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Ep.12 冬の足音(5・終)「秘密があるんだ」

あいつは覚えているか知らないけれど、ずっと昔、俺はあいつに「ゆうくん」て呼ばれてたんだ。

俺も「るりちゃん」って呼んでた気がする。

スモックを着込んだ、幼稚園時代だ。


でもある日、あいつを泣かしてしまったら、次の日からあいつは俺を、避けるようになったんだ。

んで、そのままちょっと距離が離れたまま小学校に上がる。


せっかく同じクラスになったのに、あいつは俺を「中曽根」って苗字で呼んだ。

俺は何だかふてくされた気分で「戸田」って呼ぶようになった。


……で、それがいつしか、当たり前になってしまったんだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


冬の足音

(5)「秘密があるんだ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



Trrrr……


めずらしく、家の電話が鳴っている。

夕食前の時間、俺はソファでテレビを観ながら、明日の初デートに少しだけそわそわしていた。


母さん:

「ちょっと悠、電話に出てくれる?」


中曽根 悠:

「えー、俺?」


母さんは天ぷら鍋に菜箸を入れながら、キッチンから声をかけてくる。


母さん:

「母さん今、手を離せないの!」


中曽根 悠:

「わかったよ」


姉貴はまだ外出中、父さんは仕事だった。

仕方なくソファから立ち上がり、ほぼインテリアと化していた家の電話に手をかけた。


うー、電話って苦手なんだよな。


中曽根 悠:

「はい」


どうせ営業の電話とかだろ、と考えていた俺は、ぶっきらぼうにそれだけ言った。


?:

「あの、中曽根さんのお宅でしょうか 」


受話器の向こうの相手の声は、女っぽかった。

どこか掠れている声は、聞き覚えがある気もした。


中曽根 悠:

「はい」


俺はまたそっけなく答えた。

が、次の瞬間に、思いきりそれを後悔することになる。


戸田 るり:

「私、戸田と申します。悠くん、いますか」


中曽根 悠:

「──え!?」


と、戸田!?


思いがけない俺宛ての電話に、慌てて自分の部屋へ駆け込む。

残念なことに、それは体調不良によるデートキャンセルの連絡。

でも俺は、受話器の向こうから俺の名前を呼んだあいつの声を、何度も思い出していた。


戸田 るり:

「悠くん、いますか 」


中曽根 悠:

(……悠くん、だってよ)


何年振りに呼ばれただろうか。

風邪気味のかすれ声だったけれど、たしかに戸田が俺の下の名前を呼んだんだ。


中曽根 悠:

(やばい……照れる)


キスを迫ったくせによくそんな事が言えるな、と姉貴に言われそうだが、そうじゃない。

それとこれとは次元が違う。

うまく説明できないけど、なんか違うんだ。


それに、俺はあの件で懲りたんだ。

周りの目や情報に、惑わされたりしない。

しっかり、戸田が何を望んでいるのか、何をしたら喜んでくれるのかを考えて行動しようと決めたんだ。


夏休み会えなくて寂しかったと言った戸田。

それなら冬休みこそ、デートしよう。

俺は張り切って声をかけた。


クラスメイトの目を気にする戸田。

それなら俺は、少しでも気にさせないように振る舞おう。

恥ずかしがったりなんかするもんか。


それが、バカな俺にできること。

戸田を笑わせるために、できること。

そう考えたんだ。



・   ・   ・



クリスマス。

もう風邪は治ったかな、と気にした俺は、勇気を出して戸田のスマホに電話をかけた。

戸田はまだ、治ってなかった。

案外弱っちい。


戸田 るり:

「何か話、して 」


めずらしく、ワガママを戸田は言った。

熱のせいかな?

でも何だかそんな戸田が可愛くて、俺は思いつく限りのバカな話をした。


最初は相槌を打っていた戸田の声が、だんだん少なくなっていく。


中曽根 悠:

「……戸田? 聞いてる?」


耳をすますと、かすかに「すーすー」という寝息が聞こえた。


……まじか!?


中曽根 悠:

「おーい」


本気で寝落ちしたのか? と声をかける。でも返事はない。


中曽根 悠:

「戸田ー? 戸田っちー?」


おちゃらけてみるが、特に反応はない。


中曽根 悠:

「……るりっちー?」


望月の真似をしてみる。

が、寝息が聞こえるだけだ。


中曽根 悠:

「…………」


中曽根 悠:

「…………」


中曽根 悠:

「………る…」


中曽根 悠:

「………るり…… 」


………。


中曽根 悠:

「〜〜〜!! 」


は、恥ずかしすぎる!


幸い戸田はまったくの無反応で、すやすやと眠っている。

慌てて通話を切って「うわー!」とベッドにひれ伏した。


何してんの、俺?

自分を責めたくなるが、でもこれもそれも全部、戸田のせいなんだ。


俺のことを「悠くん」なんて呼んだから。

これは全部、あいつのせいなんだ。


中曽根 悠:

「はぁ……バカみてえ」


戸田と付き合ってから、俺はよりバカに拍車がかかった気がする。


こんなことを俺が考えているなんて、戸田には秘密だ。

絶対に絶対に、秘密なんだ。



・   ・   ・



でも俺は、そっと願ってしまう。

いやこれは、願いじゃない。決意表明だ。

五円玉放り込んで神様に誓う、俺の小さな決意表明なんだ。


中曽根 悠:

(今年は戸田を……名前で呼ぶ!)


むむむ、と眉間にしわが寄るほどに真剣に誓った。

たぶん神様は「はいはい、わかったよ」って呆れてたかもしんない。

ついでに学力アップとサッカーの上達も頼み込み、ようやく俺は目を開けた。


横を見たら、戸田はもう終わっていたのか、こちらを見ていた。


中曽根 悠:

「よし、行くか」


戸田 るり:

「……うん」


戸田はなぜだか少しうつむいて、照れているようだった。

冷たい風が吹き付けてきて、戸田の長い髪をなびかせる。


中曽根 悠:

(あれ………)


中曽根 悠:

(戸田って、こんなに小さかったっけ)


戸田のつむじが見える。

うつむく表情が、見えづらい気がした。


それが少し戸田を遠ざけている気がして、俺はつい手を伸ばす。

まだ慣れてない手つなぎも、戸田は嬉しいと言っていたから。


戸田 るり:

「!」


何回かつないでいるのに、まだ驚いている。


……「るり」って呼んだら、もっと驚くんだろうな。


まだ言う勇気もないくせに、そんなことを考える。

戸田はそんな秘密を俺が持っていることも知らずに、いつものように、はにかんで笑っていた。




◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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