Ep.13 バレンタイン・セプテット(5)「悠の場合」
男子にとっても、バレンタインは特別な日である。
気になる女子からもらえるか。
他の男子よりももらえるか。
はたまた、もらえず涙するか。
嫌でも、男としてのプライドとコンプレックスを刺激されてしまう。
それは、幼い少年たちも同じようである。
さてでは、そんな少年たちのバレンタイン当日を覗いてみよう。
1人余裕しゃくしゃくの表情を見せているあの子は、はたして、期待通りのバレンタインを過ごせているのだろうか。
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バレンタイン・セプテット
(5)「悠の場合」
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俺、中曽根悠は、意気揚々と教室に入った。
中曽根 悠:
「おっはよう!」
大谷 圭介:
「うーす、中曽根」
小池 隼人:
「おはよ、悠くん」
俺より早く教室に着いたらしい大谷と小池に、挨拶をした。
今日は2月14日、バレンタインである。
毎年チョコを沢山食える日として認識していたが、今年は違う。
なんたって今年は、彼女という存在がいるのだ。
本命チョコをもらえる、いわば確定されている幸せは、俺の気分を高揚させていた。
中曽根 悠:
(戸田のやつ、お菓子作り得意だしな〜)
家庭科部の戸田は、料理やお菓子作りが好きだ。
前に食ったクッキーもうまかったし、毎年もらっていたチョコも、売っているやつみたいだった。
しかも今年は、義理じゃない!
ウキウキと俺は戸田のもとに向かう。
……と思ったら、戸田は教室にいなかった。
あれ? とキョロキョロ見渡す。
小池 隼人:
「ああ、戸田さんなら、さっき望月さんたちと出ていったよ」
小池が、俺の動きに気づいて教えてくれた。
中曽根 悠:
「へ? どこに?」
小池 隼人:
「なんか、他のクラスの友達にチョコ渡しにいくって喋ってたよ」
──なるほど、友チョコというやつだな?
大谷 圭介:
「はーあ。女同士で交換して、何が楽しいのかねぇ」
大谷は深くため息をつく。
小池 隼人:
「でもケイちゃん、よかったね、望月さんからチョコをもらえて」
大谷 圭介:
「べ、別に! てか、隼人も同じのもらってたろ」
大谷と小池は、同じラッピングの袋を持っていた。
どうやら望月からのチョコらしい。
中曽根 悠:
(なんだ、戸田はいないのか)
少々の肩透かしをくらって、机に教材を突っ込む。
ぐしゃ、と変な音がした。
中曽根 悠:
「ん?」
机に手を突っ込み音の正体を引っ張りだすと、変な形に凹んだ箱や袋がいくつか出てきた。どうやらこれもチョコらしい。
大谷 圭介:
「うわ、なんで中曽根だけモテるんだ!?」
小池 隼人:
「彼女いるのに、あげる子やっぱりいるんだねぇ」
中曽根 悠:
「………」
肝心の相手から、まだもらってないのになぁ。
俺は誰がくれたかもわからないチョコを、カバンに詰め込んだ。
・ ・ ・
おかしい。
──おかしいぞ!?
休み時間もお昼休みも、戸田は俺にチョコを渡す気配を見せなかった。
俺のカバンには、戸田からではないチョコばかりが集まって途方にくれる。
中曽根 悠:
(いや、まだ帰りがある!)
戸田の部活動日が、一緒に帰る日だ。
今日はその日だったので、帰りに戸田に声をかけた。
中曽根 悠:
「また、玄関でな」
戸田 るり:
「うん」
戸田はにっこり笑って答えてくれたから、安心して部活へと向かう。
なるほど、帰りにゆっくりくれるってわけね!
俺の気分はまたよくなって、その日の部活は大活躍できた。
・ ・ ・
戸田が横にいる帰り道も、いつしか見慣れた風景になっていた。
いつもどおりのたわいない会話をしながらも、俺は「いつチョコをくれるのかな?」とソワソワしていた。
けれど。
中曽根 悠:
(……あれ)
中曽根 悠:
(もうすぐ、分かれ道だけど)
戸田と俺の家に分かれる交差点。
信号もないそこは、車も人通りも少なく、静かに俺たち2人を迎え入れた。
立ち止まっていつもなら「バイバイ」と言い合うその地点で、何の素振りも見せない戸田に、俺はつい上擦った声を出す。
中曽根 悠:
「あの、戸田……?」
なんか忘れていません?
