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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.10 孵化、いつか(6)「落ちた音」

 朝起きると、すぐそこに素敵な下着が私を待っていた。

 女の子って不思議。

 どうしてこれだけで、気分が上がってしまうんだろう。


 カーテンを引くと、秋の高い空が私を見下ろしている。

 とてもいい天気で、私の気分はぐんとよくなった。


 望月 美羽:

(今日はちゃんと、大谷くんに謝ろう!)


 そう決意して、私はベッドから立ち上がった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 孵化、いつか

(6)「落ちた音」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 望月 美羽:

「るりっち、梢ちゃん、おはよー!」


 戸田 るり:

「おはよう、美羽」


 羽鳥 梢:

「おはよー」


 毎朝恒例のご挨拶。

 2組に飛び込んだ私は、るりっちの席に近づいた。


 今、るりっちの席は廊下側、一番後ろだ。

 居眠りしても先生にばれにくいね! と言ったら、るりっちは「でも、あんまり嬉しくない」と答えた。

 彼氏の中曽根くんは前の方だから、遠くなってしまったことに残念がっているんだ。

 まったくるりっちは、可愛いなぁ。


 望月 美羽:

(大谷くんは……まだ来てないか)


 教室内を見渡すけれど、頭一つ飛び抜けて見えるはずの彼の姿はなかった。

 大谷くん、いつも登校は遅めだもんな。

 しばらく、るりっちと梢ちゃんと、おしゃべりを楽しんだ。

 もちろん、あの下着屋さんに行ったことも自慢げに報告する。


 戸田 るり:

「えー、いいなぁ、美羽」


 望月 美羽:

「へへー、いいでしょう」


 羽鳥 梢:

「今日、もう着けてきたの?」


 望月 美羽:

「うん、さっそく着けちゃった!」


 なんて話していたら。

 大谷くんが、友達と教室に入ってきた。

 後ろの扉から入ってきたから、もちろん私たちのすぐそばを通ることになる。


 大谷 圭介:

「……!」


 大谷くんが、私の視線に気づいてハッとする。


 大谷 圭介:

「……うっす」


 いつもの、ぶっきらぼうな挨拶をしてくれた。

 でもその声はいつもより小さくて、猫背になりながら横を通り過ぎようとする。


 やっぱり、気にしているんだ。


 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになって、俯きがちな大谷くんの元へ駆け寄った。


 望月 美羽:

「大谷くん、おはよう!」


 大谷 圭介:

「……!?」


 大谷 圭介:

「お、おはよう」


 大谷くんの横には小池くんもいたのだけど、つい私は大谷くんにだけ声をかけてしまう。

 大谷くんは戸惑いながらも私の前で立ち止まって、小池くんはスッと自分の席へと向かう。

 るりっちと梢ちゃんが、きょとんと私たちを見ていたけれど、とりあえず私は「謝らなきゃ!」という使命感でいっぱいだ。


 望月 美羽:

「あの、この間はごめんね。酷いこと言って」


 大谷 圭介:

「!」


 大谷 圭介:

「いや、俺もごめん。なんか傷つけるようなこと、言ったんだろ?」


 大谷くんはすごく優しいな、と思う。

 あんなの完全に私の八つ当たりなのに、そんなふうに考えていたんだ。


 望月 美羽:

「ううん、私が勝手にむしゃくしゃしてただけなの。本当にごめんね」


 大谷 圭介:

「……大丈夫! 俺、気にしてねーし」


 それは嘘かもって、ちょっと思った。

 でも、彼の優しさに甘えて私は「そっか」と笑う。


 よかった、きちんと謝れて。

 ホッとして胸をなでおろした。

 その時、俯いていた大谷くんが、何かに気づいたように眉間にしわを寄せた。


 大谷 圭介:

「あれ、望月……怪我してねぇ?」


 望月 美羽:

「──え?」


 怪我?

 べつに私、どこも痛くなんて……。


 戸田 るり:

「美羽!」


 望月 美羽:

「!?」


 急にるりっちが、私の腕を引っ張った。ぐんと引き寄せられる。

 梢ちゃんもなぜか私にぴったり近寄って、大谷くんとの間に入った。


 戸田 るり:

「ちょっと、こっち来て」


 望月 美羽:

「え?」


 なんで──と言う前に。


 戸田 るり:

「 ──生理。血が出てる」


 望月 美羽:

「……──!?」


 耳元で小さく呟かれたるりっちの言葉に、私の頭が真っ白になった。



 ・   ・   ・



 羽鳥 梢:

「……美羽、大丈夫?」


 扉の向こうで、私を心配する梢ちゃんの声が静かに響く。

 女子トイレの、1番奥の個室。

 そこで私は、1人で閉じこもり泣いていた。


 るりっちは今、保健室へ行って必要なものを持ってきてくれるとのことだった。

 テキパキと動くるりっちと梢ちゃんに引き連れられて、ここまで来た私。

 まだ混乱する気持ちに整理がつかず、ただ悲しさと恥ずかしさでいっぱいだった。


 望月 美羽:

「う……うぇぇ……」


 悲しかった。

 恥ずかしかった。

 よりによって、大谷くんに見られたんだ。

 大谷くん……気づいてないよね?

 生理がきただけでも動揺しているのに、男の子に見られたことで、大きな羞恥心が広がる。よけいに混乱している。


 戸田 るり:

「──美羽、お待たせ!」


 るりっちの声が聞こえた。

 扉を少し開けて受け取ったのは、生理用品と新しい下着だ。


 戸田 るり:

「先生、返さなくていいって言ってたから」


 望月 美羽:

「……ありがとう」


 羽鳥 梢:

「私たち、外で待ってるね」


 気を利かせてくれたのだろう。

 るりっちと梢ちゃんは、トイレから出て私を待つことにしてくれた。


 慣れない手つきで、渡されたものを使った。

 汚れた下着は、洗ってビニール袋に詰め込んで、ポーチにしまう。

 あんなに可愛かったのに、今私が身につけたパンツは、学校の予備品の綿パンツだった。


 それが無性に悲しくて、私は洗面台の前でまた涙を流した。

 早く、行かなくちゃ。

 るりっちも梢ちゃんも、待っててくれているのに。

 それなのに涙が止まらない。


 望月 美羽:

(なんで……?)


 あんなに早くきてほしいと、思っていたのに。

 なのに実際にきたそれは、私が憧れていた下着を汚してしまった。

 あんなに、悩んで迷って買ってもらった素敵なそれを、汚されてしまった。


 かすかに、下腹部が痛んでいることに気がつく。

 それが、私がずっと憧れていた大人への第一歩だということは、ちゃんとわかっている。


 わかっている──のに。

 なぜか、どうしようもなく悲しくて。

 私の涙はなかなか止まらない。


 そんな混乱の中。


 カラン……と、どこかで。


 殻が落ちる音を、聞いた気がした。




 ◇ 続く ◇

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