↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
PR
61/273

Ep.12 冬の足音(5・終)「秘密があるんだ」

 あいつは覚えているか知らないけれど、ずっと昔、俺はあいつに「ゆうくん」て呼ばれてたんだ。

 俺も「るりちゃん」って呼んでた気がする。

 スモックを着込んだ、幼稚園時代だ。


 でもある日、あいつを泣かしてしまったら、次の日からあいつは俺を、避けるようになったんだ。

 んで、そのままちょっと距離が離れたまま小学校に上がる。


 せっかく同じクラスになったのに、あいつは俺を「中曽根」って苗字で呼んだ。

 俺は何だかふてくされた気分で「戸田」って呼ぶようになった。


 ……で、それがいつしか、当たり前になってしまったんだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 冬の足音

(5)「秘密があるんだ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 Trrrr……


 めずらしく、家の電話が鳴っている。

 夕食前の時間、俺はソファでテレビを観ながら、明日の初デートに少しだけそわそわしていた。


 母さん:

「ちょっと悠、電話に出てくれる?」


 中曽根 悠:

「えー、俺?」


 母さんは天ぷら鍋に菜箸を入れながら、キッチンから声をかけてくる。


 母さん:

「母さん今、手を離せないの!」


 中曽根 悠:

「わかったよ」


 姉貴はまだ外出中、父さんは仕事だった。

 仕方なくソファから立ち上がり、ほぼインテリアと化していた家の電話に手をかけた。


 うー、電話って苦手なんだよな。


 中曽根 悠:

「はい」


 どうせ営業の電話とかだろ、と考えていた俺は、ぶっきらぼうにそれだけ言った。


 ?:

「あの、中曽根さんのお宅でしょうか 」


 受話器の向こうの相手の声は、女っぽかった。

 どこか掠れている声は、聞き覚えがある気もした。


 中曽根 悠:

「はい」


 俺はまたそっけなく答えた。

 が、次の瞬間に、思いきりそれを後悔することになる。


 戸田 るり:

「私、戸田と申します。悠くん、いますか」


 中曽根 悠:

「──え!?」


 と、戸田!?


 思いがけない俺宛ての電話に、慌てて自分の部屋へ駆け込む。

 残念なことに、それは体調不良によるデートキャンセルの連絡。

 でも俺は、受話器の向こうから俺の名前を呼んだあいつの声を、何度も思い出していた。


 戸田 るり:

「悠くん、いますか 」


 中曽根 悠:

(……悠くん、だってよ)


 何年振りに呼ばれただろうか。

 風邪気味のかすれ声だったけれど、たしかに戸田が俺の下の名前を呼んだんだ。


 中曽根 悠:

(やばい……照れる)


 キスを迫ったくせによくそんな事が言えるな、と姉貴に言われそうだが、そうじゃない。

 それとこれとは次元が違う。

 うまく説明できないけど、なんか違うんだ。


 それに、俺はあの件で懲りたんだ。

 周りの目や情報に、惑わされたりしない。

 しっかり、戸田が何を望んでいるのか、何をしたら喜んでくれるのかを考えて行動しようと決めたんだ。


 夏休み会えなくて寂しかったと言った戸田。

 それなら冬休みこそ、デートしよう。

 俺は張り切って声をかけた。


 クラスメイトの目を気にする戸田。

 それなら俺は、少しでも気にさせないように振る舞おう。

 恥ずかしがったりなんかするもんか。


 それが、バカな俺にできること。

 戸田を笑わせるために、できること。

 そう考えたんだ。



 ・   ・   ・



 クリスマス。

 もう風邪は治ったかな、と気にした俺は、勇気を出して戸田のスマホに電話をかけた。

 戸田はまだ、治ってなかった。

 案外弱っちい。


 戸田 るり:

「何か話、して 」


 めずらしく、ワガママを戸田は言った。

 熱のせいかな?

 でも何だかそんな戸田が可愛くて、俺は思いつく限りのバカな話をした。


 最初は相槌を打っていた戸田の声が、だんだん少なくなっていく。


 中曽根 悠:

「……戸田? 聞いてる?」


 耳をすますと、かすかに「すーすー」という寝息が聞こえた。


 ……まじか!?


 中曽根 悠:

「おーい」


 本気で寝落ちしたのか? と声をかける。でも返事はない。


 中曽根 悠:

「戸田ー? 戸田っちー?」


 おちゃらけてみるが、特に反応はない。


 中曽根 悠:

「……るりっちー?」


 望月の真似をしてみる。

 が、寝息が聞こえるだけだ。


 中曽根 悠:

「…………」


 中曽根 悠:

「…………」


 中曽根 悠:

「………る…」


 中曽根 悠:

「………るり…… 」


 ………。


 中曽根 悠:

「〜〜〜!! 」


 は、恥ずかしすぎる!


 幸い戸田はまったくの無反応で、すやすやと眠っている。

 慌てて通話を切って「うわー!」とベッドにひれ伏した。


 何してんの、俺?

 自分を責めたくなるが、でもこれもそれも全部、戸田のせいなんだ。


 俺のことを「悠くん」なんて呼んだから。

 これは全部、あいつのせいなんだ。


 中曽根 悠:

「はぁ……バカみてえ」


 戸田と付き合ってから、俺はよりバカに拍車がかかった気がする。


 こんなことを俺が考えているなんて、戸田には秘密だ。

 絶対に絶対に、秘密なんだ。



 ・   ・   ・



 でも俺は、そっと願ってしまう。

 いやこれは、願いじゃない。決意表明だ。

 五円玉放り込んで神様に誓う、俺の小さな決意表明なんだ。


 中曽根 悠:

(今年は戸田を……名前で呼ぶ!)


 むむむ、と眉間にしわが寄るほどに真剣に誓った。

 たぶん神様は「はいはい、わかったよ」って呆れてたかもしんない。

 ついでに学力アップとサッカーの上達も頼み込み、ようやく俺は目を開けた。


 横を見たら、戸田はもう終わっていたのか、こちらを見ていた。


 中曽根 悠:

「よし、行くか」


 戸田 るり:

「……うん」


 戸田はなぜだか少しうつむいて、照れているようだった。

 冷たい風が吹き付けてきて、戸田の長い髪をなびかせる。


 中曽根 悠:

(あれ………)


 中曽根 悠:

(戸田って、こんなに小さかったっけ)


 戸田のつむじが見える。

 うつむく表情が、見えづらい気がした。


 それが少し戸田を遠ざけている気がして、俺はつい手を伸ばす。

 まだ慣れてない手つなぎも、戸田は嬉しいと言っていたから。


 戸田 るり:

「!」


 何回かつないでいるのに、まだ驚いている。


 ……「るり」って呼んだら、もっと驚くんだろうな。


 まだ言う勇気もないくせに、そんなことを考える。

 戸田はそんな秘密を俺が持っていることも知らずに、いつものように、はにかんで笑っていた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。