Ep.10 孵化、いつか(5)「成長」
店員さんに促されるまま、入った試着室。
そこは、2つのカーテンで仕切られていた。
私が一人入るスペースと、店員さんが待ってくれるスペース。
完全に隔離された個室で、上着だけ脱いだ。
Asakura:
「今着けている下着は、そのままで大丈夫ですよ」
望月 美羽:
「はい」
よかった、全部脱がなくていいんだ。
ホッとして上半身ブラだけの姿になったけど、貧相な胸元とダサい下着を見て恥ずかしくなる。
こんなのを、あのお姉さんに見られるなんて、嫌だなぁ……。
カーテンの向こうで待つ店員さんに、準備できたことを伝えると「失礼します」と、カーテンを静かに引かれる。
メジャーを持った店員さんが、にこりと微笑んでいた。
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孵化、いつか
(5)「成長」
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Asakura:
「じゃあ、手をどけてもらってもいいかしら」
望月 美羽:
「は、はい」
まだ恥ずかしくて隠していたけれど、思いきって手を下にさげる。
綿100パーセントのこの下着。恥ずかしくっていたたまれない。
このお姉さんは、きっとこれまでに、たくさんの女の人たちの胸を見てきたはず。
そんな中でこんな私の胸……きっと、ちんちくりんに違いない。
望月 美羽:
「………」
望月 美羽:
「……へ、変じゃないですか?」
Asakura:
「え?」
かがんでメジャーを見ていた店員さんが、私の顔を見上げた。
恥ずかしくて目も合わせられず、でも溢れ出る不安が、私に言葉を続けさせた。
望月 美羽:
「こんなに小さいのにブラとか……変じゃないですか?」
着ける意味なんてないんじゃない? なんて皮肉にも考えてしまう。
もしかしたら店員さんも、お仕事だから仕方なく相手をしてくれているだけで、必要ないって思われているんじゃ。
そんな私の卑屈な考えは。
Asakura:
「──とんでもない!」
店員さんの力強い言葉に、一蹴された。
Asakura:
「ブラジャーはね、大きくなったら着けるんじゃないのよ。大切な胸を、守ったり育てたりするために着けるの」
望月 美羽:
「……育てる?」
守る、というのはわかるけど、育てるってどういうことだろう?
首を傾げた私に、店員さんは安心させるように笑ってくれた。
Asakura:
「きっと、成長過程のあなたたちの年代って、自分の体が変じゃないかとか、他の子より遅れているんじゃないかって、気になると思うの」
まさしく図星で、小さく頷く。
店員さんはそんな私の反応を見て微笑んで、言葉を続けてくれた。
Asakura:
「でもね、気にすることはないの。あなたたちは、それぞれの卵なんだから」
望月 美羽:
「……卵?」
Asakura:
「大人の卵よ。今は孵化するために、大切に温めているの。それぞれの体温で、それぞれの時間で」
まるで歌のように、語る店員さん。
とても、優しい目をしていた。
Asakura:
「人と比べることじゃないの。あなたの体は、あなただけのものだから」
望月 美羽:
(私の体は、私だけのもの……)
下を見下ろすと、谷間もないへんちくりんな胸元が見えた。
腰つきもお尻だって、まだ全然幼稚体型な私。
でも。
この体は、私だけのもの。
私が今後ずっと付き合っていく、私の体。
そう思うと、なんだかぎゅっと胸が痛くて。切なくて。
私は胸を、かき抱いた。
望月 美羽:
「………」
望月 美羽:
「私……今の自分の体が、すごく嫌」
Asakura:
「……」
望月 美羽:
「全然成長してないし、他の子に比べて、子どもっぽいし……」
体育の着替えの時間、まわりのみんながとても大人びて見えた。
音楽の時間、男の子の低い歌声が響いてきてなんだか怖かった。
どうしてみんな、成長しているの?
どうして私は、成長していないの?
望月 美羽:
「……でも」
けれど、私はずっと思っていたんだ。
望月 美羽:
「好きになりたいんです、自分の体」
Asakura:
「………」
どうして、店員さんにこんなことを言ってしまっているんだろう。
でも、ずっとくすぶっていた感情だった。
一人では消化できない悩みだった。
それをこの人なら、受け止めてくれる気がしたんだ。
きっと、私の人を見る目は当たっていた。
店員のお姉さんは、優しく笑って言ってくれる。
Asakura:
「なれるわ。貴女なら」
理由も確証も述べずに、言われたのに。
たったそれだけの言葉が、私の不安をさらってくれた。
お姉さんの優しい目を見て私はなんだか、泣きたいのか笑いたいのかわからずに、ただ下を俯く。
その先に見えた自分の体が、さっきよりもちょっと、愛おしく思えた。
・ ・ ・
その後、お姉ちゃんに約束通り、下着セットを1つプレゼントとして買ってもらった。
とっても悩んだけれど、結局、最初に試着したものを選んだ。
ライトピンクの、薄くチェック柄の入ったとても可愛らしいもの。
帰ってから私はすぐに袋から取り出して、何度も鏡の前で体にあてがっては、ドキドキしていた。
望月 美羽:
(明日、さっそく着けてみようかな)
ウキウキワクワクが止まらない。
でも頭の片隅に、ずっと残っていたものがある。
大谷くんのことだ。
望月 美羽:
(……ちゃんと、謝らなきゃ)
八つ当たりしてしまったこと、明日登校したら、すぐに謝ろう。
決意して、その夜は眠った。
ベッドのすぐ横には、明日つけていく予定のあの下着を置いてる。
そのおかげかドキドキと、久しぶりに素敵な気持ちで、眠りにつけたんだ。
◇ 続く ◇




