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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.7 ビー玉恋模様(3)「花火とビー玉」

 望月が、ビー玉の入った袋を掲げて笑う。

 それを見て俺の口元も、自然と緩む。


 もう少しだけ、このままでいたい。

 もう少しだけ……いや、いっそのこと、時間が止まってくれたらいいのに。


 でも、その願いは。


「──あれ? 望月か」


 突然、俺の背後から聞こえた声に打ち消された。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ビー玉恋模様

(3)「花火とビー玉」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 望月 美羽:

「杉野先輩!」


 俺の背後を見て、望月が驚く声をあげた。

 振り返るとそこには、見慣れない男がいた。

 眼鏡をかけ柔和な笑みを浮かべている。身長は、俺よりやや低い。


 杉野先輩:

「偶然……ってわけでもないか。やっぱり皆、来てるんだな」


 杉野先輩と呼ばれた男は、まわりをぐるりと見ながらそう言った。

 先輩ってことは、同じ学校のやつなのか?


 望月 美羽:

「は、はい! でも会えるとは、思いませんでした」


 杉野先輩:

「俺も。さっきまで山口たちといたんだけど、はぐれてさ」


 望月 美羽:

「あ、てことは、ちー先輩も?」


 杉野先輩:

「そ。正解」


 望月 美羽:

「本当、仲良しですねー」


 俺のわからない会話を広げた2人の間にいられなくて、少し体をずらしてしまう。

 望月はそんな俺の動きに気づく様子もなく、目の前の男と楽しそうに会話を続けた。


 大谷 圭介:

(楽しそう……?)


 そうだろうか。


 望月は胸元に手を寄せ、指を組み合わせたり後れ毛を気にしたりと、動きがせわしない。

 まっすぐに男を見ているかと思いきや、時々伏せて視線をさまよわせる。

 そのほっぺは、りんご飴みたいに赤い。

 楽しんでるというよりは、緊張しているように俺には見えた。


 大谷 圭介:

(なんか……)


 大谷 圭介:

(やな感じだ)


 何なんだ、目の前にいるこの望月は。

 敬語なんか使っちゃって、まるで知らない女の子みたいだ。


 そう。

 こんな、もじもじ赤らめる顔なんて、俺は知らない。

 知らないから、苛立つ。

 しかもその顔は、別の男に向けられている。


 大谷 圭介:

「……望月!」


 気がつけば、彼女の名前を呼んでいた。


 望月 美羽:

「え?」


 望月は呼ばれた条件反射のように、こちらを見た───その時。


 ドン!


 夜空に、大輪の花が咲いた。

 それは、祭の最終日に打ち上げられる花火だった。

 始まったんだ。花火の時間が。


 まわりで歓声があがる。

 誰もが、大きな音を立て咲いた花を見上げて、その美しさに目を釘付けにさせた。

 俺も音につられて、見上げた景色に言葉を失う。

 なんて綺麗な夜空なんだろう。



 ドン!

 ドン!

 ドォン!



 立て続けに鳴る花火。

 止まっていた地上の人の動きも、ゆっくり動き始める。


 大谷 圭介:

「………」


 ちらりと望月を見た。

 でも、そこには。


 大谷 圭介:

「……っ! 」


 あの男を見つめる望月がいた。

 男はまだ、花火を見ていて気がついていない。でも、その隙をついて視線を向けるように、望月はまっすぐにそいつを見ていた。


──その視線の意味が、嫌でもわかる。


 望月は男の視線につられるように、また花火へと顔を上げた。


 花火の光が作る極彩色の影が、彼女を包む。

 望月はうっとりと、花火を見上げている。

 下ろしている右手に、ぶらりと俺のあげたビー玉袋がぶら下がった。



「当たりだよ。 だってキレイだもん」



 そう言ってくれたのに。

 今では花火に視線を奪われ、見向きもされないビー玉。


 ああ。あれは、俺だ。

 ビー玉は花火に、勝てやしないんだ。


 大谷 圭介:

「………」


 とたんに、いたたまれなくなる。

 あんなに嬉しかった望月の隣なのに、何とも居心地が悪い。

 俺はそっと離れて、射的をしていた他のみんなに合流した。


 すると、望月の友達の戸田と羽鳥の会話が耳に届いてしまう。


 羽鳥 梢:

「ねぇるり! あれが例の美羽の本命?」


 戸田 るり:

「あ、あの人だよ。園芸部の部長さん!」


 羽鳥 梢:

「へー、真面目そうな人だね」


 戸田 るり:

「美羽が今まで豪語してた、王子様って感じではないよね。美羽にしては珍しい」


 羽鳥 梢:

「それだけ本気ってことじゃないの〜」


 そこで2人してキャアキャアはしゃぐもんだから、俺はそこでの居心地も悪くなっちまった。


 こんなん……こんなんありかよぉ!


 泣きたくなるのをぐっと堪えて、俺は上を向く。

 いつだって、辛いときは空を見上げていれば元気が出た。


 でも、今は。

 大きな花火が夜空を邪魔していて、さらに泣きたくなったんだ。




 ◇ 続く ◇

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