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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.9 恋はあせらず(5)「1番カッコ悪い日」

 今日は、俺が生まれてから、1番情けなくてカッコ悪い日だったようだ。


 彼女である戸田には突き飛ばされ、キス拒否された現場を姉貴に見られてしまう。


 神様……俺に何か、恨みでもあるんですか?



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 恋はあせらず

(5)「1番カッコ悪い日」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 中曽根 雫:

「ほら、これでも飲みなよ」


 公園のベンチに腰掛けた俺は、姉貴から放られたペットボトルを受け取る。

 350mlのアイスカフェオレ。

 これで頭を冷やせってか、と、俺の心はやさぐれている。


 姉貴は隣にどかっと座ると、自分のミルクティーのフタを開けた。

 すぐに飲まなかったのは、こみ上げてくる笑いが邪魔をしているかららしい。


 中曽根 雫:

「……ぷぷ。でもまさか、姉弟で互いにキスシーン見ちゃうなんてね。まあ、あんたの場合、失敗してるわけだけど」


 中曽根 悠:

「るっせーよ!」


 姉貴は容赦なく、俺の傷に塩を擦り込んでくる。

 俺が1番ショックだっつーの!


 本当なら、さっさとこの公園から出たかったけど、姉貴に捕まり無理矢理ベンチに座らされた。

「まあまあ、姉として恋愛相談してあげようじゃない」なんて、本当は自分が面白がりたいからだろ!


 中曽根 雫:

「にしても、まさかもう彼女がいるとはね。やるじゃん」


 さすが私の弟ね、と何故か自分の手柄にする。


 中曽根 雫:

「あの子って、同じ小学校だった子でしょ?見たことあるわ。るみちゃんだっけ」


 中曽根 悠:

「……るりだよ。戸田るり」


 中曽根 雫:

「ああそう、るりちゃんだ。可愛くなったねー」


 その意見には賛成だ。戸田は可愛い。

 こんな、ガサツで遠慮のない姉貴なんかより、ずっと可愛い。


 俺はカフェオレを、ゴクゴクと飲んだ。

 冷たい甘さが、喉をスッと通り抜けて胃に落ちる。


 中曽根 悠:

「……ふぅ」


 少しだけ気持ちが和らぐ。

 姉貴の狙い通りになるのは嫌だったけど、冷たい飲み物はたしかに、荒ぶっていた心を落ち着かせた。

 ちょっと、姉貴に愚痴ってもいいかな、なんて思う。


 中曽根 悠:

「何が、ダメだったのかなぁ」


 思わず漏れたそれは、独り言に近かった。でも、姉貴は聞き逃さなかったようだ。


 中曽根 雫:

「まぁ、まだ早かったんじゃないの」


 中曽根 悠:

「でも、付き合ってるならするんだろ? 普通」


 昨日姉貴がそう言ったし、ネットの中学生カップルも当たり前のようにしていた。

 でも姉貴から返ってきたのは、呆れ声だ。


 中曽根 雫:

「あのねぇ」


 中曽根 雫:

「普通はとか、私が言ったからとかじゃなくって、これはあんたたち2人のことでしょ」


 中曽根 悠:

「! 」


 中曽根 雫:

「るりちゃんの気持ちを無視して、これが当たり前だから〜なんて、暴走したんじゃないの、あんた」


 ……図星である。


 戸田の気持ちを考えていなかったことに、ようやく気づく。

 でも、キスを拒絶されたということは、俺とはキスをしたくないということで……。


 中曽根 悠:

「もしかして俺、嫌われてる?」


 ガァン、と間抜けな効果音がどこからか聞こえた。


 中曽根 雫:

「てか、今日の件で嫌われたかもね」


 中曽根 悠:

「おお……」


 容赦ない姉貴の言葉が、ずしんと肩に乗っかる。


 中曽根 雫:

「なーんてのは冗談で。ちゃんと謝りなさいよ、あんた」


 中曽根 悠:

「……わかってるよ」


 俺はまたカフェオレを飲んだ。

 全部飲み干す勢いで上を向いて飲んだもんだから、小さなペットボトルはすぐに空になった。

 そんな俺を見て姉貴は、独り言のように呟く。


 中曽根 雫:

「あせらなくていいのよ、まだ中学生なんだから」


 中曽根 雫:

「2人が心地いいなって思える空間を、作っていけばいいんじゃない? お互いにさ」


 中曽根 悠:

「………ん」


 その言葉は、やたらと俺の心にスッと落ちた。


 心地いい空間……か。


 その言葉に、戸田と手をつないで笑い合えた、あの一瞬を思い出した。

 あの時の温かさは今も、俺の心に残っている。


 心地いいドキドキが、戸田も感じてくれていたなら、あれが俺たちにとっての「心地いい空間」なのかもしれない。


 中曽根 悠:

「……明日、謝る」


 ボソッと呟くと姉貴は姉貴らしく「そうしなさい」と笑った。


 中曽根 雫:

「あ、そうそう」


 姉貴はミルクティーのフタを閉めながら立ち上がる。


 中曽根 雫:

「今度あんたに、パソコンの履歴を消す方法、教えてあげるわ」


 中曽根 悠:

「……は?」


 中曽根 雫:

「『キス 中学生』なんて検索キーワード、親が見たら気まずいでしょ」


 中曽根 悠:

「……!! 」


 ま、まさか!!


 中曽根 悠:

「姉貴、のぞいたな!? 」


 俺も立ち上がって、姉貴に吠えた。


 中曽根 雫:

「バーカ、あんたが履歴残すのが悪いのよ」


 むしろ消してあげた私に感謝なさい、と姉貴は飄々とした様子でゴミ箱に向かう。


 や……やっぱり。


 今日は人生で1番カッコ悪い日だ!!




 ◇ 続く ◇

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