Ep.56 咲け、さくら (1)「さくら再び」
堂本信広、15才。
俺には、中学に上がってからムカつくやつがいた。
そいつはいつも笑っていた。
そいつは雑務ばかり引き受けて、バカみたいに明るい。
羽鳥梢、というやつだ。
3年間、こいつと同じクラスになっちまった。
羽鳥 梢:
「もー、堂本くんのバカァッ」
いろいろ指摘してやったら、見たことない顔をして泣いた。
我慢しやすいくせに自分の気持ちに鈍感で、自分のことよりも他人を優先しちまう。
お人好しの優等生だ。
そしてバカだ。
でも。
そんなバカを好きになった俺も──バカなのかもしれない。
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咲け、さくら
(1)「さくら再び」
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俺にとっちゃ慣れた場所の、生徒指導室。
羽鳥と授業をサボった俺は、放課後に先生から呼び出しをくらっていた。
目の前には、担任の福原が座っている。
横には萎縮してそうな羽鳥が、俺と並んで立っていた。
福原先生:
「……まぁ、大体のことはわかった」
福原は、頭が痛そうに手をかぶせる。
羽鳥が説明した「受験に落ちた私が泣いていたのを、堂本くんが励ましてくれていたんです」という内容を、どうにも信用し難いらしい。
まぁ、当然といえば当然だ。
不良カテゴリーの俺と、優等生の羽鳥。
その様子と今の説明内容は、あまりにもかけ離れすぎている。
福原先生:
「……その、なんだ」
福原は言いにくそうに、言葉を珍しく濁した。
福原先生:
「羽鳥、堂本をかばってはないよな? その、もし……堂本にイヤなことをされてたら、言うんだぞ」
羽鳥 梢:
「……!」
隣の羽鳥が肩を怒らせた。
羽鳥 梢:
「されてません!」
顔を真っ赤にして、福原に歯向かう。
羽鳥 梢:
「堂本くんはそんな子じゃないです!」
羽鳥 梢:
「本当に、堂本くんとは、おしゃべりをしただけで……っ」
福原先生:
「そ、そうか」
羽鳥の珍しい態度に面食らったように、福原はたじろぐ。
俺は隣で、どんな顔をしていたらいいのかわからず、視線を見たくもない床にばかりさまよわせて首元をかいた。
堂本 信広:
「……」
そんな子じゃない、ね。
まるで近所のガキにでも向けて使う言葉だ。
どこか羽鳥の言葉が気に食わなくて、背中を丸める。
唇を尖らせて、俺は話が終わるのをただ待っていた。
・ ・ ・
その日は指導室を出たら羽鳥の友人がいたため、彼女とは何も話さずに帰宅した。
翌日。
教室に入ると、やはりというか、俺と羽鳥について静かに噂をしている声が耳に入った。
寝たふりをした俺に、自然と聞こえてしまう。
クラスメイト:
「昨日5限目だけ、2人いなかったよね?」
クラスメイト:
「え、でも羽鳥は保健室で休んでたって聞いたけど」
クラスメイト:
「堂本はいつものサボりだろー?」
クラスメイト:
「でも怪しくないか~?」
ぼそぼそ、クスクス。
ああ、暇なやつらだ。
おそらく火消しのためについたウソが、下世話な噂の信憑性を薄くしているようだった。
まぁ実際、一緒にサボりはしたが、本当にしゃべってただけだしな。
堂本 信広:
「……」
こんな噂が立ったんじゃ、もう話しかけてもらえないかもしれないな。
まぁ、卒業ももう近いし、仕方ない。
あんなにウザく思っていた羽鳥からの声かけ。
それを今さら、なくなるかもと残念がるなんて、俺は本当にバカかもしれない。
羽鳥 梢:
「──堂本くん」
そう、もうこんなふうに話しかけてはもらえないだろう。
羽鳥 梢:
「ねぇ堂本くん!」
こんなふうに肩を揺すられることも、もうない……。
……ん?
