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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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266/273

Last Ep. 空色バス、終点です

 そのバスは 空を走る


 様々な想い抱いた 少年少女を乗せ


 青空のような 爽やかなひと時も

 雨降り模様の 寂しい時間も

 雷落ちる激しい 天候の時も


 虹のアーチをくぐり抜け


 その車体に 空色映し

 飛び交う鳥たちと 歌を歌う

 行く先は うららかな春

 この空色バス──春先行き



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 空色バス、終点です


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 私、戸田るりは、新しい制服に身を包む。

 徳瑛高校の制服はブレザーだ。


 女子はリボン、男子はネクタイで、その色は少しくすんだ赤色。紺色の上着も合わさって、落ち着いた雰囲気だ。


 戸田 るり:

「お……」


 戸田 るり:

「おはよう、悠!」


 中曽根 悠:

「うっす、おはよー」


 近所の曲がり角で、悠と待ち合わせた。

 私と同じ、徳瑛高校の制服を着ている彼。真新しいブレザーに、きっちりネクタイを結んでいて、なんだかずいぶんと大人っぽく見える。


 戸田 るり:

「うわあ、似合ってるね」


 中曽根 悠:

「んー……なんか慣れないよな」


 並んで歩き出した私の横で、悠はその言葉どおりに慣れないネクタイを指先でいじる。

 でも私は、初めて見る悠のネクタイ姿に、ドキドキが止まらなかった。


 戸田 るり:

(うわああ。カッコいい……!)


 付き合ってからもう3年経とうとしているのに、いまだに悠に対してドキドキしてしまう。


 中曽根 悠:

「るり、髪型変えたんだ」


 戸田 るり:

「うんっ」


 私も負けないように、子どもっぽい髪型から少し変えて下ろしてみたんだけど、変じゃないかなぁ。

 気になった前髪を指でいじると、悠が私の顔をのぞき込んできた。


 中曽根 悠:

「雰囲気変わるな」


 戸田 るり:

「そりゃ、同じじゃ困る」


 そんな私の言葉に悠は笑った。


 2人で向かう先は、近くの駅。

 憧れの電車通学となった私たちは、最寄りの菜南《ななん》駅から乗車する。

 小さなその駅につくと、出口に小池くんが立っていた。

 彼とも、入学式へ一緒に行く約束をしていたのだ。


 小池 隼人:

「おはよう、2人とも」


 小池くんも、キレイな制服を身にまとっていた。

 背が私よりも高くなった彼は、以前よりも幼さがなくなって、落ち着いた雰囲気になっている。

 ネクタイもきっちりと、悠よりキレイに結んでいる。


 中曽根 悠:

「小池おはよ! 決まってんじゃん」


 小池 隼人:

「悠くんも似合ってるよ」


 小池くんは私にも笑顔を向けて「戸田さんも可愛いね」と、サラリと言ってくれた。


 戸田 るり:

「あ、ありがとう」


 中曽根 悠:

「……こ、小池ぇ……」


 肝心の悠は、なーんにも誉めてくれなかったもんね。私は悠に恨めしそうに視線を向けて、意地悪く笑った。

 そんな私たちは、苦笑した小池くんとともに改札口へと向かう。


 小池 隼人:

「明日からは、僕1人で行くから」


 戸田 るり:

「え、どうして?」


 小池 隼人:

「2人の邪魔しちゃ悪いでしょ」


 そんなの、気にしなくてもいいのに。

 でも小池くんは、笑いながら言う。


 小池 隼人:

「悠くんに、恨まれたくないからね」


 中曽根 悠:

「お、俺はそんな心の狭い男じゃないぞ!」


 慌てる悠は、改札口の定期券がうまく反応せずガードに弾かれる。

 苦笑して悠を待ってから、また3人でホームへと向かった。

 職場へ向かう人々や、私たちのような学生たちで溢れかえっている。


 中曽根 悠:

「うわ、やっぱり人が多いな」


 戸田 るり:

「でもまだ増えるよね。明日が桜塚の入学式だっけ」


 小池 隼人:

「そうそう。だから明日は、ケイちゃんたちもいるはずだよ」


 桜塚高校は、同じ沿線だから利用する駅も同じ子が多かった。

 美羽や和葉ちゃんが、明日からここを利用するはずだ。

 たしか美羽、大谷くんと行くんだってはしゃいでいたな。


 小池 隼人:

「明日からは、ケイちゃんと行こうかな」


 中曽根 悠:

「大谷には恨まれてもいいのか?」


 小池 隼人:

