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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.10 孵化、いつか(7・終)「変化」

 ようやく落ち着いた私がトイレから出ると、廊下で待っていたるりっちと梢ちゃんが、心配そうに声をかけてくれた。


 羽鳥 梢:

「美羽……!」


 戸田 るり:

「大丈夫?」


 望月 美羽:

「うん……」


 幸いスカートは、汚れていなかった。

 きゅっと唇を噛んで俯く。


 望月 美羽:

「……大谷くん、気づいたかなぁ」


 羽鳥 梢:

「大丈夫だよ、あいつ鈍いし!」


 戸田 るり:

「怪我してたとか言っておけば、きっとわかんないよ!」


 望月 美羽:

「……うん」


 そうだといいな、と思う。

 そして私は、小さな声で言った。


 望月 美羽:

「私……ね。……初めてだったの」


 羽鳥 梢:

「え?」


 望月 美羽:

「今まできてなかったの……生理」


 戸田 るり:

「……そうだったんだ」


 俯いた私。

 そんな私の手を、るりっちはぎゅっと握ってくれた。

 梢ちゃんは、肩にそっと手を置いてくれた。

 2人は何も言わなかった。

 でもそれだけで、何だかほっとした。

 黙って私の戸惑いを共有するかのように、静かに連れ添って歩いてくれたんだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 孵化、いつか

(7)「変化」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 秋空の下、私はまた1人園芸活動をしている。

 本当は、今日はサボっちゃおうかな、なんて思っていた。

 でも、この時間にここを通るであろう人とどうしても話をしたくて、私はジャージ姿で花壇を世話している。


 ほどなくして、その待ち人は現れた。


 大谷 圭介:

「うっす、望月!」


 望月 美羽:

「……!」


 大谷くんは、いつものように部活前にここを通った。

 今日あったことを思うと、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったけれど、でも大谷くんが気づいていないか心配で、様子を見たいと思ったんだ。


 大谷 圭介:

「しゃがんでるけど、足の怪我は大丈夫だったのか?」


 望月 美羽:

「!」


 望月 美羽:

「だ、大丈夫だったよ! 大したことなかったみたい」


 よかった。るりっちが誤魔化してくれた嘘を、大谷くんは信じてくれたようだ。

 大谷くんは安心したように「そうか」と言って、私の横に一緒にしゃがんでくれた。


 吹きつけていた肌寒い秋風から守ってくれるように、大谷くんの大きな体が隣に並ぶ。


 大谷 圭介:

「……あのさ、望月」


 望月 美羽:

「ん?」


 大谷 圭介:

「あれから俺、考えたんだけど」


 大谷くんは、じっと目の前の花壇を見つめて喋った。


 大谷 圭介:

「望月の好きな花とか草もさ、全部が全部、同じように育つわけじゃないだろ?」


 望月 美羽:

「え? う、うん」


 突然、何を言い出すのだろう。

 そう思ったけれど、大谷くんはあらかじめ台本でもあるかのように、一気に話し始めた。


 大谷 圭介:

「俺たちも一緒でさ。同じように育つわけないんだよ。早いやつもいれば、遅いやつもいて。大きいやつもいれば、小さいやつもいて。太ってるやつもいれば、痩せてるやつもいてさ」


 大谷 圭介:

「でもそれって、悪いことじゃ決してなくって、それぞれがそれぞれのゴールを、目指していけばいいと思うんだ」


 望月 美羽:

「う、うん……」


 これはもしかして。

 前の私の悩みを、解消しようとしてくれている……?


 大谷 圭介:

「だから、ええと」


 大谷 圭介:

「気にしなくていいんだよ、まわりのことなんか!」


 大谷 圭介:

「ほら、俺らって、それぞれがオンリーワンじゃん!」


 どこぞの歌の歌詞のようなことを言う大谷くん。

 必死に考えたのだろう、言葉と最後の決めゼリフ。


 それをずっと聞いていた私は、何だか急に、笑いがこみ上げてきてしまった。


 望月 美羽:

「──ぷぷ」


 大谷 圭介:

「………!」


 大谷 圭介:

「笑うなよなー! 俺、これでもすっげー必死に考えたんだぜ!?」


 望月 美羽:

「ぷぷ……ごめん! だってぇ〜」


 慌てる大谷くんの顔が面白くって、ますます笑いがこみ上げてくる。


 大谷くんも、悩んでくれたの?

 悩みながら、その言葉を考えてくれていたの?


 そう考えたら何だか嬉しくて、自然と口元が綻んだ。


 大谷 圭介:

「──ちぇ。せっかく決まったと思ったのに」


 望月 美羽:

「決まってたよ?」


 大谷 圭介:

「本当かよ」


 大谷くんは拗ねたように「あーあ」と、空を見上げた。

 風がピュウ、と彼の髪の毛をなびかせる。

 そんな彼の横顔を見つめていた私の視線は、いつの間にか、彼の喉元へと移っていた。


 少し出ている、喉元の出っぱり。

 男の子の証。

 もう私も彼も、小学生の頃のような子どもじゃなくなっているんだ。


 大谷 圭介:

「……どうした? 望月」


 私の視線に気がついて、大谷くんがこちらを見る。


 望月 美羽:

「…………」


 望月 美羽:

「ううん、何でもないよ」



 そう、何でもない。

 何でもない日常が、ただ私たちのまわりを過ぎていくだけ。


 でも。

 その日常の中で、私たちは確実に大人へと近づいているんだろう。


 落ちた殻は、もう戻ってきてはくれない。

 殻はもう、守ってくれない。


 これから、ずっと付き合っていく自分の体。


 それをしゃがみこんだまま、愛しく思えるように、そっと抱きしめた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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