Ep.6 君はカムパネルラ(5・終)「銀河鉄道に乗って」
夏の夕暮れが、始まる。
赤から青の世界へ変わる、時の隙間。
私は石階段の上からこちらに向き合う彼に、静かに問いかけた。
羽鳥 梢:
「あなたは……私のお兄ちゃん?」
羽鳥 梢:
「……梢平お兄ちゃんなの?」
暮れゆく西日を背にしている彼の表情は、見えづらい。
でもうっすらと見える薄闇の中、彼の口元が緩んだ気がした。
彼の声が、階段の上から落ちてくる。
梢平:
「……うん」
梢平:
「そうだよ」
そして彼は柔らかく、口元に弧を描いて笑った。
梢平:
「よくわかったね。さすが梢ちゃんだ」
その声はどこか懐かしく、温かいものだった。
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君はカムパネルラ
(5)「銀河鉄道に乗って」
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まるで夢物語だ、と。
現実にはありえないんだ、と。
何度もそう考え、打ち消した。
私が生まれる前に亡くなった、お母さんのお腹の中で死んでしまった私のお兄ちゃん。
ショウヘイ君が、その人だなんて。
私に会いに来てくれただなんて。
そんなの妄想だ、都合のいい解釈だと思っていたのに。
それなのに彼は、あっさりと笑って、認めてくれた。
梢平:
「いつも、君たち家族を見守っていたんだ」
梢平:
「妹である梢ちゃんも芽衣ちゃんも、ずっと見ていた」
彼はゆっくりと、石階段を下りる。
梢平:
「──あの日」
梢平:
「車に轢かれそうになった梢ちゃんを、助けられてよかった。嬉しかった」
私と段差一段を空けて、足を止める。
梢平:
「また会いたくて、図書カードを持ってっちゃった。ごめんね」
謝る彼に、私はかぶりを振った。
私も会えて嬉しかったのだと言いたいのに、胸が詰まって言葉が出ない。
羽鳥 梢:
「……お兄ちゃん……っ」
それしか言えず、喉元を抑える。
何を言えばいいんだろう。
何を伝えればいいのだろう。
戸惑う私に彼は、ただただ優しく笑って、出会った時のように頭を撫でてくれた。
梢平:
「梢ちゃんは、いい子だね」
梢平:
「僕の自慢の妹だよ」
羽鳥 梢:
「──っ」
この声を、私は知っている。
梢ちゃんすごいねぇ!
梢ちゃん上手!
よくできたね、えらいねぇ!
幼いころ、私はとてもよく褒められて育った。
でも、その褒め言葉を誰からもらえたのか、よく覚えていないのだ。
両親は私のことをちゃん付けで呼ばないし、幼稚園の先生のような女性の声でもなかった気がする。
耳元で、囁くように近かったあの声。
その声の正体にようやく気がついて、私の目がにじんでくる。
羽鳥 梢:
(ずっと、見ていてくれたの……?)
羽鳥 梢:
(ずっと優しい声を、かけてくれていたの……?)
何か言いたい。
でも言えない。
そんな私の頭からそっと手を離して、彼は空を見上げた。
梢平:
「──僕、銀河鉄道に乗るんだ」
羽鳥 梢:
「……え?」
梢平:
「もう、行かなくちゃ」
羽鳥 梢:
「──!!」
その言葉の意味を、理解して。
私は思わず、彼の腕を掴んだ。
羽鳥 梢:
「いや! 行かないで!」
せっかく……せっかく会えたのに!
すぐ近くに、お母さんたちもいるのに!
