↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
PR
265/273

Ep.56 咲け、さくら (4・終)「春を待つ」

 ついに迎えた卒業式。


 感動も寂しさも、俺にはない。

 式の途中、泣き出した女どものすすり泣きに、どうして泣けるんだろうかと不思議に思う。


 堂本 信広:

(……あいつも泣いてんのかよ)


 退場する際、見えた羽鳥の顔。

 もう涙を流しているわけではなかったが、潤んだ瞳が我慢するように強く前を見ていた。


 堂本 信広:

「……」


 泣くんじゃねーよ。みんなの前でなんか。


 俺は在校生と保護者が拍手を送る中、いつものように唇を尖らせて歩き進んだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 咲け、さくら

(4)「春を待つ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 ホームルームも終わり、賑わうグラウンド。

 部活動に入っていない俺には関係のない卒業生送り出しが、あちこちでひしめきあい行われていた。


 そんな中、俺は眉間にシワを寄せて縫うように歩いている。


 堂本 信広:

(……あいつ、ウロチョロし過ぎなんだよ!)


 友人の多い羽鳥は、教室の中でも常に誰かといた。

 集合写真を撮ったときに少ししゃべることもできたが、それだけだ。


 待てよ。

 まだ俺、ちゃんと話せていないんだ。


 ?:

「──羽鳥!」


 堂本 信広:

「!」


 誰かが羽鳥の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 そちらを振り返れば、人と人の間から羽鳥を見つけることができる。


 羽鳥の名前を呼んだのは、男子生徒だった。

 あいつは……秋山。

 スポーツ大会の時に、羽鳥に告白をしてフラれたやつだ。

 秋山は振り返った羽鳥に、真っ赤になって声をかけている。


 秋山:

「あ、あの、写真一緒に撮らない?」


 羽鳥 梢:

「え」


 堂本 信広:

「!」


 まわりはそれぞれ、輪を作ってしゃべったり写真を撮ったりで、向き合うあの2人には気づいていない。

 俺だけがただ、まぬけに少し離れた場所から2人を見ていた。


 羽鳥 梢:

「えっと……」


 羽鳥は困惑している。

 フった相手にどう対処していいのか、このお子様にはわからないのだろう。


 秋山:

「さ、最後の記念にさ。い……嫌ならいいから」


 秋山は必死にそう声をかけて、羽鳥に近寄る。

 羽鳥は戸惑うように向き合う。


 何だあいつ──目障りだな。


 堂本 信広:

「…………」


 俺は羽鳥の背後に静かに立ち、向かってくる秋山を睨んだ。


 秋山:

「!?」


 秋山はそれに気づいて、ピタリと足を止める。


 堂本 信広:

「…………」


 無言で俺は睨み続ける。


 秋山:

「……!?」


 戸惑う秋山。

 羽鳥は気づいていない。


 堂本 信広:

「…………」


 秋山:

「…………」


 堂本 信広:

「…………」


 堂本 信広:

「…………」


 秋山:

「……!!」


 秋山:

「……あ」


 秋山:

「後でまた来るわ!」


 羽鳥 梢:

「へ? あ、秋山くん!?」


 秋山は背中を向けて、その場から消え去った。


 ふん、睨まれたくらいで逃げるんなら、こいつに声かけるんじゃねぇよ。

 俺は俺の存在を羽鳥に知らせようと、靴で地面の砂を削った。


 堂本 信広:

「よう、1人かよ」


 羽鳥 梢:

「あ、堂本くん」


 羽鳥は驚いた様子もなく、笑って俺に向き合ってくれた。

 後輩からもらったのか色紙を手に持ち、肩にかけたカバンには大量の小物が揺れて、卒業証書がその中から飛び出していた。


 羽鳥 梢:

「堂本くんも来たんだ」


 堂本 信広:

「どうせ暇だからな」


 俺の口からは、相変わらず素直でない言葉しか出ない。

 もう、癖になっちまっているんだろう。

 お前を探していたんだと、サラリと言えれば苦労はしない。


 堂本 信広:

