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Ep.10 孵化、いつか(2)「憧れ」

望月 美羽:

「るりっち……まだ大人の階段をのぼらないで!!」


なんて。

冗談のつもりで言ったけれど、これは紛れもなく私の本心だ。


まだ大人にならないで。

子どもでいて。

私と同じ子どもでいてよ──置いてかないで。


そんな、幼稚で稚拙な私の願い。

こんなこと、誰にも言えない。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


孵化、いつか

(2)「憧れ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



噂のタルトケーキを堪能した私たちは、そのあとショッピング街を歩いた。

専門店が建ち並ぶお洒落なストリートは、中学になってから行き始めた大人スポットだ。


戸田 るり:

「あ、見て! 可愛いお店」


歩いていたら、るりっちがふと足を止めた。


望月 美羽:

「わ、本当だ」


るりっちが注目したのは、白を基調とした可愛らしいお店だった。

ヨーロッパ調って、いうのかな?

なんだかお洒落な雰囲気。

最初はそこもカフェか紅茶屋さんかと思ったけど、よく見たら違ったみたい。

私たちは、そのお店に近づいた。

英語で書かれた店名を、梢ちゃんが読んでくれる。


羽鳥 梢:

「『フェアリータイム』? 初めて見るね。新しいのかな」


戸田 るり:

「あ、これ……下着屋さんだ!」


望月 美羽:

「わ、本当だ」


ショーウィンドウを覗くと、そこにはレースやリボンが散りばめられた下着が飾られていた。

華やかなイミテーションの宝石や花も一緒に飾られていて、キラキラして見える。


望月 美羽:

「うわあぁ……超可愛い!」


何これ何これ、すっごく可愛いんだけど!!


下着なのに、まるでお姫様の衣装みたいに輝いている。

るりっちも梢ちゃんも同じように見えたみたいで、2人も食い入るように、ウィンドウを覗き込んだ。


戸田 るり:

「こんなに可愛いお店があったんだー」


羽鳥 梢:

「うわあ、あれとかすごく素敵」


普段は落ち着いている梢ちゃんまで、声を高くして見入っている。

それくらい、目の前に現れた下着は、キラキラ輝いていたんだ。

キャアキャアと思わずはしゃぐ私たち。 ふと、声をかけられた。


女性:

「あら、可愛いお客様。よかったら中も、見ていってね」


望月 美羽:

「!」


声の主は、そのお店の扉から出てきた女性だった。

おそらく店員さんだろう。ネームプレートには「Asakura」と書かれている。


戸田 るり:

「わゎ……」


羽鳥 梢:

「えーっと……」


望月 美羽:

「だ……」


「大丈夫でーす!」と、声を揃えて私たちは慌ててそこから立ち去る。

脱兎のごとくパタパタと逃げた私たちの後ろで、「あらあら」とあの人の呟きが小さく聞こえた。


望月 美羽:

「ひゃあ〜、さすがに無理だよねぇ」


戸田 るり:

「うん、あそこは大人になってからだね」


羽鳥 梢:

「でも、素敵だったね」


梢ちゃんのその意見に、私もるりっちも「ねー!」と同時に頷く。


こんなに素敵なお店が見つけられるなんて、今日は美味しいケーキも食べられたし、すごくラッキー!


私のちっぽけな悩みはすっかりなくなって、その日はとても楽しく過ごすことができたんだ。



・   ・   ・



私が所属している園芸部の活動は、月・水・金曜の、3日のみ。

今日は休み明けの月曜日で、園芸部員総出で苗の植え替えをしていた。


今日植えるのは、ノースポールという白い花。

マーガレットによく似た花で、冬にも健気に咲く可愛くて素敵な花だ。

私は大好きな土をいじりながら、どうノースポールを並べようかとウキウキしながら考えていた。


杉野先輩:

「望月、スコップはいらないのか?」


そう声をかけてくれたのは、憧れの杉野先輩。

3年生の杉野先輩は、園芸部の部長で、眼鏡が似合っててカッコ良くて優しくて──私の大好きな人。


望月 美羽:

「大丈夫です! 私、手での土いじりが好きなので!」


杉野先輩:

「はは、望月らしいなぁ」


杉野先輩の笑い方は、とても優しい。

そんなふうに笑われると、ドキドキしてしまって、私は照れ隠しに土を必要以上に掘ってしまう。

杉野先輩はそんな私の横に、並ぶようにしゃがみ込んでくれた。


杉野先輩:

「いつも、ありがとう」


望月 美羽:

「え?」


杉野先輩:

「活動日以外にも、花壇を見てくれてるだろ」


望月 美羽:

「あ、それは好きでやってることだから……」


私は園芸部の活動のない火曜と木曜にも、花壇の世話を1人でしていた。

それは単に、私の趣味だったから、全然苦ではない。


望月 美羽:

「私、土いじりマニアですから!」


えへへと笑うと、杉野先輩がなんと頭を撫でてくれた。

というか、ポンポンと柔らかく叩く感じ。ふわりと、温かい手のひらが私の頭を包んだ。


杉野先輩:

「それでも偉いよ。望月がいるから、来年も安心して任せられるな」


望月 美羽:

「先輩……」


3年生の杉野先輩は、来年には卒業して、いなくなってしまう。

頭を撫でられてて嬉しいはずなのに、きゅうっと苦しい寂しさが私の心を締め付けた。


ちー先輩:

「杉野ー、汚れた手で触ったら、失礼でしょ」


柔らかい綺麗な声が、私たちの後ろから落ちてきた。

3年生の千早ちはや先輩──通称ちー先輩だ。


杉野先輩:

「何だよちー、俺きちんと軍手してたぜ?」


ちー先輩:

「あれ、そうなの? それは失礼」


ちー先輩は、さらりとロングの髪をなびかせて、しゃがんでいた私たちに笑顔を向けた。

耳に髪をかける動作が、大人っぽく見えてドキリとする。


副部長でもあるちー先輩は、杉野先輩と仲がいい。

付き合ってはいないらしいけど、まわりからは「ほぼ恋人でしょ」なんて言われている。

最初は、そのことに胸を痛めたけれど。

でも2人が並んでいるとすごくお似合いで、仕方ないのかな、なんて思ってしまう。


望月 美羽:

(でも、片想いだけなら……いいよね?)


いつの間にか杉野先輩は、ちー先輩とばかり話し始める。

私はまた、ノースポールの植え替えを開始した。

どこからか、花とは違う甘い香りがする。

それが、ちー先輩の長い髪の毛からなのだと気づいて、私は俯いた。


たった2つしか歳は違わないのに、どうしてちー先輩は、あんなに大人っぽいんだろう。


こっそり、小さくため息をついた。




◇ 続く ◇

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