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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.11 君に伝えにいく(4・終)「スクルージは最後に笑う」

 橋の上から落ちた指輪。

 僕の想いを込めた指輪。

 それを失くしたということは、きっと僕は想いを伝えてはいけないのかもしれない。

 神様が、そう言っているのかもしれない。


 清らかな姫泣川が流れる河川敷。

 僕は必死に探してくれる少年3人の姿を見ながら、ぼんやりとそう思い始めていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君に伝えにいく

(4)「スクルージは最後に笑う」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 宇月 彬:

「もう、やめようか」


 僕の声に、下を向いていた3人が顔を上げた。


 中曽根 悠:

「え?」


 宇月 彬:

「これだけ探しても、見つからないし。もう、諦めようと思うんだ」


 中曽根 悠:

「そんな……!」


 少年たちは、ショックを受けたような顔をする。

 そんなに今の僕には、情けない表情が貼り付いているんだろうか。


 小池 隼人:

「僕たちまだ、探せます!」


 大谷 圭介:

「俺たちのことなら、気にしなくていいから」


 宇月 彬:

「ううん、そうじゃないんだ」


 緩くかぶりを振った。

 違う、君たちのせいなんかじゃないんだ。

 悪かったのは、橋の上でうだうだと悩んでいた僕のほう。

 15年もの歳月をそのまま流して、彼女の親友の座に甘んじていた僕のせい。


 でも。


 宇月 彬:

「僕はもう、早希ちゃんを諦めようと思ってたから」


 もう終わりにするんだ。


 薄く笑った僕の背中に、木枯らしが吹きつける。

 それさえも今は、僕の背中を後押ししてくれる追い風のようだ。


 中曽根 悠:

「……なんで……」


 立ち上がって、ぽつりと悠くんが呟く。

 その後を引き継いだのは、怒ったような顔をして、同じく立ち上がった圭介くんだった。


 大谷 圭介:

「なんでだよ!? だってまだ、告ってもないんだろう!?」


 宇月 彬:

「……好きになるべきじゃ、なかったんだ」


 宇月 彬:

「こんな僕が、好きになっちゃいけないんだ」


 天使のように小悪魔のように、僕を魅了する早希ちゃん。

 彼女に対する僕の愛情は、あまりにも異常だ。

 長い年月をかけて育てた愛情は、すでにひねくれていて、こんがらがって。

 こんな愛を伝えたところで、彼女は困ってしまうだろう。


 大谷 圭介:

「そんな……!」


 大谷 圭介:

「んなことねーよ! 人を好きになっちゃいけないやつなんか、いねーよ……!」


 優しいね。

 でもね、僕だってずっとそう思っていたさ。

 けれどもう……疲れてしまったんだ。


 小池 隼人:

「……あの」


 まだ草むらにしゃがみ込んでいた隼人くんが、静寂を破った。


 小池 隼人:

「僕、恋とかまだわからないけど……」


 おずおずと下の草むらから立ち上がり、手のひらを差し出す。


 小池 隼人:

「こんなにキレイな指輪、あげないなんてもったいないと思います」


 宇月 彬:

「!」


 隼人くんの手にあったのは、ずっと求めていた探し物。

 細いシルバーに埋め込まれた、青い石。

 12月の誕生石であるラピスラズリを宿した贈り物。

 僕から早希ちゃんへの想いを込めた、あの指輪だった。


 大谷 圭介:

「隼人! それ……!」


 小池 隼人:

「お兄さんが探してたのって、これ……ですよね?」


 宇月 彬:

「あ、ああ……」


 差し出した僕の手が、かすかに震えていた。

 そっとつまんだそれをぎゅっと握り、手の中に閉じ込めた。


 冬空に放られた指輪はすっかり冷えていて、手のひらの体温をすぐに吸収する。

 一度手放したはずのそれが、またしても僕の手元へと戻って来た。


 そう。

 あの日、ケーキ屋で再会してしまった早希ちゃんのように。


 宇月 彬:

「これだよ……ありがとう」


──まいったなぁ。

 戻ってきちゃうんだもんな。

 これじゃあ、諦められないじゃないか。


 僕の目の端が、かすかに濡れる。

 とその時、ポケットに入れたスマホが鳴った。

 電話の着信音を告げるそれを慌てて取ると、愛しの早希ちゃんの声が響いた。


 早希:

「ちょっと彬! まだ来ないの?」


 宇月 彬:

「あ、早希ちゃん」


 僕の言葉に、少年たちがハッとしたのがわかった。


 早希:

「メッセージも全然既読にならないから、心配したじゃない!」


 宇月 彬:

「ああごめん、メッセージは音が鳴らないようにしてるんだ」


 早希:

「 もう! 私30分も待ってるんだよ?  早く来てよね」


 宇月 彬:

「うん、ごめんね。すぐ行く」


 早希ちゃんは待つことが嫌いだ。

 そんな早希ちゃんが僕を30分も待ってくれていたことに幸せを感じて、スマホをしまう。


 宇月 彬:

「僕、行かなくちゃ」


 振り返ると、笑顔の3人が僕を見ていた。


 大谷 圭介:

「にーちゃん、頑張れ!」


 中曽根 悠:

「俺、絶対成功するように祈ってるから!」


 小池 隼人:

「きっと、早希さんも喜ぶと思います!」


 うわあ、眩しい。


 キラキラエフェクトをこれでもかというくらい顔につけて、少年たちは僕を見つめる。

 ははは。僕も、昔はこうだったのかな。

 もう思い出せないけれど、そうだったような気もする。

 何だかくすぐったくなる気持ちを抑えて、少年たちに背を向けた。


 宇月 彬:

「行ってくるよ。本当にありがとう」


 うん! と大きく答えてくれる3人。

 去ろうとした僕は、少し逡巡して立ち止まる。


 やっぱり、この子たちには、本当のことを言っておこうかな。


 宇月 彬:

「そうそう、あとね」


 くるりと振り返った。

 3人は「ん?」と、こちらを見ている。


 宇月 彬:

「僕、お兄さんじゃなくて、お姉さんなんだ」


 大谷 圭介:

「………」


 中曽根 悠:

「………」


 小池 隼人:

「………」


 少年3人組:

「……え!?」


 宇月 彬:

「じゃあね」


 戸惑う3人の顔をもう少し見ていたかったけれど、ごめんね。早希ちゃんが待っているから、僕は行くよ。


 身を翻し、走り出す。

 右手に、もう落ちないようにしっかりと指輪を握りしめて。


 僕の気持ちを込めたそれを、しっかりと。

 ぎゅっとぎゅっと、握りしめたんだ。



 ・   ・   ・



 早希:

「遅かったじゃない、彬」


 プリプリと怒っている早希ちゃんも可愛い。

 カフェで待ち合わせをしているんだから、中で待っていればいいのに、彼女は外でコートを着たまま立っていた。


 宇月 彬:

「ごめんごめん。ちょっと、落し物しちゃってさ」


 早希:

「もー、今日は全部、彬におごってもらうんだから」


 宇月 彬:

「それはもちろん」


 ニコッと笑うと、早希ちゃんはなぜかまだむくれたまま。

 でも、そんな早希ちゃんも可愛くて、僕の目元はだらしなくなってしまう。


 僕がカミングアウトをした、中学3年生の時。


「それでも彬は彬だよ」

「私はそんなことで彬の友達やめないんだからね」


 君は、そう言ってくれたね。

 それがどれほどに嬉しくて、そして切なかったか、君は知らないんだ。

 受け止められたと同時に、友達という枠に詰め込まれたのだから。


 でも、どうしてそれが嫌だと言えよう。

 友達でいてくれることさえも、僕にとっては奇跡だったのに。


 だけど、どうしてかな。

 人間って欲張りにできているんだ。

 君に、友達以上に見てほしいと思ってしまった。

 君にキスしたり、抱きしめたいと思ってしまった。

 そんなこと、望んじゃいけないと思っていたのに。


──それなのに。



 小池 隼人:

「こんなにキレイな指輪、あげないなんてもったいないと思います」



 そうだね、せっかく想いを込めたんだ。



 大谷 圭介:

「人を好きになっちゃいけないやつなんか、いねーよ……!」



 勝手に僕は、僕を縛っていたのかもね。



 中曽根 悠:

「今まで、あいつとの居心地がよかったのって、俺も好きだったからかもって」



 僕も早希ちゃんに、そう思ってもらえたらいいな。


 宇月 彬:

(……いくぞ、僕!)


 まるで今の僕は、クリスマスキャロルのスクルージだ。

 3人に背中を押されて、ここに立っている。


 過去も現在も、未来も。

 僕が素直な気持ちで、君のそばにいられるように。

 大好きな君に伝えよう──隠していたこの気持ちを。


 宇月 彬:

「あのね、早希ちゃん。僕……」



 知ってるかい?

 スクルージは最後に、笑うんだ。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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