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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.9 恋はあせらず (3)「悩み、再び」

 家の前に、知らない車が停まっている。

 こちらに前を向けて停まっており、エンジンは切ってあるのか、ライトは特についていない。


 正面のフロントガラス越しに、男女2人が乗っているのがわかった。

 そして、助手席に座っていたのは、見知った人物だ。


 中曽根 悠:

(姉貴だ)


 4つ年上の高校生の姉、雫《しずく》。

 その隣の男は知らない。誰だあいつ?

 なんて、思っていたら。


 中曽根 悠:

「……は?」


 姉貴は男の頬に手を添えて、慣れた手つきで顔を近づけた。


 それは、いわゆる──キスというやつで。


 中曽根 悠:

「……!! 」


 まさかの姉貴のキスシーンを見てしまった俺は、頭をガツン! と殴られたようなショックを受けた。


 な、何してんだ、あいつー!!



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 恋はあせらず

(3)「悩み、再び」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 やっと離れた2人。

 姉貴はこちらに視線を向けると、ようやく俺の存在に気づいたようで、驚きの表情を見せた。


 いやいや、驚いてんのはこっちだし!


 隣の男も俺に気づいて「おや」とした顔を見せたが、あまり動揺してないようだ。

 眼鏡をかけた、なんだかヒョロそうなやつだった。

 俺はよくわからないままに会釈をし、家の玄関に入った。


 ……き、気まずい!


 中曽根 悠:

「ふ、風呂入ろう、風呂!」


 靴を脱ぎながら俺は1人でそう言って、バタバタと中に入る。

 このまま、姉貴と顔を合わせたくねー!


 ニャオン、と足元を飼い猫のスズがうろついたが、それも無視して俺は浴室に駆け込んだ。



 中曽根 悠:

(あー、せっかく気分よかったのに……姉貴で台無しだ)


 シャワーに打たれながら、さっきの光景をモヤモヤと思い出してしまう。


 ……うう、姉貴のやつ、思春期の弟に何見せるんだよ。


 モヤモヤしたその光景が、そのうち別のものにカタチを変えていく。

 いつの間にか、戸田の顔が頭に浮かんでいる。


 中曽根 悠:

「………」


 中曽根 悠:

「……うわわわ! 今のなしなし!!」


 想像しかけた光景をかき消したくて、シャワーを頭からぶっかけた。

 ようやく落ち着いた俺は、シャワーを浴びてすっきりしたんだか、してないんだかわからない気分で浴室を出る。


 が、脱衣所で姉貴が待ちかまえていた。


 中曽根 雫:

「あんた、見たでしょ」


 中曽根 悠:

「うわ!? 」


 慌ててバスタオルで身を隠す。


 中曽根 悠:

「この変態姉貴!何入ってきてんだ!」


 中曽根 雫:

「あんたの貧弱な体見たって、何とも思わないわよ」


 ひ……貧弱とは失礼な。


 それに、この場合姉貴がどう思うとかじゃなくないか? 俺の人権はどうなっている!

 しかしそんな反抗も虚しく、姉貴はギロリと睨んでくる。


 中曽根 雫:

「お母さんたちに、言うんじゃないわよ」


 中曽根 悠:

「言わねーよ」


 中曽根 悠:

「てか、バラされたくないなら、家の前であんなことするなよな」


 中曽根 雫:

「あーら。お子様には、ちょっと刺激が強すぎたかしら」


 芝居がかって言われたその言葉にカチンときて、止せばいいのに、俺は反撃をしてしまう。


 中曽根 悠:

「るっせえ! しかも姉貴から、キ、キスしてんじゃねえよ」


 すると姉貴は、面白いものでも見つけたかのように、わざとらしく笑いやがった。


 中曽根 雫:

「やーね、どもっちゃって。キスくらい女からもするし。てか、付き合ってるなら当然でしょ」


 中曽根 悠:

(な、何だと!?)


「付き合ってるなら」──その言葉に今、俺は弱い。


 付き合ってるなら、キスくらい当たり前なのか……?

 いやいや、でもまだ、俺ら付き合いたてだし! 中学生だし!


 中曽根 雫:

「やだ……何真っ赤になってんの。気持ち悪い」


 姉貴が露骨に嫌そうな顔で見てきたが、俺は自分の頭がパンクしそうになるのを抑えるのに必死だ。


 ああ。

 また新たな悩みができてしまったぞ。



 ・   ・   ・



 姉貴が用意してくれた夕飯(といっても母さんの作り置きを温めただけだが)を済ますと、俺はとりあえず愛猫スズと戯れた。

 老猫であるスズは、どっしりとした体を黙って撫でさせてくれる。

 動物の温もりは、気持ちいい。

 いいリフレッシュになった。


 中曽根 雫:

「さて、お風呂に行ってくるわ」


 ドラマを観ていた姉貴が、テレビを消して立ち上がった。

 脱衣所に姿を消した姉貴を確認すると、俺は膝の上からスズを下ろして立ち上がる。

 リビングの隅にあるパソコンデスク前に座り、起動させた。


 家族で使っているパソコンは、俺自身あんまり使ったことはない。慣れない手つきで操作する。


 中曽根 悠:

「ええと……」


 デスクトップからいける検索ホームページを開き、ぎこちない操作で文字を入力する。


 中曽根 悠:

(キス……中学生……)


 検索ボタンをクリックすると、ずらりと記事が現れた。

 そのタイトルや記事の文字に、俺は目を丸める。


 中曽根 悠:

(ふ、普通に記事いっぱいあるじゃねーか!  てか体験談って……やっぱり皆してるのか!?)


 目の前の記事を読んでいくと、なんだか当たり前のことのように皆、キスをしている。



 サイト記事:

「始めてのキスは彼氏の部屋♡ 隣はお兄さんの部屋だから、ドキドキしちゃった 」


 中曽根 悠:

(うわぁ、俺には無理だ。姉貴にはバレたくねえ)


 サイト記事:

「相手キンチョーして、目半開きだったw」


 中曽根 悠:

(お、おおぅ……)


 サイト記事:

「帰り道に突然のキス! 嬉しくて泣いちゃった」


 中曽根 悠:

(ほほう……)



 際限無く出てくる記事を、思わず読み込む。

 知らなかった……世間の中学生カップルにとって、キスは普通なのか。


 その時、浴室から音がしたので、俺は慌ててサイトを閉じる。

 電源も落としたかったが、普段使ってないからよくわからず、四苦八苦しているうちに姉貴は戻ってきてしまった。


 中曽根 雫:

「珍しいわね、何調べてんの」


 中曽根 悠:

「いやちょっと、宿題でわかんないとこあってさ」


 中曽根 雫:

「ふーん?」


 カンニングすんじゃないわよ、と姉貴は興味なさげに冷蔵庫へと向かう。

 俺はほっとして自室へ向かった。パソコンの電源落としだけ姉貴に頼む。


 部屋に戻ると、せっかくスズで癒されたのにどっと疲れていた。

 どうやら今日は……あんまり眠れそうにない。




 ◇ 続く ◇

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