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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.13 バレンタイン・セプテット(2)「美羽の場合」

 両想いゆえの悩みを抱える者もいれば、片想いゆえの悩みを持つ者もいる。


 告白の大きなきっかけとなるバレンタイン。

 この日に好きな男の子へアプローチ、あるいは想いを伝えようと決意する女の子は多い。


 とくに卒業の季節と近い、この時期。

 相手が卒業生の場合、いやでも告白を決意せざるを得ない子もいるのではないだろうか。


 そう、あの子のように。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 バレンタイン・セプテット

(2)「美羽の場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 私、望月美羽は、近所の大型スーパーでひとり「むむ〜」と棚とにらめっこしていた。


 目の前に広がるのは、製菓材料。

 美味しそうな製菓用チョコやカラフルなトッピング、何の用途に使うのかよくわからない材料を、険しい顔で睨んでいる。


 望月 美羽:

(やっぱり……こっちかな)


 私の手は製菓材料を素通りし、その横にあった「かんたん! 手作りプリントチョコキット」をつかんだ。

 必要な材料が全て箱に入っており、しかも可愛い模様をチョコレートにつけることができる。


 望月 美羽:

(あーあ。私も、るりっちみたいに器用だったらなぁ)


 家庭科部であり料理が得意なるりっちは、去年とっても素敵な友チョコをくれた。

 でも私の友チョコは、今買い物カゴに入っている、既成チョコ菓子を簡単にアレンジしたもので済ませようとしている。


 いや、友チョコはそれでもいいのだ。

 問題は、本命チョコをキットに頼らざるを得ない己の技量である。


 望月 美羽:

(でも、変に自分でやって、失敗したら嫌だし)


 私にはこれが精一杯。

 それでも、友チョコよりも全然手間もかかるし、金額も大きい。


 その箱を見つめながら、パッケージに写っているような素敵なチョコを、大好きなあの人に渡すことを想像して胸を高鳴らせた。


 望月 美羽:

(杉野先輩、喜んでくれるかな)


 ウキウキしたと同時に。


 望月 美羽:

(ていうか、告白したら驚くよねぇ)


 なんてドキドキしてしまって、私の顔は忙しい。


 杉野先輩は、3月で卒業してしまう。

 進学先は、この街で1番偏差値が高い進学校で、おそらく今の私では到底行けない高校だ。

 かっこよくて、優しくて、その上頭まで良いなんてどんだけの完璧人間なんだろう、と私は思わず息をもらす。


 そんな杉野先輩への、告白の決意。

 卒業間近のバレンタインで、ようやく決心した。

 正直、玉砕覚悟だ。

 るりっちにも梢ちゃんにも宣言してしまった。

 もう後には引けない!


 ぐっと、拳を握りしめた時だった。


 ?:

「かーちゃん、あれ持ってくるよ。ガラガラ」


 どこからか、聞き覚えのある声が聞こえた。


 望月 美羽:

(あれ、この声って)


 振り返ると、向こうから歩いてくる男の子が見えた。

 やっぱり大谷くんだ。


 望月 美羽:

「大谷くん!」


 大谷 圭介:

「も、望月!?」


 大谷くんは私と目が合うとびっくりして、目の前で立ち止まった。

 同小だからご近所さんとはいえ、すごい偶然だ。


 望月 美羽:

「偶然だね〜、大谷くんがこんなとこくるなんて」


 大谷 圭介:

「あー、かーちゃ……母さんと来てんだ」


 わざわざ言い直した大谷くんが、ちょっと可愛い。

 かーちゃんって、さっき聞こえてたよ?


 大谷 圭介:

「望月は……もしかして」


 大谷くんは、ちらりと私の買い物カゴと手に持っているチョコ菓子を見る。

 明後日をバレンタインに控える日曜日。どういうことかなんてバレバレだ。

 私は気にせず答えた。


 望月 美羽:

「うん! バレンタイン準備だよ」


 すると大谷くんは、いつものお調子者の顔を浮かべて言った。


 大谷 圭介:

「お、じゃあ俺にもよろしくな!」


 望月 美羽:

「もちろんもちろん。簡単なものだけど、許してね」


 大谷 圭介:

「おう! その代わり、いっぱいくれよな」


 俺でけーから小さいと足んないぜ、とつけ加えて大谷くんは笑う。


 男の子はやっぱり、義理チョコでももらえると嬉しいのかな?

 私は喜んでくれた大谷くんのおかげでちょっとだけ告白への緊張が解けた。


 大谷 圭介:

「……と、母さん待たせてるんだ。じゃあな、望月」


 望月 美羽:

「うん、また学校でね」


 去っていく大谷くんに、手を振った。

 大谷くんとは中学でけっこう仲良くなったから、リクエスト通りちょっと多めにしてあげようかななんて考える。


 あらためて、手に持っていたチョコレートキットをカゴに放り込んだ。

 家に帰ったら、お姉ちゃんにさっそく手伝ってもらわないと!


 勇んで、カゴをレジに持っていった。




 ◇ 梢編へ続く ◇

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