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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.12 冬の足音(1)「デートをしよう」

 冬休み前のある日のこと。

 休み時間中にめずらしく、中曽根がわざわざ1番後ろの私の席にまで、出向いてくれた。


 中曽根 悠:

「よ、戸田」


 戸田 るり:

「どしたの?」


 本当は嬉しかったんだけど、なんでもないように私は振るまった。


 中学生の恋愛事情というのは、たいていは筒抜けである。

 あの子がこの子に告白したらしいとか、あの子はこの子が好きらしいとか。

 とくに付き合っている場合、そのことは当たり前のように広まってしまうのだ。

 それはつまり、私たちの場合も当てはまっていて。


 戸田 るり:

(見られてる──気がする)


 クラスメイトの目が気になって、小さくうつむいた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 冬の足音

(1)「デートをしよう」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 まわりが気になって、視線を合わせられずにいる。

 でも中曽根は、どかっと私の前の空いていた席に座ると、こう言った。


 中曽根 悠:

「冬休み、どっか行こう」


 戸田 るり:

「え!」


 無自覚な中曽根の声は大きい。

 とたんに、近くに座っていた男子──森くんが、声をかけてきた。


 森:

「お、デートかよ、熱いねー」


 それは明らかに、からかい口調だった。

 う、恥ずかしい……と顔を真っ赤にしてしまいそうになる。でも。


 中曽根 悠:

「そうだよ、羨ましいだろ」


 中曽根がそう言ったから、森くんは言葉を失ってしまった。

 もちろん、私も。


 戸田 るり:

(あれ? 中曽根って、こんな感じだったっけ?)


 もともとお調子者な部分はあったけれど、今のはなんだか違う気がする。

 森くんから私へ視線を戻して、中曽根はあらためて聞いてきた。


 中曽根 悠:

「で、予定が合う日ないかなって」


 戸田 るり:

「えっと……ちょっと待ってね」


 慌てて私は、スケジュール帳を取り出した。

 塾や習い事のピアノがある私は、冬休みでもちょっと忙しい。

 中曽根の部活動スケジュールと、私の予定をすり合わせて、唯一2人とも1日空いている日を見つけた。


 中曽根 悠:

「じゃあ、この日に決まりだな」


 戸田 るり:

「うん!」


 12月24日に丸をつけた。

 なんと、クリスマスイブである……!


 戸田 るり:

(うわわわわわ)


 なんて、心の中では嵐が吹き荒れているのに。


 戸田 るり:

「楽しみだね」


 冷静を顔に貼り付けて、私はそう言った。


 中曽根 悠:

「おう! あ、あとさ」


 中曽根はポケットから、紙の切れ端を取り出した。

 彼にしては綺麗に折りたためられたそれを、こちらに差し出してくる。


 中曽根 悠:

「これ、俺んちの電話番号」


 中曽根 悠:

「スマホないからさ。まあ、万が一の時のために」


 戸田 るり:

「あ、じゃあ私も、スマホの番号渡すね」


 私はメモを受け取ると、手帳のページを1枚切り離して、そこにスマホの電話番号を書いた。

 中曽根に渡すと、彼はそれをひらひらとなびかせた後に大切そうに胸ポケットにしまう。


 その時ちょうど、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


 中曽根 悠:

「……と、じゃあどこ行くかは、またおいおい決めようぜ」


 戸田 るり:

「うん」


 中曽根はそう言って、教卓の真ん前にある自分の席へと帰っていった。

 居眠りできねーよ、と小さくもらしていた顔を思い出して、つい笑ってしまう。


 でも、微笑んでしまうのはそれだけのせいじゃない。

 受け取った中曽根の家の電話番号のメモを、大切に手帳に挟んだ。



 ・   ・   ・



 記念すべき初デートは、クリスマスイブ!

 あれから2人で話し合い映画でも観に行こう、という話になった。

 今中高生で流行っている、アニメ映画。映像が綺麗と評判だったけど、内容が恋愛ものだから中曽根は嫌かな、なんて思った。

 でも、私がそれを提案したらすぐに「いいね」なんて言ってくれた。


 戸田 るり:

(なんだか、本当に彼氏彼女みたい)


 いや、夏休み前からそうだったはずなんだけど。

 たまに一緒に帰るくらいしか、付き合っているらしいことをしていなかったから。

 手をつなぐのはまだちょっと緊張する。

 デートでもやっぱり、手をつなぐのかな?


 そんなことを考えながら私は当日まで、ずっとドキドキした気持ちで過ごしていたんだ。



 ・   ・   ・



 なのに。

 それなのに。


 戸田 るり:

「……ゴホッ……ケホッ」


 お母さん:

「うーん、やっぱり風邪ね」


 12月23日。デートの前日。

 私は熱を出し寝込んでいた。


 咳が止まらない。喉が痛い。

 クラクラする頭には冷んやりとしたシートをつけて、必死に熱を吸収してもらっていた。


 戸田 るり:

「……何、度?」


 体温計を見ていたお母さんに声をかける。少しだけハスキーになっている自分の声に、びっくりする。


 お母さん:

「38、5度よ。今日は1日安静にしてなさい」


 戸田 るり:

「……明日、友達と……約束あるの……」


 まさか初デートなのです、と言えるはずもなく、うわ言のように呟いた。

 けれどやはり、それはお母さんに一蹴される。


 お母さん:

「こんなんじゃ無理でしょ。お友達に風邪うつしていいの?」


 戸田 るり:

「…………」


 じんわりと涙が滲んできてしまうのは、熱のせいだけじゃない。

 大事な日の前日に熱を出してしまった自分に、絶望しているからだ。


 お母さん:

「どこの子? お母さん、連絡してあげようか?」


 戸田 るり:

「だ、大丈夫……! その子もスマホあるから」


 とっさに嘘をついた。

「そう、じゃあちゃんと連絡しておくのよ」と信じてくれたお母さんに、ちょっとした罪悪感を持ってしまう。


 パタリと閉ざされた部屋の扉。

 自分の部屋でベッドに横になり一人きりの私は、情けない気持ちでつい涙を流してしまった。




 ◇ 続く ◇

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