Ep.56 咲け、さくら (2)「ナイショ話」
3月末に引っ越す予定の御手洗のおばさんは、藤堂さんといった。
大きな一軒家の藤堂家にお邪魔すると、人当たりのよさそうなおばさんが、玄関まで俺たちを出迎えた。
玄関にも猫はいた。
2、3匹が、縄張りに入ってきた俺たちを警戒しているかのように、ウロウロとしている。
堂本 信広:
(うわ、まじで猫が多いな)
本来動物は嫌いだ。
あのさくらという子猫だって、1匹だけで小さい子猫だったから、何とか触れていたのだ。
しかし、今ここにいる猫たちはでかい。そして猫臭い。
御手洗 満:
「おばさん、お邪魔します」
藤堂さん:
「待ってたわよ。さぁ入って入って」
スリッパを並べてくれる藤堂さんは、俺たちにも丁寧に挨拶してくれる。
俺は苦手な獣臭に眉間を寄せて、そのスリッパに足を入れた。
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咲け、さくら
(2)「ナイショ話」
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通された大きなリビングは案外、臭くなかった。
空気清浄機も2台置かれて掃除も行き届いたそこは、お菓子やジュースを並べたテーブルがある。俺たちを出迎える準備が、バッチリされている。
まぁ座らされたソファは、猫の引っかき傷でボロボロだったけれど。
羽鳥 梢:
「ひゃ~、本当に猫だらけだぁ」
座った羽鳥は、きょろきょろ辺りを見て言う。
L字型に置かれたソファに、俺と御手洗、羽鳥と林が分かれて座った。俺の足が、すぐそこにある羽鳥の足にぶつかりそうになる。
俺も部屋を見渡す。猫は今このリビングに4匹いる。
いったい、何匹飼ってんだ。
御手洗 満:
「全部で7匹いるらしいよ」
まるで俺の心を読んだかのように、御手洗がそう言った。
林 和葉:
「わぁ、すごい!」
羽鳥 梢:
「7匹って、白雪姫の小人みたいだねぇ」
幼い羽鳥の発言に、口がほころぶ。
こいつってしっかり者のくせに、時々とんでもなくガキくせぇんだよな。
御手洗 満:
「……へぇ」
隣の御手洗のそんなつぶやきが聞こえたが、ちょうどその時、藤堂さんがリビングに戻ってきた。
その胸に、あの子猫を抱いている。
いや、そいつはもう子猫とは呼べないでかさになっていた。
藤堂さん:
「お待たせ、さくらちゃんよ」
羽鳥 梢:
「わぁ、大きくなってる!」
どうやらあの猫は、ここでも「さくら」と呼ばれていたらしい。おそらく引き渡すときに羽鳥が伝えたのだろう。
可愛げがなくなったかわりに毛色が艶やかになったそいつは、雪のように真っ白だった。
さくらは藤堂さんの手から、羽鳥の膝へと下ろされる。
そうされると、自然と俺とさくらの距離も近くなって、俺は羽鳥から少し体を離す。
さくらは羽鳥の腿を踏みながら、ぐるぐるとまわっていた。
羽鳥 梢:
「痛い痛い」
肉球に腿を押されて羽鳥は、くすぐったそうに笑う。
さくらはようやく居心地のいい場所を見つけたのか、羽鳥の膝の上で丸まった。
命の恩人である俺の存在は、一切無視だ。
林 和葉:
「可愛い~。真っ白だね」
林が手を伸ばし、さくらを撫でる。
羽鳥も、一緒に微笑んで撫でていた。
藤堂さん:
「えっと、あなたたちがさくらを最初に拾ってくれたのよね?」
藤堂さんが、俺と羽鳥を見つめて言った。
羽鳥 梢:
「はい。本当の最初は、彼ですけど」
羽鳥はそう答えて、俺を見る。
別に俺なんかを紹介しなくてもいいのに、と居心地悪く藤堂さんに向け、会釈をした。
藤堂さん:
「そうなのね。ありがとう。あなたが見つけなかったら、この子と私は会えなかったわ」
堂本 信広:
「……別に……」
お礼なんか言われる筋合いは、ないんだが。
しかしそんな俺の腕を、羽鳥が横からバシンッと叩いてきやがった。
羽鳥 梢:
「そこは素直に『どういたしまして』!」
堂本 信広:
「ってぇ!」
いきなり叩くな、この暴力女!
睨むが羽鳥はどこ吹く風だ。
俺の横で、御手洗が小さく笑ったのが気にくわなかった。
しばらくすると、羽鳥と林はソファから離れて、藤堂さんとともに猫たちと遊びだした。
何がそんなに楽しいのか。猫じゃらしやボールを使って猫たちと戯れている。
俺はようやく、どっかりとソファに体重を預け、足を広げてリラックスした。
その横で御手洗は、テーブル上のジュースに手を伸ばす。
御手洗 満:
「堂本は猫と遊ばないの?」
堂本 信広:
「遊ぶと思うか?」
御手洗 満:
「あはは。想像つかないね」
そう言う御手洗も、猫にかまうつもりはないのだろう。
俺と同じく、ソファに背中を預けてこちらを見た。
御手洗 満:
「堂本、ちょっと変わったね」
堂本 信広:
「は?」
御手洗 満:
「小学生の頃は、すごくきつかったじゃん?」
堂本 信広:
「いつの話してんだよ」
久しぶりに話したかと思えば、くだらない。
しかし御手洗はジュースを一口飲むと、楽しそうに笑った。
御手洗 満:
「やっぱり恋は、人を変えるんだねぇ」
堂本 信広:
「!?」
突然の御手洗の発言に俺は面食らい、やつを思わず凝視する。
御手洗は、にこにこ穏やかに目を細めているだけだった。
御手洗 満:
「堂本って、好きな子いじめるタイプだよね。まぁ、森よりはマシかもだけど」
堂本 信広:
「お、お前、何言って……」
何だこいつ。
というか……!
