Ep.10 孵化、いつか(3)「不安」
朝起きると、少し気だるげさを感じてなかなか起きられなかった。
理由はわかっている。
あんな夢を、見ちゃったからだ。
望月 美羽:
(なんで、杉野先輩とちー先輩が、デートしてる夢なんてみちゃうの……)
夢の中でもお似合いの2人は、後ろにポツンと佇む私を振り返ることもなく、前へ進んでいった。
ちー先輩の綺麗なロングヘアーが、なびいて揺れる。
スラリと伸びたあの足も、女性らしい体のラインも、大人っぽく見える微笑みも、私にないもの。
それらすべてを携えて、ちー先輩は杉野先輩の横にいた。
でも、1番悔しいのは。
それが夢じゃなくって、現実でもそうだということなんだけど。
❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀
孵化、いつか
(3)「不安」
❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀
望月 美羽:
「はあああ〜」
1人、大きくため息をついた。
放課後の、グラウンド脇の花壇前。
そこにしゃがみこんで私は、昨日植えたノースポールの苗を眺めていた。
手持ち無沙汰な右手で、小さな雑草をプチプチ抜いている。
昨日、園芸部メンバー全員で手入れした花壇はほとんど整えられていて、そんなに手を加えるべきところはない。
望月 美羽:
(今日はもう、帰ろっかな)
そんなふうに考えて、立ち上がったときだった。
大谷 圭介:
「あれ、今日はジャージじゃないんだな」
聞き慣れた声が聞こえた。
望月 美羽:
「大谷くん」
大谷 圭介:
「うっす」
隣のクラスの大谷くんだ。
小学校が同じで、中曽根くんとも仲良しな大谷くんとは、最近よく話をするようになった。
どうやらこの花壇前は彼の通り道らしく、私が1人花壇をいじっているときに、よく声をかけてくれるようになった。
小学校のときはそんなに喋らなかったけど、実際話してみると結構話が弾む。
でも今日は、そんな気になれなかった。
望月 美羽:
「今日は、もう帰ろっかなって。あんまりすることないし」
大谷 圭介:
「そっか」
サッカー部の大谷くんは、部活前なのだろうジャージ姿で私を見た。
立ち上がったけれど、背の高い彼はそれでも私より遥か高い目線から、私を見下ろす。
30センチの差がある私たち。
私の視線はちょうど、大谷くんの胸らへんになってしまう。
望月 美羽:
「大谷くんは、やっぱ大きいねぇ」
大谷 圭介:
「どうした、今さら」
大谷 圭介:
「……てか、元気ねぇな? どうした?」
私の異変に気づいたのだろう。大谷くんがそんなふうに聞いてきた。
その時の私は、1日友達の前で無理して、いつもどおりに明るくしていたせいか、何だかやけに疲れていた。
1人で鬱々《うつうつ》としていたときに聞かれたので、この際、大谷くんでもいいから愚痴を聞いてほしい気分になってしまった。
望月 美羽:
「……最近、ね」
大谷 圭介:
「ん?」
望月 美羽:
「最近みんなが、大人っぽく見えるなぁーって思って」
大谷 圭介:
「……ん?」
私の突然の呟きに、大谷くんが頭を傾げる。
でも一度吐き出した悩みを止められず、私は言葉を続ける。
望月 美羽:
「みんな、どんどん大人っぽくなってくのに、私は小学生から全然変わらないんだもん。やんなっちゃう」
大谷 圭介:
「でも、小さい自分でも好きなんだろ?」
望月 美羽:
「それは、そうだけど……」
たしかに以前、大谷くんに背が小さくてもいい、そんな自分も好きだという話を、したことがある。
でも。
でもさ!
望月 美羽:
「それとこれとは、違うの!」
生理がきてないから不安だとか、恋敵にヤキモチを妬いてるなんて言えるはずもなく、つい語気を荒めてしまう。
大谷 圭介:
「………」
──あ、言いすぎたかも。
ぐっと息を飲んだ。
やだ、こんなの八つ当たりじゃない。
でも弁解することもできなくて俯くと、大谷くんが声をかけてくれた。
大谷 圭介:
「……俺はさ」
大谷 圭介:
「どっちかっつーと、成長早いから、望月の不安とか正直、よくわかんねーけど」
大谷くんは頭をかきながら、言葉を探しているように呟く。
大谷 圭介:
「みんなより大きくなってくのは、不安だったよ。なんか、自分だけ異質みたいでさ」
大谷 圭介:
「だから……その」
大谷 圭介:
「大人っぽく見えるみんなも、いいばっかりじゃないと思う」
望月 美羽:
「………」
──不安?
成長することが、大人っぽくなっていくことが、不安なの?
その時何故か、るりっちが頭に浮かんだ。
今のるりっちじゃない。
小6の、プールサイドで俯いていたるりっちだ。
あの時、俯いていたるりっち。
まるで、自分を責めるみたいな顔をしてた。
もしかして不安だったの?
変わっていく自分の体が、異質に思えて……?
今の私とは、違う不安を抱えていたの?
望月 美羽:
(………でも)
唇を噛み締めた。
望月 美羽:
「……そんなの、贅沢な悩みだよ!」
大谷 圭介:
「……っ!」
望月 美羽:
「私からしたらそんなの、贅沢な悩みだもん!」
だってそれは、成長しているがゆえの悩みじゃない。
私はまだ──そのステージに、立ってさえもいないのに!
そう考えたら尚更悔しく思えて、頭がこんがらがってしまいそうになる。
何だろう、嫌な黒い気持ちが、体の中でくすぶっているみたいで。
望月 美羽:
「私……帰るね! バイバイ!」
大谷 圭介:
「え? 望月……!?」
これ以上一緒にいたら、さらに嫌な言葉を大谷くんにぶつけてしまいそうで。
逃げるように、そこから立ち去った。
戸惑う大谷くんの声が聞こえたけれど。
私はそれも無視して、走り出した。
何で、こんなにイライラするの。
私、すごく嫌な子だよ……!
逃げ帰る私の背中には、まだ子どもの殻がしがみついているみたい。
何だかずしんと、重く感じた。
◇ 続く ◇