とは聞けない俺に。
俯いていた戸田が、急に大きな声を出した。
戸田 るり:
「……あの!」
戸田 るり:
「ちょっと目閉じてて!」
中曽根 悠:
「え!? お……おう!」
俺は言われた通りに目を閉じる。
と同時に「お、やっとくれるのか!」と安心した。
中曽根 悠:
(でも、何で目を閉じるんだ?)
中曽根 悠:
(…………)
中曽根 悠:
(………まさか!?)
──き、キス!?
いやでも、さすがに最初が女からというのは、男として情けなくないか!?
ここはやっぱり男の俺がこう、リードして……!
目を閉じたまま悶々と考える。
中曽根 悠:
「……と、戸田」
中曽根 悠:
「やっぱ俺から──!」
たまらず目を開けた。すると。
中曽根 悠:
「あれ?」
戸田がいない。
目の前にいたはずの、戸田がいない。
──ええっ!
こら待て! 何でだ!?
慌てた俺は、まわりを見渡す。
すると戸田の家の方から、タタタと小走りにかけてくる足音が聞こえた。
戸田が、こちらに向かって走ってきている。
戸田 るり:
「───あ!」
戸田 るり:
「何で、目ぇ開けてるのー!」
寒い中走ったせいか、ほっぺを真っ赤にして近づいてきた。
両手でなにやら、でかい箱を抱えている。
おそらく20センチ四方で、高さも10センチくらいある箱だ。
中曽根 悠:
「戸田?」
戸田 るり:
「もう、本当に言うこときかないんだから」
プリプリと怒りつつも、戸田はその持っていたでっかい箱を、ずいっと俺に差し出してきた。
これは……まさか!
戸田 るり:
「はい、バレンタインのチョコだよ」
中曽根 悠:
「!」
俺が今日1日、ずっと言ってもらえることを待っていたセリフ。
差し出されたでかい箱を受け取って、喜んだ。
中曽根 悠:
「ありがとう!」
手に持った箱は重かった。
なるほど、これを取りに家まで戻っていたのか。
にしても、これは……。
中曽根 悠:
「でかいな」
これではきっと、カバンに入らなかっただろう。
戸田 るり:
「うん! どーしても負けたくなくて」
戸田は、白い息を吐き出しながら呟いた。
中曽根 悠:
「え?」
戸田 るり:
「……その中、チョコがいっぱいあるんでしょ」
どこかすねたように、戸田は言った。
視線の先は、俺の肩にかかったカバン。
中には今日もらったチョコが詰め込まれていて、カバンの原型を崩していた。
中曽根 悠:
「ああ、でもこれどうせ全部義理……」
戸田 るり:
「それでも負けたくなかったの!」
戸田にしては、珍しく大きな声だ。
戸田 るり:
「中曽根がもらうどのチョコよりも、すごいのにしたかったの!」
戸田 るり:
「でもそのせいで……こんな大きくなっちゃったけど」
ごにょごにょと言葉すぼみをして、戸田はまた俯いた。
……バカだなぁ、戸田。
どんなチョコだって、俺は戸田からもらえるだけで嬉しいのに。
顔が綻ぶ。
受け取ったチョコの重みが、幸せだ。
中曽根 悠:
「中、見ていいか?」
戸田 るり:
「うん」
箱を開けるとそこにはなんと、サッカーボール柄のケーキがあった。
ドーム状のそれに、ホワイトチョコとミルクチョコで模様を器用に作っている。
こ、これは力作だ……!
中曽根 悠:
「すげぇ!」
戸田 るり:
「ふふー、驚いた?」
誇らしげに戸田が言う。俺は素直に頷いた。
中曽根 悠:
「まじすげぇ! プロみたいだな!」
戸田 るり:
「ありがとう」
安心したように言う戸田。
お礼を言わなきゃいけないのは、こっちなのに。
箱を閉じると、戸田と向き合った。
互いに白い息を吐いて、じっと見つめる。
中曽根 悠:
「あのさ、戸田」
中曽根 悠:
「俺、これしか食べないから」
戸田 るり:
「え?」
中曽根 悠:
「他のは姉貴にあげるし。俺は、戸田のだけしか食わないから」
戸田 るり:
「………うん」
戸田はどこか嬉しそうな、でも少し困ったような顔をして頷いた。
戸田って、案外負けず嫌いなんだな。
でもそれが何だかやたら嬉しくて、俺は笑った。
ハラハラしたバレンタインだったけれど、最後に最高な気分で俺は帰宅した。
戸田からもらったでっかいチョコケーキ。
それを姉貴に見つかって、さんざんからかわれたのは……戸田には内緒にしておこう。
◇ 隼人編へ続く ◇