でも、彼は静かに顔を横に振って、私の手に手を添える。
梢平:
「乗らなくちゃいけないんだ」
梢平:
「それに僕、楽しみなんだよ。あの憧れの銀河鉄道に乗れるんだ」
羽鳥 梢:
「………っ」
その言葉と同時に、彼の体が灯火のように明るくなり始める。
それは、さながら蛍火のように淡く。
どこか寂しげで、綺麗な光。
羽鳥 梢:
「嫌……行っちゃやだよ」
梢平:
「泣かないで、梢ちゃん」
彼は、私の頭を撫でようとする。
でもその手はもう私に触れられず、霞のようにすり抜けた。
それを見て、彼は少し寂しそうに笑い、鼻をこする。
梢平:
「……今日、姫泣川を見ててね」
羽鳥 梢:
「……え?」
梢平:
「僕はそこにいる」
梢平:
「あと、あそこにも」
彼はそう言って空を指差し。
梢平:
「ここにも」
私の頭を撫でるそぶりをした。
羽鳥 梢:
「……梢平…お兄ちゃん……っ」
彼の体は、どんどん薄く透けていく。
光を得る代償のように、その形を失っていく。
梢平:
「梢ちゃん」
梢平:
「さようなら」
羽鳥 梢:
「───待って…!」
瞬間。
突風が、階段下から吹き上がる。
羽鳥 梢:
「!」
舞い上がる葉っぱと砂に思わず目をつぶり、腕で瞳をかばう。
その遠吠えのような突風の音の中、私には聞こえた。
優しい声が。
さようなら
それはきっと、今までで1番優しくて、悲しい言葉。
目を開ければ、そこにはもう誰もいなかった。
・ ・ ・
河川敷に戻り、両親と芽衣と合流をした。
すっかり暗くなったその景色の中で、灯された灯篭だけが、ただただ綺麗だった。
お母さん:
「遅かったわね、梢」
羽鳥 梢:
「……ごめん」
まだ、涙は残っていないだろうか。
この闇は、うまく私の表情を隠してくれているだろうか。
そんなことを気にして、お母さんに近づいた。
お母さん:
「これ、梢の分よ」
そう言ってお母さんが渡してくれたのは、火が灯された小さな灯篭だった。
和紙の円筒に包まれたそれは、幻想的な灯りをもってまわりに影を落とす。
お母さん:
「芽衣は今、お父さんと一緒に流しているわ」
そう言われて川の方へ目をやれば、芽衣が無邪気に川に灯篭を放しているところだった。
後ろでお父さんがしゃがみこんで寄り添い、芽衣を優しく見つめている。
そんなお父さんに、梢平お兄ちゃんの姿がかぶり、胸がまたぎゅっと痛くなる。
お母さん:
「……灯篭にはね、死者の魂が宿っているの」
羽鳥 梢:
「……え?」
お母さんは、自分の灯篭を足元から持ち上げると、私の背中を押した。
一緒に川へ近づこうと、優しく促している。
お母さん:
「灯火に死者の魂を乗せて、川に流して天に還る。……まるで、銀河鉄道ね」
羽鳥 梢:
「……」
お兄ちゃんは、銀河鉄道に乗ると言っていた。
そして、姫泣川にいると言った。
ふと、灯篭を流していく川の下流へと目をやる。
そこにはただ、光の群衆が散りばめられていた。
星々のように、流れていく光。
死者の魂を乗せた灯火が、川を流れていく。
羽鳥 梢:
(……綺麗……)
その川には、夜空が映っていて。
まるで、夜空に灯火が昇っていくようだった。
私はお母さんと一緒に、灯篭を放った。
それはゆっくりと進んでいき、ある場所で流れに乗ると、まっすぐに光の群衆へと溶けていく。
ああ、灯火が、空に還っていく。
羽鳥 梢:
(……さようなら。梢平お兄ちゃん)
今まで優しく見守ってくれていた、もう1人の家族。
優しい存在がたしかにいたのだと、私は天を仰ぎ見た。
そうして、しばらく灯籠流しを見ていた私たちは、川を離れることにした。
お父さん:
「さて、では出店の方にでも行きますか」
羽鳥 梢:
「うん!」
少しだけ元気を取り戻した私は、お父さんに大きな返事をした。
お母さん:
「芽衣、行くわよー」
少し離れた場所で、お母さんはさらに離れている芽衣を呼んでいる。
芽衣はまだ灯篭を眺めて、川辺にしゃがみこんでいた。
お母さん:
「芽衣ー?」
芽衣:
「うん、今行くー!」
芽衣はようやくこちらに振り返り、立ち上がって走り始める。
小走りに私たちに近づき、しかし途中で振り返り手を振った。
芽衣:
「バイバーイ!」
お父さん:
「? 誰に手を振っているんだ?」
私の隣で、お父さんが呟く。
でも私には、芽衣が誰に手を振っているのか、何となくわかったんだ。
ねえ芽衣。
あなたもきっと、優しいあの声を聞いていたんでしょう?
羽鳥 梢:
「さあ? 知り合いでもいたのかな」
芽衣とお母さんが手をつなぎ、こちらへ来る。
私は久しぶりに、お父さんの腕に手を絡めて甘えん坊になった。
4人揃って歩き始めた私たちの頭上では、星々が遠くで静かに煌めいている。
ねえ梢平お兄ちゃん。
私には見えるよ。
銀河鉄道に乗って、窓からこちらを見下ろして微笑む、お兄ちゃんの表情が。
君は、カムパネルラのように優しい人だったね。
いつかこの物語を、両親に話してあげたい。
私とお兄ちゃんの、銀河鉄道のお話を。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




