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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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番外編その4 Oh,ヒーロー!〈大谷恭司side〉とある夏

 喫茶店グラーチェ。

 最近リニューアルオープンした行きつけのそこで、俺は担当編集部の八代《やしろ》さんから言い渡された。


 八代:

「先生!」


 八代:

「少年月刊誌『ヤンステ』の枠──入りませんか!」


 ヤングステップ、略してヤンステは、俺が契約している出版社の少年月刊誌だ。

 漫画雑誌の売上低迷が嘆かれている昨今、まだ返り咲こうと励み、昔ながらの熱い少年漫画を届けている。


 大谷 恭司:

「……ま……」


 大谷 恭司:

「マジっすか!!」


 俺の名前は大谷恭司(きょうじ)。

 上には中3になる息子がいる二児の父親のくせに、第一声はそれであった。

 目の前の八代さんはひとまわりも年下の若い笑顔で、にっかり歯を見せ笑う。


 八代:

「マジっす!!」



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 番外編その4 Oh,ヒーロー!

 〈大谷恭司side〉とある夏


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 スキップしそうなくらい、嬉しい話だった。

 今は青年誌で、ある殺し屋の話を連載している俺だが、もともと漫画を書き始めたきっかけは熱い少年漫画である。


 正義の鉄槌、仲間との絆、魅力的な悪役──それらのどれもが、幼き頃の俺を魅了してやまなかった。

 今描いているものだってもちろん、ヒューマンドラマに重きを置いたハードボイルドで好きなジャンルではあるが、少年漫画は別格である。


 舞い込んできた、少年月刊誌への読み切り枠。

 繫いでくれた八代さんに、頭が上がらないな。


 大谷 恭司:

(さて、主人公はどうするかなぁ)


 少年漫画の鉄板といえば、スポーツ漫画だ。

 息子の圭介が、ちょうど中学のサッカー部長をしているので、サッカーを題材としたものを考えた。


 今は、青葉中学へ向かっている途中。

 取材協力に、顧問の坂本先生が快く承諾してくれてよかった。

 彼はいくつかのスポーツ経験があるとか聞いたし、彼に話を聞いて、主人公のモデルにしてもいいかもなぁ。


 大谷 恭司:

(サッカーとかバスケとか、チームプレイ系のは少年漫画で人気あるもんなぁ)


 大谷 恭司:

(でも……)


 大谷 恭司:

(孤高のヒーローてのも、好きなんだよなぁ)


 アゴをさすりながら表通りを歩く。

 平日の今日は、人通りも少なく歩きやすい。

 買い物に向かう奥様や学校帰りの学生たちが歩いていた。


 ──その時。


 ?:

「だ、誰かー! そいつを捕まえてくれー!」


 大谷 恭司:

「!?」


 大谷 恭司:

「へ?」


 大声で振り返れば、イノシシのようにこちらに走ってくる若い男がいた。

 が、キャップ帽にマスクで、素顔がわかりにくい。その手には、似つかわしくない黒のセカンドバッグ。


 あきらかに、男の向こう側で手を伸ばし倒れている、老人男性からのひったくりだった。


 大谷 恭司:

(ど……どどど、どうしよう!?)


 趣味が漫画だった俺に、武力などない。

 だが、無駄に縦に伸びたタッパならある。


 大谷 恭司:

(こ……ここは)


 大谷 恭司:

(俺がせき止める!!)


 かかしのように両手を広げて、走ってくる男と対峙した──そんな俺の肩に。


 男:

「どいておっさん」


 大谷 恭司:

「!?」


 俺の肩を押しのけ、前に立った男。

 紺色のブレザーを身にまとい、学生らしきそいつは、俺に負けず劣らずのタッパと図体でカバンを放り投げた。


 ドサッ、とカバンが、地面に落ちると同時に。


 男:

「──っは!」


 向かってきていた、ひったくり犯の襟ぐりをつかみ。


 男:

「フンッ!」


 ブワッ!


 と足払いされたひったくり犯が、宙を舞う。

 華麗なる一本背負い。

 まるでスローモーションのようにひったくり犯は孤を描き──


 ドンッ!!


 と、地に背を打ち付けた。


 ひったくり犯:

「ぐはぁっ!」


 男:

「──あ、やべぇ」


 制服の男は小さく何かをつぶやき、ひったくり犯の手から逃れたセカンドバッグを拾う。

 そこに遅れてやってきた老人男性が、笑顔で近づく。


 老人男性:

「あ、ありがとう、本当にありがとう!」


 自分より半世紀以上は若い男に向けて、ペコペコと頭を下げている。

 その間に、ひったくり犯はヨロヨロとどこかへ慌てて逃げていった。


 本来ならば、そのひったくり犯を捕まえるなりして警察に突き出すことが、俺の市民としての務めであったろう。


 しかし、俺の目には。


 老人男性:

「あの、君の名前は? 学校は──」


 男:

「……フッ」


 男:

「名乗るほどのもんでも──ねぇよ」


 言いながら老人男性に背を向け、自分のカバンを拾い乱雑に担ぐ男。


 それを見て。


 大谷 恭司:

「!!!」


 俺の脳内に、ドドーン! と衝撃が走る。


 こ、これは……!