「うん、ケイちゃんならいいでしょ」


 小池くんは、意地悪そうに笑う。

 彼は好きな相手にこそ、意地悪さが出るらしい。

 茜ちゃん、苦労するのかも。


 そしてしばらくすると、目的地まで運んでくれる電車が来た。

 私たちはぞろぞろと乗り込む。

 慣れない満員電車に入って、奥へ奥へと押し込まれた。


 戸田 るり:

「うわわっ」


 中曽根 悠:

「大丈夫か、るり」


 悠は私が押しつぶされないように、奥の扉の前に寄って、私を閉じこめてくれた。

 私は近くの悠の顔を見上げながら、背中に冷たい扉のガラスを背中に感じる。


 戸田 るり:

「だ、大丈夫。……あれ、小池くんは?」


 中曽根 悠:

「あれ? どこ行った」


 すると、少し離れたところから小池くんの「ここだよー」が聞こえた。

 なだれ込んだ時に、はぐれてしまったらしい。


 中曽根 悠:

「まぁ仕方ないな」


 戸田 るり:

「空くまでは、近寄れないね」


 そして、動き出す電車。

 ガタンと揺れたせいで一瞬、悠の顔が近くなった。


 戸田 るり:

(うわぁ……近いなぁ)


 こうしていると、初めてデートをしたときのことを思い出しちゃう。

 初デートは、市バスで動物園へ行った。

 その時のことは、今でも大切な思い出として私の心の宝箱にしまってある。


 あの頃は、バスに揺られていた私たち。

 今は、電車に揺られて高校へと向かっている。


 後ろを振り返り見上げれば、青空がそこに広がっていた。

 まるであの時、バスから見たような春の空だ。


 戸田 るり:

(そういえば……)


 戸田 るり:

(梢ちゃんも今頃、駅かな)


 梢ちゃんも、今日は清水ヶ浜女子高校の入学式。

 違う沿線を利用する梢ちゃんは、乗り換えの都合のため梅見駅まで自転車で行って、そこから乗ると言っていた。

 今度、梢ちゃんや美羽と集まって、高校がどんな感じだったかおしゃべりしたいなぁ。


 中曽根 悠:

「……あ、桜」


 戸田 るり:

「え?」


 空ばかり見ていた私に、悠のつぶやきが聞こえた。

 私の目の前の悠は、嬉しそうに窓の外の下ばかり見ている。


 中曽根 悠:

「ほら、あそこ。桜が咲いててキレイ」


 戸田 るり:

「あ、本当だ」


 彼の言ったとおり、川沿いに視線を向ければ桜が続いていて、キレイに桜吹雪を舞わせていた。


 風に舞うピンク色。

 春が来たよと、町に告げている。


 戸田 るり:

「……キレイ」


 思わずつぶやく。


 中曽根 悠:

「うん」


 中曽根 悠:

「……る」


 中曽根 悠:

「……るりもキレイだぞ」


 戸田 るり:

「!」


 私にだけ囁くように聞こえた言葉。

 驚いて見上げれば、真っ赤な悠の顔。


 うわぁ……!

 悠がそんなキザなこと言うなんて!

 もしかして小池くんへの、対抗のつもり?


 戸田 るり:

「…………」


 戸田 るり:

「……ふふ」


 すごく嬉しくて笑みがこぼれる。

 私の微笑みと悠の照れ顔を乗せて、電車はガタゴトと空を見せながら走っていた。



 ・   ・   ・



 羽鳥 梢:

(な……)


 羽鳥 梢:

(何よ、この人の多さはー!)


 羽鳥梢、ただいま高校の入学式へと向かうため電車に乗車中である。


 今日は茜ちゃんと一緒に行くはずだったのに、茜ちゃんったら、忘れ物をしたとかでまた家に戻ってしまった。


 先に行っててという言葉に甘えて、先に乗っちゃったけれど……。


 羽鳥 梢:

(この駅、利用者すごく多いんだな)


 乗り換え駅だから仕方ないのかもしれないけれど、ホームの時点でも人が溢れていた。

 だから、知り合いをなかなか見つけることができなかった。


 羽鳥 梢:

(あの生意気小僧も、いるはずなんだけど……)


 なんて考えている間も。


 ガタン!


 と揺れた電車のせいで、ギュ〜ッと体を押されて苦しくなる。

 車両の角に押し込まれた私は、窓も遠いため景色も拝めず、ただ人混みの塊に潰されていた。


 うう、私そんなに背が高くないから、きついよ!

 サラリーマンのカバンも痛いし、お姉さんの髪の毛も顔に当たってくすぐったい!


 と、苦しんでいたら。


 羽鳥 梢:

(……あれ?)


