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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.13 バレンタイン・セプテット(4)「先生の場合」

 当然だが、大人は子どもよりも、重ねてきた日々が多い。

 ということは、バレンタインも多く迎えているわけで、格別ワクワクするような日でもない。


 クリスマスや正月が流れていくように、バレンタインも1つの面倒くさい行事だと思う者も、多かろう。


 どうやら彼も、そんな者の一人のようだ。


 とかく教職者という立場にとってバレンタインとは、少々頭を悩ます日でもあるようで……。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 バレンタイン・セプテット

(4)「先生の場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 俺、坂本平八《さかもと へいはち》は、教室の扉の前で立ち止まった。

 1年4組。俺が副担任をしているクラスだ。


 担任の丘上先生は、今日は研修による出張ということで、欠席をしている。

 何もこんな日に行かなくても……まるで、狙ったかのような日程に頭が痛くなる。


 俺もできることなら、今日は休みたい。

 なぜならとても面倒臭いイベントが、この向こうで起こっているのだから。


 坂本 平八:

「うおっほん!」


 わざとらしく、扉の前で大きな咳をした。

 中の生徒たちに「先生が今から教室に入るぞ」と、アピールをする。

 とたんに、バタバタと教室内が騒がしく動き始めた。

 これくらい経てばいいかな? と、時間を少し置いてからゆっくりと扉を開けた。


 坂本 平八:

「おはようー! ほら、さっさと席つけよー」


 生徒:

「あれー今日、坂もっちゃんなの? 丘ちゃん先生はー?」


 坂本 平八:

「丘上先生は出張だ。そして坂本先生と呼べ」


 俺は声をかけてきた生徒の頭にポン、と軽く出席簿を置く。

 教室の中にはかすかに甘ったるい香りがしていて鼻腔をくすぐった。


 今日はバレンタイン。

 きっとついさっきまで、友チョコだか義理チョコだかは知らないが、大量のチョコ交換会があったのだろうと予測できる。

 いつもより多めの鞄を机にぶら下げている女子。

 いつもより髪型や態度がカッコつけられている男子。

 バレバレなんだぞ、お前ら。


 しかし、バレンタインチョコ禁止とは特に銘打っていない我が校。

 正直バレンタインの扱いは、グレーゾーンだ。

 俺は教卓の前に立つと、どこかそわそわしている生徒たちに言った。


 坂本 平八:

「えー、まず先に言っておく」


 坂本 平八:

「今日は、学校に必要のないものを見つけた場合は、没収させてもらう!」


 すると生徒たちから「えー!」だの「横暴ー!」と抗議の声が上がった。

 いやいや、俺の立場も考えてくれよ。


 坂本 平八:

「だから!」


 ゴホン! とわざと咳をもう一度して、言葉を続けた。


 坂本 平八:

「俺に見つからないように、お前らちゃんとしてくれよ?」


 するととたんに「さすが坂もっちゃん!」「話わかるー!」なんて声が上がる。


 まったく、現金なやつらめ。

 苦笑して、出席取りを始めた。



 ・   ・   ・



 坂本 平八:

「──まいったなぁ」


 紙袋ごと渡されたそれを見つめて、ため息をついた。

 放課後、職員室へ向かう途中。

 今日はなるべく1人にならないように気をつけていたのに、職員用トイレから出て数歩のところで、女子生徒たちに捕まってしまった。

 3人の女子生徒から渡されたバレンタインチョコ。

 正直、生徒からのバレンタインチョコは、俺的に困ってしまう。


 坂本 平八:

(他の先生からは、ひやかされるし)


 坂本 平八:

(ホワイトデーのお返しとか考えるの、面倒臭いし……)


 若い男性教師というだけで、女子生徒からある程度モテてしまう。

 彼女たちも大きくなれば、俺が平凡な男だということに気づくだろう。


 案の定、職員室へ持ち帰ると、他の教師陣から声がかかった。


 先生:

「お、やはりもらっちゃいましたか、坂本先生」


 坂本 平八:

