Ep.10 孵化、いつか(2)「憧れ」
望月 美羽:
「るりっち……まだ大人の階段をのぼらないで!!」
なんて。
冗談のつもりで言ったけれど、これは紛れもなく私の本心だ。
まだ大人にならないで。
子どもでいて。
私と同じ子どもでいてよ──置いてかないで。
そんな、幼稚で稚拙な私の願い。
こんなこと、誰にも言えない。
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孵化、いつか
(2)「憧れ」
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噂のタルトケーキを堪能した私たちは、そのあとショッピング街を歩いた。
専門店が建ち並ぶお洒落なストリートは、中学になってから行き始めた大人スポットだ。
戸田 るり:
「あ、見て! 可愛いお店」
歩いていたら、るりっちがふと足を止めた。
望月 美羽:
「わ、本当だ」
るりっちが注目したのは、白を基調とした可愛らしいお店だった。
ヨーロッパ調って、いうのかな?
なんだかお洒落な雰囲気。
最初はそこもカフェか紅茶屋さんかと思ったけど、よく見たら違ったみたい。
私たちは、そのお店に近づいた。
英語で書かれた店名を、梢ちゃんが読んでくれる。
羽鳥 梢:
「『フェアリータイム』? 初めて見るね。新しいのかな」
戸田 るり:
「あ、これ……下着屋さんだ!」
望月 美羽:
「わ、本当だ」
ショーウィンドウを覗くと、そこにはレースやリボンが散りばめられた下着が飾られていた。
華やかなイミテーションの宝石や花も一緒に飾られていて、キラキラして見える。
望月 美羽:
「うわあぁ……超可愛い!」
何これ何これ、すっごく可愛いんだけど!!
下着なのに、まるでお姫様の衣装みたいに輝いている。
るりっちも梢ちゃんも同じように見えたみたいで、2人も食い入るように、ウィンドウを覗き込んだ。
戸田 るり:
「こんなに可愛いお店があったんだー」
羽鳥 梢:
「うわあ、あれとかすごく素敵」
普段は落ち着いている梢ちゃんまで、声を高くして見入っている。
それくらい、目の前に現れた下着は、キラキラ輝いていたんだ。
キャアキャアと思わずはしゃぐ私たち。 ふと、声をかけられた。
女性:
「あら、可愛いお客様。よかったら中も、見ていってね」
望月 美羽:
「!」
声の主は、そのお店の扉から出てきた女性だった。
おそらく店員さんだろう。ネームプレートには「Asakura」と書かれている。
戸田 るり:
「わゎ……」
羽鳥 梢:
「えーっと……」
望月 美羽:
「だ……」
「大丈夫でーす!」と、声を揃えて私たちは慌ててそこから立ち去る。
脱兎のごとくパタパタと逃げた私たちの後ろで、「あらあら」とあの人の呟きが小さく聞こえた。
望月 美羽:
「ひゃあ〜、さすがに無理だよねぇ」
戸田 るり:
「うん、あそこは大人になってからだね」
羽鳥 梢:
「でも、素敵だったね」
梢ちゃんのその意見に、私もるりっちも「ねー!」と同時に頷く。
こんなに素敵なお店が見つけられるなんて、今日は美味しいケーキも食べられたし、すごくラッキー!
私のちっぽけな悩みはすっかりなくなって、その日はとても楽しく過ごすことができたんだ。
・ ・ ・
私が所属している園芸部の活動は、月・水・金曜の、3日のみ。
今日は休み明けの月曜日で、園芸部員総出で苗の植え替えをしていた。
今日植えるのは、ノースポールという白い花。
マーガレットによく似た花で、冬にも健気に咲く可愛くて素敵な花だ。
私は大好きな土をいじりながら、どうノースポールを並べようかとウキウキしながら考えていた。
杉野先輩:
「望月、スコップはいらないのか?」
そう声をかけてくれたのは、憧れの杉野先輩。
3年生の杉野先輩は、園芸部の部長で、眼鏡が似合っててカッコ良くて優しくて──私の大好きな人。
望月 美羽:
「大丈夫です! 私、手での土いじりが好きなので!」
杉野先輩:
「はは、望月らしいなぁ」
杉野先輩の笑い方は、とても優しい。
そんなふうに笑われると、ドキドキしてしまって、私は照れ隠しに土を必要以上に掘ってしまう。
杉野先輩はそんな私の横に、並ぶようにしゃがみ込んでくれた。
杉野先輩:
「いつも、ありがとう」
望月 美羽:
「え?」
杉野先輩:
「活動日以外にも、花壇を見てくれてるだろ」
望月 美羽:
「あ、それは好きでやってることだから……」
私は園芸部の活動のない火曜と木曜にも、花壇の世話を1人でしていた。
それは単に、私の趣味だったから、全然苦ではない。
望月 美羽:
「私、土いじりマニアですから!」
えへへと笑うと、杉野先輩がなんと頭を撫でてくれた。
というか、ポンポンと柔らかく叩く感じ。ふわりと、温かい手のひらが私の頭を包んだ。
杉野先輩:
「それでも偉いよ。望月がいるから、来年も安心して任せられるな」
望月 美羽:
「先輩……」
3年生の杉野先輩は、来年には卒業して、いなくなってしまう。
頭を撫でられてて嬉しいはずなのに、きゅうっと苦しい寂しさが私の心を締め付けた。
ちー先輩:
「杉野ー、汚れた手で触ったら、失礼でしょ」
柔らかい綺麗な声が、私たちの後ろから落ちてきた。
3年生の千早先輩──通称ちー先輩だ。
杉野先輩:
「何だよちー、俺きちんと軍手してたぜ?」
ちー先輩:
「あれ、そうなの? それは失礼」
ちー先輩は、さらりとロングの髪をなびかせて、しゃがんでいた私たちに笑顔を向けた。
耳に髪をかける動作が、大人っぽく見えてドキリとする。
副部長でもあるちー先輩は、杉野先輩と仲がいい。
付き合ってはいないらしいけど、まわりからは「ほぼ恋人でしょ」なんて言われている。
最初は、そのことに胸を痛めたけれど。
でも2人が並んでいるとすごくお似合いで、仕方ないのかな、なんて思ってしまう。
望月 美羽:
(でも、片想いだけなら……いいよね?)
いつの間にか杉野先輩は、ちー先輩とばかり話し始める。
私はまた、ノースポールの植え替えを開始した。
どこからか、花とは違う甘い香りがする。
それが、ちー先輩の長い髪の毛からなのだと気づいて、私は俯いた。
たった2つしか歳は違わないのに、どうしてちー先輩は、あんなに大人っぽいんだろう。
こっそり、小さくため息をついた。
◇ 続く ◇