羽鳥 梢:
「堂本くん!」
羽鳥 梢:
「こら、起きなさい!」
堂本 信広:
「羽鳥!?」
俺の肩を揺さぶって、羽鳥はいつもどおり俺を起こしやがった。
慌てて顔を上げれば、羽鳥も慌てた顔をしてこちらを見ている。
その背後に、視線を寄越すクラスメイトも見える。
しかし羽鳥は、そんな視線に気づいていないのか、俺の机に両手をつけて身を乗り出した。
羽鳥 梢:
「大変だよ!」
羽鳥 梢:
「さくら、さくらがね……っ」
堂本 信広:
「ん?」
さくら。どこか懐かしく感じる名前。
それは、3年生になったばかりの頃、俺が橋の下で見つけた捨て猫に、彼女が付けた名前だった。
白くて小さくて、桜のような肉球を持つ子猫。
そいつの名前が何だって今頃……。
羽鳥 梢:
「さくら、引っ越しちゃうんだって!」
堂本 信広:
「はぁ?」
何のこっちゃと体を向けると、羽鳥は説明をしてくれた。
子猫を引き取ってくれた御手洗満の親戚のおばさんが、引っ越すことになったそうだ。
もともと、猫のためにもっと広い場所へ引っ越そうと考えていたらしいおば夫婦。
夫の転職に伴って、田舎の郊外に大きな家を買ったという。
今日の朝、御手洗からその話を聞いた羽鳥は、慌てて俺のところに知らせに来たわけだ。
堂本 信広:
「でも可愛がってもらえるなら、いいんじゃねぇの」
羽鳥 梢:
「そうだけど。引っ越し先、四国なんだって」
堂本 信広:
「これまた遠いな」
そこで羽鳥はズイッと俺に顔を近づける。
羽鳥 梢:
「でね、御手洗くんが、よかったらおばさんち遊びに行かないかって!」
堂本 信広:
「は?」
羽鳥 梢:
「さくらと最後のお別れ。よかったら堂本くんも、一緒に行こうよ!」
堂本 信広:
「……」
てゆーか、相変わらず顔が近ぇんだよ。
俺は体を羽鳥から少し遠ざけると、小さくうなずいた。
・ ・ ・
その日の授業が終わると、御手洗とその友人の女子が1組にやってきた。
たしか、御手洗にカズと呼ばれていた子じゃなかっただろうか。こいつも行くのか。
林 和葉:
「梢ちゃん、行こう!」
羽鳥 梢:
「うん、誘ってくれてありがとうね」
この林和葉とは同じ小学校だと、後から羽鳥に聞いた。
そんな林の後ろに立つ御手洗は、俺と同じ西小だ。
羽鳥と一緒に教室から出てきた俺を、意外そうに見てくる。
御手洗 満:
「堂本も来るとは思わなかった」
堂本 信広:
「何だよ、わりーかよ」
御手洗 満:
「そうは言ってないだろ」
御手洗は苦笑する。
柔らかく笑うと、御手洗は1組の教室をのぞいてある人物にも声をかけた。
御手洗 満:
「中曽根も行く?」
帰り支度をしていた中曽根は顔をあげて、小さく笑って顔を横に振った。
中曽根 悠:
「ううん、俺は遠慮するよ。大人数になっても悪いし」
少しだけ困ったような表情の中曽根。
俺も羽鳥と2人はどうにも気まずくこいつを誘ったんだが、猫という単語に敏感に反応して、断られていた。
羽鳥 梢:
「……飼い猫を亡くしたから、ちょっとまだつらいのかも」
羽鳥がふと小さくつぶやいた。
ああ、そういうことか。
その言葉を受けて、林という女子も小さくつぶやく。
林 和葉:
「中曽根くん……憂い顔もカッコいい……っ」
堂本 信広:
(ん?)
林を見やった俺の横で。
御手洗 満:
「カズ、心の声もれてるよ」
御手洗は呆れ顔で、林の肩に手を置いた。
◇ 続く ◇




