番外編その4 Oh,ヒーロー!〈大谷恭司side〉とある夏
喫茶店グラーチェ。
最近リニューアルオープンした行きつけのそこで、俺は担当編集部の八代さんから言い渡された。
八代:
「先生!」
八代:
「少年月刊誌『ヤンステ』の枠──入りませんか!」
ヤングステップ、略してヤンステは、俺が契約している出版社の少年月刊誌だ。
漫画雑誌の売上低迷が嘆かれている昨今、まだ返り咲こうと励み、昔ながらの熱い少年漫画を届けている。
大谷 恭司:
「……ま……」
大谷 恭司:
「マジっすか!!」
俺の名前は大谷恭司。
上には中3になる息子がいる二児の父親のくせに、第一声はそれであった。
目の前の八代さんはひとまわりも年下の若い笑顔で、にっかり歯を見せ笑う。
八代:
「マジっす!!」
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番外編その4 Oh,ヒーロー!
〈大谷恭司side〉とある夏
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スキップしそうなくらい、嬉しい話だった。
今は青年誌で、ある殺し屋の話を連載している俺だが、もともと漫画を書き始めたきっかけは熱い少年漫画である。
正義の鉄槌、仲間との絆、魅力的な悪役──それらのどれもが、幼き頃の俺を魅了してやまなかった。
今描いているものだってもちろん、ヒューマンドラマに重きを置いたハードボイルドで好きなジャンルではあるが、少年漫画は別格である。
舞い込んできた、少年月刊誌への読み切り枠。
繫いでくれた八代さんに、頭が上がらないな。
大谷 恭司:
(さて、主人公はどうするかなぁ)
少年漫画の鉄板といえば、スポーツ漫画だ。
息子の圭介が、ちょうど中学のサッカー部長をしているので、サッカーを題材としたものを考えた。
今は、青葉中学へ向かっている途中。
取材協力に、顧問の坂本先生が快く承諾してくれてよかった。
彼はいくつかのスポーツ経験があるとか聞いたし、彼に話を聞いて、主人公のモデルにしてもいいかもなぁ。
大谷 恭司:
(サッカーとかバスケとか、チームプレイ系のは少年漫画で人気あるもんなぁ)
大谷 恭司:
(でも……)
大谷 恭司:
(孤高のヒーローてのも、好きなんだよなぁ)
アゴをさすりながら表通りを歩く。
平日の今日は、人通りも少なく歩きやすい。
買い物に向かう奥様や学校帰りの学生たちが歩いていた。
──その時。
?:
「だ、誰かー! そいつを捕まえてくれー!」
大谷 恭司:
「!?」
大谷 恭司:
「へ?」
大声で振り返れば、イノシシのようにこちらに走ってくる若い男がいた。
が、キャップ帽にマスクで、素顔がわかりにくい。その手には、似つかわしくない黒のセカンドバッグ。
あきらかに、男の向こう側で手を伸ばし倒れている、老人男性からのひったくりだった。
大谷 恭司:
(ど……どどど、どうしよう!?)
趣味が漫画だった俺に、武力などない。
だが、無駄に縦に伸びたタッパならある。
大谷 恭司:
(こ……ここは)
大谷 恭司:
(俺がせき止める!!)
かかしのように両手を広げて、走ってくる男と対峙した──そんな俺の肩に。
男:
「どいておっさん」
大谷 恭司:
「!?」
俺の肩を押しのけ、前に立った男。
紺色のブレザーを身にまとい、学生らしきそいつは、俺に負けず劣らずのタッパと図体でカバンを放り投げた。
ドサッ、とカバンが、地面に落ちると同時に。
男:
「──っは!」
向かってきていた、ひったくり犯の襟ぐりをつかみ。
男:
「フンッ!」
ブワッ!
と足払いされたひったくり犯が、宙を舞う。
華麗なる一本背負い。
まるでスローモーションのようにひったくり犯は孤を描き──
ドンッ!!
と、地に背を打ち付けた。
ひったくり犯:
「ぐはぁっ!」
男:
「──あ、やべぇ」
制服の男は小さく何かをつぶやき、ひったくり犯の手から逃れたセカンドバッグを拾う。
そこに遅れてやってきた老人男性が、笑顔で近づく。
老人男性:
「あ、ありがとう、本当にありがとう!」
自分より半世紀以上は若い男に向けて、ペコペコと頭を下げている。
その間に、ひったくり犯はヨロヨロとどこかへ慌てて逃げていった。
本来ならば、そのひったくり犯を捕まえるなりして警察に突き出すことが、俺の市民としての務めであったろう。
しかし、俺の目には。
老人男性:
「あの、君の名前は? 学校は──」
男:
「……フッ」
男:
「名乗るほどのもんでも──ねぇよ」
言いながら老人男性に背を向け、自分のカバンを拾い乱雑に担ぐ男。
それを見て。
大谷 恭司:
「!!!」
俺の脳内に、ドドーン! と衝撃が走る。
こ、これは……!