 ふっと、私にかかる重圧が軽くなった。

 私の前に誰かが立って、負荷をその背中に引き受けてくれたからだ。


 あの生意気小僧──堂本くんだった。


 堂本 信広:

「よう、久しぶり」


 羽鳥 梢:

「堂本くん!」


 彼は片手を手すりに、もう片手を壁につけていた。

 そのシールドのおかげで、私はようやく楽になる。


 堂本 信広:

「潰されてねぇか」


 羽鳥 梢:

「つ、潰されかかってた」


 私の言葉に、堂本くんが笑う。

 卒業式以来だ。

 学ランではなく、天崎高校の制服を着ていて、慣れないように首元のネクタイが変に曲がっている。


 堂本 信広:

「お前、小さいから見つけるの大変だったぞ」


 羽鳥 梢:

「探してくれたの?」


 堂本 信広:

「……そうだよ」


 ふん、と昔のように鼻を鳴らす堂本くん。

 でも、以前と雰囲気の違う横顔だ。

 堂本くんは、少しあたりを見渡して言った。


 堂本 信広:

「松宮はどうしたんだよ」


 羽鳥 梢:

「あ、茜ちゃん、忘れ物したとかで一旦家に戻ったの」


 堂本 信広:

「何してんだあいつ。いっつも肝心なところでドジするな」


 呆れたように言葉をもらす堂本くん。

 そういえば堂本くんって、茜ちゃんとは小学校から一緒なんだよね。

 仲はあんまりよくなさそうだけど、互いの性格はよく知っているようだった。

 もしかしたら、互いに誤解しているだけで、仲良くできるんじゃないのかな。


 茜ちゃんも堂本くんも、私にとっては大切な友達。

 その2人が、仲良くしてくれたら私も嬉しい。


 羽鳥 梢:

「明日なら、茜ちゃんもいるよ」


 堂本 信広:

「別にあいつはいいよ」


 羽鳥 梢:

「もー、素直になりなさいよ」


 そう言った私に、堂本くんは久しぶりにムッとした顔を見せてくれた。


 堂本 信広:

「……お前さ。変な勘違いしてねぇか」


 羽鳥 梢:

「勘違い?」


 堂本 信広:

「……いや。別にいいけどさ」


 視線を外してしまう堂本くん。


 とそのとき、電車がまた激しく動いて、車内で「きゃあっ」や「おっと」といった人々の声が聞こえた。


 ──と同時に。


 羽鳥 梢:

「!」


 堂本くんの突っ張っていた腕がついに折れて、私の顔が堂本くんの肩に押しつぶされた。


 羽鳥 梢:

「ふがっ」


 堂本 信広:

「わ、悪りぃ」


 しかし堂本くんも、背中を圧迫されて私から体を離せられないらしい。腕で耐えるように、しっかりと壁や手すりから支えていた。


 羽鳥 梢:

「鼻、痛い……」


 堂本 信広:

「仕方ねぇだろ。てか、色気のねぇ悲鳴だったな」


 羽鳥 梢:

「うるさい」


 近くなった堂本くんを、恨みたらしく睨み上げる。


 そういえば、いつぞやも橋の下で、こんなふうに堂本くんに壁に閉じ込められたことがある。

 あの時は睨んで「大嫌い」と言ってくれた堂本くん。


 でも。


 見上げると、やけに穏やかな表情の彼と目が合ってしまった。


 羽鳥 梢:

「!」


 ──あれ。堂本くんって、こんな顔だったっけ。


 何でだろう。

 ちょっと、いつもと違って見えた。

 なんて言うか……優しくて。

 そんな彼の目を見ていると、少しドキッとしてしまう。


 堂本 信広:

「……何」


 羽鳥 梢:

「へ? な、何も──」


 その時。

 後ろから、ドンッと押された堂本くんの顔が近づいた。

 驚いて目を閉じた私のおでこに、何か柔らかな感触がぶつかる。


 羽鳥 梢:

「!」


 堂本 信広:

「!」


 額に感じた柔らかな感触──それはどうやら堂本くんの……口らしく。

 予想外のアクシデントに、目を見開く。


 こ、ここ、これって……キ……。


 堂本 信広:

「こ、これは事故だぞ」


 羽鳥 梢:

「わ……わかってるっ」


 わかってる!


 わかっているけれども……!


