↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
PR
29/273

Ep.7 ビー玉恋模様(1)「ひみつの恋愛事情」

 ガサゴソとなるビニール袋。

 その中には、コンビニで買ったお菓子や飲み物、栄養ドリンクなどが入っている。


 母ちゃん:

「これでお父さんたちに、何か買って行ってあげてね」


 そう言って母ちゃんが渡してくれた二千円。

 お釣りは俺の小遣いにしていいとのことで、喜んで引き受けた……が。


 大谷 圭介:

「……お、重い」


 安請け合いした結果、ずしりと重みが両手のひらに食い込む。

 しかも外は炎天下なものだから、帽子をかぶっていても辛いものだった。


 大谷 圭介:

「父ちゃんも、もうちょっと近いアパートを借りればよかったのに」


 自宅から徒歩15分という、中途半端な近さに事務所を借りた父ちゃんに届かない文句を呟く。


 俺の父ちゃんは、プロの漫画家。

 締め切り前ということで、追い込みをかけている父ちゃんのために、差し入れを運んでいる俺はなんて出来た息子なんだと自画自賛する。

 ま、夏休み中だからって、昼間からリビングでごろついてた俺を母ちゃんが追い出した結果なんだけどな。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ビー玉恋模様

(1)「ひみつの恋愛事情」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 ガチャッ。


 合鍵を母ちゃんから借りていた俺は、インターホンも鳴らさずに扉を開けた。


 大谷 圭介:

「父ちゃん、差し入れだぞ〜」


 近所のビル3階にある、父ちゃんの仕事場。

 その一室に足を踏み入れると、雑然とした現場に「ゲッ」と俺は声を漏らした。


 大谷 圭介:

「きったね〜!」


 山ちゃん:

「ああ、圭介くん! ありがとう」


 そう声をかけてきたのは、父ちゃんのアシスタントである山田さんだ。俺は山ちゃんと呼んでいる。


 大谷 圭介:

「山ちゃん、うっす」


 山ちゃん:

「適当に置いといて」


 大谷 圭介:

「ん、飲み物だけ冷蔵庫に入れておくね」


 勝手知ったる父ちゃんの仕事場。

 山ちゃんの机とL字になるように付けられている机で、父ちゃんはかじりつくようにひれ伏してカリカリとペンを走らせていた。

 そしてようやく一息つけたかと思うと、顔を上げ、俺と目を合わせる。


 父ちゃん:

「圭介、ありがとうな!」


 大谷 圭介:

「父ちゃん、クマがひでーよ……」


 弱く笑っている父ちゃんの目の下には、立派なクマ。

 もう三日前から、ここに付きっきりだもんなぁ。

 壁に貼られたカレンダーの赤丸の多さに、俺は溜息をつく。今月は、読み切り漫画も2本追加されたとかで、相当やばいらしい。

 まだデビューして数年の父ちゃんは、アシスタント1人で頑張っている。


 父ちゃん:

「圭介、悪いんだが……」


 大谷 圭介:

「う、やな予感」


 じとっと俺を見てくる父ちゃんに、たじろいぐ。

 案の定、父ちゃんはパシン! と顔の前で両手を合わせると、俺に頭を下げた。


 父ちゃん:

「手伝ってくれ! 消しゴムとベタだけでいいから!」


 大谷 圭介:

「や、やっぱり〜!」


 これだから、修羅場時の仕事場に来るのは嫌だったんだ!

 お釣りに目が眩んだ自分が情けないが、それよりも情けないのは、息子に頭をさげる目の前の父ちゃんである。


 父ちゃん:

「頼む! 今日、担当者が取りに来るから、どうしても上げないといけない原稿があるんだよ〜!」


 大谷 圭介:

「えー、俺、今日は約束があるんだよ」


 今日は夜、姫泣祭という地元では大きな祭りがある。

 それに同じ小学校のメンバーと、行く約束をしていたのだ。

 中学1年生として初めて迎える夏休み。

 クラスがバラバラになったメンバーで行く今日の予定を、俺は楽しみにしていたんだ。


 父ちゃん:

「ああ、祭りだっけか。何時からだ?」


 大谷 圭介:

「待ち合わせは6時だけど……」


 父ちゃん:

「ならあと3時間はあるじゃないか!よし! OKだな!」


 大谷 圭介:

「お、鬼〜〜!」


 ガシリと父ちゃんに肩を捕まえられ、俺は泣く泣く手伝わされる羽目になっちまった。

 とほほ。



 ・   ・   ・



 空いていた予備の椅子に腰を下ろし、渡された原稿に消しゴムをかけていく。

 やっぱり父ちゃんの絵柄は少年漫画と違うな、と思いながら、下書きを消していく。

 こういうのなんて言うんだっけ? 劇画調だっけか?

