Ep.56 咲け、さくら (4・終)「春を待つ」
ついに迎えた卒業式。
感動も寂しさも、俺にはない。
式の途中、泣き出した女どものすすり泣きに、どうして泣けるんだろうかと不思議に思う。
堂本 信広:
(……あいつも泣いてんのかよ)
退場する際、見えた羽鳥の顔。
もう涙を流しているわけではなかったが、潤んだ瞳が我慢するように強く前を見ていた。
堂本 信広:
「……」
泣くんじゃねーよ。みんなの前でなんか。
俺は在校生と保護者が拍手を送る中、いつものように唇を尖らせて歩き進んだ。
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咲け、さくら
(4)「春を待つ」
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ホームルームも終わり、賑わうグラウンド。
部活動に入っていない俺には関係のない卒業生送り出しが、あちこちでひしめきあい行われていた。
そんな中、俺は眉間にシワを寄せて縫うように歩いている。
堂本 信広:
(……あいつ、ウロチョロし過ぎなんだよ!)
友人の多い羽鳥は、教室の中でも常に誰かといた。
集合写真を撮ったときに少ししゃべることもできたが、それだけだ。
待てよ。
まだ俺、ちゃんと話せていないんだ。
?:
「──羽鳥!」
堂本 信広:
「!」
誰かが羽鳥の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そちらを振り返れば、人と人の間から羽鳥を見つけることができる。
羽鳥の名前を呼んだのは、男子生徒だった。
あいつは……秋山。
スポーツ大会の時に、羽鳥に告白をしてフラれたやつだ。
秋山は振り返った羽鳥に、真っ赤になって声をかけている。
秋山:
「あ、あの、写真一緒に撮らない?」
羽鳥 梢:
「え」
堂本 信広:
「!」
まわりはそれぞれ、輪を作ってしゃべったり写真を撮ったりで、向き合うあの2人には気づいていない。
俺だけがただ、まぬけに少し離れた場所から2人を見ていた。
羽鳥 梢:
「えっと……」
羽鳥は困惑している。
フった相手にどう対処していいのか、このお子様にはわからないのだろう。
秋山:
「さ、最後の記念にさ。い……嫌ならいいから」
秋山は必死にそう声をかけて、羽鳥に近寄る。
羽鳥は戸惑うように向き合う。
何だあいつ──目障りだな。
堂本 信広:
「…………」
俺は羽鳥の背後に静かに立ち、向かってくる秋山を睨んだ。
秋山:
「!?」
秋山はそれに気づいて、ピタリと足を止める。
堂本 信広:
「…………」
無言で俺は睨み続ける。
秋山:
「……!?」
戸惑う秋山。
羽鳥は気づいていない。
堂本 信広:
「…………」
秋山:
「…………」
堂本 信広:
「…………」
堂本 信広:
「…………」
秋山:
「……!!」
秋山:
「……あ」
秋山:
「後でまた来るわ!」
羽鳥 梢:
「へ? あ、秋山くん!?」
秋山は背中を向けて、その場から消え去った。
ふん、睨まれたくらいで逃げるんなら、こいつに声かけるんじゃねぇよ。
俺は俺の存在を羽鳥に知らせようと、靴で地面の砂を削った。
堂本 信広:
「よう、1人かよ」
羽鳥 梢:
「あ、堂本くん」
羽鳥は驚いた様子もなく、笑って俺に向き合ってくれた。
後輩からもらったのか色紙を手に持ち、肩にかけたカバンには大量の小物が揺れて、卒業証書がその中から飛び出していた。
羽鳥 梢:
「堂本くんも来たんだ」
堂本 信広:
「どうせ暇だからな」
俺の口からは、相変わらず素直でない言葉しか出ない。
もう、癖になっちまっているんだろう。
お前を探していたんだと、サラリと言えれば苦労はしない。
堂本 信広:
「…………」
羽鳥のカバンに、俺があげたストラップを見つけて目を細める。
大量の小物の中に、それは埋もれていた。
堂本 信広:
「すげぇカバンだな」
羽鳥 梢:
「あ、これね。思い出の小物、ぜーんぶくっつけちゃった!」
堂本 信広:
「思い出?」
羽鳥 梢:
「うん、これはリレーで使ったリボンだし、これは修学旅行の京都のお守りでー」
羽鳥は小物たちに手を伸ばして解説してくれる。
いや別に、1つ1つ説明してくれなくてもいいんだが。
羽鳥 梢:
「あ、これは堂本くんからもらったやつだよね! ありがとう」
堂本 信広:
「…………」
ヘンテコな猫のストラップが、羽鳥の手に握られる。
大量の小物の中に紛れ込んでいる、ストラップ。
思い出の中に埋もれてしまってる、ストラップ。
羽鳥にとって俺なんか、きっとそんなもんだろう。
たくさんいる友人の中の1人。
たまたま3年間同じクラスで、問題児だから面倒を見させられて。
卒業したら「ああ、あんなやつもいたな」って思い出されるくらいの、薄い存在。
きっとそんなもんだろう。
そう──今は。
堂本 信広:
「……羽鳥、さ」
羽鳥 梢:
「ん?」
堂本 信広:
「清女には、梅見駅から行くのか?」
羽鳥 梢:
「あ、そうそう! そこからだと乗り換えなしで行けるから」
堂本 信広:
「……そうか」
俺は、少しだけ口元をほころばせて言った。
堂本 信広:
「俺もそっから乗るんだよ。また会うかもしんねぇな」
羽鳥 梢:
「え、そうなの!?」
目を大きくして、笑った羽鳥。
それがくすぐったく感じた俺は、以前、御手洗から言われた言葉を思い出していた。
……………………………………………
御手洗 満:
「いいこと、教えてあげようか?」
堂本 信広:
「は?」
御手洗 満:
「清女と天崎って、1駅しか変わんないんだよね」
堂本 信広:
「!」
御手洗 満:
「たぶん乗車駅も一緒じゃない? 時間さえうまく合わせれば、毎朝会えるかもね」
堂本 信広:
「………!」
……………………………………………
御手洗からその情報を聞いたときは、別にどうしようなんて考えちゃいなかった。
でも、このノー天気みんな仲良し女を見ていたら、無性に腹が立ってきて決意しちまった。
ああ──結局俺も延長戦かよ。
鈍感女相手じゃそれも仕方ないと、御手洗の苦労がわかるようだ。
ため息が出そうな俺の前で、何も知らない羽鳥はにこにこ笑っている。
羽鳥 梢:
「堂本くんって、入学式いつ?」
堂本 信広:
「たしか2日」
羽鳥 梢:
「あ、私もだよ! それなら一緒に駅まで行こうよ」
堂本 信広:
「!?」
あっさりと俺を誘ってくれた羽鳥は、言葉を続ける。
羽鳥 梢:
「茜ちゃんも一緒だし、みんなで行こう!」
堂本 信広:
「いや、俺あいつに嫌われてるんだけど……」
だから遠慮しとく、と言った俺に対して、羽鳥は「えー」と眉を下げた。
羽鳥 梢:
「堂本くん、茜ちゃんをイジメるからー」
堂本 信広:
「あいつが根に持ちすぎなんだよ」
羽鳥 梢:
「あ、堂本くんって好きな子イジメるタイプでしょー。でもダメだよ、茜ちゃんはもう小池くんとラブラブだから」
堂本 信広:
「…………」
こいつ、やっぱりすっげームカつくな。
俺はわかりやすいように思いきりため息をつくと、ポケットからスマホを取り出した。
堂本 信広:
「おい羽鳥、連絡先教えろ」
羽鳥 梢:
「へ?」
堂本 信広:
「さっきの集合写真、送るっつっても、お前俺の連絡先知らないだろ」
羽鳥 梢:
「あ、そうだった!」
別に写真なんか中曽根からもらってもよかったのだが、羽鳥は疑う様子もなく素直にスマホを取り出す。俺に連絡先を教えてくれた。
やっと手に入れた、羽鳥の連絡先。
これで、延長戦もしやすくなるだろう。
堂本 信広:
「お前、アイコンさくらにしてんだな」
羽鳥 梢:
「うん、可愛いでしょ。拾った時の頃のだよ」
話しながら羽鳥は、そのまま俺に写真を送ってくれる。
スマホに現れた、ついさっき教室で撮った集合写真。
俺と羽鳥が並んでいて、俺は変なふうに口を尖らせていた。
羽鳥 梢:
「ちゃんと届いた?」
堂本 信広:
「ん」
スマホをしまう。
羽鳥もしまって、あらためて俺を見上げた。
鈍感でノー天気で、今は恋愛よりも友達が大好きなバカ女。
こいつに勝負を挑むのは、まだ先だ。
そうだな、今は。
ちょっくら意識させるための、土台でも作らないといけないのかもな。
堂本 信広:
「ところでさ、羽鳥」
羽鳥 梢:
「ん?」
堂本 信広:
「克弘のこと、まだ好きなのか?」
羽鳥 梢:
「──え!?」
突然の質問に羽鳥はびっくりして、あたりを見渡した。
おそらく恋愛話を聞かれたくなかったのだろうけど、まわりは誰も俺たちなんか見てはいない。
羽鳥 梢:
「も、もう、そんなことないしっ」
堂本 信広:
「本当か?」
羽鳥は少し、怒ったようにうなずく。
居心地悪そうにそうした彼女に、俺は笑ってしまう。
堂本 信広:
「ならいい」
羽鳥 梢:
「……?」
不思議そうな表情をした羽鳥に、俺は身をかがめて顔を近づけた。
堂本 信広:
「もう、俺を克弘代わりに見んなよ」
羽鳥 梢:
「み、見てないよ!」
羽鳥は困った顔をまっすぐにこちらに向けて、近い顔のまま言い放つ。
羽鳥 梢:
「堂本くんは堂本くんでしょ! あんたみたいな生意気小僧、なかなかいないんだから!」
堂本 信広:
「ははっ」
相変わらず言ってくれるよ。
俺は彼女の顔の近くで笑って、そして背中を伸ばすと、高い空に顔を向けた。
眩しいくらいの青空だ。
遠くでサッカー部の胴上げの声が響いている。
視界の端にまだ蕾の桜が映っていて、春がもうすぐだと俺に告げる。
そう、桜はまだ咲かない。
でもいつか、きっと咲く。
堂本 信広:
「──じゃあな羽鳥!」
羽鳥 梢:
「……うん!」
羽鳥に、手を振って立ち去る。
今はまだ、この距離でいい。
でもいつか──きっと。
羽鳥 梢:
「堂本くん、またね!」
堂本 信広:
「………!」
堂本 信広:
「ああ、またな」
またね。
またな。
さよならじゃない、再会のための別れの言葉が、羽鳥から届いて笑みがこぼれる。
また、春に。
そして、もう一度始めていこう。
春は何度もやってくる。
その季節を俺は待っている。
いつか、彼女の笑顔を近くで見られるように。
俺も少しは、素直になれるように。
門へと向かった俺の横を、春風が撫でる。
それは校舎へと、戻るように駆け抜けていった。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