「ははは。あげやすいんでしょうね」


 先生:

「いいですねぇ。僕も20年前なら、モテモテだったんですけどねぇ」


 坂本 平八:

「大人の女性にモテたいですよ」


 そう言いながらデスクに座ると、ふと自分のパソコンに付箋が貼ってあることに気がついた。

 綺麗なペン字でこう書かれている。


………………………………………


 坂本先生へ


 お約束していた資料をお渡ししますので、保健室へ寄ってください。


 篠田


………………………………………



 おや、めずらしい。

 養護教諭の篠田先生からの伝言だ。


 坂本 平八:

(頼んでた資料なんて、あったかな?)


 保健体育を担当している俺は、よく保健資料を篠田先生に頼むことがあった。

 それの取りこぼしがあったのかもしれない。

 取りに行くため、席を立った。


 坂本 平八:

(篠田先生……か)


 篠田先生は、今年度就任してきた若い先生だ。

 たしか、俺より数年しか歳は変わらないはず。

 とても綺麗な人だと思ったが、最初はクールな印象を受け話しかけづらかった。


 しかし、いつからだろうか。

 その身にまとう空気が和らいでいったのは。


 今では顔を合わせば、そこそこ話してくれる篠田先生は、以前よりも距離が近くなったように感じている。

 それが嬉しいと感じる自分の気持ちは、彼女には内緒だけれど。



 ・   ・   ・



 保健室につく。

 ノックをしてから、扉を開けた。


 坂本 平八:

「失礼しますね、篠田先生」


 篠田 かなえ:

「あ、坂本先生」


 いつもの白衣姿で、篠田先生はデスクに座っていた。

 中には特に生徒もおらず、どうやら書き物をしていたようでペンを握っている。


 坂本 平八:

「メモを見ました。僕、何か頼んでいたものありましたっけ」


 篠田 かなえ:

「ええ、ちょっと待ってくださいね」


 彼女があんまりにも落ち着いて立つものだから、やはり自分が何か忘れていたのかと頭をかく。

 しまったな。悪い印象を与えちゃったかな。


 篠田先生は、自分が座っていたデスクの引き出しを開ける。

 サイドにある3段引き出しの一番下、大きな引き出しから取り出したもの。

 それはどう見ても、資料には見えなかった。


 箱だ。

 長方形のスマートな箱が、青の包装紙にゴールドリボンで飾り付けられている。


 篠田 かなえ:

「これです」


 坂本 平八:

「え?」


 篠田先生は、それを差し出して言った。


 篠田 かなえ:

「バレンタインチョコです。いつものお礼に」


 坂本 平八:

「え? あ! どうも……!」


 うおお、マジか!?


 俺は動転しまくって受け取ってしまう。

 さっき女子生徒からもらった時とのテンションの差が、あまりにも大きい。

 だってまさか、あのクールビューティーの篠田先生から、チョコをもらえるとは……!


 坂本 平八:

(と言っても、義理なんだろうけど……)


 お礼に、とつけ加えられ渡された。

 それでも彼女からもらえたことが嬉しくて、俺はそれをしっかりと両手で持つ。


 坂本 平八:

「ありがとうございます。……嬉しいです」


 篠田 かなえ:

「いえ、こちらこそ」


 にこりと笑う篠田先生。

 正直、何を考えているのか読み取れないけれど、その表情はいつもより柔和に見えた。


 篠田 かなえ:

「……あの」


 篠田先生が、いつもの落ち着いた声で言った。


 篠田 かなえ:

「他の先生には、内緒ですよ」


 坂本 平八:

「え?」


 篠田 かなえ:

「坂本先生だけなんです。……渡したかったのは」


 パタリ、と。


 音が鳴った。

 落としてしまった、篠田先生からのチョコ。


 情けないことに、真っ赤になった俺はしばらく動けず。


 篠田先生は、見たことのない悪戯っ子のような笑顔を、浮かべていた。




 ◇ 悠編へ続く ◇

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