Ep.9 恋はあせらず (3)「悩み、再び」
家の前に、知らない車が停まっている。
こちらに前を向けて停まっており、エンジンは切ってあるのか、ライトは特についていない。
正面のフロントガラス越しに、男女2人が乗っているのがわかった。
そして、助手席に座っていたのは、見知った人物だ。
中曽根 悠:
(姉貴だ)
4つ年上の高校生の姉、雫。
その隣の男は知らない。誰だあいつ?
なんて、思っていたら。
中曽根 悠:
「……は?」
姉貴は男の頬に手を添えて、慣れた手つきで顔を近づけた。
それは、いわゆる──キスというやつで。
中曽根 悠:
「……!! 」
まさかの姉貴のキスシーンを見てしまった俺は、頭をガツン! と殴られたようなショックを受けた。
な、何してんだ、あいつー!!
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恋はあせらず
(3)「悩み、再び」
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やっと離れた2人。
姉貴はこちらに視線を向けると、ようやく俺の存在に気づいたようで、驚きの表情を見せた。
いやいや、驚いてんのはこっちだし!
隣の男も俺に気づいて「おや」とした顔を見せたが、あまり動揺してないようだ。
眼鏡をかけた、なんだかヒョロそうなやつだった。
俺はよくわからないままに会釈をし、家の玄関に入った。
……き、気まずい!
中曽根 悠:
「ふ、風呂入ろう、風呂!」
靴を脱ぎながら俺は1人でそう言って、バタバタと中に入る。
このまま、姉貴と顔を合わせたくねー!
ニャオン、と足元を飼い猫のスズがうろついたが、それも無視して俺は浴室に駆け込んだ。
中曽根 悠:
(あー、せっかく気分よかったのに……姉貴で台無しだ)
シャワーに打たれながら、さっきの光景をモヤモヤと思い出してしまう。
……うう、姉貴のやつ、思春期の弟に何見せるんだよ。
モヤモヤしたその光景が、そのうち別のものにカタチを変えていく。
いつの間にか、戸田の顔が頭に浮かんでいる。
中曽根 悠:
「………」
中曽根 悠:
「……うわわわ! 今のなしなし!!」
想像しかけた光景をかき消したくて、シャワーを頭からぶっかけた。
ようやく落ち着いた俺は、シャワーを浴びてすっきりしたんだか、してないんだかわからない気分で浴室を出る。
が、脱衣所で姉貴が待ちかまえていた。
中曽根 雫:
「あんた、見たでしょ」
中曽根 悠:
「うわ!? 」
慌ててバスタオルで身を隠す。
中曽根 悠:
「この変態姉貴!何入ってきてんだ!」
中曽根 雫:
「あんたの貧弱な体見たって、何とも思わないわよ」
ひ……貧弱とは失礼な。
それに、この場合姉貴がどう思うとかじゃなくないか? 俺の人権はどうなっている!
しかしそんな反抗も虚しく、姉貴はギロリと睨んでくる。
中曽根 雫:
「お母さんたちに、言うんじゃないわよ」
中曽根 悠:
「言わねーよ」
中曽根 悠:
「てか、バラされたくないなら、家の前であんなことするなよな」
中曽根 雫:
「あーら。お子様には、ちょっと刺激が強すぎたかしら」
芝居がかって言われたその言葉にカチンときて、止せばいいのに、俺は反撃をしてしまう。
中曽根 悠:
「るっせえ! しかも姉貴から、キ、キスしてんじゃねえよ」
すると姉貴は、面白いものでも見つけたかのように、わざとらしく笑いやがった。
中曽根 雫:
「やーね、どもっちゃって。キスくらい女からもするし。てか、付き合ってるなら当然でしょ」
中曽根 悠:
(な、何だと!?)
「付き合ってるなら」──その言葉に今、俺は弱い。
付き合ってるなら、キスくらい当たり前なのか……?
いやいや、でもまだ、俺ら付き合いたてだし! 中学生だし!
中曽根 雫:
「やだ……何真っ赤になってんの。気持ち悪い」
姉貴が露骨に嫌そうな顔で見てきたが、俺は自分の頭がパンクしそうになるのを抑えるのに必死だ。
ああ。
また新たな悩みができてしまったぞ。
・ ・ ・
姉貴が用意してくれた夕飯(といっても母さんの作り置きを温めただけだが)を済ますと、俺はとりあえず愛猫スズと戯れた。
老猫であるスズは、どっしりとした体を黙って撫でさせてくれる。
動物の温もりは、気持ちいい。
いいリフレッシュになった。
中曽根 雫:
「さて、お風呂に行ってくるわ」
ドラマを観ていた姉貴が、テレビを消して立ち上がった。
脱衣所に姿を消した姉貴を確認すると、俺は膝の上からスズを下ろして立ち上がる。
リビングの隅にあるパソコンデスク前に座り、起動させた。
家族で使っているパソコンは、俺自身あんまり使ったことはない。慣れない手つきで操作する。
中曽根 悠:
「ええと……」
デスクトップからいける検索ホームページを開き、ぎこちない操作で文字を入力する。
中曽根 悠:
(キス……中学生……)
検索ボタンをクリックすると、ずらりと記事が現れた。
そのタイトルや記事の文字に、俺は目を丸める。
中曽根 悠:
(ふ、普通に記事いっぱいあるじゃねーか! てか体験談って……やっぱり皆してるのか!?)
目の前の記事を読んでいくと、なんだか当たり前のことのように皆、キスをしている。
サイト記事:
「始めてのキスは彼氏の部屋♡ 隣はお兄さんの部屋だから、ドキドキしちゃった 」
中曽根 悠:
(うわぁ、俺には無理だ。姉貴にはバレたくねえ)
サイト記事:
「相手キンチョーして、目半開きだったw」
中曽根 悠:
(お、おおぅ……)
サイト記事:
「帰り道に突然のキス! 嬉しくて泣いちゃった」
中曽根 悠:
(ほほう……)
際限無く出てくる記事を、思わず読み込む。
知らなかった……世間の中学生カップルにとって、キスは普通なのか。
その時、浴室から音がしたので、俺は慌ててサイトを閉じる。
電源も落としたかったが、普段使ってないからよくわからず、四苦八苦しているうちに姉貴は戻ってきてしまった。
中曽根 雫:
「珍しいわね、何調べてんの」
中曽根 悠:
「いやちょっと、宿題でわかんないとこあってさ」
中曽根 雫:
「ふーん?」
カンニングすんじゃないわよ、と姉貴は興味なさげに冷蔵庫へと向かう。
俺はほっとして自室へ向かった。パソコンの電源落としだけ姉貴に頼む。
部屋に戻ると、せっかくスズで癒されたのにどっと疲れていた。
どうやら今日は……あんまり眠れそうにない。
◇ 続く ◇




