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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.9 恋はあせらず(6)「るりちゃんの戸惑い」

 夏休み前に、中曽根とした会話はこうだった。


 戸田 るり:

「な、中曽根。 番号教えて! あと、IDも」


 1学期の終業式。

 帰ろうと席から立ち上がった中曽根を引き止めて、私はそう言った。


 中曽根 悠:

「へ?」


 中曽根は、きょとんとこちらを見て呟いた。


 中曽根 悠:

「番号って、何の?」


 戸田 るり:

「スマホの。ほら、夏休みに入っちゃうし……」


 数日前に、一世一代の告白を見事成就させた私。

 完全な両想いになれて浮かれた私は、夏休みも中曽根とたくさん会えるかも、と期待していた。

 でも。


 中曽根 悠:

「わり! 俺、スマホ持ってねーんだ!」


 中曽根はあっさりとそう言い、カバンを肩にかける。


 小池 隼人:

「悠くん、帰るよー」


 運悪く、小池くんが中曽根を呼ぶ。


 中曽根 悠:

「おう、今行くわ」


 中曽根 悠:

「じゃ、戸田。夏祭り楽しみにしてるな」


 戸田 るり:

「う……うん」


 そうして夏休み前の会話は、あっさり終了した。

 結局、夏休みに会えたのは夏祭りの一度きり。

 浴衣は可愛いと、褒めてくれたけれど。

 夏休みが明けても、付き合う前と変わらないやり取りばかりで、私は本当に付き合っているのかわからなくなっていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 恋はあせらず

(6)「るりちゃんの戸惑い」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 戸田 るり:

「それなのに、急に手つないできたり、キ……キスしようとしたり。わけわかんない!」


 篠田 かなえ:

「んー、それは大変だったわね」


 中曽根とのケンカがあった、翌日。

 怒りに怒っていた私は、徹底的に中曽根を無視していた。

 中曽根は何回か話しかけようとしてきたけれど、昨日のことを思い出すたびに、恥ずかしさと悔しさで頭がぐちゃぐちゃになる。


 放課後の保健室。

 今日は部活も習い事もなかったため、1人で篠田先生のもとへ訪れていた。


 こんな恥ずかしい相談、梢ちゃんや美羽にはできない。

 事情を知っている篠田先生なら、大人の女性だし、落ち着いて相談してもらえるように思えた。

 幸い保健室には利用者もなく、私はくすぶっていた鬱憤を篠田先生にすべてぶちまける。


 篠田 かなえ:

「中曽根くんも男の子ね。やるじゃない」


 戸田 るり:

「感心しないでください!」


 私にはまだ、篠田先生みたいな大人の余裕なんてない。

 好きな人と喋っているだけでドキドキするのに、いきなりすっ飛んでキスされそうになった私の頭は、キャパオーバーしている。


 というか、今まで散々ほっとかれたのに……私は怒っているのだ。


 篠田 かなえ:

「でもちょっと、中曽根くんらしくないわよね。何か影響されたのかしら」


 戸田 るり:

「影響?」


 ……まぁたしかに、中曽根らしくなかった気がする。

 友達か先輩かは知らないけど、まわりから影響を受けた可能性は、充分にあった。


 戸田 るり:

「そうだとしたら……本当にバカ!」


 思わずそう漏らすと、篠田先生が苦笑した。


 篠田 かなえ:

「まあまあ、お年頃なんだから許してあげたら」


 篠田 かなえ:

「それに全部、嫌だったわけじゃないでしょう?」


 戸田 るり:

「………ぅ」


 それは、たしかにそうだった。

 だって、最初一緒に帰れた日は嬉しすぎて、ドキドキして、眠れられないくらいだったんだから。

 私は確認するように、言葉を紡いだ。


 戸田 るり:

「一緒に帰れたのは……嬉しかった」


 戸田 るり:

「あと……手、つないでくれたことも」


 手をつないで、中曽根が笑ってくれたとき。

 私は世界で1番幸せかもしれない、なんて思えたんだ。

 気持ちがポカポカして、温かくて。


 でも、その後すぐに「キスしてみっか!」ですべてをぶち壊されたわけだけど……。


 篠田 かなえ:

「なら、それを戸田さんは伝えなくちゃね」


 戸田 るり:

「え?」


 篠田 かなえ:

「嬉しいと思ったこと。やだなって思ったこと。ちゃんと伝えなきゃダメよ」


 篠田 かなえ:

「それが、付き合うってことなんだから」


 戸田 るり:

「……うん」


 篠田先生の言葉は、いつもわかりやすい。

 ちょっと厳しさも含めているけど、それはちゃんと私たちのことを考えてくれているからだ。

 小さく頷くと、篠田先生は柔和という言葉がぴったりな笑顔を浮かべた。


 篠田 かなえ:

「大事なのはね、戸田さんの気持ちだから」


 篠田 かなえ:

「ちゃんと伝えられるといいわね」


 戸田 るり:

「……うん!」


 何だか、少し元気が出た。


 そうだね。

 私、ちゃんと自分の気持ちを伝えてないんだ。

 夏休み、会えなくて寂しかったこと。

 夏休み明け、不安に感じていたこと。

 一緒に帰ろうって誘ってくれて嬉しかったこと。

 中曽根のらしくない行動に、戸惑っていること。

 なにひとつきちんと、言葉にして伝えてない。


 それに気付いた私は、自分のやるべき事がわかった気がする。


 戸田 るり:

(……中曽根だ)


 保健室の窓からは、グラウンドがよく見えた。

 そこには、部活中のサッカー部もいて、中曽根はいつものようにボールを追いかけ回している。


 戸田 るり:

(いっぱい無視しちゃった)


 今さらながらに悪いな、なんて思う私もバカだ。

 中曽根はちゃんと、話そうとしてくれていたのに。


 外から聞こえる、部活中のみんなの声。

 その中の愛しい声を拾いたくて、私は静かにグラウンドを見つめた。




 ◇ 続く ◇

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