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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.13 バレンタイン・セプテット(3)「梢の場合」

 色恋がどうしても絡んでくる、バレンタイン。

 しかし、何もバレンタインに女の子全員が、そわそわしているわけではない。

 中には我関せずとなる者も、もちろんいる。


 それはまだ幼いゆえの無関心か。

 ただの性質によるふるまいか。

 あの子の場合は、どちらだろうか。


──どちらも、かもしれない。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 バレンタイン・セプテット

(3)「梢の場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 松宮 茜:

「もうすぐ、バレンタインだね」


 羽鳥 梢:

「え、あー……うん」


 私、羽鳥梢は、友人である松宮茜ちゃんのその言葉に少なからずびっくりした。


 部活の帰り、偶然茜ちゃんと一緒になったんだけれど、そんな話題が出てくるとは思わなかった。

 だって茜ちゃんて、そんなバレンタインに興味あるように見えなかったのに。


 それなのに彼女は、どことなくそわそわした様子で、その話題を続ける。


 松宮 茜:

「いや、詩音たちが話しててさ。うちのクラスの男子って、誰が人気なのかなーって」


 羽鳥 梢:

「んー、うちのクラスー?」


 とりあえず私は、クラスメイト男子を一人ひとり思い浮かべようとする。

 が、茜ちゃんはどこか慌てた様子で、すぐに言葉を続けた。


 松宮 茜:

「あ、あの大中小トリオとかどーなんだろ? 人気あるのかな?」


 大中小トリオとは、うちのクラスの大谷と中曽根と小池くんのことである。


 苗字そのままに身長を並べる彼らは、騒がしくて賑やかだ。3人とも、私と同じ南小出身だからよく知っていた。


 羽鳥 梢:

「あー、あの3人?まぁ、中曽根はいっぱい貰いそうだよね」


 彼女であるるりには申し訳ないが、どうしてもそう予測できてしまう。


 顔も運動神経も良く人懐っこい中曽根は、小学校時代からモテていた。

 中学になってもそれは変わらず、彼女ができたことが認知されていても隠れファンがいるのは、ちらほら聞いたことがある。

 これは、るりに内緒にしているけれど。


 松宮 茜:

「だよね。……あとの2人はどうなんだろ?」


 羽鳥 梢:

「んー、大谷はモテないけど、義理なら恵んであげる子、そこそこいそうだよねー」


 松宮 茜:

「そ、そっか。……な、ならさ」


 茜ちゃんがコクリと唾を飲んだ。気がした。


 松宮 茜:

「小池くんはどうなんだろ?」


 羽鳥 梢:

「…………」


 羽鳥 梢:

「ははーん、そういうことか」


 松宮 茜:

「! 」


 思わずニヤリと笑ってしまった私に、茜ちゃんは真っ赤になった。

 うわぁ、めずらしい!


 羽鳥 梢:

「小池くんは隠れモテっ子よー?

 なんせ、お姉様たちが放っておかないから。茜ちゃん、頑張らないと〜」


 松宮 茜:

「なっ……違う! 羽鳥!!」


 親友2人が恋愛中のせいか、私は人の恋模様にすごく敏感だ。

 茜ちゃんが、誰の情報を私から引き出したかったのかなんて、見ていればすぐにわかる。


 そういえば茜ちゃん、二学期に小池くんに、森くんたちからかばってもらってたっけ。

 そりゃあ惚れますよ。

 やるね、小池くん!


 松宮 茜:

「ち、違うからね!? これはあくまで、市場調査というやつで……」


 羽鳥 梢:

「はいはい、わかったわかった」


 松宮 茜:

「……絶対わかってないだろ」


 変な言い訳をする茜ちゃんは、すっかり恋する乙女だ。


 ああ、あっちでも恋。こっちでも恋。


 やれやれと私は肩をすくめた。



 ・   ・   ・



 バレンタイン当日は、私にとって他の平日と何ら変わらない。


 友チョコを交換し合って、たくさんチョコを食べる日。

 手作りチョコは作ったけれど、それははりきるお母さんに付き合ってだ。

 それは、お父さんと妹の芽衣にあげた。


──そして。


 お母さん:

「あれ? 梢、ひとつ余ってるわよ?」


 お母さんが、私の手作りチョコの余りを発見してしまった。

 リビングテーブルに置いてあったチョコを包んだ透明袋。

 そこには、星型のアルミカップに収まったカラフルなチョコが2つ入っている。


 羽鳥 梢:

「あ、それ私の」


 お母さん:

「え?」


 羽鳥 梢:

「自分用のチョコだよ。あとで部屋でゆっくり食べるんだ〜」


 そう言って笑ったら、お母さんはなぜか顔を崩す。


 お母さん:

「好きな男の子に渡せなかった、とかじゃないの!?」


 羽鳥 梢:

「何を期待してるの。そんなわけないじゃん」


 お母さん:

「ダメよ! 女の子がそんなんじゃあ! お母さん悲しい……!」


 よよよ、とわざとらしく嘆くお母さんに。


 羽鳥 梢:

「はいはい」


 と私は呆れて、チョコを持って自分の部屋に向かった。

 芽衣は先に寝ていて、芋虫のように布団にくるまっている。

 そんな芽衣に気付かれないよう、足音静かに窓へと近づく。

 カーテンを開けると、2月の冬空に星々が散らばっているのが見える。

 私はその星を眺めながら、袋からチョコレートを取り出した。

 星型から外し小さく噛む。

 甘いチョコが口の中に溶けて、美味しかった。


 羽鳥 梢:

「…………」


 羽鳥 梢:

「……美味しいでしょ? 梢平お兄ちゃん」


 小さく呟く。


 私の大好きなお兄ちゃん。

 私の名前は、お兄ちゃんからもらった。

 だから、私の中にお兄ちゃんがいる気がして。

 こうして私がチョコを食べれば、お兄ちゃんに届けられる気がした。


 羽鳥 梢:

(私……)


 羽鳥 梢:

(絶対、ブラコンになってたんだろうなぁ)


 残りひとつも口に放り、ころころ舐めて溶かす。

 なめらかなチョコレートは、いつの日にか現れてくれたお兄ちゃんのように、私に甘かった。


 その味は、ちょっとだけ切ない苦さを残して、すぐに消えた。




 ◇ 先生編へ続く ◇

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