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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.13 バレンタイン・セプテット(1)「るりの場合」

 バレンタイン。


 もともとはキリスト教のものであったそれを、日本の製菓会社が利用し広めたことが認知されている昨今。


 それでも当たり前のように皆、チョコを楽しむイベントとして受け入れている。


 とかく、女の子から男の子への、愛を伝えるきっかけとして根強く残る、このイベント。


 ようやく両想いとなれたあの子は、どう思っているのだろう。


 ちょっと覗いてみよう。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 バレンタイン・セプテット

(1)「るりの場合」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 戸田 るり:

(よーし、頑張るぞ!!)


 私、戸田るりは自宅のキッチンに立ち、意気込んだ。

 お気に入りの桜色のエプロンの紐を後ろで結ぶと、目の前に並ぶ材料とキッチン用具に手を伸ばす。


 明日はバレンタイン。

 今日は月曜日なので、夕食後のキッチンをお母さんに貸してもらっている。



 ・ ・ ・


 お母さん:

「あれ? 日曜日にもチョコ作ってなかった?」


 と、お母さんに聞かれたけれど。


 戸田 るり:

「ま、まだちょっと、作り足りなかったの」


 と、私は誤魔化してここに立った。

 日曜日に作ったのは友チョコ。

 今から作るのが、本命チョコだとは言えない。


 お母さん:

「まぁ、ちゃんと片付けてくれればいいけど」


 お母さん:

「……頑張ってね!」


 戸田 るり:

「!」


──お母さんには、バレてた気もする。


 ・ ・ ・



 戸田 るり:

(……気を取り直して、さっ、作るぞ)


 はりきって、製菓用チョコを刻んだ。

 クリスマスの初デートを、熱でドタキャンしてしまった私。

 挽回のチャンスとばかりに、今回のバレンタインには気合いを入れていた。


 中曽根に作るチョコレート。

 彼にチョコを渡すのは、なにも初めてじゃない。

 腐れ縁の幼馴染である彼には毎年、チョコレートを渡している。


 戸田 るり:

(去年あげた時は、ドキドキしたなぁ)


 去年、小学6年生の終わりにあげたとき。

 私は中曽根への恋心を自覚してしまって、それまで簡単に渡せていたバレンタインのチョコをやたら緊張して渡したんだ。


 いつもの義理のように装って。

 はりきって作ったそれを、中曽根に放課後、家まで渡しにいった。


 中曽根(小6):

「やっりー! サンキュ」


 るり(小6):

「ぎ、義理だからね! 義理」


 何も知らない中曽根は、食いしん坊の顔をして「おう!」と答えた。

 まさか、そのために大量の練習チョコをお父さんにあげたことを、彼は知らない。


 戸田 るり:

(でも今年は、堂々と渡すんだ!)


 なんてったって今は、彼氏彼女の関係なんだから。

 義理で誤魔化す必要なんて何もない。

 刻んだチョコを、湯煎にかけて溶かす。


──ただ。


 たったひとつの心配が、私の心を悩ませている。


 戸田 るり:

(中曽根……今年も、たくさんもらっちゃうのかなぁ)


 なぜだか中曽根はモテる。

 それは人懐っこいあの笑顔とか、案外優しいところとか、サッカーする姿がカッコいいところを、私にだけでなく皆にも振りまいているからだ。


 そんなの昔からなのに、両想いとなった今は、それがモヤモヤする。

 まぁ幸い、恥ずかしいけれど私たちが付き合っていることは周囲に知られている。

 だから、わざわざ中曽根に本命チョコを渡す子もそういないとは思うけれど……。


 戸田 るり:

(でも、もしかしたら……)


 とろとろになったチョコを混ぜていた手が、ピタリと止まる。

 去年の私のように、義理と誤魔化して本命をあげる子も──いるのかもしれない。


 なんとなくそれは、あり得る気がした。

 例えば、以前中曽根に告白した子とか。

 小学校の後輩で、私と付き合っていることを知らない子とか。

 私の知らない中曽根を想う誰かが。

 今も私のように、本命チョコを作っているのかもしれない。


 戸田 るり:

(……ま)


 戸田 るり:

( 負けられない!)


 お菓子作りへの気合いに、火がついた。

 見えない敵に闘魂が燃え上がる。

 そんな私は、残業帰りのお父さんがリビングに入ってきたことにも気づいていなかった。


 お父さん:

「お、るり。今年も頑張ってるな」


 戸田 るり:

「あ、おかえりなさい」


 私がガシャガシャと生クリームを泡立てているときに、お父さんが帰宅する。

 キッチンを覗かれて、ちょっとドキッとした。


 お父さん:

「今年はあんなに、多くなくていいからな」


 戸田 るり:

「う、うん」


 じつはもう、お父さんへのチョコは固めて冷蔵庫に入ってるんです。

 とも言えずに、私は答える。

 今年はちゃんと、練習チョコじゃないから勘弁してね、お父さん。


 そんな私たちを見て、ダイニングではお母さんが肩をすくめて笑っていた。




 ◇ 美羽編へ続く ◇

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