「…………」


 羽鳥のカバンに、俺があげたストラップを見つけて目を細める。

 大量の小物の中に、それは埋もれていた。


 堂本 信広:

「すげぇカバンだな」


 羽鳥 梢:

「あ、これね。思い出の小物、ぜーんぶくっつけちゃった!」


 堂本 信広:

「思い出?」


 羽鳥 梢:

「うん、これはリレーで使ったリボンだし、これは修学旅行の京都のお守りでー」


 羽鳥は小物たちに手を伸ばして解説してくれる。

 いや別に、1つ1つ説明してくれなくてもいいんだが。


 羽鳥 梢:

「あ、これは堂本くんからもらったやつだよね! ありがとう」


 堂本 信広:

「…………」


 ヘンテコな猫のストラップが、羽鳥の手に握られる。


 大量の小物の中に紛れ込んでいる、ストラップ。

 思い出の中に埋もれてしまってる、ストラップ。

 羽鳥にとって俺なんか、きっとそんなもんだろう。


 たくさんいる友人の中の1人。

 たまたま3年間同じクラスで、問題児だから面倒を見させられて。

 卒業したら「ああ、あんなやつもいたな」って思い出されるくらいの、薄い存在。

 きっとそんなもんだろう。


 そう──今は。


 堂本 信広:

「……羽鳥、さ」


 羽鳥 梢:

「ん?」


 堂本 信広:

「清女には、梅見《うめみ》駅から行くのか?」


 羽鳥 梢:

「あ、そうそう! そこからだと乗り換えなしで行けるから」


 堂本 信広:

「……そうか」


 俺は、少しだけ口元をほころばせて言った。


 堂本 信広:

「俺もそっから乗るんだよ。また会うかもしんねぇな」


 羽鳥 梢:

「え、そうなの!?」


 目を大きくして、笑った羽鳥。

 それがくすぐったく感じた俺は、以前、御手洗から言われた言葉を思い出していた。


 ……………………………………………


 御手洗 満:

「いいこと、教えてあげようか?」


 堂本 信広:

「は?」


 御手洗 満:

「清女と天崎って、1駅しか変わんないんだよね」


 堂本 信広:

「!」


 御手洗 満:

「たぶん乗車駅も一緒じゃない? 時間さえうまく合わせれば、毎朝会えるかもね」


 堂本 信広:

「………!」


 ……………………………………………


 御手洗からその情報を聞いたときは、別にどうしようなんて考えちゃいなかった。


 でも、このノー天気みんな仲良し女を見ていたら、無性に腹が立ってきて決意しちまった。


 ああ──結局俺も延長戦かよ。


 鈍感女相手じゃそれも仕方ないと、御手洗の苦労がわかるようだ。

 ため息が出そうな俺の前で、何も知らない羽鳥はにこにこ笑っている。


 羽鳥 梢:

「堂本くんって、入学式いつ?」


 堂本 信広:

「たしか2日」


 羽鳥 梢:

「あ、私もだよ! それなら一緒に駅まで行こうよ」


 堂本 信広:

「!?」


 あっさりと俺を誘ってくれた羽鳥は、言葉を続ける。


 羽鳥 梢:

「茜ちゃんも一緒だし、みんなで行こう!」


 堂本 信広:

「いや、俺あいつに嫌われてるんだけど……」


 だから遠慮しとく、と言った俺に対して、羽鳥は「えー」と眉を下げた。


 羽鳥 梢:

「堂本くん、茜ちゃんをイジメるからー」


 堂本 信広:

「あいつが根に持ちすぎなんだよ」


 羽鳥 梢:

「あ、堂本くんって好きな子イジメるタイプでしょー。でもダメだよ、茜ちゃんはもう小池くんとラブラブだから」


 堂本 信広:

「…………」


 こいつ、やっぱりすっげームカつくな。


 俺はわかりやすいように思いきりため息をつくと、ポケットからスマホを取り出した。


 堂本 信広:

「おい羽鳥、連絡先教えろ」


 羽鳥 梢:

「へ?」


 堂本 信広:

「さっきの集合写真、送るっつっても、お前俺の連絡先知らないだろ」


 羽鳥 梢:

「あ、そうだった!」


 別に写真なんか中曽根からもらってもよかったのだが、羽鳥は疑う様子もなく素直にスマホを取り出す。俺に連絡先を教えてくれた。


 やっと手に入れた、羽鳥の連絡先。

 これで、延長戦もしやすくなるだろう。


 堂本 信広:

「お前、アイコンさくらにしてんだな」


 羽鳥 梢:

「うん、可愛いでしょ。拾った時の頃のだよ」


 話しながら羽鳥は、そのまま俺に写真を送ってくれる。

 スマホに現れた、ついさっき教室で撮った集合写真。

 俺と羽鳥が並んでいて、俺は変なふうに口を尖らせていた。


 羽鳥 梢:

「ちゃんと届いた?」


 堂本 信広:

「ん」


 スマホをしまう。

 羽鳥もしまって、あらためて俺を見上げた。


 鈍感でノー天気で、今は恋愛よりも友達が大好きなバカ女。

 こいつに勝負を挑むのは、まだ先だ。

 そうだな、今は。


 ちょっくら意識させるための、土台でも作らないといけないのかもな。


 堂本 信広:

「ところでさ、羽鳥」


 羽鳥 梢:

「ん?」


 堂本 信広:

「克弘のこと、まだ好きなのか?」


 羽鳥 梢:

「──え!?」


 突然の質問に羽鳥はびっくりして、あたりを見渡した。

 おそらく恋愛話を聞かれたくなかったのだろうけど、まわりは誰も俺たちなんか見てはいない。


 羽鳥 梢:

「も、もう、そんなことないしっ」


 堂本 信広:

「本当か?」


 羽鳥は少し、怒ったようにうなずく。

 居心地悪そうにそうした彼女に、俺は笑ってしまう。


 堂本 信広:

「ならいい」


 羽鳥 梢:

「……?」


 不思議そうな表情をした羽鳥に、俺は身をかがめて顔を近づけた。


 堂本 信広:

「もう、俺を克弘代わりに見んなよ」


 羽鳥 梢:

「み、見てないよ!」


 羽鳥は困った顔をまっすぐにこちらに向けて、近い顔のまま言い放つ。


 羽鳥 梢:

「堂本くんは堂本くんでしょ! あんたみたいな生意気小僧、なかなかいないんだから!」


 堂本 信広:

「ははっ」


 相変わらず言ってくれるよ。


 俺は彼女の顔の近くで笑って、そして背中を伸ばすと、高い空に顔を向けた。


 眩しいくらいの青空だ。

 遠くでサッカー部の胴上げの声が響いている。

 視界の端にまだ蕾の桜が映っていて、春がもうすぐだと俺に告げる。


 そう、桜はまだ咲かない。

 でもいつか、きっと咲く。


 堂本 信広:

「──じゃあな羽鳥!」


 羽鳥 梢:

「……うん!」


 羽鳥に、手を振って立ち去る。

 今はまだ、この距離でいい。

 でもいつか──きっと。


 羽鳥 梢:

「堂本くん、またね!」


 堂本 信広:

「………!」


 堂本 信広:

「ああ、またな」


 またね。

 またな。

 さよならじゃない、再会のための別れの言葉が、羽鳥から届いて笑みがこぼれる。


 また、春に。

 そして、もう一度始めていこう。


 春は何度もやってくる。

 その季節を俺は待っている。

 いつか、彼女の笑顔を近くで見られるように。

 俺も少しは、素直になれるように。


 門へと向かった俺の横を、春風が撫でる。

 それは校舎へと、戻るように駆け抜けていった。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。