Ep.6 君はカムパネルラ(4) 「君は私の」
夏の日暮れは遅い。
両親と芽衣、家族総出で、姫泣祭へ出かけた。
慣れない浴衣と下駄のせいで歩みは遅く、1人で後ろを歩く。
芽衣は、まだピコピコと鳴るサンダルを履いているから、無邪気にはしゃいでお父さんとお母さんを独占している。
前を歩く3人の背中を眺めながら、左側にある姫泣川を、舗装道路から見下ろした。
そこではテントの前にずらりと、灯篭が並べられている。
日没。
この灯篭は火を灯され、姫泣川へ流されるのだ。
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君はカムパネルラ(4)
「君は私の」
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芽衣:
「お姉ちゃん、おそーい!」
芽衣がこちらを振り返り、私を呼んだ。
両親も振り返って、こちらを見る。
羽鳥 梢:
「ごめんごめん。下駄って慣れなくて」
お父さん:
「いいんだよ、ゆっくりおいで」
お父さんは優しくそう言ってくれた。
お母さんは私に微笑む。
辺りは私たちと同じように、姫泣祭へと向かう人たちであふれていた。
特に、初日である今日は灯篭流し目当てで来る人が多い。
私たちもその中に紛れ、離れないように固まった。
私の視界には人、人、人。
羽鳥 梢:
(この町って、こんなに人がいたんだ……)
なんて、ぼんやり思う。
ふと視線をそらしても、人の姿にぶつかるだけ。
でもその中で、私は思いがけない人物を見つけた。
羽鳥 梢:
(え……)
人と人の隙間。
十メートルほど離れたその中で。
彼の姿が、見えたのだ。
羽鳥 梢:
(ショウヘイくん……!?)
間違いない。
一瞬見えた彼と私は、目が合った。
でも彼はなぜか背中を向け、逃げるように向こう側へ走り出す。
羽鳥 梢:
「ま……」
羽鳥 梢:
「待って!」
突然叫んだ私に、他の3人がびっくりした。
お母さん:
「どうしたの、梢?」
お母さんがキョトンと、こちらを見る。
私は「えっと……」と口ごもりながらも、意を決してお母さんに告げた。
羽鳥 梢:
「友達が向こうにいたの! ごめん、ちょっと……行ってきていい?」
お母さん:
「え……いいけど、すぐに戻ってくるのよ?」
羽鳥 梢:
「うん!」
返事もそこそこに、彼が消えた方へ、人波をかき分けて走り出した。
向こうに小さくなっていくショウヘイくんの背中。
それを必死に追いかけた。
羽鳥 梢:
「待って、ショウヘイくん!」
呼んでいるのに、彼は止まらない。
私が追いかけていることは確実に気づいているはずなのに、その走りを止めてくれないのだ。
羽鳥 梢:
(どこへ行くの……?)
追いかけるうちに、気がつく。
こっちは祭りのメインである姫泣神社でなく、小さな神社のある方だ。
石階段の上にある、小さな神社。
どんな名前だったかも忘れてしまったが、ほとんど人の集まらない場所だ。
特に今日なんて、みんなは姫泣神社の方へ行くのだから、こちらに人けはない。
ショウヘイくんは石階段を上り始める。
私は息を上げながら、その背中に言葉をかけた。
羽鳥 梢:
「ねえ待ってよ、ショウヘイくん!」
でも、彼の足は止まらない。
羽鳥 梢:
「待って……」
止まらない。
羽鳥 梢:
「ショウヘイくん……」
待って……。
待って……!
羽鳥 梢:
「お願い……」
羽鳥 梢:
「………っ」
羽鳥 梢:
「 ──待って! お兄ちゃん!」
私の叫びが、空気を引き裂く。
彼はついに足を止め、石階段の途中で立ち止まった。
左足を階段にかけたまま、こちらに振り返る。
夕暮れ時。
薄闇が辺りを包むものだから、振り返ったその顔は、はっきりとは見えなかった。
ショウヘイくん:
「……梢ちゃん……」
彼は小さく呟いた。
静かに体をこちらに向け、階下で見上げる私に向き合う。
なぜか、胸がぎゅうっと痛くて痛くて、仕方がなかった。
それは、走ったせいなのか。
それとも、夢物語のような話をたしかめようとしているせいなのか。
震える唇で、言葉を続けた。
羽鳥 梢:
「…………あなたは」
羽鳥 梢:
「………私の、お兄ちゃん?」
羽鳥 梢:
「……ショウヘイお兄ちゃん……なの?」
声まで震えた。
私、何バカなこと、言っているんだろう。
でもどうしても、その考えが頭から離れなかった。
今日出かける前。
お母さんからあの話を聞いた、その時から。
・ ・ ・
お母さん:
「これはね、へその緒」
押入れの中から、雪崩のように散らかしてしまった物たち。
その中に私は、1つ気になる物を見つけた。
それを手に取り見つめていると、お母さんは近づいてそう言った。
羽鳥 梢:
「へその緒……」
お母さん:
「そ。赤ちゃんとお母さんをつなぐ、大事な体の一部よ」
へその緒くらい、私だって知っている。
お腹の中の赤ちゃんが、お母さんから栄養をもらうために、おへそから出ている帯のようなものだ。
それは生まれた後に、切り取られ、大切に木箱にしまわれる。
でも私が気になったのはそんなことじゃない。
その木箱に書いてある、名前のことだった。
羽鳥 梢:
「……この名前、なんて読むの?」
お母さん:
「……」
お母さん:
「……ショウヘイ、よ」
お母さんは、今までに見たことのない表情になった。
いつも、太陽みたいなキラキラしているお母さん。
そんなお母さんが、そっと優しくその木箱を私の手からから拾う。
慈しむように、両手で木箱を包み込む。
そして優しく、お母さんは語りかけるように話をしてくれた。
お母さん:
「あなたにはね、お兄ちゃんがいたの」
お母さん:
「でも、そのお兄ちゃんは生まれる直前に、お腹の中で死んでしまって」
お母さん:
「……名前も決まっていて、あとは無事に生まれるだけだったのに」
お母さん:
「……悲しかったなぁ」
そっと、木箱の名前をなぞる。
お母さん:
「でも、この子もお腹の中では生きてたんだって。その証拠を残したくて、へその緒だけもらったのよ」
木箱に書かれた 「梢平」の文字。
あなたの名前は、お兄ちゃんから一文字もらったのよ、と。
お母さんは小さく微笑んだ。
◇ 続く ◇




