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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.1 片恋消しゴム (3)「中曽根くんの事情」

 小学校を卒業して、

 中学生になった俺ら。


 別に何かが大きく変わったわけじゃない。

 変わったはずじゃない、けど。

 もしかして俺が気づいてないだけ?



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 片恋消しゴム

(3)「中曽根くんの事情」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 大谷 圭介:

「や〜、いい時期になりましたなぁ」


 始業前の朝の時間。

 まだざわめいている教室の中、俺は友人の前の席に座って雑談していた。

 悪友、大谷《おおたに》圭介《けいすけ》が変な顔をしながら、先ほどのセリフを述べた。


 小池 隼人:

「いい時期って?」


 大谷のそばに立っていた小池《こいけ》隼人《はやと》が、首をかしげる。

 そんな小池の肩に腕をまわし、大谷は「はっはっは」と芝居がかって笑う。


 大谷 圭介:

「もちろん、制服だよ制服! 衣替えしたでしょー 」


 大谷が言うとおり、今日から6月。衣替えとなった。

 カブトムシのように真っ黒だった俺たちは、やっとこさ暑い学ランを脱ぎすてることができて大喜び。

 女子も白地の爽やかなセーラー服へと袖を通し、見ていて軽やかそうだ。


 小池 隼人:

「制服がどうかしたの?」


 大谷 圭介:

「もー、これだからお子様だな、隼人は」


 そこで大谷はちょいちょいと俺と小池の顔を近づけさせて、こっそり言う。


 大谷 圭介:

「女子の制服だよ、制服」


 中曽根 悠:

「はぁ? 女子ぃ?」


 大谷 圭介:

「中曽根! 声でかくすんじゃねー! 」


 そんなにさして大きい声じゃなかったのに、大谷は慌てて周りを気にする。

 もちろん、誰も俺らに注目なんてしちゃいないのだが。


 大谷 圭介:

「女子がさ、露出多くなったじゃん! なんかこう、男としてロマンを感じんかねぇ、中曽根くん! 」


 中曽根 悠:

「ロマンねぇ。 別にクラスの女子にどうとかはなぁ…… 」


 小池 隼人:

「てかケイちゃん、親父くさいね!」


 大谷 圭介:

「るせぇ隼人! あとケイちゃんなんて可愛い呼び方するな! 」


 騒がしい大谷と、コロコロ小さくてよく笑う小池は、小学生時代から仲がいい。

 小学校のときは隣のクラスで俺だけ別だったが、同じ町内の少年サッカークラブに入っていた俺ら。

 中学はなんと、奇跡的に三人とも同じクラスとなった。

  もちろん三人とも中学ではサッカー部に入部し、しょっちゅうつるんでいる。

 ちなみに苗字のせいで、大中小トリオと呼ばれている。


 大谷 圭介:

「あらわにされた二の腕に、軽くなったひらめくスカート……」


 大谷のやつがなんか語りだしたぞ、おい。


 大谷 圭介:

「そして背中に透けて見える禁断のブラ……! こりゃあたまりませんなぁ! 」


 小池 隼人:

「ケイちゃん、まじで親父だ……」


 小池のつぶやきに俺も同意するぜ。


 中曽根 悠:

「くっだらね。 そんなんの何がいーんだよ 」


 そう吐き捨てると、大谷はクワッとこちらを見た。


 大谷 圭介:

「お前、それでも男か!」


 中曽根 悠:

「だってさぁ、姉貴がいるから慣れてんだよ。 下着姿で、しょっちゅううろついてるし 」


 大谷 圭介:

「なっ!? その貴重さに感謝しろお前は!! ……羨ましい…… 」


 本音が漏れてるぞ、大谷。

 しかし、そんなに興奮するほどのもんかね? 


 だってクラスの女子なんか、つい最近まで一緒に遊び呆けていたガキンチョじゃないか。

 ちらりと教室内を見渡した俺は、ある人物と目を合わせないように気をつけた。


 中曽根 悠:

(戸田のやつも、夏服着てるな……)


 そんな当たり前のことを確認して、また視線を外す。


 戸田るり。

 小学生時代、ずっと俺と同じクラスで、仲良くしていた女子だ。

 ちょっとのんびりしていて真面目で、女の子らしい女の子。

 でも気さくな性格もあって、男女ともに友人が多い。俺のガサツな姉貴とは、また違うタイプだなと思った。


 そんな戸田と、最近ギクシャクしている。

 理由は戸田にある。

 なんだっていきなり、消しゴムを奪ってブチ切れたんだ。わけわかんねぇ。


 その事実は、最近の俺を苛立たせている。

 ああ、なんかこう、ムシャクシャするな。


 大谷 圭介:

「はぁ、女子とお近づきになりたい」


 小池 隼人:

「僕もケイちゃんも、一人っ子だからねぇ。 悠くんとは違うのさ 」


 いつの間にか小池、大谷の肩を持ってやがる!?