 羽鳥 梢:

「…………」


 堂本 信広:

「…………」


 私も堂本くんも、もうお互いに顔を見ることができない。


 あれ。

 あれれ。

 何でこんなことになってるの。


 鳴り止まない、胸の動悸。

 どこか懐かしくも新しく感じるそのドキドキに、私はしばらく顔を上げることができなかった。



 ・   ・   ・



 望月 美羽:

「あ、あの電車に明日、私たち乗るんだよね」


 大谷 圭介:

「そーそー、まぁもっと早朝の、混み混み電車だろうけど」


 そう言って圭介くんが隣で笑った。

 私、望月美羽は今、圭介くんとデート中である。

 さっきまで地元のショッピングモールをまわっていて、今は明日の入学式のために、早めにお家へ帰ろうと帰路を歩いている。


 私たちの横には、姫泣川。

 夕日に映えるオレンジ色の遠くに、橋にかかる線路上を走っていく電車が見えていた。


 望月 美羽:

「るりっちたち、どんな入学式だったのかなー」


 大谷 圭介:

「明日聞いてみよっか」


 望月 美羽:

「もちろん! 制服姿も楽しみっ」


 るりっちの通う徳瑛高校は同じ沿線だから、同じ菜南駅を利用する。

 明日は私たちも入学式だから、駅で会えるかもしれない。


 大谷 圭介:

「美羽はいいよなぁ、制服似合ってて」


 望月 美羽:

「え、圭介くんも似合ってるよ?」


 大谷 圭介:

「そうかぁ? 俺、井本にリーマンみたいだって言われたんだけど……」


 圭介くんたちは春休み中に、制服見せ合いっこをしたらしい。


 桜塚高校の制服は女子はチェック柄のスカートにブレザーだけど、男子はシンプルな紺色の上下だ。

 ネクタイは斜めのストライプで、私は圭介くんにバッチリ似合っていると思ったんだけど。


 大谷 圭介:

「俺、老けてる……!?」


 望月 美羽:

「そんなことないよぉ」


 真剣にそんなことを悩む圭介くんに、私は思わず笑ってしまう。


 大好きな圭介くんと同じ高校へと明日、入学する。

 それが本当に楽しみで、ウキウキしちゃって、でもちょっぴりの不安も私に植えさせる。

 でも。


 さわさわと涼やかな春風が、私たちの間を駆け抜けて、そんな不安を吹き飛ばすかのように過ぎ去ってくれた。


 望月 美羽:

(もう高校生かぁ)


 体の成長で悩んでいた頃が、嘘みたい。

 でも見た目はあんまり変わっていないから、そこまで変化した実感もない。

 こんなので高校生になっちゃって、いいのかなぁ。

 まだまだ、子どもみたいな気もするんだけど。


 大谷 圭介:

「もう高校生だな」


 私の気持ちが聞こえていたかのように、圭介くんが同じことを言った。

 それに私はうなずいて「信じられないよねぇ」なんてつぶやいた。


 望月 美羽:

「中学に上がった頃は、圭介くんと付き合うとは思わなかったなぁ」


 大谷 圭介:

「俺もだし。ていうか、美羽は別のやつ好きだったしなー」


 少し拗ねたように言う圭介くん。

 それを言われると、ちょっぴり罪悪感。

 でもでも、それがあったからこそ圭介くんと付き合っているんだよ!


 望月 美羽:

「大丈夫! 今は圭介くんが大好きなんだから」


 大谷 圭介:

「……!」


 大谷 圭介:

「う……そうだな」


 珍しく圭介くんが照れて、視線をさまよわせる。

 彼は、不意打ちのことに弱いのだ。


 そうして、私たちは手をつなぐ。

 これから迎える新生活を、また2人で一緒に楽しんでいけるように。

 ほっぺが痛くなるくらいに、笑えるように。

 泣くことがあっても、支えられるように。


 どんな高校生活になるだろう。

 どんな人達に出会えるだろう。


 乗合バスのように、様々な人が集まっていた中学校。

 そこから出た私たちは、次は電車に乗って高校へと向かう。

 ガタゴト揺れるあの電車に、私たちも明日から乗り込む。


 大谷 圭介:

「美羽」


 望月 美羽:

「ん?」


 大谷 圭介:

「高校、楽しみだな!」


 望月 美羽:

「……うん!」


 笑い合って、つないだ手を大きく振る。

 太陽みたいな彼の後ろから、春風が舞い込む。


 春の香りを含んだ、優しい風。

 桜の花弁を散らすそれは。

 ピンクを川に色付けて、この街を春に染めた。




 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 こ

 の

 空

 色

 バ

 ス

 、

 春

 先

 行

 き

 。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀




.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜


 お し ま い


。.:*・゜+.。.:*・゜.。.:*・゜+





これにて本編はおしまいです。よければ感想・評価いただけるとうれしいです!


❀番外編へ続く

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