Ep.10 孵化、いつか(7・終)「変化」
ようやく落ち着いた私がトイレから出ると、廊下で待っていたるりっちと梢ちゃんが、心配そうに声をかけてくれた。
羽鳥 梢:
「美羽……!」
戸田 るり:
「大丈夫?」
望月 美羽:
「うん……」
幸いスカートは、汚れていなかった。
きゅっと唇を噛んで俯く。
望月 美羽:
「……大谷くん、気づいたかなぁ」
羽鳥 梢:
「大丈夫だよ、あいつ鈍いし!」
戸田 るり:
「怪我してたとか言っておけば、きっとわかんないよ!」
望月 美羽:
「……うん」
そうだといいな、と思う。
そして私は、小さな声で言った。
望月 美羽:
「私……ね。……初めてだったの」
羽鳥 梢:
「え?」
望月 美羽:
「今まできてなかったの……生理」
戸田 るり:
「……そうだったんだ」
俯いた私。
そんな私の手を、るりっちはぎゅっと握ってくれた。
梢ちゃんは、肩にそっと手を置いてくれた。
2人は何も言わなかった。
でもそれだけで、何だかほっとした。
黙って私の戸惑いを共有するかのように、静かに連れ添って歩いてくれたんだ。
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孵化、いつか
(7)「変化」
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秋空の下、私はまた1人園芸活動をしている。
本当は、今日はサボっちゃおうかな、なんて思っていた。
でも、この時間にここを通るであろう人とどうしても話をしたくて、私はジャージ姿で花壇を世話している。
ほどなくして、その待ち人は現れた。
大谷 圭介:
「うっす、望月!」
望月 美羽:
「……!」
大谷くんは、いつものように部活前にここを通った。
今日あったことを思うと、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったけれど、でも大谷くんが気づいていないか心配で、様子を見たいと思ったんだ。
大谷 圭介:
「しゃがんでるけど、足の怪我は大丈夫だったのか?」
望月 美羽:
「!」
望月 美羽:
「だ、大丈夫だったよ! 大したことなかったみたい」
よかった。るりっちが誤魔化してくれた嘘を、大谷くんは信じてくれたようだ。
大谷くんは安心したように「そうか」と言って、私の横に一緒にしゃがんでくれた。
吹きつけていた肌寒い秋風から守ってくれるように、大谷くんの大きな体が隣に並ぶ。
大谷 圭介:
「……あのさ、望月」
望月 美羽:
「ん?」
大谷 圭介:
「あれから俺、考えたんだけど」
大谷くんは、じっと目の前の花壇を見つめて喋った。
大谷 圭介:
「望月の好きな花とか草もさ、全部が全部、同じように育つわけじゃないだろ?」
望月 美羽:
「え? う、うん」
突然、何を言い出すのだろう。
そう思ったけれど、大谷くんはあらかじめ台本でもあるかのように、一気に話し始めた。
大谷 圭介:
「俺たちも一緒でさ。同じように育つわけないんだよ。早いやつもいれば、遅いやつもいて。大きいやつもいれば、小さいやつもいて。太ってるやつもいれば、痩せてるやつもいてさ」
大谷 圭介:
「でもそれって、悪いことじゃ決してなくって、それぞれがそれぞれのゴールを、目指していけばいいと思うんだ」
望月 美羽:
「う、うん……」
これはもしかして。
前の私の悩みを、解消しようとしてくれている……?
大谷 圭介:
「だから、ええと」
大谷 圭介:
「気にしなくていいんだよ、まわりのことなんか!」
大谷 圭介:
「ほら、俺らって、それぞれがオンリーワンじゃん!」
どこぞの歌の歌詞のようなことを言う大谷くん。
必死に考えたのだろう、言葉と最後の決めゼリフ。
それをずっと聞いていた私は、何だか急に、笑いがこみ上げてきてしまった。
望月 美羽:
「──ぷぷ」
大谷 圭介:
「………!」
大谷 圭介:
「笑うなよなー! 俺、これでもすっげー必死に考えたんだぜ!?」
望月 美羽:
「ぷぷ……ごめん! だってぇ〜」
慌てる大谷くんの顔が面白くって、ますます笑いがこみ上げてくる。
大谷くんも、悩んでくれたの?
悩みながら、その言葉を考えてくれていたの?
そう考えたら何だか嬉しくて、自然と口元が綻んだ。
大谷 圭介:
「──ちぇ。せっかく決まったと思ったのに」
望月 美羽:
「決まってたよ?」
大谷 圭介:
「本当かよ」
大谷くんは拗ねたように「あーあ」と、空を見上げた。
風がピュウ、と彼の髪の毛をなびかせる。
そんな彼の横顔を見つめていた私の視線は、いつの間にか、彼の喉元へと移っていた。
少し出ている、喉元の出っぱり。
男の子の証。
もう私も彼も、小学生の頃のような子どもじゃなくなっているんだ。
大谷 圭介:
「……どうした? 望月」
私の視線に気がついて、大谷くんがこちらを見る。
望月 美羽:
「…………」
望月 美羽:
「ううん、何でもないよ」
そう、何でもない。
何でもない日常が、ただ私たちのまわりを過ぎていくだけ。
でも。
その日常の中で、私たちは確実に大人へと近づいているんだろう。
落ちた殻は、もう戻ってきてはくれない。
殻はもう、守ってくれない。
これから、ずっと付き合っていく自分の体。
それをしゃがみこんだまま、愛しく思えるように、そっと抱きしめた。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




