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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.6 君はカムパネルラ(4) 「君は私の」

 夏の日暮れは遅い。

 両親と芽衣、家族総出で、姫泣祭へ出かけた。


 慣れない浴衣と下駄のせいで歩みは遅く、1人で後ろを歩く。

 芽衣がまだピコピコと鳴るサンダルを履いているから、見失うことはない。無邪気にはしゃいで、お父さんとお母さんを独占している。

 前を歩く3人の背中を眺めながら、左側にある姫泣川を、舗装道路から見下ろした。

 そこではテントの前にずらりと、灯篭が並べられている。


 日没。

 この灯篭は火を灯され、姫泣川へ流されるのだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君はカムパネルラ(4)

  「君は私の」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 芽衣:

「お姉ちゃん、おそーい!」


 芽衣がこちらを振り返り、私を呼んだ。

 両親も振り返って、こちらを見る。


 羽鳥 梢:

「ごめんごめん。下駄って慣れなくて」


 お父さん:

「いいんだよ、ゆっくりおいで」


 お父さんは優しくそう言ってくれた。

 お母さんは私に微笑む。

 辺りは私たちと同じように、姫泣祭へと向かう人たちであふれていた。


 特に、初日である今日は灯篭流し目当てで来る人が多い。

 私たちもその中に紛れ、離れないように固まった。

 私の視界には人、人、人。


 羽鳥 梢:

(この町って、こんなに人がいたんだ……)


 なんて、ぼんやり思う。

 ふと視線をそらしても、人の姿にぶつかるだけ。

 でもその中で、私は思いがけない人物を見つけた。


 羽鳥 梢:

(え……)


 人と人の隙間。

 十メートルほど離れたその中で。

 彼の姿が、見えたのだ。


 羽鳥 梢:

(ショウヘイくん……!?)


 間違いない。

 一瞬見えた彼と私は、目が合った。

 でも彼はなぜか背中を向け、逃げるように向こう側へ走り出す。


 羽鳥 梢:

「ま……」


 羽鳥 梢:

「待って!」


 突然叫んだ私に、他の3人がびっくりした。


 お母さん:

「どうしたの、梢?」


 お母さんがキョトンと、こちらを見る。

 私は「えっと……」と口ごもりながらも、意を決してお母さんに告げた。


 羽鳥 梢:

「友達が向こうにいたの! ごめん、ちょっと……行ってきていい?」


 お母さん:

「え……いいけど、すぐに戻ってくるのよ?」


 羽鳥 梢:

「うん!」


 返事もそこそこに、彼が消えた方へ、人波をかき分けて走り出した。

 向こうに小さくなっていくショウヘイくんの背中。

 それを必死に追いかけた。


 羽鳥 梢:

「待って、ショウヘイくん!」


 呼んでいるのに、彼は止まらない。

 私が追いかけていることは確実に気づいているはずなのに、その走りを止めてくれないのだ。


 羽鳥 梢:

(どこへ行くの……?)


 追いかけるうちに、気がつく。

 こっちは祭りのメインである姫泣神社でなく、小さな神社のある方だ。


 石階段の上にある、小さな神社。

 どんな名前だったかも忘れてしまったが、ほとんど人の集まらない場所だ。

 特に今日なんて、みんなは姫泣神社の方へ行くのだから、こちらに人けはない。


 ショウヘイくんは石階段を上り始める。

 私は息を上げながら、その背中に言葉をかけた。


 羽鳥 梢:

「ねえ待ってよ、ショウヘイくん!」


 でも、彼の足は止まらない。


 羽鳥 梢:

「待って……」


 止まらない。


 羽鳥 梢:

「ショウヘイくん……」


 待って……。


 待って……!


 羽鳥 梢:

「お願い……」


 羽鳥 梢:

「………っ」


 羽鳥 梢:

「 ──待って! お兄ちゃん!」


 私の叫びが、空気を引き裂く。

 彼はついに足を止め、石階段の途中で立ち止まった。

 左足を階段にかけたまま、こちらに振り返る。


 夕暮れ時。

 薄闇が辺りを包むものだから、振り返ったその顔は、はっきりとは見えなかった。


 ショウヘイくん:

「……梢ちゃん……」


 彼は小さく呟いた。

 静かに体をこちらに向け、階下で見上げる私に向き合う。


 なぜか、胸がぎゅうっと痛くて痛くて、仕方がなかった。

 それは、走ったせいなのか。

 それとも、夢物語のような話をたしかめようとしているせいなのか。


 震える唇で、言葉を続けた。


 羽鳥 梢:

「…………あなたは」


 羽鳥 梢:

「………私の、お兄ちゃん?」


 羽鳥 梢:

「……ショウヘイお兄ちゃん……なの?」


 声まで震えた。


 私、何バカなこと、言っているんだろう。

 でもどうしても、その考えが頭から離れなかった。


 今日出かける前。

 お母さんからあの話を聞いた、その時から。



 ・   ・   ・



 お母さん:

「これはね、へその緒」


 押入れの中から、雪崩のように散らかしてしまった物たち。

 その中に私は、1つ気になる物を見つけた。

 それを手に取り見つめていると、お母さんは近づいてそう言った。


 羽鳥 梢:

「へその緒……」


 お母さん:

「そ。赤ちゃんとお母さんをつなぐ、大事な体の一部よ」


 へその緒くらい、私だって知っている。

 お腹の中の赤ちゃんが、お母さんから栄養をもらうために、おへそから出ている帯のようなものだ。

 それは生まれた後に、切り取られ、大切に木箱にしまわれる。


 でも私が気になったのはそんなことじゃない。

 その木箱に書いてある、名前のことだった。


 羽鳥 梢:

「……この名前、なんて読むの?」


 お母さん:

「……」


 お母さん:

「……ショウヘイ、よ」


 お母さんは、今までに見たことのない表情になった。

 いつも、太陽みたいにキラキラしているお母さん。

 そんなお母さんが、そっと優しくその木箱を私の手から拾う。

 慈しむように、両手で木箱を包み込む。

 そして優しく、お母さんは語りかけるように話をしてくれた。


 お母さん:

「あなたにはね、お兄ちゃんがいたの」


 お母さん:

「でも、そのお兄ちゃんは生まれる直前に、お腹の中で死んでしまって」


 お母さん:

「……名前も決まっていて、あとは無事に生まれるだけだったのに」


 お母さん:

「……悲しかったなぁ」


 そっと、木箱の名前をなぞる。


 お母さん:

「でも、この子もお腹の中では生きてたんだって。その証拠を残したくて、へその緒だけもらったのよ」


 木箱に書かれた 「梢平」の文字。

 あなたの名前は、お兄ちゃんから一文字もらったのよ、と。

 お母さんは小さく微笑んだ。




 ◇ 続く ◇

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