽根 悠:

「やっぱ俺から──!」


 たまらず目を開けた。すると。


 中曽根 悠:

「あれ?」


 戸田がいない。

 目の前にいたはずの、戸田がいない。


──ええっ!

 こら待て! 何でだ!?


 慌てた俺は、まわりを見渡す。

 すると戸田の家の方から、タタタと小走りにかけてくる足音が聞こえた。

 戸田が、こちらに向かって走ってきている。


 戸田 るり:

「───あ!」


 戸田 るり:

「何で、目ぇ開けてるのー!」


 寒い中走ったせいか、ほっぺを真っ赤にして近づいてきた。

 両手でなにやら、でかい箱を抱えている。

 おそらく20センチ四方で、高さも10センチくらいある箱だ。


 中曽根 悠:

「戸田?」


 戸田 るり:

「もう、本当に言うこときかないんだから」


 プリプリと怒りつつも、戸田はその持っていたでっかい箱を、ずいっと俺に差し出してきた。


 これは……まさか!


 戸田 るり:

「はい、バレンタインのチョコだよ」


 中曽根 悠:

「!」


 俺が今日1日、ずっと言ってもらえることを待っていたセリフ。

 差し出されたでかい箱を受け取って、喜んだ。


 中曽根 悠:

「ありがとう!」


 手に持った箱は重かった。

 なるほど、これを取りに家まで戻っていたのか。


 にしても、これは……。


 中曽根 悠:

「でかいな」


 これではきっと、カバンに入らなかっただろう。


 戸田 るり:

「うん! どーしても負けたくなくて」


 戸田は、白い息を吐き出しながら呟いた。


 中曽根 悠:

「え?」


 戸田 るり:

「……その中、チョコがいっぱいあるんでしょ」


 どこかすねたように、戸田は言った。

 視線の先は、俺の肩にかかったカバン。

 中には今日もらったチョコが詰め込まれていて、カバンの原型を崩していた。


 中曽根 悠:

「ああ、でもこれどうせ全部義理……」


 戸田 るり:

「それでも負けたくなかったの!」


 戸田にしては、珍しく大きな声だ。


 戸田 るり:

「中曽根がもらうどのチョコよりも、すごいのにしたかったの!」


 戸田 るり:

「でもそのせいで……こんな大きくなっちゃったけど」


 ごにょごにょと言葉すぼみをして、戸田はまた俯いた。


 ……バカだなぁ、戸田。

 どんなチョコだって、俺は戸田からもらえるだけで嬉しいのに。


 顔が綻ぶ。

 受け取ったチョコの重みが、幸せだ。


 中曽根 悠:

「中、見ていいか?」


 戸田 るり:

「うん」


 箱を開けるとそこにはなんと、サッカーボール柄のケーキがあった。

 ドーム状のそれに、ホワイトチョコとミルクチョコで模様を器用に作っている。

 こ、これは力作だ……!


 中曽根 悠:

「すげぇ!」


 戸田 るり:

「ふふー、驚いた?」


 誇らしげに戸田が言う。俺は素直に頷いた。


 中曽根 悠:

「まじすげぇ! プロみたいだな!」


 戸田 るり:

「ありがとう」


 安心したように言う戸田。

 お礼を言わなきゃいけないのは、こっちなのに。


 箱を閉じると、戸田と向き合った。

 互いに白い息を吐いて、じっと見つめる。


 中曽根 悠:

「あのさ、戸田」


 中曽根 悠:

「俺、これしか食べないから」


 戸田 るり:

「え?」


 中曽根 悠:

「他のは姉貴にあげるし。俺は、戸田のだけしか食わないから」


 戸田 るり:

「………うん」


 戸田はどこか嬉しそうな、でも少し困ったような顔をして頷いた。

 戸田って、案外負けず嫌いなんだな。

 でもそれが何だかやたら嬉しくて、俺は笑った。


 ハラハラしたバレンタインだったけれど、最後に最高な気分で俺は帰宅した。

 戸田からもらったでっかいチョコケーキ。

 それを姉貴に見つかって、さんざんからかわれたのは……戸田には内緒にしておこう。




 ◇ 隼人編へ続く ◇

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