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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.8 ボーイ・アンド・ガール(3)「少年は少女を想う」

 小池 隼人:

(まいったなぁ……)


 体育倉庫に閉じ込められた、僕と松宮さん。

 明かり取りの窓があるため、真っ暗じゃないのが幸いだ。

 ただ、その窓は天井近くの本当に小さな窓で、通れるのなんて猫くらいの縦幅のないものだ。

 あそこから出るのは無理だろう。というか、遠すぎてそもそも届かない。


 小池 隼人:

「困ったね、松宮さん」


 小池 隼人:

「……松宮さん?」


 ふと、そばにいるはずの彼女へ視線を向ける。

 すると、松宮さんはしゃがみ込んで、フルフルと小さく震えていた。


 小池 隼人:

「ど、どうしたの!?」


 僕は慌てて、彼女のそばにしゃがんだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ボーイ・アンド・ガール

(3)「少年は少女を想う」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 松宮 茜:

「……ご、ごめん」


 松宮さんが絞り出した声は、かすかに震えていた。


 松宮 茜:

「私……閉所…恐怖症で」


 松宮 茜:

「……ダメなんだ…こういうの」


 そう言った彼女は、自分を抱きしめるように膝を抱え込み、ぎゅっと目を瞑っていた。

 僕より背が高いはずの松宮さんが、僕より小さくなって震えている。


──本当に、怖いんだ。


 小池 隼人:

「大丈夫?」


 松宮 茜:

「……っ、わかん…ない」


 こんなに弱々しい松宮さんは、初めて見た。

 いつも活発に動いていて、ハツラツとしている印象の松宮さん。

 そんな彼女が、閉ざされた空間を怖がって震えている。

 僕は安心させようと、そっと松宮さんの肩に手をのせた。


 小池 隼人:

「大丈夫だよ。きっとすぐに出られるよ」


 松宮 茜:

「……うん」


 まだ顔を俯かせたまま、松宮さんは小さく頷いた。


 しばらくすると少し落ち着いたのか、震えはなくなる。

 その代わり、小さな声が松宮さんから漏れた。


 松宮 茜:

「……情けないなぁ、私」


 それはいつになく自信の無い声で、僕はそんな声を聞いて、胸がぎゅっと締め付けられた。


 小池 隼人:

「そんなことないよ」


 松宮さんは、情けなくなんかない。

 そもそも、森くんと金田くんの変なイタズラのせいで、こんな目に遭っているのに。


 僕は凹んでいる松宮さんを元気づけたくて、誰にも言えなかった秘密を口にした。


 小池 隼人:

「僕も、じつはちょっぴり怖いんだ」


 松宮 茜:

「え?」


 松宮さんがようやく顔をあげる。眉が八の字になっていて、少し可愛い。


 小池 隼人:

「僕、暗いの苦手だから。じつは今、ちょっと怖い」


 それは、誰にも言ったことのない僕の秘密だった。

 親ぐらいしか知らない、僕の秘密。

 でも、松宮さんを安心させられるなら、ケイちゃんたちさえ知らない僕の弱点を、伝えてもいいと思えたんだ。


 松宮 茜:

「……そんなふうに見えないな」


 小池 隼人:

「うん、強がってる。男の子だから」


 松宮 茜:

「………」


 松宮 茜:

「……ふふ」


 松宮さんからようやく笑顔を引き出せたことが嬉しくて、僕も笑った。

 よいしょ、と松宮さんの隣に腰を下ろす。

 体育倉庫の床はコンクリートだから、ひんやり冷たい。


 小池 隼人:

「それにしても、今回は酷すぎる。あの2人」


 松宮さんも同じようにお尻をつけて、膝を抱えると床を見つめた。


 松宮 茜:

「……あいつらね、昔からあんなんだよ」


 小池 隼人:

「松宮さんは、小学校が一緒なんだっけ?」


 松宮 茜:

「うん、西小」


 松宮さんは小さく溜息をついた。


 松宮 茜:

「小学校のときもあいつら、私をよくからかってきたんだ。おとこ女って。まぁ実際、男勝りだからさ」


──男勝り?


 その言葉が引っかかって、僕は松宮さんを見つめた。


 松宮さんの伏された目からは、長い睫毛が伸びて影を頬に落としている。

 怒っているように唇を突き出している表情は、全然男っぽくない。


 ……というか。


 小池 隼人:

「松宮さんは、松宮さんだよ」


 そう思った。


 松宮 茜:

「え?」


 小池 隼人:

「男勝りとかおとこ女とか、そんなんじゃなくて……ええと」


 何て言ったらいいのかな。

 僕は普段働かせない脳みそを、フル回転させた。


 小池 隼人:

「松宮さんはスポーツが得意だ。僕は裁縫が得意だ」


 小池 隼人:

「でもそれって、ただの個性だよね」


 小池 隼人:

「男っぽいとか、女っぽいとかじゃなくてさ」


 小池 隼人:

「だから、ええと」


 言っているうちに、喉がなんとなく掠れている気がして、こほんと咳をした。


 小池 隼人:

「今日、松宮さんがバスケしてるのを見て、すごくカッコいいなって思ったよ。だから……」


 小池 隼人:

「そのままでいいんだよ」


 松宮 茜:

「………」


 松宮 茜:

「……そっか」


 松宮さんがそこで、ふわりと笑った。


 松宮 茜:

「……ありがとう」


 その笑顔は、とても可愛くて。

 やっぱり松宮さんは女の子なんだな、とあらためて実感した。


 くまのマスコットが大切で。

 バスケが得意で。

 閉所恐怖症で。

 笑顔が可愛い、普通の女の子なんだ。


 小池 隼人:

「……そ、それにしても」


 僕の声は相変わらず枯れていて、またコホンと咳をして立ち上がる。


 小池 隼人:

「誰か、気づかないかな。さすがに昼休みに僕らがいないこと、不審に思うはずなんだけど……」


 体育座りしたままの松宮さんが、僕を見上げる。


 その時。

 誰かが体育館に入ってくる気配がしたので、2人して顔を見合わせた。




 ◇ 続く ◇

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