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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第三章 最終便、発車します《3年生編》
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Ep.56 咲け、さくら (2)「ナイショ話」

 3月末に引っ越す予定の御手洗のおばさんは、藤堂さんといった。

 大きな一軒家の藤堂家にお邪魔すると、人当たりのよさそうなおばさんが、玄関まで俺たちを出迎えた。


 玄関にも猫はいた。

 2、3匹が、縄張りに入ってきた俺たちを警戒しているかのように、ウロウロとしている。


 堂本 信広:

(うわ、まじで猫が多いな)


 本来動物は嫌いだ。

 あのさくらという子猫だって、1匹だけで小さい子猫だったから、何とか触れていたのだ。

 しかし、今ここにいる猫たちはでかい。そして猫臭い。


 御手洗 満:

「おばさん、お邪魔します」


 藤堂さん:

「待ってたわよ。さぁ入って入って」


 スリッパを並べてくれる藤堂さんは、俺たちにも丁寧に挨拶してくれる。

 俺は苦手な獣臭に眉間を寄せて、そのスリッパに足を入れた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 咲け、さくら

(2)「ナイショ話」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 通された大きなリビングは案外、臭くなかった。

 空気清浄機も2台置かれて掃除も行き届いたそこは、お菓子やジュースを並べたテーブルがある。俺たちを出迎える準備が、バッチリされている。

 まぁ座らされたソファは、猫の引っかき傷でボロボロだったけれど。


 羽鳥 梢:

「ひゃ~、本当に猫だらけだぁ」


 座った羽鳥は、きょろきょろ辺りを見て言う。

 L字型に置かれたソファに、俺と御手洗、羽鳥と林が分かれて座った。俺の足が、すぐそこにある羽鳥の足にぶつかりそうになる。


 俺も部屋を見渡す。猫は今このリビングに4匹いる。

 いったい、何匹飼ってんだ。


 御手洗 満:

「全部で7匹いるらしいよ」


 まるで俺の心を読んだかのように、御手洗がそう言った。


 林 和葉:

「わぁ、すごい!」


 羽鳥 梢:

「7匹って、白雪姫の小人みたいだねぇ」


 幼い羽鳥の発言に、口がほころぶ。

 こいつってしっかり者のくせに、時々とんでもなくガキくせぇんだよな。


 御手洗 満:

「……へぇ」


 隣の御手洗のそんなつぶやきが聞こえたが、ちょうどその時、藤堂さんがリビングに戻ってきた。

 その胸に、あの子猫を抱いている。

 いや、そいつはもう子猫とは呼べないでかさになっていた。


 藤堂さん:

「お待たせ、さくらちゃんよ」


 羽鳥 梢:

「わぁ、大きくなってる!」


 どうやらあの猫は、ここでも「さくら」と呼ばれていたらしい。おそらく引き渡すときに羽鳥が伝えたのだろう。

 可愛げがなくなったかわりに毛色が艶やかになったそいつは、雪のように真っ白だった。

 さくらは藤堂さんの手から、羽鳥の膝へと下ろされる。

 そうされると、自然と俺とさくらの距離も近くなって、俺は羽鳥から少し体を離す。

 さくらは羽鳥の腿を踏みながら、ぐるぐるとまわっていた。


 羽鳥 梢:

「痛い痛い」


 肉球に腿を押されて羽鳥は、くすぐったそうに笑う。

 さくらはようやく居心地のいい場所を見つけたのか、羽鳥の膝の上で丸まった。

 命の恩人である俺の存在は、一切無視だ。


 林 和葉:

「可愛い~。真っ白だね」


 林が手を伸ばし、さくらを撫でる。

 羽鳥も、一緒に微笑んで撫でていた。


 藤堂さん:

「えっと、あなたたちがさくらを最初に拾ってくれたのよね?」


 藤堂さんが、俺と羽鳥を見つめて言った。


 羽鳥 梢:

「はい。本当の最初は、彼ですけど」


 羽鳥はそう答えて、俺を見る。

 別に俺なんかを紹介しなくてもいいのに、と居心地悪く藤堂さんに向け、会釈をした。


 藤堂さん:

「そうなのね。ありがとう。あなたが見つけなかったら、この子と私は会えなかったわ」


 堂本 信広:

「……別に……」


 お礼なんか言われる筋合いは、ないんだが。

 しかしそんな俺の腕を、羽鳥が横からバシンッと叩いてきやがった。


 羽鳥 梢:

「そこは素直に『どういたしまして』!」


 堂本 信広:

「ってぇ!」


 いきなり叩くな、この暴力女!


 睨むが羽鳥はどこ吹く風だ。

 俺の横で、御手洗が小さく笑ったのが気にくわなかった。


 しばらくすると、羽鳥と林はソファから離れて、藤堂さんとともに猫たちと遊びだした。

 何がそんなに楽しいのか。猫じゃらしやボールを使って猫たちと戯れている。

 俺はようやく、どっかりとソファに体重を預け、足を広げてリラックスした。

 その横で御手洗は、テーブル上のジュースに手を伸ばす。


 御手洗 満:

「堂本は猫と遊ばないの?」


 堂本 信広:

「遊ぶと思うか?」


 御手洗 満:

「あはは。想像つかないね」


 そう言う御手洗も、猫にかまうつもりはないのだろう。

 俺と同じく、ソファに背中を預けてこちらを見た。


 御手洗 満:

「堂本、ちょっと変わったね」


 堂本 信広:

「は?」


 御手洗 満:

「小学生の頃は、すごくきつかったじゃん?」


 堂本 信広:

「いつの話してんだよ」


 久しぶりに話したかと思えば、くだらない。

 しかし御手洗はジュースを一口飲むと、楽しそうに笑った。


 御手洗 満:

「やっぱり恋は、人を変えるんだねぇ」


 堂本 信広:

「!?」


 突然の御手洗の発言に俺は面食らい、やつを思わず凝視する。

 御手洗は、にこにこ穏やかに目を細めているだけだった。


 御手洗 満:

「堂本って、好きな子いじめるタイプだよね。まぁ、森よりはマシかもだけど」


 堂本 信広:

「お、お前、何言って……」


 何だこいつ。

 というか……!