 大谷 恭司:

(これが……)


 大谷 恭司:

(これこそが、俺の求めていたヒーロー像だぁ!!)


 この衝撃を俺は知っている。

 今、青年誌で連載している『殺し屋の流儀』の主人公を思いついたときのそれと同じである。


 震える俺。

 横を通り過ぎようとする男の制服を、むんずっと掴んだ。


 大谷 恭司:

「ちょっと待ったぁ! そこの少年!!」


 男:

「!?」


 驚いて振り返った男は、まだ若い。

 決してハンサムとは言い難い素朴な日本人顔であったが、そこがまた孤高のヒーローらしさを滲ませている。

 俺は彼の肩に、両手を置き詰めよった。


 大谷 恭司:

「今時間ある!? ちょっと話を……あ、お茶でもしないかな!?」


 男:

「……はぁ!?」


 まるで、一昔前の下手なナンパ師のセリフである。

 しかし、理想のヒーローを見つけた俺の興奮は冷めない。


 大谷 恭司:

「ぜひ、君の武勇伝や強さの秘訣を教えてほしい! そこの喫茶店でお茶でも……あ、メモ帳あったかな。いやスマホでやれば……」


 わたわたとポケットをまさぐっていたら。

 ピリリ! とスマホが着信を告げる。

 スマホを持っていた俺は、つい受話ボタンを押してしまって、こんな時なのに電話に出るはめになる。


 大谷 圭介:

「あ、父ちゃん、今どこ?」


 息子の圭介だった。


 大谷 恭司:

「何だ圭介! 今は忙しいんだ!」


 大谷 圭介:

「いや、父ちゃんが来るの、坂本先生に待っててもらってんだけど……」


 大谷 恭司:

「そんなのはどうでもいいんだ!!」


 大谷 恭司:

「坂本先生に伝えてくれ……! あなた以上の理想の人に出会ってしまったと……!!」


 大谷 圭介:

「はぁぁ!?」


 大谷 圭介:

「ちょ、父ちゃん、何言っ──」


 そこで俺は電話を切る。

 だが、すでに時遅し。

 俺のヒーローは、遙か遠くにとんずらを決め込んでいた。


 大谷 恭司:

「まっ……」


 大谷 恭司:

「待ってくれー!」


 大谷 恭司:

「カムバーック! マイヒーロー!」



 ・   ・   ・



 おっさん:

「カムバーック! マイヒーロー!」


 気色悪いおっさんの声が、背後の遠くから聞こえる。

 何なんだありゃあ!

 キモいんですけど!!


 松宮陸、高校2年生。

 ナンパ経験はないのに、ナンパされた経験ができちまったよ、こんちきしょう!

 女からの逆ナンでもねぇし!


 松宮 陸:

(にしても、やばかった)


 松宮 陸:

(外で柔道技使ったなんてバレたら、先生に殺される)


 今度の大会では、副将を務める俺。

 今日のことが柔道部顧問にバレたら、問題になっちまう。

 つい条件反射でやっちまったが、気をつけないとな。


 松宮 陸:

「あーあ、見てくれたのが、美少女とかだったらよかったのになぁ」


 つい独りごちる。

 おっさんに見初められても、何にも嬉しくはねぇ。


 松宮 陸:

(気分転換に、コンビニで漫画でも買ってくか)


 ふらりと涼しいコンビニに入店する。

 今日は月刊ヤンステの発売日だ。

 中学からはまりだしたそれを月1で読むことが、今の俺の小さな楽しみである。

 ウェブでも漫画は読めるけど、毎月ページをめくる楽しみは紙でしか味わえないしな。あと、巻頭のグラビアは欠かせませんぜ。


 いつぞや妹の茜に、冷めた目で見られたことが脳裏に掠めもしたが、兄貴として男とはこういうものだと教えてやらにゃならん。

 兄ちゃんだって辛いんだぜ!

 あえて妹のために、男の流儀を教えてやってんだぜ!


 そうして俺は、漫画コーナーに立ち、目当ての雑誌を手にした。


 松宮 陸:

(新連載は、野球ものかぁ)


 松宮 陸:

(まぁ王道っちゃ王道だけど、たまには孤独でも強いヒーローなんてスポーツ漫画も、読みたいね)


 そう、例えば俺みたいなね。


 ──なんて、彼女いない歴イコール年齢の柔道少年である俺は、思ったのだった。




 ◇ 終わり ◇

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