Ep.11 君に伝えにいく(4・終)「スクルージは最後に笑う」
橋の上から落ちた指輪。
僕の想いを込めた指輪。
それを失くしたということは、きっと僕は想いを伝えてはいけないのかもしれない。
神様が、そう言っているのかもしれない。
清らかな姫泣川が流れる河川敷。
僕は必死に探してくれる少年3人の姿を見ながら、ぼんやりとそう思い始めていた。
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君に伝えにいく
(4)「スクルージは最後に笑う」
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宇月 彬:
「もう、やめようか」
僕の声に、下を向いていた3人が顔を上げた。
中曽根 悠:
「え?」
宇月 彬:
「これだけ探しても、見つからないし。もう、諦めようと思うんだ」
中曽根 悠:
「そんな……!」
少年たちは、ショックを受けたような顔をする。
そんなに今の僕には、情けない表情が貼り付いているんだろうか。
小池 隼人:
「僕たちまだ、探せます!」
大谷 圭介:
「俺たちのことなら、気にしなくていいから」
宇月 彬:
「ううん、そうじゃないんだ」
緩くかぶりを振った。
違う、君たちのせいなんかじゃないんだ。
悪かったのは、橋の上でうだうだと悩んでいた僕のほう。
15年もの歳月をそのまま流して、彼女の親友の座に甘んじていた僕のせい。
でも。
宇月 彬:
「僕はもう、早希ちゃんを諦めようと思ってたから」
もう終わりにするんだ。
薄く笑った僕の背中に、木枯らしが吹きつける。
それさえも今は、僕の背中を後押ししてくれる追い風のようだ。
中曽根 悠:
「……なんで……」
立ち上がって、ぽつりと悠くんが呟く。
その後を引き継いだのは、怒ったような顔をして、同じく立ち上がった圭介くんだった。
大谷 圭介:
「なんでだよ!? だってまだ、告ってもないんだろう!?」
宇月 彬:
「……好きになるべきじゃ、なかったんだ」
宇月 彬:
「こんな僕が、好きになっちゃいけないんだ」
天使のように小悪魔のように、僕を魅了する早希ちゃん。
彼女に対する僕の愛情は、あまりにも異常だ。
長い年月をかけて育てた愛情は、すでにひねくれていて、こんがらがって。
こんな愛を伝えたところで、彼女は困ってしまうだろう。
大谷 圭介:
「そんな……!」
大谷 圭介:
「んなことねーよ! 人を好きになっちゃいけないやつなんか、いねーよ……!」
優しいね。
でもね、僕だってずっとそう思っていたさ。
けれどもう……疲れてしまったんだ。
小池 隼人:
「……あの」
まだ草むらにしゃがみ込んでいた隼人くんが、静寂を破った。
小池 隼人:
「僕、恋とかまだわからないけど……」
おずおずと下の草むらから立ち上がり、手のひらを差し出す。
小池 隼人:
「こんなにキレイな指輪、あげないなんてもったいないと思います」
宇月 彬:
「!」
隼人くんの手にあったのは、ずっと求めていた探し物。
細いシルバーに埋め込まれた、青い石。
12月の誕生石であるラピスラズリを宿した贈り物。
僕から早希ちゃんへの想いを込めた、あの指輪だった。
大谷 圭介:
「隼人! それ……!」
小池 隼人:
「お兄さんが探してたのって、これ……ですよね?」
宇月 彬:
「あ、ああ……」
差し出した僕の手が、かすかに震えていた。
そっとつまんだそれをぎゅっと握り、手の中に閉じ込めた。
冬空に放られた指輪はすっかり冷えていて、手のひらの体温をすぐに吸収する。
一度手放したはずのそれが、またしても僕の手元へと戻って来た。
そう。
あの日、ケーキ屋で再会してしまった早希ちゃんのように。
宇月 彬:
「これだよ……ありがとう」
──まいったなぁ。
戻ってきちゃうんだもんな。
これじゃあ、諦められないじゃないか。
僕の目の端が、かすかに濡れる。
とその時、ポケットに入れたスマホが鳴った。
電話の着信音を告げるそれを慌てて取ると、愛しの早希ちゃんの声が響いた。
早希:
「ちょっと彬! まだ来ないの?」
宇月 彬:
「あ、早希ちゃん」
