Ep.9 恋はあせらず(2)「一緒に帰ろう」
秋の日はつるべ落とし、なんて言葉がある。
夏と違い、急速に夕方に様変わりする空は、柿みたいなオレンジ色だった。
夕方6時。俺は靴箱のある玄関で、ぼやっと落ちていく夕日を見ながら戸田を待っていた。
大した待ち時間もなく、戸田がカバンを携えやってきた。
戸田 るり:
「お待たせ!」
中曽根 悠:
「ん、行くか」
考えてみたら、戸田と2人で帰るなんて、小学校低学年のとき以来かも。
家が近所だったから、小さい頃はよく一緒に帰っていた。
でも、いつからだろう。
俺も戸田も、それぞれの友達と帰るようになっていた。
たぶん、異性同士で帰るのが恥ずかしいなんて思うようになっていたんだ。
あの頃は、ランドセルを背負っていた俺たち。
今は制服を着て並んでいる。
中曽根 悠:
「………」
戸田 るり:
「………」
俺らの間に、少しだけ開いた空間。
それは、互いに意識しあった、あの頃からの年数分だったのかもしれない。
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恋はあせらず
(2)「一緒に帰ろう」
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門から出るまで、何となく口数は互いに少なくなる。
でも、道路に出て通学路を歩くうちに、戸田の言葉も多くなった。
戸田 るり:
「──でね、来月の文化発表会までに、作品を仕上げないといけないんだ」
中曽根 悠:
「へえ、家庭科部って、そんなのまでやってたんだな」
家庭科部が、来月ある文化発表会展示の部でそれぞれ作品を出すこと、戸田はそのために編み物なんかしてることなどを話してくれた。
いつもより、ちょっと早口の戸田の顔をチラチラ見る。
中曽根 悠:
(必死に話してんな……)
戸田はわかりやすい。緊張してるんだ。
でも俺もらしくなく、ちょっと緊張している。
やっぱりなんか、変な感じ。
戸田 るり:
「……あのさ、中曽根」
中曽根 悠:
「ん?」
戸田 るり:
「今日作ったクッキー、よかったら食べる?」
中曽根 悠:
「お、いいのか?」
じつはちょっと期待してた。
だって、さっきから戸田のカバンから、すごくいい匂いがするんだもんな。
戸田は俺の反応がわかっていたかのように、笑ってクッキーの入ったタッパーを取り出した。
戸田 るり:
「はい。ラッピングしてなくて、申し訳ないけど」
戸田はしょうもないことを気にしながら、フタを開けてそれを差し出す。
バターと散りばめられたナッツの香りが、俺の空腹を刺激した。
中曽根 悠:
「うまそー! いただきまーす」
1つ取って、半分くらいかじった。
サクッとこぼれ、口の中でホロリと生地が溶ける。
中曽根 悠:
「うっめぇ! 戸田やるなぁ」
戸田 るり:
「へへー」
戸田が、目を細めて笑う。
──ん、可愛いな。
遠慮のなくなった俺は、バクバクとクッキーを平らげた。
戸田が嬉しそうに見つめてくるもんだから、何か照れ臭い。
でも、戸田との下校はすげぇ楽しかった。
そのうち俺らの緊張はすっかりとけて、いつものたわいない会話をするようになった。
間にあった変な空間も、いつの間にかなくなり、戸田との距離も近くなる。
俺より少し背の低い戸田の手が、俺の手のすぐそばにある。
中曽根 悠:
「………」
中曽根 悠:
(手、つないだ方がいいのかな)
大谷が、そんなことを言っていた気がする。付き合ってるなら、そうするんだって。
中曽根 悠:
「………」
中曽根 悠:
( い、いっちまえ!)
たぶん俺は、調子に乗ってしまったのだと思う。
楽しく会話できた勢いのままに、戸田の手を握った。
戸田 るり:
「!! 」
中曽根 悠:
「……っ! 」
な、なんだこの柔らかさは!
包むように握ってしまった戸田の手は、すっぽり収まるくらい細かった。
それなのに、柔らかくて温かい。
何なんだこれは。
中曽根 悠:
「………」
戸田 るり:
「………」
とたんに沈黙してしまう戸田。
でも俺は、想像以上に自分がドキドキしていることに気を取られて、俯いた戸田の顔が見れなかった。
中曽根 悠:
「い、嫌なら……言えよ」
戸田 るり:
「………」
戸田の顔が、左右に振られる。
よかった。嫌がられてはないようだ。
俺たちは黙ったまま、道を歩いた。
つながれた手だけが、ただただ熱い。
変に汗をかいてないといいな、なんて下らないことを気にしていた。
・ ・ ・
結局手をつないでからは、無言ばかりが続いてしまう。
それでも温かい手触りが心地よくて、戸田と別れる時に手離したときは、少し残念に思った。
中曽根 悠:
「じゃあな」
戸田 るり:
「うん……また明日」
俯いて顔を赤らめたまま戸田は言った。
最後の方は、俺ばかりが話をしていたような気がする。
分かれ道である信号のない交差点で、俺たちは別れた。
夕日はすでに落ちていて、夜の姿が顔をのぞかせている。
静かに、息を吐く。
中曽根 悠:
(あー、緊張した)
いきなり手をつないだのは、やりすぎだろうか。
でも、つないでいる間の緊張は、俺にとっては心地良かった。
中曽根 悠:
(また、一緒に帰れたらいいな)
なんて考えながら、1人で自宅へ続く道を歩く。
そういや今日は、父さんも母さんも仕事で遅いから、姉貴と2人で食べる予定だったな。
そんなことを思い出しながら、角を曲がる。
家の前を、ふと見たら。
中曽根 悠:
(ん? 車が停まってる)
見たことのないコンパクトカーが、俺んちの前に停まっていた。
◇ 続く ◇




