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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.9 恋はあせらず(7・終)「笑顔の距離で」

 戸田が、怒っている。

 朝から話しかけようとしても、目をつり上げ口をへの字にして、無視されてしまう。


 中曽根 悠:

(これは、完全に嫌われてしまったのか……!?)


 原因が完璧にこちらにあって自業自得とはいえ、好きな相手に無視され続けりゃさすがに凹む。


 サッカーに打ち込んで気分を変えようとしたけれど、いまいちうまくプレイできない。

 俺のへろへろシュートは、あっさりキーパーの大谷がキャッチした。


 大谷 圭介:

「中曽根、なんか今日は調子が悪いな?」


 中曽根 悠:

「そうかー?」


 はぁ、とため息をついたその時。

 グラウンドの隅で、俺を手招きする戸田の姿が見えた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 恋はあせらず

(7)「笑顔の距離で」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 たぶん駆けつけた俺のスピードは、猟犬のように速かった。

 散々無視されていた俺は、友人や先輩の目を気にする余裕もなく、戸田のもとへ走った。


 中曽根 悠:

「な、何!?」


 予想外の反応だったのか、戸田がやや引き気味に「えっと……」と呟く。


 戸田 るり:

「……今日、一緒に帰れる?」


 中曽根 悠:

「!」


 中曽根 悠:

「もちろん!」


 何が戸田の心境を変えてくれたのかはわからないが、ようやく訪れた挽回のチャンス。見逃すはずはなかった。


 またいつもの下駄箱で待ち合わせしよう、と約束をすると、俺は名残惜しみつつも部活に戻る。

 大谷や先輩たちがからかってきたけれど、そんなの関係ないくらい気分は浮かれた。

 たちまちドリブルだってシュートだって、何でも快調になった俺は、本当に単純かもしれない。



 ・   ・   ・



 が、しかし。

 ここで浮かれてばかりもいけないのだ。

 戸田にきちんと謝ること。

 それが、俺の今日の重要任務なのだから。


 待ち合わせて合流すると、戸田と2人で帰り道を歩いた。

 まだギクシャクとしている俺たちの間には、もちろん沈黙が落ちている。


 中曽根 悠:

「………」


 戸田 るり:

「………」


 目も合わせられず、距離も少し空いている。

 初めて一緒に帰った日よりも、緊張感ある空気。それを最初に破ったのは、俺の必死な声だ。


 中曽根 悠:

「──昨日は、ごめん!」


 戸田 るり:

「!」


 ピタリと2人の足が止まった。

 通学路である歩道の途中。夕方と夜の合間を、近所の人や車がまばらに行き交っている。


 中曽根 悠:

「昨日……戸田の気持ちも考えずに、あんなことしちまって」


 中曽根 悠:

「本当に、悪いと思って──」


 戸田 るり:

「あのね」


 中曽根 悠:

「え?」


 言葉は、戸田の凜とした声に遮られた。

 ……やっぱりまだ怒ってる? 許せない?


 とたんに、不安が胸をざわつかせたけれど。


 戸田 るり:

「……あの公園で話したいな」


 中曽根 悠:

「……え?」


 予想外の言葉に、間抜けな声が出た。


 戸田 るり:

「ここ、人も通るし……」


 中曽根 悠:

「あ、そっか」


 人の目を気にしていたのか。

 ああ、またやっちまったとうな垂れる。

 俺、本当に戸田の気持ちわかってないんだな。

 ため息をついた俺に、それでも戸田はついてきてくれた。

 公園までの道がやたら長く感じる。

 でも、我慢。我慢。

 まるで、十字架を担がされゴルゴダの丘を歩いたキリストのような気分だ。


 そして、ようやく公園に到着する。

 まだ、昨日の苦い記憶が鮮明な俺には苦痛な場所でもあったが、途中でピタリと戸田の足が止まった。

 俺も止めて、戸田を見る。


 中曽根 悠:

「……戸田?」


 不安になって、つい名前を呼んでしまう。

 すると戸田は、顔をあげてきちんと俺と目を合わせてくれた。


 戸田 るり:

「私……寂しかったんだからね」


 中曽根 悠:

「え?」


 その目は強かった。

 そして戸田は、一気にまくし立てる。


 戸田 るり:

「夏休み中、一度しか会えなかったし、二学期は付き合う前と同じ態度だし、中曽根は私と付き合ってるなんて思ってないのかと思って、寂しかったし不安だった!」


 中曽根 悠:

「え? ご、ごめ……」


 戸田 るり:

「でも!」


 戸田 るり:

「……一緒に帰ろうって言ってくれて、嬉しかった」


 中曽根 悠:

「!」


 戸田 るり:

「手も……つないでくれて嬉しかった」


 そして戸田は、おずおずと右手を差し出した。

 細っこい手で、俺の左手を包み込む。


 中曽根 悠:

「!! 」


 戸田 るり:

「……嬉しかったの」


 声は少し震えていて、緊張が伝わってきた。

 こんなふうに、戸田から手をつないでくれたのは初めてだ。

 俺もおのずと緊張して、喉がカラカラになる。


 中曽根 悠:

「戸田……」


 戸田 るり:

「でも! キスはまだだめ!」


 中曽根 悠:

「! はい! 」


 定規を差し込まれたみたいに、俺の背中がピシッと真っ直ぐになる。


 戸田 るり:

「……まだこれで、勘弁してよね」


 そう言って戸田は、キュッと俺の手を握る力を強めた。

 その顔は真っ赤で、怒っているようにも困っているようにも見えた。


 俺の手を握って、そんな顔をしている戸田が何だか。


 俺にはとっても。


 中曽根 悠:

「……ぶはっ」


 中曽根 悠:

「……可愛い 」


 そう思えたんだ。


 戸田 るり:

「!」


 戸田 るり:

「本当に反省してる!?」


 中曽根 悠:

「し、してますしてます! 本当にごめんなさい!!」


 性懲りもなく、戸田を怒らせてしまう。

 でも今回の彼女のつり目はすぐに和らぎ、口元も綻んだ。


 戸田 るり:

「もう……本当にバカ」


 柔らかく三日月を描いた戸田の目が、こちらを見る。

 笑顔を再び見せてくれたことに、俺は大きな安堵を得た。


 中曽根 悠:

「バカバカ言うなよな」


 俺は仕返しとばかりに、戸田の右手を左手で握り返した。

 横にならんで、体を近づける。


 戸田 るり:

「!」


 中曽根 悠:

「俺も今は、これで充分だから」


 戸田 るり:

「………」


 中曽根 悠:

「……てか、あせってごめん」


 戸田 るり:

「……ん」


 俯く戸田を見て、本当に悪いことをしたなと思った。


 周りがしてるからとか、普通はそうだとか、そんなの関係なかったんだ。

 必要なのは、俺らが2人とも笑える空間を作ること。

 幸せだなって思える距離に、いられること。

 それが大事だったんだ。


 そう思ったら、俺の頭はスッキリした。

 ここ数日の俺は、何だからしくなかった。

 勝手にまわりや情報に振り回されて、大事な自分の気持ちを見失っていた。


 俺は、戸田と笑って一緒にいられたら、それで今は充分幸せだ。

 まわりくどくも、ようやく気づいた。


 中曽根 悠:

「戸田」


 俺が名前を呼んだら、戸田はこちらを見た。

 近い距離に彼女の顔。

 その顔が、いつまでも笑顔でいられるように、俺はあせらず頑張ろう。

 そんな気持ちを込めて、言った。


 中曽根 悠:

「あらためて、よろしくな」


 戸田 るり:

「……うん!」


 返事して笑う戸田。


 ここで可愛いって言ったら、また怒るのかな。


 なんて考えて、俺も笑った。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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