Ep.7 ビー玉恋模様(4)「父ちゃんの恋愛事情」
ガサゴソと鳴るビニール袋。
その中には、祭で買ったたこ焼きと玉せんが入っている。
父ちゃんへの祭のお土産だ。
俺はなんて、出来た息子なんだ。
昼間とは違って、涼やかな夜の風が横を通り過ぎる。
祭はとうに終わり、みんなとは解散した後だった。
俺は、まだ仕事を頑張っているであろう父ちゃんにお土産を持っていくため、ふたたび仕事場へと向かっていた。
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ビー玉恋模様
(4)「父ちゃんの恋愛事情」
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父ちゃんの仕事場があるビルは、自動ドアをくぐるとエントランスホールがある。
今は夜だから、小さな受付窓口にはシャッターが降りていた。
一機しかないエレベーターは沈黙している。仕事場は3階だから、いつも階段を利用する俺はこのエレベーターを利用したことはない。
今日も階段を上がって、3階へ向かった。
ただ、気分が落ち込んでいる俺の足取りは重く、象みたいにのっしのっしと静かだ。
大谷 圭介:
(はぁ……何もしてねーのに、失恋か)
俺らしいといえは俺らしいぜ、なんて自嘲する。
結局あのあと、望月とは大した話もできずに解散した。
帰り際にビー玉袋を掲げて「ありがとね」と言ってくれただけでも儲けもんだろ、と自分を慰める。
1階から2階へ、2階から3階へと階段をのぼっていく。
すると、誰かの話す声が俺の耳に届いた。
父ちゃん:
「──ああ、圭介と一緒に帰るよ」
大谷 圭介:
(父ちゃんだ)
それは、聞き慣れている父ちゃんの声だった。
どうやら部屋から出て、ビルの廊下で電話をしているらしい。
中にはまだ、山ちゃんがいるのだろうか。
父ちゃん:
「……ああ、あと差し入れありがとう」
大谷 圭介:
(相手は母ちゃんか)
さっきの「帰るよ」と今の台詞で、どうやら電話相手は母ちゃんらしいと察した。
声をかけようかな、でもすぐ終わるならちょっと待とうかな、なんて考えて足を止める。
階段に足をかけたまま、壁からひょっこり顔を出す。
そこには案の定、父ちゃんがスマホを持ちながら、ポケットに片手を突っ込んで話していた。
父ちゃん:
「ああ。うん」
父ちゃん:
「……愛してるよ」
大谷 圭介:
「……!!? 」
衝撃の台詞に、俺の頭が停止する。
あ、愛してるよ〜〜〜!!?
ゲロゲロりん。
親の愛の台詞なんて聞きたくねーぜ!
うへぇ、と口から砂を吐きそうになる俺をよそに、父ちゃんはにこにことスマホをしまった。
どうやら会話は終わったらしい。
俺は姿を現した。
大谷 圭介:
「……父ちゃん、イタリア人かよ」
父ちゃん:
「け、圭介!? 」
父ちゃんは突然現れた俺に、びっくりして飛び跳ねた。
うわぁ、父ちゃんの照れてる顔とか、まじ勘弁だぜ……。
父ちゃん:
「き、聞いてたのか?」
大谷 圭介:
「聞こえたんだよ。こんなとこで話してるからだろー」
父ちゃん:
「ははは、まいったな」
大谷 圭介:
「まいるのは、こっちだっつーの」
こちとら傷心しているというのに、うちの両親ときたら……!
でも父ちゃんはやけに嬉しそうに、頭をかいて惚気てくる。
父ちゃん:
「母ちゃんがな、あんまりこっちにつきっきりだから寂しいって。可愛いよなぁ」
大谷 圭介:
「それ、息子に言う?」
父ちゃん:
「まぁまぁ、聞いてくれよ」
父ちゃんは何故だか上機嫌で、俺の肩をがっちりホールドした。
途端に、むぁんと父ちゃんから漂ってきた酒の匂いに、ゲッと声を漏らす。
大谷 圭介:
「父ちゃん酔ってんな!?」
父ちゃん:
「はっはっは、無事に原稿があがったんだ〜! いいだろ少しくらい」
酒に弱いくせに!
酔うと、口数の多くなる父ちゃん。
そんな父ちゃんにまんまと捕まってしまった俺は、逃げ出そうと必死にもがくが大人の力には勝てない。
父ちゃんは何がそんなに楽しいのか、笑いながら語ってくる。
父ちゃん:
「母ちゃんはなぁ、昔はそりゃ、高嶺の花だったんだぞ。経理の美里さんといったら、営業から工場の奴らまで狙っててなぁ」
父ちゃんと母ちゃんは昔、同じ職場で働いていた。
いわゆる中小企業の営業マンだった父ちゃんと、経理事務の母ちゃん。
その馴れ初めは、なんとなくだが聞いたことはあった。
父ちゃん:
「父ちゃんが片想いしてたときなんて、母ちゃん、他のやつと付き合ってたんだぞー! なのにそれを勝ち取った俺! すごいだろー!」
大谷 圭介:
「はぁ……」
大谷 圭介:
「………って父ちゃん、 略奪愛!?」
父ちゃん:
「バカやろ! 真実の愛はこっちにあったのだ!」
がっはっは、と笑う父ちゃん。すっかり出来上がってんな。
まさか父ちゃんから、真実の愛を語られるとは思わなかったが、笑顔の父ちゃんを見ていたら毒気も抜けていく。
だって、本当に嬉しそうに話すんだもんなぁ……。
大谷 圭介:
「………」
大谷 圭介:
「父ちゃんは、さ」
父ちゃん:
「ん?」
大谷 圭介:
「辛くなかったのか? 母ちゃんが他の人を好きだったこと」
その疑問は、今の俺にとっては大きなものだった。
だって、こんなに辛いことじゃないか。
好きな相手が、他のやつを好きだなんて。
片想いだけなら、まだよかった。
何も考えずに、ただ好きでいられた。
でも好きな相手が、違うやつを見ていたら。
俺にとっては、見ることさえ辛くなったんだ。
俯いた俺に父ちゃんは頭をポリポリ掻いて、ただこう告げる。
父ちゃん:
「辛くなかったかって……」
父ちゃん:
「そりゃあやっぱ、辛かったさ」
大谷 圭介:
「!」
父ちゃん:
「でもな」
父ちゃんはまたにこにこと笑った。
母ちゃんを愛してると言った、あの笑顔で。
父ちゃん:
「勝負する前に、諦めたくなかったんだ」
父ちゃんのその言葉に、ささくれていた俺の心がツキンと痛んだ。
◇ 続く ◇




