Ep.9 恋はあせらず(7・終)「笑顔の距離で」
戸田が、怒っている。
朝から話しかけようとしても、目をつり上げ口をへの字にして、無視されてしまう。
中曽根 悠:
(これは、完全に嫌われてしまったのか……!?)
原因が完璧にこちらにあって自業自得とはいえ、好きな相手に無視され続けりゃさすがに凹む。
サッカーに打ち込んで気分を変えようとしたけれど、いまいちうまくプレイできない。
俺のへろへろシュートは、あっさりキーパーの大谷がキャッチした。
大谷 圭介:
「中曽根、なんか今日は調子が悪いな?」
中曽根 悠:
「そうかー?」
はぁ、とため息をついたその時。
グラウンドの隅で、俺を手招きする戸田の姿が見えた。
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恋はあせらず
(7)「笑顔の距離で」
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たぶん駆けつけた俺のスピードは、猟犬のように速かった。
散々無視されていた俺は、友人や先輩の目を気にする余裕もなく、戸田のもとへ走った。
中曽根 悠:
「な、何!?」
予想外の反応だったのか、戸田がやや引き気味に「えっと……」と呟く。
戸田 るり:
「……今日、一緒に帰れる?」
中曽根 悠:
「!」
中曽根 悠:
「もちろん!」
何が戸田の心境を変えてくれたのかはわからないが、ようやく訪れた挽回のチャンス。見逃すはずはなかった。
またいつもの下駄箱で待ち合わせしよう、と約束をすると、俺は名残惜しみつつも部活に戻る。
大谷や先輩たちがからかってきたけれど、そんなの関係ないくらい気分は浮かれた。
たちまちドリブルだってシュートだって、何でも快調になった俺は、本当に単純かもしれない。
・ ・ ・
が、しかし。
ここで浮かれてばかりもいけないのだ。
戸田にきちんと謝ること。
それが、俺の今日の重要任務なのだから。
待ち合わせて合流すると、戸田と2人で帰り道を歩いた。
まだギクシャクとしている俺たちの間には、もちろん沈黙が落ちている。
中曽根 悠:
「………」
戸田 るり:
「………」
目も合わせられず、距離も少し空いている。
初めて一緒に帰った日よりも、緊張感ある空気。それを最初に破ったのは、俺の必死な声だ。
中曽根 悠:
「──昨日は、ごめん!」
戸田 るり:
「!」
ピタリと2人の足が止まった。
通学路である歩道の途中。夕方と夜の合間を、近所の人や車がまばらに行き交っている。
中曽根 悠:
「昨日……戸田の気持ちも考えずに、あんなことしちまって」
中曽根 悠:
「本当に、悪いと思って──」
戸田 るり:
「あのね」
中曽根 悠:
「え?」
言葉は、戸田の凜とした声に遮られた。
……やっぱりまだ怒ってる? 許せない?
とたんに、不安が胸をざわつかせたけれど。
戸田 るり:
「……あの公園で話したいな」
中曽根 悠:
「……え?」
予想外の言葉に、間抜けな声が出た。
戸田 るり:
「ここ、人も通るし……」
中曽根 悠:
「あ、そっか」
人の目を気にしていたのか。
ああ、またやっちまったとうな垂れる。
俺、本当に戸田の気持ちわかってないんだな。
ため息をついた俺に、それでも戸田はついてきてくれた。
公園までの道がやたら長く感じる。
でも、我慢。我慢。
まるで、十字架を担がされゴルゴダの丘を歩いたキリストのような気分だ。
そして、ようやく公園に到着する。
まだ、昨日の苦い記憶が鮮明な俺には苦痛な場所でもあったが、途中でピタリと戸田の足が止まった。
俺も止めて、戸田を見る。
中曽根 悠:
「……戸田?」
不安になって、つい名前を呼んでしまう。
すると戸田は、顔をあげてきちんと俺と目を合わせてくれた。
戸田 るり:
「私……寂しかったんだからね」
中曽根 悠:
「え?」
その目は強かった。
そして戸田は、一気にまくし立てる。
戸田 るり:
「夏休み中、一度しか会えなかったし、二学期は付き合う前と同じ態度だし、中曽根は私と付き合ってるなんて思ってないのかと思って、寂しかったし不安だった!」
中曽根 悠:
「え? ご、ごめ……」
戸田 るり:
「でも!」
戸田 るり:
「……一緒に帰ろうって言ってくれて、嬉しかった」
中曽根 悠:
「!」
戸田 るり:
「手も……つないでくれて嬉しかった」
そして戸田は、おずおずと右手を差し出し
た。
細っこい手で、俺の左手を包み込む。
中曽根 悠:
「!! 」
戸田 るり:
「……嬉しかったの」
声は少し震えていて、緊張が伝わってきた。
こんなふうに、戸田から手をつないでくれたのは初めてだ。
俺もおのずと緊張して、喉がカラカラになる。
中曽根 悠:
「戸田……」
戸田 るり:
「でも! キスはまだだめ!」
中曽根 悠:
「! はい! 」
定規を差し込まれたみたいに、俺の背中がピシッと真っ直ぐになる。
戸田 るり:
「……まだこれで、勘弁してよね」
そう言って戸田は、キュッと俺の手を握る力を強めた。
その顔は真っ赤で、怒っているようにも困っているようにも見えた。
俺の手を握って、そんな顔をしている戸田が何だか。
俺にはとっても。
中曽根 悠:
「……ぶはっ」
中曽根 悠:
「……可愛い 」
そう思えたんだ。
戸田 るり:
「!」
戸田 るり:
「本当に反省してる!?」
中曽根 悠:
「し、してますしてます! 本当にごめんなさい!!」
性懲りもなく、戸田を怒らせてしまう。
でも今回の彼女のつり目はすぐに和らぎ、口元も綻んだ。
戸田 るり:
「もう……本当にバカ」
柔らかく三日月を描いた戸田の目が、こちらを見る。
笑顔を再び見せてくれたことに、俺は大きな安堵を得た。
中曽根 悠:
「バカバカ言うなよな」
俺は仕返しとばかりに、戸田の右手を左手で握り返した。
横にならんで、体を近づける。
戸田 るり:
「!」
中曽根 悠:
「俺も今は、これで充分だから」
戸田 るり:
「………」
中曽根 悠:
「……てか、あせってごめん」
戸田 るり:
「……ん」
俯く戸田を見て、本当に悪いことをしたなと思った。
周りがしてるからとか、普通はそうだとか、そんなの関係なかったんだ。
必要なのは、俺らが2人とも笑える空間を作ること。
幸せだなって思える距離に、いられること。
それが大事だったんだ。
そう思ったら、俺の頭はスッキリした。
ここ数日の俺は、何だからしくなかった。
勝手にまわりや情報に振り回されて、大事な自分の気持ちを見失っていた。
俺は、戸田と笑って一緒にいられたら、それで今は充分幸せだ。
まわりくどくも、ようやく気づいた。
中曽根 悠:
「戸田」
俺が名前を呼んだら、戸田はこちらを見た。
近い距離に彼女の顔。
その顔が、いつまでも笑顔でいられるように、俺はあせらず頑張ろう。
そんな気持ちを込めて、言った。
中曽根 悠:
「あらためて、よろしくな」
戸田 るり:
「……うん!」
返事して笑う戸田。
ここで可愛いって言ったら、また怒るのかな。
なんて考えて、俺も笑った。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




