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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.10 孵化、いつか(2)「憧れ」

 望月 美羽:

「るりっち……まだ大人の階段をのぼらないで!!」


 なんて。

 冗談のつもりで言ったけれど、これは紛れもなく私の本心だ。


 まだ大人にならないで。

 子どもでいて。

 私と同じ子どもでいてよ──置いてかないで。


 そんな、幼稚で稚拙な私の願い。

 こんなこと、誰にも言えない。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 孵化、いつか

(2)「憧れ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 噂のタルトケーキを堪能した私たちは、そのあとショッピング街を歩いた。

 専門店が建ち並ぶお洒落なストリートは、中学になってから行き始めた大人スポットだ。


 戸田 るり:

「あ、見て! 可愛いお店」


 歩いていたら、るりっちがふと足を止めた。


 望月 美羽:

「わ、本当だ」


 るりっちが注目したのは、白を基調とした可愛らしいお店だった。

 ヨーロッパ調って、いうのかな?

 なんだかお洒落な雰囲気。

 最初はそこもカフェか紅茶屋さんかと思ったけど、よく見たら違ったみたい。

 私たちは、そのお店に近づいた。

 英語で書かれた店名を、梢ちゃんが読んでくれる。


 羽鳥 梢:

「『フェアリータイム』? 初めて見るね。新しいのかな」


 戸田 るり:

「あ、これ……下着屋さんだ!」


 望月 美羽:

「わ、本当だ」


 ショーウィンドウを覗くと、そこにはレースやリボンが散りばめられた下着が飾られていた。

 華やかなイミテーションの宝石や花も一緒に飾られていて、キラキラして見える。


 望月 美羽:

「うわあぁ……超可愛い!」


 何これ何これ、すっごく可愛いんだけど!!


 下着なのに、まるでお姫様の衣装みたいに輝いている。

 るりっちも梢ちゃんも同じように見えたみたいで、2人も食い入るように、ウィンドウを覗き込んだ。


 戸田 るり:

「こんなに可愛いお店があったんだー」


 羽鳥 梢:

「うわあ、あれとかすごく素敵」


 普段は落ち着いている梢ちゃんまで、声を高くして見入っている。

 それくらい、目の前に現れた下着は、キラキラ輝いていたんだ。

 キャアキャアと思わずはしゃぐ私たち。 ふと、声をかけられた。


 女性:

「あら、可愛いお客様。よかったら中も、見ていってね」


 望月 美羽:

「!」


 声の主は、そのお店の扉から出てきた女性だった。

 おそらく店員さんだろう。ネームプレートには「Asakura」と書かれている。


 戸田 るり:

「わゎ……」


 羽鳥 梢:

「えーっと……」


 望月 美羽:

「だ……」


「大丈夫でーす!」と、声を揃えて私たちは慌ててそこから立ち去る。

 脱兎のごとくパタパタと逃げた私たちの後ろで、「あらあら」とあの人の呟きが小さく聞こえた。


 望月 美羽:

「ひゃあ〜、さすがに無理だよねぇ」


 戸田 るり:

「うん、あそこは大人になってからだね」


 羽鳥 梢:

「でも、素敵だったね」


 梢ちゃんのその意見に、私もるりっちも「ねー!」と同時に頷く。


 こんなに素敵なお店が見つけられるなんて、今日は美味しいケーキも食べられたし、すごくラッキー!


 私のちっぽけな悩みはすっかりなくなって、その日はとても楽しく過ごすことができたんだ。



 ・   ・   ・



 私が所属している園芸部の活動は、月・水・金曜の、3日のみ。

 今日は休み明けの月曜日で、園芸部員総出で苗の植え替えをしていた。


 今日植えるのは、ノースポールという白い花。

 マーガレットによく似た花で、冬にも健気に咲く可愛くて素敵な花だ。

 私は大好きな土をいじりながら、どうノースポールを並べようかとウキウキしながら考えていた。


 杉野先輩:

「望月、スコップはいらないのか?」


 そう声をかけてくれたのは、憧れの杉野先輩。

 3年生の杉野先輩は、園芸部の部長で、眼鏡が似合っててカッコ良くて優しくて──私の大好きな人。


 望月 美羽:

「大丈夫です! 私、手での土いじりが好きなので!」


 杉野先輩:

「はは、望月らしいなぁ」


 杉野先輩の笑い方は、とても優しい。

 そんなふうに笑われると、ドキドキしてしまって、私は照れ隠しに土を必要以上に掘ってしまう。

 杉野先輩はそんな私の横に、並ぶようにしゃがみ込んでくれた。


 杉野先輩:

「いつも、ありがとう」


 望月 美羽:

「え?」


 杉野先輩:

「活動日以外にも、花壇を見てくれてるだろ」


 望月 美羽:

「あ、それは好きでやってることだから……」


 私は園芸部の活動のない火曜と木曜にも、花壇の世話を1人でしていた。

 それは単に、私の趣味だったから、全然苦ではない。


 望月 美羽:

「私、土いじりマニアですから!」


 えへへと笑うと、杉野先輩がなんと頭を撫でてくれた。

 というか、ポンポンと柔らかく叩く感じ。ふわりと、温かい手のひらが私の頭を包んだ。


 杉野先輩:

「それでも偉いよ。望月がいるから、来年も安心して任せられるな」


 望月 美羽:

「先輩……」


 3年生の杉野先輩は、来年には卒業して、いなくなってしまう。

 頭を撫でられてて嬉しいはずなのに、きゅうっと苦しい寂しさが私の心を締め付けた。


 ちー先輩:

「杉野ー、汚れた手で触ったら、失礼でしょ」


 柔らかい綺麗な声が、私たちの後ろから落ちてきた。

 3年生の千早《ちはや》先輩──通称ちー先輩だ。


 杉野先輩:

「何だよちー、俺きちんと軍手してたぜ?」


 ちー先輩:

「あれ、そうなの? それは失礼」


 ちー先輩は、さらりとロングの髪をなびかせて、しゃがんでいた私たちに笑顔を向けた。

 耳に髪をかける動作が、大人っぽく見えてドキリとする。


 副部長でもあるちー先輩は、杉野先輩と仲がいい。

 付き合ってはいないらしいけど、まわりからは「ほぼ恋人でしょ」なんて言われている。

 最初は、そのことに胸を痛めたけれど。

 でも2人が並んでいるとすごくお似合いで、仕方ないのかな、なんて思ってしまう。


 望月 美羽:

(でも、片想いだけなら……いいよね?)


 いつの間にか杉野先輩は、ちー先輩とばかり話し始める。

 私はまた、ノースポールの植え替えを開始した。

 どこからか、花とは違う甘い香りがする。

 それが、ちー先輩の長い髪の毛からなのだと気づいて、私は俯いた。


 たった2つしか歳は違わないのに、どうしてちー先輩は、あんなに大人っぽいんだろう。


 こっそり、小さくため息をついた。




 ◇ 続く ◇

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