 大谷 圭介:

「最近まで、おまじないを信じてたような子ども女子も、やっぱ制服となると印象が変わるよなぁ」


 小池 隼人:

「ああ、消しゴムとか上靴のおまじないとかね。 流行ってたっぽいね 」


──ん、消しゴム?


 小池が発したある単語に、俺はピクリと反応した。


 中曽根 悠:

「なんだその、消しゴムのおまじないって」


 小池 隼人:

「あれ、悠くん知らない? 消しゴムに好きな人の名前を書くとかいうやつ 」


 中曽根 悠:

「……知らない」


 大谷 圭介:

「まぁ、そんなのやってるようなお子ちゃまは、俺の眼鏡にかなわねぇけどな!」


 小池 隼人:

「ケイちゃんのには、かなわない方がいい気がする」


 大谷 圭介:

「何を! 隼人このやろう!!」


 小池をヘッドロックする大谷。

 そんな二人のじゃれあいを尻目に、俺はふと考え込んでしまった。


 消しゴムのおまじない、か。


 中曽根 悠:

(もしかして……)


 脳裏に浮かぶのは、顔を真っ赤にして、俺から消しゴムを奪い取ったときの戸田の顔。

 困ったような、恥ずかしそうな表情は初めて見た。


 中曽根 悠:

「まさか……な」


 そんな俺のつぶやきは、じゃれ合う二人にも届かずに教室の片隅に消えた。



 ・   ・   ・



 爽やかな初夏の風が、教室に滑り込んできた。


 数学という、中学から新たにスタートした教科の先生は、俺にとって子守唄に聞こえるダミ声を響かせている。


 ああ、これはやばい。

 眠い。


 中曽根 悠:

(ちょっと……ちょっとだけ)


 俺は風の心地よさに負け、こっそりと気配を消して机に突っ伏した。

 腕枕に顔を埋め、目の前に教科書を立たせる。

 黒板に走るチョークの音と、先生のダミ声コンボ。

 これに負けている生徒は、俺だけではないはずだ。


 中曽根 悠:

(風、気持ちいいな)


 緑の薫り含む風を受け止めたくて、窓側に顔を向ける。

 するとそこに、隣の席に座る戸田の横顔があった。


 中曽根 悠:

(戸田のやつ……真面目に授業受けてるな)


 シャープペンシルを走らせる戸田は、俺が見ていることに気づいていない。

 ノートの端っこに例の消しゴムを置いて、ひたすらに前方の黒板を目で追っている。


 中曽根 悠:

(あの消しゴム……どうして奪ったんだろ)


 その答えは、あの消しゴムのケースを外したらわかるのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えた。


 別に、戸田のことが好きってわけじゃない。

 そんなことを考えたこともなかった。


 でも、あんなふうに消しゴムを奪われたのはショックだったし、今こうしてギクシャクしているのも、何だかムカついた。


 そんなことを俺が考えていることも知らずに、戸田は懸命にノート取りを続けている。

 ペンを走らせている手は細い。

 視線を手から腕へと移すと、その腕はセーラー服から伸びている。


 白い腕だな。

 柔らかそうだな。

 なんてぼんやりと思う。


 その白い腕は、短い袖口から伸びている。

 そして。

 その袖口から見えてしまった、白い……──。


 中曽根 悠:

(……!!)



「そして背中に透けて見える禁断のブラ……! こりゃあたまりませんなぁ!」



 な、なんでここで、大谷のエロ台詞が聞こえるんだよ!?


 中曽根 悠:

(ち、違う! たまたま見えちまっただけで!)


 俺は慌てて、逆に顔を向けた。

 それなのに脳裏に、袖口からしっかりと見えてしまった戸田の下着が、チカチカと蘇る。


 戸田 るり:

「?」


 戸田、気づいてないよな?

 てゆーか、油断しすぎだろう!!


 俺の戸田に対する苛立ちは、その一件でますます増えてしまった。




 ◇ 続く ◇

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