大谷 恭司:
(これが……)
大谷 恭司:
(これこそが、俺の求めていたヒーロー像だぁ!!)
この衝撃を俺は知っている。
今、青年誌で連載している『殺し屋の流儀』の主人公を思いついたときのそれと同じである。
震える俺。
横を通り過ぎようとする男の制服を、むんずっと掴んだ。
大谷 恭司:
「ちょっと待ったぁ! そこの少年!!」
男:
「!?」
驚いて振り返った男は、まだ若い。
決してハンサムとは言い難い素朴な日本人顔であったが、そこがまた孤高のヒーローらしさを滲ませている。
俺は彼の肩に、両手を置き詰めよった。
大谷 恭司:
「今時間ある!? ちょっと話を……あ、お茶でもしないかな!?」
男:
「……はぁ!?」
まるで、一昔前の下手なナンパ師のセリフである。
しかし、理想のヒーローを見つけた俺の興奮は冷めない。
大谷 恭司:
「ぜひ、君の武勇伝や強さの秘訣を教えてほしい! そこの喫茶店でお茶でも……あ、メモ帳あったかな。いやスマホでやれば……」
わたわたとポケットをまさぐっていたら。
ピリリ! とスマホが着信を告げる。
スマホを持っていた俺は、つい受話ボタンを押してしまって、こんな時なのに電話に出るはめになる。
大谷 圭介:
「あ、父ちゃん、今どこ?」
息子の圭介だった。
大谷 恭司:
「何だ圭介! 今は忙しいんだ!」
大谷 圭介:
「いや、父ちゃんが来るの、坂本先生に待っててもらってんだけど……」
大谷 恭司:
「そんなのはどうでもいいんだ!!」
大谷 恭司:
「坂本先生に伝えてくれ……! あなた以上の理想の人に出会ってしまったと……!!」
大谷 圭介:
「はぁぁ!?」
大谷 圭介:
「ちょ、父ちゃん、何言っ──」
そこで俺は電話を切る。
だが、すでに時遅し。
俺のヒーローは、遙か遠くにとんずらを決め込んでいた。
大谷 恭司:
「まっ……」
大谷 恭司:
「待ってくれー!」
大谷 恭司:
「カムバーック! マイヒーロー!」
・ ・ ・
おっさん:
「カムバーック! マイヒーロー!」
気色悪いおっさんの声が、背後の遠くから聞こえる。
何なんだありゃあ!
キモいんですけど!!
松宮陸、高校2年生。
ナンパ経験はないのに、ナンパされた経験ができちまったよ、こんちきしょう!
女からの逆ナンでもねぇし!
松宮 陸:
(にしても、やばかった)
松宮 陸:
(外で柔道技使ったなんてバレたら、先生に殺される)
今度の大会では、副将を務める俺。
今日のことが柔道部顧問にバレたら、問題になっちまう。
つい条件反射でやっちまったが、気をつけないとな。
松宮 陸:
「あーあ、見てくれたのが、美少女とかだったらよかったのになぁ」
つい独りごちる。
おっさんに見初められても、何にも嬉しくはねぇ。
松宮 陸:
(気分転換に、コンビニで漫画でも買ってくか)
ふらりと涼しいコンビニに入店する。
今日は月刊ヤンステの発売日だ。
中学からはまりだしたそれを月1で読むことが、今の俺の小さな楽しみである。
ウェブでも漫画は読めるけど、毎月ページをめくる楽しみは紙でしか味わえないしな。あと、巻頭のグラビアは欠かせませんぜ。
いつぞや妹の茜に、冷めた目で見られたことが脳裏に掠めもしたが、兄貴として男とはこういうものだと教えてやらにゃならん。
兄ちゃんだって辛いんだぜ!
あえて妹のために、男の流儀を教えてやってんだぜ!
そうして俺は、漫画コーナーに立ち、目当ての雑誌を手にした。
松宮 陸:
(新連載は、野球ものかぁ)
松宮 陸:
(まぁ王道っちゃ王道だけど、たまには孤独でも強いヒーローなんてスポーツ漫画も、読みたいね)
そう、例えば俺みたいなね。
──なんて、彼女いない歴イコール年齢の柔道少年である俺は、思ったのだった。
◇ 終わり ◇




