Ep.10 孵化、いつか(6)「落ちた音」
朝起きると、すぐそこに素敵な下着が私を待っていた。
女の子って不思議。
どうしてこれだけで、気分が上がってしまうんだろう。
カーテンを引くと、秋の高い空が私を見下ろしている。
とてもいい天気で、私の気分はぐんとよくなった。
望月 美羽:
(今日はちゃんと、大谷くんに謝ろう!)
そう決意して、私はベッドから立ち上がった。
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孵化、いつか
(6)「落ちた音」
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望月 美羽:
「るりっち、梢ちゃん、おはよー!」
戸田 るり:
「おはよう、美羽」
羽鳥 梢:
「おはよー」
毎朝恒例のご挨拶。
2組に飛び込んだ私は、るりっちの席に近づいた。
今、るりっちの席は廊下側、一番後ろだ。
居眠りしても先生にばれにくいね! と言ったら、るりっちは「でも、あんまり嬉しくない」と答えた。
彼氏の中曽根くんは前の方だから、遠くなってしまったことに残念がっているんだ。
まったくるりっちは、可愛いなぁ。
望月 美羽:
(大谷くんは……まだ来てないか)
教室内を見渡すけれど、頭一つ飛び抜けて見えるはずの彼の姿はなかった。
大谷くん、いつも登校は遅めだもんな。
しばらく、るりっちと梢ちゃんと、おしゃべりを楽しんだ。
もちろん、あの下着屋さんに行ったことも自慢げに報告する。
戸田 るり:
「えー、いいなぁ、美羽」
望月 美羽:
「へへー、いいでしょう」
羽鳥 梢:
「今日、もう着けてきたの?」
望月 美羽:
「うん、さっそく着けちゃった!」
なんて話していたら。
大谷くんが、友達と教室に入ってきた。
後ろの扉から入ってきたから、もちろん私たちのすぐそばを通ることになる。
大谷 圭介:
「……!」
大谷くんが、私の視線に気づいてハッとする。
大谷 圭介:
「……うっす」
いつもの、ぶっきらぼうな挨拶をしてくれた。
でもその声はいつもより小さくて、猫背になりながら横を通り過ぎようとする。
やっぱり、気にしているんだ。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになって、俯きがちな大谷くんの元へ駆け寄った。
望月 美羽:
「大谷くん、おはよう!」
大谷 圭介:
「……!?」
大谷 圭介:
「お、おはよう」
大谷くんの横には小池くんもいたのだけど、つい私は大谷くんにだけ声をかけてしまう。
大谷くんは戸惑いながらも私の前で立ち止まって、小池くんはスッと自分の席へと向かう。
るりっちと梢ちゃんが、きょとんと私たちを見ていたけれど、とりあえず私は「謝らなきゃ!」という使命感でいっぱいだ。
望月 美羽:
「あの、この間はごめんね。酷いこと言って」
大谷 圭介:
「!」
大谷 圭介:
「いや、俺もごめん。なんか傷つけるようなこと、言ったんだろ?」
大谷くんはすごく優しいな、と思う。
あんなの完全に私の八つ当たりなのに、そんなふうに考えていたんだ。
望月 美羽:
「ううん、私が勝手にむしゃくしゃしてただけなの。本当にごめんね」
大谷 圭介:
「……大丈夫! 俺、気にしてねーし」
それは嘘かもって、ちょっと思った。
でも、彼の優しさに甘えて私は「そっか」と笑う。
よかった、きちんと謝れて。
ホッとして胸をなでおろした。
その時、俯いていた大谷くんが、何かに気づいたように眉間にしわを寄せた。
大谷 圭介:
「あれ、望月……怪我してねぇ?」
望月 美羽:
「──え?」
怪我?
べつに私、どこも痛くなんて……。
戸田 るり:
「美羽!」
望月 美羽:
「!?」
急にるりっちが、私の腕を引っ張った。ぐんと引き寄せられる。
梢ちゃんもなぜか私にぴったり近寄って、大谷くんとの間に入った。
戸田 るり:
「ちょっと、こっち来て」
望月 美羽:
「え?」
なんで──と言う前に。
戸田 るり:
「 ──生理。血が出てる」
望月 美羽:
「……──!?」
耳元で小さく呟かれたるりっちの言葉に、私の頭が真っ白になった。
・ ・ ・
羽鳥 梢:
「……美羽、大丈夫?」
扉の向こうで、私を心配する梢ちゃんの声が静かに響く。
女子トイレの、1番奥の個室。
そこで私は、1人で閉じこもり泣いていた。
るりっちは今、保健室へ行って必要なものを持ってきてくれるとのことだった。
テキパキと動くるりっちと梢ちゃんに引き連れられて、ここまで来た私。
まだ混乱する気持ちに整理がつかず、ただ悲しさと恥ずかしさでいっぱいだった。
望月 美羽:
「う……うぇぇ……」
悲しかった。
恥ずかしかった。
よりによって、大谷くんに見られたんだ。
大谷くん……気づいてないよね?
生理がきただけでも動揺しているのに、男の子に見られたことで、大きな羞恥心が広がる。よけいに混乱している。
戸田 るり:
「──美羽、お待たせ!」
るりっちの声が聞こえた。
扉を少し開けて受け取ったのは、生理用品と新しい下着だ。
戸田 るり:
「先生、返さなくていいって言ってたから」
望月 美羽:
「……ありがとう」
羽鳥 梢:
「私たち、外で待ってるね」
気を利かせてくれたのだろう。
るりっちと梢ちゃんは、トイレから出て私を待つことにしてくれた。
慣れない手つきで、渡されたものを使った。
汚れた下着は、洗ってビニール袋に詰め込んで、ポーチにしまう。
あんなに可愛かったのに、今私が身につけたパンツは、学校の予備品の綿パンツだった。
それが無性に悲しくて、私は洗面台の前でまた涙を流した。
早く、行かなくちゃ。
るりっちも梢ちゃんも、待っててくれているのに。
それなのに涙が止まらない。
望月 美羽:
(なんで……?)
あんなに早くきてほしいと、思っていたのに。
なのに実際にきたそれは、私が憧れていた下着を汚してしまった。
あんなに、悩んで迷って買ってもらった素敵なそれを、汚されてしまった。
かすかに、下腹部が痛んでいることに気がつく。
それが、私がずっと憧れていた大人への第一歩だということは、ちゃんとわかっている。
わかっている──のに。
なぜか、どうしようもなく悲しくて。
私の涙はなかなか止まらない。
そんな混乱の中。
カラン……と、どこかで。
殻が落ちる音を、聞いた気がした。
◇ 続く ◇




