Ep.9 恋はあせらず(6)「るりちゃんの戸惑い」
夏休み前に、中曽根とした会話はこうだった。
戸田 るり:
「な、中曽根。 番号教えて! あと、IDも」
1学期の終業式。
帰ろうと席から立ち上がった中曽根を引き止めて、私はそう言った。
中曽根 悠:
「へ?」
中曽根は、きょとんとこちらを見て呟いた。
中曽根 悠:
「番号って、何の?」
戸田 るり:
「スマホの。ほら、夏休みに入っちゃうし……」
数日前に、一世一代の告白を見事成就させた私。
完全な両想いになれて浮かれた私は、夏休みも中曽根とたくさん会えるかも、と期待していた。
でも。
中曽根 悠:
「わり! 俺、スマホ持ってねーんだ!」
中曽根はあっさりとそう言い、カバンを肩にかける。
小池 隼人:
「悠くん、帰るよー」
運悪く、小池くんが中曽根を呼ぶ。
中曽根 悠:
「おう、今行くわ」
中曽根 悠:
「じゃ、戸田。夏祭り楽しみにしてるな」
戸田 るり:
「う……うん」
そうして夏休み前の会話は、あっさり終了した。
結局、夏休みに会えたのは夏祭りの一度きり。
浴衣は可愛いと、褒めてくれたけれど。
夏休みが明けても、付き合う前と変わらないやり取りばかりで、私は本当に付き合っているのかわからなくなっていた。
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恋はあせらず
(6)「るりちゃんの戸惑い」
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戸田 るり:
「それなのに、急に手つないできたり、キ……キスしようとしたり。わけわかんない!」
篠田 かなえ:
「んー、それは大変だったわね」
中曽根とのケンカがあった、翌日。
怒りに怒っていた私は、徹底的に中曽根を無視していた。
中曽根は何回か話しかけようとしてきたけれど、昨日のことを思い出すたびに、恥ずかしさと悔しさで頭がぐちゃぐちゃになる。
放課後の保健室。
今日は部活も習い事もなかったため、1人で篠田先生のもとへ訪れていた。
こんな恥ずかしい相談、梢ちゃんや美羽にはできない。
事情を知っている篠田先生なら、大人の女性だし、落ち着いて相談してもらえるように思えた。
幸い保健室には利用者もなく、私はくすぶっていた鬱憤を篠田先生にすべてぶちまける。
篠田 かなえ:
「中曽根くんも男の子ね。やるじゃない」
戸田 るり:
「感心しないでください!」
私にはまだ、篠田先生みたいな大人の余裕なんてない。
好きな人と喋っているだけでドキドキするのに、いきなりすっ飛んでキスされそうになった私の頭は、キャパオーバーしている。
というか、今まで散々ほっとかれたのに……私は怒っているのだ。
篠田 かなえ:
「でもちょっと、中曽根くんらしくないわよね。何か影響されたのかしら」
戸田 るり:
「影響?」
……まぁたしかに、中曽根らしくなかった気がする。
友達か先輩かは知らないけど、まわりから影響を受けた可能性は、充分にあった。
戸田 るり:
「そうだとしたら……本当にバカ!」
思わずそう漏らすと、篠田先生が苦笑した。
篠田 かなえ:
「まあまあ、お年頃なんだから許してあげたら」
篠田 かなえ:
「それに全部、嫌だったわけじゃないでしょう?」
戸田 るり:
「………ぅ」
それは、たしかにそうだった。
だって、最初一緒に帰れた日は嬉しすぎて、ドキドキして、眠れられないくらいだったんだから。
私は確認するように、言葉を紡いだ。
戸田 るり:
「一緒に帰れたのは……嬉しかった」
戸田 るり:
「あと……手、つないでくれたことも」
手をつないで、中曽根が笑ってくれたとき。
私は世界で1番幸せかもしれない、なんて思えたんだ。
気持ちがポカポカして、温かくて。
でも、その後すぐに「キスしてみっか!」ですべてをぶち壊されたわけだけど……。
篠田 かなえ:
「なら、それを戸田さんは伝えなくちゃね」
戸田 るり:
「え?」
篠田 かなえ:
「嬉しいと思ったこと。やだなって思ったこと。ちゃんと伝えなきゃダメよ」
篠田 かなえ:
「それが、付き合うってことなんだから」
戸田 るり:
「……うん」
篠田先生の言葉は、いつもわかりやすい。
ちょっと厳しさも含めているけど、それはちゃんと私たちのことを考えてくれているからだ。
小さく頷くと、篠田先生は柔和という言葉がぴったりな笑顔を浮かべた。
篠田 かなえ:
「大事なのはね、戸田さんの気持ちだから」
篠田 かなえ:
「ちゃんと伝えられるといいわね」
戸田 るり:
「……うん!」
何だか、少し元気が出た。
そうだね。
私、ちゃんと自分の気持ちを伝えてないんだ。
夏休み、会えなくて寂しかったこと。
夏休み明け、不安に感じていたこと。
一緒に帰ろうって誘ってくれて嬉しかったこと。
中曽根のらしくない行動に、戸惑っていること。
なにひとつきちんと、言葉にして伝えてない。
それに気付いた私は、自分のやるべき事がわかった気がする。
戸田 るり:
(……中曽根だ)
保健室の窓からは、グラウンドがよく見えた。
そこには、部活中のサッカー部もいて、中曽根はいつものようにボールを追いかけ回している。
戸田 るり:
(いっぱい無視しちゃった)
今さらながらに悪いな、なんて思う私もバカだ。
中曽根はちゃんと、話そうとしてくれていたのに。
外から聞こえる、部活中のみんなの声。
その中の愛しい声を拾いたくて、私は静かにグラウンドを見つめた。
◇ 続く ◇




