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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.7 ビー玉恋模様(5・終)「一生懸命に、君を」

 父ちゃん:

「勝負する前に、諦めたくなかったんだ」


 父ちゃんのその言葉は、ひどく俺の心を突き刺した。


 俺は、何かしただろうか。

 勝負を挑もうとしただろうか。


 ……していない。

 していないんだ。

 何もせずに、ただ見ていただけだった。


 ふと、望月の笑顔が浮かんだ。



「ありがとね」



 帰り際、そう言ってビー玉袋を掲げて笑ってくれた望月。

 あの笑顔を、こっちにもっと向けられるなら。


 大谷 圭介:

(やっぱり、諦めたくないな)


 そう思った。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ビー玉恋模様

(5)「一生懸命に、君を」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 父ちゃんのために買ったたこ焼きと玉せんは、家に帰ってから一緒に食った。

 仕事明けで疲れていた父ちゃんは、腹がいっぱいになると、ソファに身を投げ出して眠りこける。


 母ちゃん:

「もー、お風呂にも入らないで」


 母ちゃんはそう言いながらも、クーラーの風が当たらないように調整しブランケットをかけた。

 昔は高嶺の花だった相手にそうされているのに、父ちゃんはだらしなくいびきをかいている。

 そんな様子を見て、ダイニングの椅子に座り直した母ちゃんに俺は呟いた。


 大谷 圭介:

「……母ちゃんさあ」


 母ちゃん:

「ん?」


 大谷 圭介:

「父ちゃんの何がよかったの?」


 母ちゃん:

「え!?」


 息子からの突然の質問にびっくりする母ちゃん。

 でも俺はどうしても知りたくて、父ちゃんを見ながら言葉を続ける。


 大谷 圭介:

「父ちゃんから聞いたよ。母ちゃんには、付き合ってた人がいたけど勝ち取ったんだって」


 母ちゃん:

「……もう! お父さんったら子どもに何を言って……」


 母ちゃんはソファに向けギッと視線を送ったけれど、そこにはトドのようなおっさんしかいない。

 ため息を優しくつくと、俺に顔を向けて言いづらそうに告げた。


 母ちゃん:

「……気持ちが嬉しかったのよ」


 大谷 圭介:

「……気持ち?」


 母ちゃん:

「ほら、お父さんって、何にでも一生懸命になる人でしょ。私へのアプローチも、一生懸命にしてくれてね」


 母ちゃんは湯飲みのお茶をぐいっと飲むと、意を決したかのように言葉を続けてくれた。


 母ちゃん:

「最初は何にも思ってなかったけど、なんだかあの一生懸命さを見ていたら、嬉しくなってた自分に気がついてね」


 母ちゃん:

「ああ、この人のこと好きかもしれない」


 母ちゃん:

「……て、ある時ふっと気がついて」


 母ちゃん:

「で、そこからはお付き合いしていた人と、きちんと別れて、お父さんとお付き合いしたのよ」


 そして母ちゃんは、嬉しそうに笑う。


 母ちゃん:

「ま、根負けしたのよ」


 とって付けたようなその理由に、俺もつられて笑ってしまった。


 大谷 圭介:

「母ちゃん、負けたんだ」


 母ちゃん:

「そう、負けたの」


 その時、ソファから「ふがっ」と父ちゃんのいびきが響いた。

 それを聞いて俺たちは顔を見合わせて、また笑う。


──そっか。

 好きな人に好きな人がいても、一生懸命になっていいのか。


 そう思えただけで、俺の心がなんだかふわりと軽くなった。

 親の馴れ初め話に救われるなんて、なんだか悔しいけれど、それもまあ……悪くないよな。



 ・   ・   ・



 夏休みは、あっという間に終わってしまった。


 二学期となり、久しぶりの面子と顔を合わせる。

 隼人と中曽根などのサッカー部仲間はそうでもないけど、他のやつらは久々だ。


 もちろん、望月も。


 望月 美羽:

「るりっち、梢ちゃん、二学期もよろしく〜!」


 望月は朝一に、俺のクラスへと顔を出した。

 毎朝こうして2組にやってきては、戸田と羽鳥とおしゃべりをする。一学期からの恒例である。


 それを知っている俺は、クラスに入ってきた望月を意識して見ていた。

 キャピキャピ小鳥のように朝の挨拶をしている望月たち。

 それにチラチラと視線をよこしながら、望月と目が合うのを待った。


──あ、合った。


 大谷 圭介:

「うっす、望月」


 望月 美羽:

「大谷くん、久しぶりー!」


 言葉を返してくれた望月。

 それを聞いて俺は「よし!」と心の中でガッツポーズを決めた。


──俺は、父ちゃんみたいに押せ押せとはできないけれど。

 こうやって、少しずつ望月と会話をしていこう。

 距離を縮めていこう。

 そう決めたんだ。


 夏休み明けの朝の挨拶は、その大いなる決意の第一歩だった。


 大谷 圭介:

(まずは、印象つけねーと!)


 友達の枠から出られるように、とりあえず頑張るしかない。

 それが今、俺にできる精一杯の一生懸命だった。


 望月 美羽:

「あ、見て見て、大谷くん」


 大谷 圭介:

「ん?」


 挨拶だけで終わるかと思っていた俺は、さらに声をかけてきた望月に顔を向ける。

 すると、望月は何やらストラップのようなものを、その顔の前に掲げた。


 望月 美羽:

「じゃーん! こんなん作ってみました!」


 大谷 圭介:

「あ! これって……」


 それを見て俺は驚く。

 だって、それは。


 望月 美羽:

「そ。お祭りのビー玉だよ」


 ビー玉で作られた、ストラップだったから。

 紐で編み込まれたビー玉が2つ連なって、端っこにビーズなんかも付いている。

 何とも可愛らしいストラップが、望月の顔の横で揺れていた。


 大谷 圭介:

「……器用だな」


 望月 美羽:

「へへ。もらった時から、これ作ろうって思ったんだ〜」


 紐の中で、朝日を浴びて光るビー玉。

 あの日、花火から視線を奪われたそいつも、今は誇らしげにストラップとして揺れている。

 それを見て俺の胸が、グッとこみ上げる。


 大谷 圭介:

「………望月」


 望月 美羽:

「ん?」


 俺は望月に、ビシッ! と指さした。


 大谷 圭介:

「今に見てろ!!」


 望月 美羽:

「え!? 何が!?」


 一部始終を見ていた戸田も羽鳥も、隼人も中曽根も「え?」と首をかしげる。


 でもそんなのは、どうでもいいのだ!


 見ていろ望月。

 ぜってーいつか、振り向かせてみるからな!!




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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