 青年誌に連載を持つ父ちゃんの絵は、少しだけ見慣れない。


 消しゴムをかけ終えた原稿を1枚、山ちゃんへ渡す。

 そして、次の原稿をおもむろに手に取った。


 大谷 圭介:

(わ、こ……これは!)


 その原稿を見て、びっくりした。

 そこには男女の2人が描かれており、キスシーンから始まり、それ以降の展開まで描かれている。


 大谷 圭介:

(うひゃあ〜、父ちゃんがこれ、描いたのかぁ)


 いわゆる、ベッドシーン。

 もちろん、俺が読む少年漫画にもお色気シーンなんてものはあるが、それとはまた違った大人なムーディーな絵柄と展開に、つい真っ赤になってしまう。


 動きの止まった俺をいぶかしんだのだろう。

 山ちゃんが俺を見て、原稿に気づき笑った。


 山ちゃん:

「ははは。圭介くんには、ちと早かったか」


 大谷 圭介:

「そ、そんなことねーし」


 そんな会話に気づいた父ちゃんも、口を挟んでくる。


 父ちゃん:

「おお、悪いな。その原稿だったか。それは山田くんに頼んでくれ」


 子ども扱いされたような気がして、ムッとする。


 大谷 圭介:

「別に大丈夫だよ!」


 すると父ちゃんはおやおや、とでも言うように笑った。山ちゃんも一緒に笑うもんだから、なんだか余計に悔しいな。


 父ちゃん:

「圭介も、もうお年頃か」


 大谷 圭介:

「うるさいなぁ」


 悪態をついても、父ちゃんは楽しげに会話を止めなかった。


 父ちゃん:

「なんだ圭介、好きな子とかはいないのか」


 大谷 圭介:

「ハァ!?」


 突然の質問につい大声をあげてしまった。

 す、好きな子って……!


 大谷 圭介:

「…………っ」


 とある人物が頭に浮かんで、自分でも顔が赤くなるのがわかった。


 父ちゃん:

「なんだ!? 本当にいるのか!?」


 大谷 圭介:

「う、うるせ〜!うるせー!」


 父ちゃんは黙って仕事しろ!

 そう言い捨てて、俺はまた原稿に取りかかった。


 大人はまったく無神経だ……いやんなるぜ!



 ・   ・   ・



 時間きっかりに父ちゃんの手伝いを終えた俺は、走って待ち合わせ場所に向かった。

 とんだ目にあったけど、買い出しのお釣りと原稿手伝い賃をちゃっかりいただいた俺の懐はホクホクだ。


 待ち合わせ場所である小さな公園に着くと、すでに他のメンバーが待っていた。


 小池 隼人:

「ケイちゃん遅いよ〜」


 大谷 圭介:

「わりーわりー」


 幼馴染みである隼人が、最初に声をかけてきた。

 総勢10人の今回のメンバーは、男女問わず声をかけて集めた同じ小学校のやつらだ。


 大谷 圭介:

「あれ、中曽根は?」


 小池 隼人:

「いるよ。あそこ」


 隼人と俺とトリオを組んでいる友人、中曽根を探す。

 隼人の指差す方へ目を向けると、中曽根はなんと、女子と喋っているじゃないか!

 相手はクラスメイトの戸田るりだ。


 大谷 圭介:

「あいつ、抜け駆けしやがって〜!」


 小池 隼人:

「え、ケイちゃんって戸田さんが好きなの?」


 大谷 圭介:

「馬鹿! そうじゃねーよ!」


 そうじゃねーけど、そうじゃねーけどよぉ。


 俺は、ちらりとある人物に目を向けた。

 戸田るりの近くで、友達と喋り込んでいる女の子。

 そいつも、戸田と同じように可愛らしく浴衣なんて着ているもんだから、まいっちまう。


 望月美羽 。

 小学生の時は、ただの小さい女の子だという認識だった。

 でも今は。

 俺は彼女に、片思いをしている。




 ◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。