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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.12 冬の足音(3)「ワガママ、今だけ」

 12月25日、クリスマス。

 本来なら、中曽根と初デートとなるはずだった日も終わったのに、私はまだベッドの上でうなされている。

 今年のクリスマスは、散々だ。


 お母さん:

「るりってあんまり風邪ひかないのに、一度なると弱いわねぇ」


 戸田 るり:

「そんなの、知らないもん……」


 お母さんのぼやきに、弱っていた私はついふてくされてそんな言葉を返してしまう。

 風邪っぴきはワガママになる、と言ったのはお父さんだったかな。


 戸田 るり:

「りんご……食べたい。すったやつ……」


 お母さん:

「はいはい、持ってくるわね」


 私のワガママに、お母さんは笑って部屋から出る。

 外では木枯らしの強い風音が響いていて、寒そうだなぁ、なんて窓の外をぼんやりと眺めた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 冬の足音

(3)「ワガママ、今だけ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 ハチミツ入りのすりりんごを食べた私は満足して、またもそもそとベッドに横になった。

 もうそこまでの高熱ではないけれど、全快とも言えない。重苦しいだるさが、身体をまだ蝕んでいる。


 戸田 るり:

(早く治りたいなぁ……)


 喉はだいぶよくなって、ガラガラ声もましになった。

 あとは、この微熱さえなんとかなれば、また外には出られるのだろうけど……。


 戸田 るり:

(中曽根とは、冬休み明けまで会えない……かぁ)


 イブだけが、2人で会える日だった。

 夏休みと比べて短い冬休みは、なかなか互いのスケジュールが合わない。

 年末年始に中曽根は、親の実家に行くと言っていたし、私も私でなにかと忙しかった。

 会えるのは、冬休み明けの来年となってしまう。


 戸田 るり:

「………」


 戸田 るり:

(いいもん、どうせ夏休みも会えてなかったんだし)


 また、ふてくされて毛布に潜り込んだ。

 その時、めずらしくスマホがあまり聞かない着信音を響かせた。

 メッセージやアプリの着信音じゃない。

 長いメロディは、電話だった。


 戸田 るり:

「え? この番号……」


 見覚えがあった。

 だってそれは、私が先日かけたばかりの番号だったから。

 慌ててタップした。


 戸田 るり:

「……はい」


 中曽根 悠:

「あ、戸田? 俺だけど」


 戸田 るり:

「中曽根……!」


 ガバリ、と上半身を起こした。

 スマホの向こうから、中曽根の声が聞こえる。


 中曽根 悠:

「身体の調子はどうだ? 大丈夫だったか?」


 戸田 るり:

「えっと……まだちょっと、微熱があって」


 心配かけるから馬鹿正直に言わなくてもいいのに、突然のことに慌てていた私は素直に伝えてしまう。

 中曽根は「えっ」と驚いた。


 中曽根 悠:

「まだ治ってなかったんだ。悪いな、電話しちまって」


 戸田 るり:

「ううん! だいぶましになったし、大丈夫」


 切られてしまうんじゃないかと怖くて、焦って言った。

 耳にあてたスマホから、中曽根の声が優しく聞こえてくる。


 中曽根 悠:

「そっかー。 俺は大抵、熱は半日とか1日で下がるからさ。 もう治ってるかと思って、かけちまった」


 戸田 るり:

「ふふ……中曽根らしいね」


 中曽根 悠:

「あ、今バカだって思っただろ!?」


 戸田 るり:

「そんな、夏風邪はバカがひくなんて言ってないよ?」


 中曽根 悠:

「俺、夏に風邪ひいてたんだけど!? 」


 中曽根の声が近くに感じて、くすぐったい。

 その声をもっと聞きたくて、つい意地悪してしまう。

 私よりも少しだけ低い中曽根の声は、何だか心地よくて。

 微熱も手伝って、ふわふわとした気分でスマホを耳にあてた。

 そのままゴロンと横になっていると、気がぬけていくのがわかった。


 戸田 るり:

「ねえ、中曽根」


 だからかな。


 中曽根 悠:

「ん? 」


 戸田 るり:

「何か話、して」


 中曽根に、ワガママを言いたくなってしまった。


 中曽根 悠:

「へ!? 」


 中曽根 悠:

「話ってなんの? 」


 戸田 るり:

「なんでもいい。面白いやつ」


 中曽根 悠:

「何気にハードル高くねえか!?」


 戸惑う中曽根の声が何だか面白くて、私は小さく笑った。

 スマホの音量をスピーカーに切り替えベッドにおいて、一緒に寝転がる。

 中曽根の声が、ぐっと近くなった気がした。


 中曽根 悠:

「えーと……じゃ、じゃあさ、この間サッカー部の先輩とカラオケ行ったときにさ」


 中曽根は私の無茶振りを受け止めて、必死に話し始めた。

 こんな時にまでサッカー部関係なのが彼らしいな、なんて思って笑ってしまう。

 ふわふわした心地の中、中曽根の声が響いていた。


 中曽根 悠:

「でさ、先輩めっちゃ必死にハモッてこようとするんだけど、そこにさらに大谷がのっかってさあ 」


 ふわふわ、ふわふわ。


 中曽根 悠:

「意外と小池のやつ洋楽とか歌うんだよなー! しかもそれが上手かったりして、結構盛り上がってさ。なんか昔、英会話教室に通ってたんだってさ」


 ふわふわ、ふわふわ。


 いつしか私はまどろんでいて、うとうとと瞼を閉じようとしていた。


 なんでかなぁ。

 どうして中曽根の声を聞くと、こんなに安心するんだろう。


 私は少しずつ沈むように、その心地に身を任せていった。


 中曽根 悠:

「………戸田? 聞いてる? 」


 中曽根 悠:

「………… 」


 中曽根 悠:

「おーい」


 中曽根 悠:

「戸田ー? 戸田っちー? 」


 中曽根 悠:

「……………」


 薄れていく、意識の中。

 中曽根の声だけが、ただ響いていることが幸せだった。


 ごめんね中曽根、ワガママ言って。

 でも、今だけだから。


 今だけ、その声を聞いていたいんだ───。



 ・   ・   ・



 戸田 るり:

( あああ〜!)


 戸田 るり:

(さ、最悪!)


 目覚めた私は1人、布団の中で悶絶していた。


 私ってば、何してるの!?

 電話中に寝落ちしちゃうなんて、あり得ないから!


 起きた時には、もうスマホの通話は切れていた。

 中曽根が切ったのだろうけど、あんなふうに話させておいて自分は寝ちゃうとか、もう、最低最悪だ!


 戸田 るり:

(中曽根、怒ってないかな?)


 戸田 るり:

(てか私、いびきとかしてないよね!?)


 焦りと恥ずかしさと申し訳なさで、頭がぐるぐるする。

 かと言って、また中曽根の家に電話をかける勇気もない。

 スマホを握りしめるだけで「うー」とか「あー」とかしか言えずにいる。


 戸田 るり:

(新学期、速攻で謝ろう……!)


 こういうとき、中曽根がスマホを持っていたらいいのに、なんて思う。

 すぐにつながれない不便さに泣きつつも、私は自分の熱が下がり切っていたことにようやく気付いたのだった。




 ◇ 続く ◇

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