 堂本 信広:

(バ……バレた!?)


 赤くなりそうな顔に思わず手をやる。

 それが動揺を表してしまったことにも気づかずに、俺は羽鳥たちに気づかれないように、御手洗を睨んだ。

 しかしやつは、穏やかに笑うだけだ。


 御手洗 満:

「いいと思うよ、羽鳥さん。しっかりしてて真面目な子だし」


 堂本にしてはいい子を選んだね、なんて言って御手洗は微笑んでいる。


 こいつ……!


 立場が弱くなることに、どうしても腹が立ってしまう俺。

 目の前の御手洗に一矢報いたくて、俺もやつの弱みを突いてやることにした。


 堂本 信広:

「そっちこそ、カズちゃんには苦労してんじゃねぇの?」


 御手洗 満:

「!」


 御手洗の柔和な笑顔が固まって、俺はニヤリと笑った。


 堂本 信広:

「まぁ、中曽根に彼女がいてよかったな?」


 御手洗 満:

「……堂本。お前、意外と鋭いんだね」


 堂本 信広:

「意外はよけいだ」


 ふん、と鼻息を出す。

 これで少し溜飲を下げた俺は、あらためてソファに座り直す。

 背中を背もたれにどっかり預けると、向かい側に羽鳥と林の姿が目に入った。


 羽鳥は猫じゃらしで、さくらと遊んでいる。

 無邪気に笑う姿を見ていられなくて、俺もジュースに手を伸ばした。


 御手洗 満:

「ま、互いに相手が鈍いから苦労しそうだよね」


 堂本 信広:

「……うるせぇなぁ」


 まだその会話を続けようとする御手洗を、小さく睨みつけた。

 しかし御手洗は動揺をもう持ち直したのか、こちらにまた声をかける。


 御手洗 満:

「俺は延長戦に入るからいいんだよ」


 堂本 信広:

「は?」


 御手洗 満:

「カズとは同じ高校。桜塚だから」


 堂本 信広:

「あー……そう」


 あんまし興味ねぇんだけど。

 ズッとジュースをすすった俺に、御手洗は聞いた。


 御手洗 満:

「羽鳥さんは清女だって言ってたよね。堂本は?」


 堂本 信広:

「……天崎」


 御手洗 満:

「告白しないの?」


 堂本 信広:

「しねーよ」


 羽鳥とは卒業したら、それまでだ。

 ──それで別にいいと、俺は思っている。


 俺は羽鳥に、告白しようとか考えちゃいない。

 好きだということを伝えようなんて思ってもいない。


 今さらどの面下げて言えばいいのかもわからないし、付き合いたいのかと聞かれれば、あまりピンとはこない。

 もう会えなくなるのは……嫌だけど。

 でも、もうどうしようもないじゃないか。

 諦めればいい。

 離れたらきっと、忘れられるような想いだ。


 堂本 信広:

「あいつだって、迷惑だろ」


 恋愛にまったく興味のない羽鳥。

 ムカつくことに、俺の兄に失恋してからは、さらに恋愛に対して強固な態度になった気がする。

 今の俺に勝機はない。

 勝ち目のない勝負はしたくねぇ。


 御手洗 満:

「へぇ、殊勝な言葉だね」


 俺のセリフを都合よく解釈して、御手洗はジュースのコップをテーブルに置いた。

 俺も飲み終えたコップをテーブルに置くと、御手洗は顔をのぞき込むように下からこちらを見た。


 御手洗 満:

「いいこと、教えてあげようか?」


 堂本 信広:

「は?」


 御手洗はイタズラめいて笑い、こっそりと俺にそれを告げた。

 その言葉を聞いて、俺は目を丸めて動揺する。


 そんなん……言われても!


 林 和葉:

「2人で何話してるのー?」


 林が俺たちを気にしたのか、猫たちと戯れながら声をかけてきた。

 ギクッとした俺がそちらに目を向けると、同じくこちらを見ている羽鳥と目が合う。


 堂本 信広:

「!」


 羽鳥 梢:

「?」


 う──見てんじゃねーよ。


 俺の横で、御手洗はにこにこと林に言葉を返している。


 御手洗 満:

「高校の話。楽しみだよねって」


 林 和葉:

「そうなんだ~! うん、楽しみだよね」


 林は隣の羽鳥にも「ねっ」と話題をふり、羽鳥も笑顔で「うん!」と返した。


 彼女の明るい笑顔。

 それに以前俺は、救われていた。


 堂本 信広:

「…………」


 卒業したら、見られなくなるそれを。


 焼き付けたくて、目を細めた。




 ◇ 続く ◇

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