僕の言葉に、少年たちがハッとしたのがわかった。
早希:
「メッセージも全然既読にならないから、心配したじゃない!」
宇月 彬:
「ああごめん、メッセージは音が鳴らないようにしてるんだ」
早希:
「 もう! 私30分も待ってるんだよ? 早く来てよね」
宇月 彬:
「うん、ごめんね。すぐ行く」
早希ちゃんは待つことが嫌いだ。
そんな早希ちゃんが僕を30分も待ってくれていたことに幸せを感じて、スマホをしまう。
宇月 彬:
「僕、行かなくちゃ」
振り返ると、笑顔の3人が僕を見ていた。
大谷 圭介:
「にーちゃん、頑張れ!」
中曽根 悠:
「俺、絶対成功するように祈ってるから!」
小池 隼人:
「きっと、早希さんも喜ぶと思います!」
うわあ、眩しい。
キラキラエフェクトをこれでもかというくらい顔につけて、少年たちは僕を見つめる。
ははは。僕も、昔はこうだったのかな。
もう思い出せないけれど、そうだったような気もする。
何だかくすぐったくなる気持ちを抑えて、少年たちに背を向けた。
宇月 彬:
「行ってくるよ。本当にありがとう」
うん! と大きく答えてくれる3人。
去ろうとした僕は、少し逡巡して立ち止まる。
やっぱり、この子たちには、本当のことを言っておこうかな。
宇月 彬:
「そうそう、あとね」
くるりと振り返った。
3人は「ん?」と、こちらを見ている。
宇月 彬:
「僕、お兄さんじゃなくて、お姉さんなんだ」
大谷 圭介:
「………」
中曽根 悠:
「………」
小池 隼人:
「………」
少年3人組:
「……え!?」
宇月 彬:
「じゃあね」
戸惑う3人の顔をもう少し見ていたかったけれど、ごめんね。早希ちゃんが待っているから、僕は行くよ。
身を翻し、走り出す。
右手に、もう落ちないようにしっかりと指輪を握りしめて。
僕の気持ちを込めたそれを、しっかりと。
ぎゅっとぎゅっと、握りしめたんだ。
・ ・ ・
早希:
「遅かったじゃない、彬」
プリプリと怒っている早希ちゃんも可愛い。
カフェで待ち合わせをしているんだから、中で待っていればいいのに、彼女は外でコートを着たまま立っていた。
宇月 彬:
「ごめんごめん。ちょっと、落し物しちゃってさ」
早希:
「もー、今日は全部、彬におごってもらうんだから」
宇月 彬:
「それはもちろん」
ニコッと笑うと、早希ちゃんはなぜかまだむくれたまま。
でも、そんな早希ちゃんも可愛くて、僕の目元はだらしなくなってしまう。
僕がカミングアウトをした、中学3年生の時。
「それでも彬は彬だよ」
「私はそんなことで彬の友達やめないんだからね」
君は、そう言ってくれたね。
それがどれほどに嬉しくて、そして切なかったか、君は知らないんだ。
受け止められたと同時に、友達という枠に詰め込まれたのだから。
でも、どうしてそれが嫌だと言えよう。
友達でいてくれることさえも、僕にとっては奇跡だったのに。
だけど、どうしてかな。
人間って欲張りにできているんだ。
君に、友達以上に見てほしいと思ってしまった。
君にキスしたり、抱きしめたいと思ってしまった。
そんなこと、望んじゃいけないと思っていたのに。
──それなのに。
小池 隼人:
「こんなにキレイな指輪、あげないなんてもったいないと思います」
そうだね、せっかく想いを込めたんだ。
大谷 圭介:
「人を好きになっちゃいけないやつなんか、いねーよ……!」
勝手に僕は、僕を縛っていたのかもね。
中曽根 悠:
「今まで、あいつとの居心地がよかったのって、俺も好きだったからかもって」
僕も早希ちゃんに、そう思ってもらえたらいいな。
宇月 彬:
(……いくぞ、僕!)
まるで今の僕は、クリスマスキャロルのスクルージだ。
3人に背中を押されて、ここに立っている。
過去も現在も、未来も。
僕が素直な気持ちで、君のそばにいられるように。
大好きな君に伝えよう──隠していたこの気持ちを。
宇月 彬:
「あのね、早希ちゃん。僕……」
知ってるかい?
スクルージは最後に、笑うんだ。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