堂本 信広:
(バ……バレた!?)
赤くなりそうな顔に思わず手をやる。
それが動揺を表してしまったことにも気づかずに、俺は羽鳥たちに気づかれないように、御手洗を睨んだ。
しかしやつは、穏やかに笑うだけだ。
御手洗 満:
「いいと思うよ、羽鳥さん。しっかりしてて真面目な子だし」
堂本にしてはいい子を選んだね、なんて言って御手洗は微笑んでいる。
こいつ……!
立場が弱くなることに、どうしても腹が立ってしまう俺。
目の前の御手洗に一矢報いたくて、俺もやつの弱みを突いてやることにした。
堂本 信広:
「そっちこそ、カズちゃんには苦労してんじゃねぇの?」
御手洗 満:
「!」
御手洗の柔和な笑顔が固まって、俺はニヤリと笑った。
堂本 信広:
「まぁ、中曽根に彼女がいてよかったな?」
御手洗 満:
「……堂本。お前、意外と鋭いんだね」
堂本 信広:
「意外はよけいだ」
ふん、と鼻息を出す。
これで少し溜飲を下げた俺は、あらためてソファに座り直す。
背中を背もたれにどっかり預けると、向かい側に羽鳥と林の姿が目に入った。
羽鳥は猫じゃらしで、さくらと遊んでいる。
無邪気に笑う姿を見ていられなくて、俺もジュースに手を伸ばした。
御手洗 満:
「ま、互いに相手が鈍いから苦労しそうだよね」
堂本 信広:
「……うるせぇなぁ」
まだその会話を続けようとする御手洗を、小さく睨みつけた。
しかし御手洗は動揺をもう持ち直したのか、こちらにまた声をかける。
御手洗 満:
「俺は延長戦に入るからいいんだよ」
堂本 信広:
「は?」
御手洗 満:
「カズとは同じ高校。桜塚だから」
堂本 信広:
「あー……そう」
あんまし興味ねぇんだけど。
ズッとジュースをすすった俺に、御手洗は聞いた。
御手洗 満:
「羽鳥さんは清女だって言ってたよね。堂本は?」
堂本 信広:
「……天崎」
御手洗 満:
「告白しないの?」
堂本 信広:
「しねーよ」
羽鳥とは卒業したら、それまでだ。
──それで別にいいと、俺は思っている。
俺は羽鳥に、告白しようとか考えちゃいない。
好きだということを伝えようなんて思ってもいない。
今さらどの面下げて言えばいいのかもわからないし、付き合いたいのかと聞かれれば、あまりピンとはこない。
もう会えなくなるのは……嫌だけど。
でも、もうどうしようもないじゃないか。
諦めればいい。
離れたらきっと、忘れられるような想いだ。
堂本 信広:
「あいつだって、迷惑だろ」
恋愛にまったく興味のない羽鳥。
ムカつくことに、俺の兄に失恋してからは、さらに恋愛に対して強固な態度になった気がする。
今の俺に勝機はない。
勝ち目のない勝負はしたくねぇ。
御手洗 満:
「へぇ、殊勝な言葉だね」
俺のセリフを都合よく解釈して、御手洗はジュースのコップをテーブルに置いた。
俺も飲み終えたコップをテーブルに置くと、御手洗は顔をのぞき込むように下からこちらを見た。
御手洗 満:
「いいこと、教えてあげようか?」
堂本 信広:
「は?」
御手洗はイタズラめいて笑い、こっそりと俺にそれを告げた。
その言葉を聞いて、俺は目を丸めて動揺する。
そんなん……言われても!
林 和葉:
「2人で何話してるのー?」
林が俺たちを気にしたのか、猫たちと戯れながら声をかけてきた。
ギクッとした俺がそちらに目を向けると、同じくこちらを見ている羽鳥と目が合う。
堂本 信広:
「!」
羽鳥 梢:
「?」
う──見てんじゃねーよ。
俺の横で、御手洗はにこにこと林に言葉を返している。
御手洗 満:
「高校の話。楽しみだよねって」
林 和葉:
「そうなんだ~! うん、楽しみだよね」
林は隣の羽鳥にも「ねっ」と話題をふり、羽鳥も笑顔で「うん!」と返した。
彼女の明るい笑顔。
それに以前俺は、救われていた。
堂本 信広:
「…………」
卒業したら、見られなくなるそれを。
焼き付けたくて、目を細めた。
◇ 続く ◇




