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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.9 恋はあせらず(2)「一緒に帰ろう」

 秋の日はつるべ落とし、なんて言葉がある。

 夏と違い、急速に夕方に様変わりする空は、柿みたいなオレンジ色だった。


 夕方6時。俺は靴箱のある玄関で、ぼやっと落ちていく夕日を見ながら戸田を待っていた。

 大した待ち時間もなく、戸田がカバンを携えやってきた。


 戸田 るり:

「お待たせ!」


 中曽根 悠:

「ん、行くか」


 考えてみたら、戸田と2人で帰るなんて、小学校低学年のとき以来かも。

 家が近所だったから、小さい頃はよく一緒に帰っていた。


 でも、いつからだろう。

 俺も戸田も、それぞれの友達と帰るようになっていた。

 たぶん、異性同士で帰るのが恥ずかしいなんて思うようになっていたんだ。


 あの頃は、ランドセルを背負っていた俺たち。

 今は制服を着て並んでいる。


 中曽根 悠:

「………」


 戸田 るり:

「………」


 俺らの間に、少しだけ開いた空間。


 それは、互いに意識しあった、あの頃からの年数分だったのかもしれない。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 恋はあせらず

(2)「一緒に帰ろう」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 門から出るまで、何となく口数は互いに少なくなる。

 でも、道路に出て通学路を歩くうちに、戸田の言葉も多くなった。


 戸田 るり:

「──でね、来月の文化発表会までに、作品を仕上げないといけないんだ」


 中曽根 悠:

「へえ、家庭科部って、そんなのまでやってたんだな」


 家庭科部が、来月ある文化発表会展示の部でそれぞれ作品を出すこと、戸田はそのために編み物なんかしてることなどを話してくれた。

 いつもより、ちょっと早口の戸田の顔をチラチラ見る。


 中曽根 悠:

(必死に話してんな……)


 戸田はわかりやすい。緊張してるんだ。

 でも俺もらしくなく、ちょっと緊張している。


 やっぱりなんか、変な感じ。


 戸田 るり:

「……あのさ、中曽根」


 中曽根 悠:

「ん?」


 戸田 るり:

「今日作ったクッキー、よかったら食べる?」


 中曽根 悠:

「お、いいのか?」


 じつはちょっと期待してた。

 だって、さっきから戸田のカバンから、すごくいい匂いがするんだもんな。

 戸田は俺の反応がわかっていたかのように、笑ってクッキーの入ったタッパーを取り出した。


 戸田 るり:

「はい。ラッピングしてなくて、申し訳ないけど」


 戸田はしょうもないことを気にしながら、フタを開けてそれを差し出す。

 バターと散りばめられたナッツの香りが、俺の空腹を刺激した。


 中曽根 悠:

「うまそー! いただきまーす」


 1つ取って、半分くらいかじった。

 サクッとこぼれ、口の中でホロリと生地が溶ける。


 中曽根 悠:

「うっめぇ! 戸田やるなぁ」


 戸田 るり:

「へへー」


 戸田が、目を細めて笑う。


──ん、可愛いな。


 遠慮のなくなった俺は、バクバクとクッキーを平らげた。

 戸田が嬉しそうに見つめてくるもんだから、何か照れ臭い。

 でも、戸田との下校はすげぇ楽しかった。

 そのうち俺らの緊張はすっかりとけて、いつものたわいない会話をするようになった。


 間にあった変な空間も、いつの間にかなくなり、戸田との距離も近くなる。

 俺より少し背の低い戸田の手が、俺の手のすぐそばにある。


 中曽根 悠:

「………」


 中曽根 悠:

(手、つないだ方がいいのかな)


 大谷が、そんなことを言っていた気がする。付き合ってるなら、そうするんだって。


 中曽根 悠:

「………」


 中曽根 悠:

( い、いっちまえ!)


 たぶん俺は、調子に乗ってしまったのだと思う。

 楽しく会話できた勢いのままに、戸田の手を握った。


 戸田 るり:

「!! 」


 中曽根 悠:

「……っ! 」


 な、なんだこの柔らかさは!


 包むように握ってしまった戸田の手は、すっぽり収まるくらい細かった。

 それなのに、柔らかくて温かい。

 何なんだこれは。


 中曽根 悠:

「………」


 戸田 るり:

「………」


 とたんに沈黙してしまう戸田。

 でも俺は、想像以上に自分がドキドキしていることに気を取られて、俯いた戸田の顔が見れなかった。


 中曽根 悠:

「い、嫌なら……言えよ」


 戸田 るり:

「………」


 戸田の顔が、左右に振られる。

 よかった。嫌がられてはないようだ。


 俺たちは黙ったまま、道を歩いた。

 つながれた手だけが、ただただ熱い。

 変に汗をかいてないといいな、なんて下らないことを気にしていた。



 ・   ・   ・




 結局手をつないでからは、無言ばかりが続いてしまう。

 それでも温かい手触りが心地よくて、戸田と別れる時に手離したときは、少し残念に思った。


 中曽根 悠:

「じゃあな」


 戸田 るり:

「うん……また明日」


 俯いて顔を赤らめたまま戸田は言った。

 最後の方は、俺ばかりが話をしていたような気がする。

 分かれ道である信号のない交差点で、俺たちは別れた。

 夕日はすでに落ちていて、夜の姿が顔をのぞかせている。

 静かに、息を吐く。


 中曽根 悠:

(あー、緊張した)


 いきなり手をつないだのは、やりすぎだろうか。

 でも、つないでいる間の緊張は、俺にとっては心地良かった。


 中曽根 悠:

(また、一緒に帰れたらいいな)


 なんて考えながら、1人で自宅へ続く道を歩く。

 そういや今日は、父さんも母さんも仕事で遅いから、姉貴と2人で食べる予定だったな。

 そんなことを思い出しながら、角を曲がる。

 家の前を、ふと見たら。


 中曽根 悠:

(ん? 車が停まってる)


 見たことのないコンパクトカーが、俺んちの前に停まっていた。




 ◇ 続く ◇

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