↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
PR
34/273

Ep.8 ボーイ・アンド・ガール (1)「少年は思い悩む」

 朝。

 洗面台で顔を洗っていると、ふと視線が変わっているような気がして、僕は顔を拭きながら周りを見た。


 小池 隼人:

(あれ? この棚、こんなに見えたっけ)


 洗面台横にある、タオルや小物が収納されている棚。これはこんな位置だったっけ。

 まぁいいか、と寝ぼけまなこの僕は、歯みがきを開始する。


 小池 隼人:

「……んんっ」


 あれ、なんかちょっと喉が絡む。

 少し痛い……のかな。


 やだな、風邪とかじゃないといいんだけど。

 母さんには言わないでおこう。

 心配性だからやれのど飴だ、やれお薬だとうるさそうだもん。


 小池隼人、12歳。

 中学1年生の二学期の朝は、そんなふうにスタートした。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ボーイ・アンド・ガール

(1)「少年は思い悩む」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 二学期が始まって、1週間が経った。

 夏休みも明けすっかり学校生活の日常が取り戻された、教室での朝。

 僕はあることに気がついて、クラスメイトの女の子に声をかけた。


 小池 隼人:

「松宮さん、くまさんのボタンが取れてるよ」


 松宮 茜:

「え?」


 隣の席の松宮茜さんは、僕の声で振り返る。

 ちょいちょいと、松宮さんのカバンに付いているくまのマスコットを指さした。


 チェック柄のくまが、カバンに吊るされこちらに顔を向けている。

 しかし、目であるボタンの片方が、だらりと今にも切れそうな糸にぶら下がっていた。


 松宮 茜:

「あ、 本当だ! うわー、もう取れそうじゃん」


 松宮さんは、くまを掴むと悲しそうに言った。

 ボーイッシュな雰囲気のある松宮さんが、大事そうにくまを手に持っているのが、ちょっと可愛く見える。

 僕はそんな彼女に向けて、右手を差し出した。


 小池 隼人:

「貸して。僕が直してあげるよ」


 松宮 茜:

「え、できるの?」


 小池 隼人:

「うん」


 僕は松宮さんからくまを受け取ると、自分のカバンから裁縫道具を取り出した。

 針に糸を通し、くまから外したボタンをあらためて縫い付けていく。


 松宮 茜:

「うわぁ、上手だなぁ」


 小池 隼人:

「へへ、そう?」


 裁縫は得意だ。

 サッカー部でもある僕は、よくズボンを破いたり、靴下に穴があいたりする。

 それを直していくうちに得意になって、好きになった。

 まぁ、もともと母さんが手芸や編み物が大好きで、それを見て育ったからってのもある。

 小さい頃から、裁縫道具とは仲良しだ。


 松宮 茜:

「器用だなぁ」


 松宮さんが僕の手元をのぞきこんで呟く。

 ちょっと照れ臭くて笑っていると、ふと横から声がかかった。


 森:

「小池、なに女みてーなことしてんだよ〜」


 金田:

「くまさんチクチク、おかまかよ」


 近くにいた森《もり》くんと金田《かねだ》くんが、からかってきた。

 2人とも僕の手元を指さし、笑っている。


 小池 隼人:

「………」


 僕は、何て言ったらいいのかわからず押し黙った。


 昔から小さかった僕は、気が強くないのもあって弱く見られるのか、よくからかいの対象となっていた。

 でも、小学校高学年になるにつれて、そういうことも少なくなっていった。……なのに。


 中学でも、また同じようなやつはいた。

 小学校が違った森くんと金田くんなんて、僕はあんまり知らないのに、2人はよくからかってくる。

 正直好きじゃない。

 このまま無視がいいんだろう。

 そう思った時だった。


 松宮 茜:

「えー、でもできないよりは、できた方がいいじゃん」


 松宮さんがあっけらかんと、2人に言い放った。


 松宮 茜:

「私はできないから、小池くん、普通にすごいと思うけどなぁ」


 松宮 茜:

「男女関係ないよ」


 松宮 茜:

「ねっ」


 そう言って松宮さんは、僕へにかっと微笑んだ。

 歯磨き粉のコマーシャルみたいに真っ白な歯を見せて笑う彼女は、いたずらっ子みたいだ。

 それを見て、僕はやけにくすぐったく感じた。


 でも森くんと金田くんは何も感じないのか、さらに囃《はや》し立ててくる。


 森:

「何だよ、お前らデキてんなー!」


 金田:

「おかまとおとこ女で、お似合いじゃん」


 小池 隼人:

「……!」


 あまりに酷い言葉に僕は立ち上がろうと机に手をかけた──その時。


 中曽根 悠:

「お前ら、また小池いじめてるのかよ」


 友人である悠くんが、森くんを背後から羽交い締めにした。


 森:

「げっ、中曽根」


 そこに幼馴染のケイちゃんもやってくる。どうやら2人とも、登校してきたところのようだ。


 大谷 圭介:

「こらこらー、隼人いじめていいのは俺だけだっつってんだろー」


 背の高いケイちゃんは、森くんと金田くんを見下ろし犬でも追い払うかのように、しっしっと手を振る。


 金田:

「ちっ、行こうぜ」


 金田くんが森くんを誘導して、2人は僕らの席から離れた。

 あの2人、ケイちゃんと悠くんにはてんで弱いんだ。


 小池 隼人:

「……ありがと、2人とも」


 結局庇われたかたちになって、情けないなぁ、なんて思いつつもお礼を伝える。


 大谷 圭介:

「いーんだよ、隼人は俺の嫁だからな!」


 お調子者のケイちゃんは親父くさく、がっはっは、と笑う。


 小池 隼人:

「……ケイちゃん、後ろ」


 大谷 圭介:

「は?」


 僕は呆れた様子で、ケイちゃんの背後を示してあげた。


 望月 美羽:

「………」


 大谷 圭介:

「も、望月!?」


 そこにはケイちゃんの想い人、望月さんがいた。

 まだ授業開始前の朝の時間。遊びにきていた彼女に気づかず、僕を嫁宣言。

 慌てふためくケイちゃんの恋心なんて、周囲にはバレバレだ。


 望月 美羽:

「大谷くん、私……偏見とかないから!」


 大谷 圭介:

「なっ!? ご、誤解だ誤解ー!」


 あーあ、知ーらないっと。


 小池 隼人:

(……それにしても)


 小池 隼人:

(僕って、そんなに男らしくないのかな)


 昔のような弱虫は、もう卒業できたと思っていた。

 でも中学に上がると、周りの友達はもっと大人びて、僕の一歩先を歩いているように見えたんだ。


 僕は小さく溜息をついて、止まっていたくまのボタン留めを再開し縫い終える。


 小池 隼人:

「はい、松宮さん」


 松宮 茜:

「ありがとう」


 松宮さんは受け取ると、また笑ってくれた。


 あの2人は、松宮さんをおとこ女だ、なんて言ったけれど。

 くまさんを持って笑う松宮さんは、やっぱり女の子だな、と僕は当たり前のことを再認識した。




 ◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。